御用錬金術師
「して、ハルトよ。これからどうするつもりなのだ?」
リーンハルトが心配そうに俺に問い掛ける。
精霊核で失敗し、精霊玉でも失敗。二度の失敗を見ているのだから心配するのは当然だろう。
「リーンハルト様、ご心配には及びません。精霊玉でダメなら、更に上位の依代を創れば良いのです!」
そんな風に見栄を切って、俺はサクッと精霊玉を五つ創造して精霊晶を錬金することにした。
「錬金『精霊晶』!」
すると手元に用意した精霊玉が眩い光に包まれた後、正二十面体の形をした結晶が一つ残っていることに気付いた。
これが精霊晶だろうと思い、念の為に鑑定する。
『名前:精霊晶
詳細:上位精霊の依代となる精霊力の結晶体。
現在この精霊晶には精霊は宿っていない。
効果:精霊力回復(大)、魔力回復(小)、神力回復(小)
備考:特になし』
これなら、きっとゲルヒルデの依代として問題ないだろう。
そう思い、ゲルヒルデに声を掛けた。
「ゲルヒルデさん、この精霊晶なら上位精霊となった貴女でも問題なく宿ることができるはずです! もう一度、試してもらえないでしょうか?」
「良いわよ、今から試してみるわ!」
そう言って俺の肩から用意した精霊晶の隣に飛び、再び確かめるように精霊晶に触れた。
周りの皆と固唾を飲んで見守っていたが、精霊晶が砕けるような様子はない。
「ハルト、大丈夫そうよ。これから中に入ってみるから、少し待ってて」
そう言いながらゲルヒルデが精霊晶の中へ吸い込まれるように入っていくと、すぐにゲルヒルデから反応があった。
「ハルト、特に問題ないわ。さっきの精霊玉よりも、とっても快適!」
「ふう。問題なくて良かったです。では、改めて魔動人形に組み込みますね」
テーブルの上に寝かされていた魔動人形の胸部を改めて開くと、先ほどまで精霊玉が収まっていた凹みに今度は精霊晶をはめ込む。精霊晶の形状からうまく凹みに填まるのか少し心配していたのだが、何の問題もなく収まった。
再び胸部を閉じてゲルヒルデに調子を見てもらう。
「ゲルヒルデさん、魔動人形への組み込みが終わりました。もう一度、動作を確認して頂けますか?」
「わかったわ」
すると、魔動人形は空中に飛び上がるとくるくると宙返りしながらテーブルの上に着地してポーズを決めた。
「さっきよりも格段に動きやすくなったわね! 多分、霊格が上がったからだと思うのだけど」
「なるほど、そういう効果もあるんですね。他に何か気になるところはないですか?」
「そうねぇ……。今のところは特に無いわよ!」
魔動人形の調子も特に問題ないようなので、最後にゲルヒルデとの契約内容について改めて確認を取ることにした。
「それは良かったです。では、改めてリーンハルト様とゲルヒルデさんとの契約内容の確認です。依頼主であるリーンハルト様からの要請があれば、一日に一度だけ魔動人形を動かしてほしい日時と時間を予約する機会を与えて頂くこと。また、ゲルヒルデさんを拘束する時間に応じて依頼主であるリーンハルト様はその対価をお支払いすること。その他諸々は別途依頼主であるリーンハルト様とゲルヒルデさんの間で都度交渉とすること。ただし、今回に限っては、供物であるヘルホーネットの蜜の入手が後日になることから、私の精霊力を対価としてお支払いしています。期間としては、ひとまず一年分となります」
とりあえず、今回の契約期間である一年以内にリーンハルトがヘルホーネットの蜜を手に入れることができれば、今後はリーンハルトとゲルヒルデとの間で契約を交わしてもらうことになる。
因みに、ゲルヒルデとの契約は魔動人形としてのお願いに限定されている。もし、精霊としてゲルヒルデに何かを依頼したい場合は、別途契約が必要となる。当然ながら、対価も別途必要ということになる。
そして、ゲルヒルデにその契約を相談できるのは俺だけなのだ。何故なら、現状彼女は俺が個人的に契約している精霊という扱いになるからだ。
「えぇ、問題ないわ。もしリーンハルトとの契約がすべて終わったら、ハルトのところに行ってもいいわよね?」
「精霊の世界に戻られないんですか?」
「ワタシはハルトに名前を付けてもらったから。だから、ワタシの居場所はハルトの居るところなの」
そういえば、中位精霊に霊格が上がった時点で鑑定したときは所属が『未設定』だったのに、名前をつけて上位精霊になったときには所属が俺の名前『朝比奈晴人』に変わっていたのを思い出した。
まさか、名前をつけることで所属が変わるとは思わなかったが、特に拒む理由もないので受け入れることにする。
「なるほど。それについてはリーンハルト様との契約が終わった際にまた話し合いましょう」
さて、これでようやく魔動人形の引き渡し準備が完了だ。リーンハルトとユリアンに向かってその旨を伝える。
「リーンハルト様、ユリアン様。大変お待たせ致しました。こちらが、リーンハルト様へ献上致します魔動人形となります。これより一年間の契約となりますが、光の精霊ゲルヒルデさんがリーンハルト様の依頼に応えて下さいます」
「よろしくね、リーンハルト!」
「あぁ、よろしく頼む。因みに、先ほどのハルトとゲルヒルデとの話だが、契約期間が終わった後はもう一度契約を結びなおすことはできないのか?」
「それについては現状の契約が終わった際に、改めてゲルヒルデさんとご相談頂ければと思います」
「相談してもらうのは構わないけれど、承知するかどうかは分からないわよ」
契約期間の延長をゲルヒルデに相談できればと口にしようとしたのだが、ゲルヒルデが割り込んできた。
「どういうことです?」
「精霊はワタシも含めて同じ内容のお願いを受けたがらないのよ。よほど面白い依頼でなければね。だから、もし同じ依頼をしたいなら、今回の契約期間が終わった後に改めて他の精霊と交渉して頼むといいわ」
もしくは、今回の依頼で私を楽しませてくれたらなら、もう一度契約を考えても良いけどね。そうゲルヒルデは笑いながら言った。
どうやら、同じ精霊に同じ依頼をお願いすることは難しいらしい。理由は退屈するからということらしいが、確かに、俺だって同じことを延々とはしたいと思わない。何より自由が好きだから、精霊の気持ちもわからなくもない。
「リーンハルト様、いかがでしょう。契約期間が過ぎた際には、改めて精霊を召喚してみては。勿論、私が責任持って精霊召喚を致しますので」
「ふむ。まぁ、良いだろう。その代わりに、ハルトには一つ条件を出す」
「条件ですか?」
「うむ、そうだ。この魔動人形ゲルヒルデは名工アレクシスの作だが、既にアレクシスはこの世に居らぬと聞いた。つまり、ゲルヒルデの面倒を見ることができる者が居らぬのだ。だから、ハルトにはゲルヒルデの手入れを頼みたい。何、月に一、二回ゲルヒルデを見てくれればそれで良い」
なるほど、魔動人形のメンテナンスか。確かに、細かな部品が多いし、ゲルヒルデが激しく動いたりすると耐えられないパーツが出てくるかもしれないな。
「畏まりました。ゲルヒルデさんのお手入れでしたらお任せ下さい! 責任持って対応致します」
「そうか! では、これよりハルトは私の『御用錬金術師』に指定する! 良いか、これは決定だからな!」
リーンハルトは飛び切りの笑顔でそんなことを言い放った。
御用錬金術師?
初めて聞いた言葉に戸惑っていると、ユリアンが慌てた様子でリーンハルトに駆け寄って問い掛ける。
「リーンハルト様、本当によろしいのですか? 御用錬金術師は一度指定されますと変えることができません。もう少し時間を掛けて考えられたほうがよろしいかと……」
「いいや、私はハルトに決めたのだ。ハルトの実力は、つい先ほど、この場で、この目で確かめたばかりだしな!」
「そんな……。そのように勝手な取り決めをされましても、国王陛下の承認を頂けなければ御用錬金術師にはできません!」
「心配ない。既に父上から許可を頂いておる! これを見よ!」
そう言ってリーンハルトが一枚の書類をユリアンに向けて放り渡した。
封蝋がされたその書類を素早く受け止めたユリアンはすぐに内容を確認すると、驚いたようにリーンハルトの顔を見た。すると、リーンハルトはしたり顔でユリアンを見返した。
「どうだ、本物であったろう。ユリアンからハルトのことを聞いたときに、念の為用意しておったのだ! 成人を迎えてもいない者が錬金術を使うなど普通はあり得んからな、その実力が本物であれば認めても良いと許可を取っておいたのだ。しかし、その様子を見ると、ユリアンよ。其方もハルトを狙っておったな?」
「うぅっ、それは……」
「何、構わぬ。私が其方の立場でもハルトをお抱えの錬金術師にしようとするのは当然であろうからな!」
そんなことを言いながら、くつくつと笑いながらリーンハルトはからかうようにユリアンに顔を向けた。
ユリアンも図星を突かれたようで、顔を赤らめながら何か言いたげな様子で堪えているようだった。
何だか、ほのぼのとした空気が部屋の中を満たそうとしていたが、そんな空気を読まずに気になっていたことを聞くことにした。
「あのぅ、こちらの認識が不足しており申し訳ないのですが、『御用錬金術師』とは何でしょうか?」
「ふむ、そのことか」
リーンハルトが御用錬金術師について詳しく教えてくれた。
「良いか、ハルト。この国では、父上と母上、それから、父上と母上の子供である私が指定した錬金術師は、『御用錬金術師』を名乗ることができるのだ。これは王家の中でも特別な地位にある者が認めたという、名誉ある称号でな。父上も母上も、私も慣例で基本的にそれぞれ一人しか選ばぬのだ。つまり、アルターヴァルト王国広しと言えど、御用錬金術師は数人しか選ばれぬ、ということだ」
「それに加えて、一度指名された御用錬金術師は大過が無ければ基本的に変わることはありません。それはつまり、リーンハルト様にとっても御用錬金術師を変えられないことを意味しております……。ですので、リーンハルト様がまだ成人されていないこのような時期に御用錬金術師を決めてしまって良いものかと思うのですが、アサヒナ殿ほどの錬金術師も今後現れるとも思えず、頭を抱えたわけなのです」
リーンハルトとユリアンから一通り説明してもらったが、このアルターヴァルト王国では、王室から取引を許可されている者はいるが、それだけでは王室の御用達とは名乗れないらしい。
王家の中でも国王と王妃、その間に生まれた子供といった王族のみが御用達を指定できるそうで、御用達に指定された者には王族から御用達認定の紋章が与えられるのだとか。中には、複数の王族から御用達に指定される者も稀にいるとのことだ。そして、王族からの御用達に指定された錬金術師を御用錬金術師というらしい。
この御用達の制度で重要なポイントとしては、一度指定されると基本的には生涯に亘って変わることがない点だ。
つまり、指定した者の『人を見る目』が試されるということでもあり、指定された者はそれに『応える能力』があることを証明し続けなければならない。
指定する者、される者の間に信頼関係が無ければ成り立たないわけで、それに俺が指定されるというのは、俺にとってもリーンハルトにとっても重く、大事なことだということが分かった。
「リーンハルト様。私を御用錬金術師に御指名頂けるのは大変名誉に思いますが、ユリアン様が仰るように、今日お会いしたばかりの私よりも、もっと相応しい方が今後現れるかも知れません。本当に私などでよろしいのですか?」
「あぁ、問題ない。魔動人形を完成させる為に錬金術師において秘匿されている錬金術を見せただけでなく、無から有を創り出すという神の御技とも言えるものまで見せたのだ。その上、光魔法まで使えるのだからな! しかも、私と同じ成人の儀式もしていない者が、だぞ? 誰も文句の付けようが無いだろう。確かにハルトとは今日出会ったばかりだが、長年の付き合いがあるからと言って信頼できるとは言えぬ。一期一会の出会いから、信頼するに足る者も現れる。それが、ハルトなのだ!」
リーンハルトの言葉に、俺は尊敬の念を抱いた。
正直、第一王子とはいえ、十二、三歳の子供がそこまでしっかりとした考えを持っているとは思わなかったからだ。俺の中でリーンハルトに対する評価が大きく上がった瞬間だった。
「そこまで仰って頂いては、お断りする訳にはいきませんね。このハルト・アサヒナ、リーンハルト様の御用錬金術師を謹んでお受けすることに致します。リーンハルト様のご期待に添えるよう、御用錬金術師の名に恥じぬよう日々努めて参りますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
そう伝えると、リーンハルトは満足そうに頷いて、ユリアンやイザークたちに改めて俺が御用錬金術師となる為の手続きについて指示を出していた。
その時、突然大きなノック音と共に扉が開き、子供の声が部屋の中に響き渡った。
「兄上っ! 新たな魔動人形を手に入れられたと伺いました!」
何だか、また面倒なことが起こる予感が脳裏を過った……。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




