リーンハルトたちへの報告
「……なるほど。ハインリヒ様の仰る通り、確かにその件については我らアルターヴァルト王国側の意見も汲んでもらわねばならぬな」
「そうですね。しかし、使用人は何人必要になるのでしょうか。ハルト殿の屋敷を見ないことには決められないのではないでしょうか」
王城でエアハルトからリーンハルトとパトリックとの謁見の場を設けるように言われた俺は、王城を出るとすぐにリーンハルトとパトリックが泊まっている宿『新緑のとまり木』にやって来たのだ。
幸い、二人とも宿にいたのですぐに会うことができた。とはいえ、既に時刻は晩課の鐘が鳴ろうかというところ。夕食までの僅かな時間を二人に取ってもらうことになった。そんな二人の座る後ろには、二人の教育係でもあるユリアンとランベルトが控えている。そして、ユリアンとランベルトの後ろには二人の護衛役であるイザークとカロリーナたちが控えていた。
「そのようなわけでして、大変お手数なのですが、エアハルト陛下が御二人と面会を希望されておられます。御都合の良い日時を頂ければと思うのですが……」
いかがでしょうか?
そうリーンハルトとパトリックの二人に問い掛けると、特に予定はないのでいつでも構わないという答えが返ってきた。二人とも今回の旅は俺についてきただけなので、特に予定が決まっていなかった。時間の許す限り、ヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンを観光するつもりだったらしい。
因みに、魔導船を無事回収し、目的を達したことは二人には伝えてある。なので、いつ頃までここに滞在するかは俺の日程に合わせるつもりなのだとか。
それよりも、「ユッタ殿たちは屋敷に招待したというのに、我らを招待せぬとはどういうつもりなのだ!」とリーンハルトから叱られてしまった。言われてみたらもっともな話だ。単純に忘れていただけ、などということではない。隣国の王子二人を招待するにはしばし準備が必要であるとテオから言われていたのだ。二人には、明日御招待致します、とだけ伝えておいた。
その日のうちにアポロニアを通してエアハルトには二人との面会の日程についてはいつでも構わない旨伝えてもらった。翌日、早朝にエアハルトから連絡があり、明日の午後から面会を行うとのことだった。
「おお、ここがハルトの屋敷か!」
「流石は元公爵家の屋敷。なかなか立派な屋敷ですね!」
パトリックの言葉にうむと頷きながら、馬車の中から屋敷を眺めるリーンハルト。二人と同じく窓から見える屋敷を眺めるユリアンとランベルトの二人。
「……一介の伯爵が住む屋敷ではないな……」
ランベルトの呟きに静かに頷くユリアン。
「しかしながら、ハインリヒ様より下賜された屋敷はここなのです」
「うむ、それは分かっているのだが……」
「それだけ王家がアサヒナ殿を重要視しているということでしょう」
ワイワイと眺める二人の王子とは対照的に、うぅむ……。と唸る教育係の二人。そんな四人を乗せた馬車がようやく屋敷の玄関前へと辿り着いた。
「御招待が遅くなり申し訳ありません。ようこそ、ヴェスティア獣王国の私の屋敷にお越し下さいました!」
「うむ!」
「はい!」
頭を下げて並ぶ使用人たち。その中からテオが一歩前へと歩み出た。
「アサヒナ伯爵邸へようこそお越し下さいました。私はこの屋敷の執事を任されておりますテオ・フルス・クラッセンと申します。屋敷にご滞在頂くにあたり、何か不都合などありましたら、私ども使用人にお声掛け頂ければと思います」
「うむ、テオと言ったか。滞在中の間、世話になるぞ!」
「よろしくお願いしますね、テオ!」
「ははっ」
一通り挨拶も終わり、使用人たちがリーンハルトたちをそれぞれの部屋へと連れて行く。その様子を眺めていると、テオから夕食の時間を少しばかり遅らせるとの報告があった。もちろん、リーンハルトたちを迎えた影響によるものだ。別に構わないと伝える。
それから暫くして皆で少し遅めの夕食を取ることになった。
メンバーは、俺とアメリアとカミラ、ヘルミーナにセラフィ、アポロニアとニーナといううちの従者たち。それと、ユッタとユッテにレオナ、ゲルトとカール、そしてノーラという旅の同行者たち。最後に、リーンハルトとパトリック、ユリアンとランベルトというアルターヴァルト王国の王侯貴族たちだ。
「……では、皆さんとの出会いに乾杯!」
俺の適当な音頭で今宵の夕食が始まった。
テオが時間を掛けて準備してくれただけのことはある。どの料理も美味かったし、リーンハルトたちからも不満の声は上がらなかった。ただ、彼らは俺が持つ化け物の肉を使った料理を期待していたようだったが。
そうして、皆が食事を堪能した頃、歓談の時間となった。
「それにしても、グリュック島に建てたというハルト殿の屋敷に使用人を集めるとなると、それなりの人数が必要になりますね」
おもむろにパトリックがそのようなことを言う。どうやら、今宵の話題はグリュック島の屋敷に勤める使用人についてのようだ。まぁ、昨日そのことで相談に行ったのだから、そのことが話題にならないはずもないか。
「うむ。ハルトの話では、第五王子のクラウス殿が、これまでに取り潰しにあった貴族たちの屋敷に仕えていた使用人を集めたらしい。我らも使用人たちの候補を集めなければならん」
「そうですね。我が国では最近取り潰しにあった貴族もおりませんし、使用人の人数を集めるとなると分が悪いでしょうね……」
「だからこそ、屋敷の執事については我が国から出さねばならんのだ。テオ殿までとは言わぬが、ラルフも執事として経験を積んでおるはずだ。そこのところはどうなのだ?」
突然話を振られた俺は戸惑いながらもリーンハルトに答えた。
「テオさんほどとはいかないまでも、しっかりと執事としてその役目を全うしているとは思いますが。ねぇ、テオさん?」
ある程度のことは分かっているものの、詳細までは分からない。何せ、直近まで転移先であるゴルドネスメーア魔帝国周辺にいたのだから。とはいえ、ある程度のことはテオたちから聞いているし、詳細はテオから話してもらうほうがいいと考えたのだ。
「そうですね。まだまだ経験が不足しているところは否めませんが、アサヒナ伯爵家の執事として十分に役目を務められると思います」
「ふむ、そうか。テオ殿が言うのなら間違いなかろう。ならば、ラルフをハルトがグリュック島に創ったという屋敷の執事として推挙することにしよう!」
俺の言葉よりもテオの言葉のほうが重みがあったようだ。まぁ、ほとんど屋敷にいなかった俺よりも頻繁にやり取りをしていたであろうテオのほうがラルフのことをよく分かっているはずだ。
こうしてラルフは自らの知らないところでグリュック島の新しい屋敷の執事に推挙されることになったのだった。明日のエアハルトとの面会をもって本決まりになる予定だ。
しかし、そうなるとアルターヴァルト王国にある屋敷のほうはどうすればいいだろう。ラルフに代わる人材を探す? 流石に王家から派遣されたラルフほどの人財を見つけられる自信はない。そうなると、再び王家に相談するべきか。しかし、そこまで頼りっきりになるのもなぁ。
まぁ、屋敷に必ず執事を置かなければならないというわけでもないだろうし、今すぐに決めなければならないというわけでもない。とはいえ、今後屋敷をどうするか、屋敷の使用人についてどうするかなど決めなければいけないことに違いはない。
「またタスクが積み上がってしまったなぁ……」
俺はため息とともにそんなことをつぶやいたのだった。
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