ヴェスティア獣王国への移動(その4)
そういうわけで、以前魔導船スキズブラズニルで来たことのある森の中の広場へとやって来た俺たちは、イザークとカロリーナの二人とヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンまでの道程について話し合うことにした。
と言っても、ここの広場から王都ブリッツェンホルンまでは一日も掛からない。なので、イザークとカロリーナとの話し合いはすぐに終わった。結局はこれまで通り、騎士団による護衛に頼ることになったのだ。そのことに異論など全くない。実際、彼らの護衛なくしてはこの旅を無事にここまで進められなかったのだから。
引き続き、先頭のイザークたちの馬車の後ろに俺たちの馬車が続き、その後ろにリーンハルトとパトリックの馬車が続いて、さらにその後ろにユリアンとランベルトの馬車が続き、殿にカロリーナの馬車が続いた。
そうして何事もなく馬車は進み、数時間が経った頃。
俺たちは無事にヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンへと到着した。
久々に見る王都ブリッツェンホルンの白く巨大な城壁が近づくにつれて、徐々に馬車のスピードが落ちてきた。それと同時に道行く人のざわざわとしたざわめきが次第に大きなものへとなってきているのが分かる。
「ようやく着きましたね」
御者台の上でそう呟くと、隣で俺の呟きを拾ったユッタとユッテ、そして馬車の中に控える面々が話し始めた。
「ふむ。ここがヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンか」
「なかなか立派な城壁ね」
「うむ。帝都の城壁よりも立派に見えるのう」
「アルターヴァルト王国の王都の城壁にも負けてねぇな!」
「そうよねぇ。私はこっちの城壁のほうが好きかも!」
「私はアルターヴァルト王国の王都の城壁も好きですよ?」
ノーラがこちらをちらりと見ながら魔力メモパッドに書いて見せてきた。別にそんなことで気を使わなくてもいいんだけどな。
何故かユッタたちはどこの城壁が好みかという話で盛り上がった。俺にも話を振られたが、答えを濁すしかなかった。まぁ、個人的にはブリッツェンホルンの城門のほうが美しいとは思うのだが、アルターヴァルト王国の貴族であり、ヴェスティア獣王国の貴族でもある俺が、片方の国を良く言うのは色々とトラブルに繋がると思ったからだ。
そんな話をユッタたちがしていると、そこにイザークとカロリーナの二人がやってきた。これから城門を通るに当たり、門番に俺たちが来訪したことを伝えるために代表者を連れていかねばならないとのことだった。
最初は、代表者ということで俺が行こうとしたのだが、イザークとカロリーナの二人から護衛の代表者で問題ないと言われ、ユッタにお願いすることになった。とはいえ、心配なので俺もイザークとカロリーナ、それにユッタの三人についていくことにした。
そうして、門番の前に立った三人の中から、ユッタが前に出た。
「私はヴェスティア獣王国とアルターヴァルト王国の両国に仕えるアサヒナ伯爵配下のユッタ・オラーケル・クロイツという。我らは主であるアサヒナ伯爵とともにアルターヴァルト王国より参った。既に聞き及んでいるかと思うが、我らには主の他、アルターヴァルト王国の王子であるリーンハルト王子殿下とパトリック王子殿下も同道されておられる。速やかにこの門を開けられよ!」
そう言って、ユッタがイザークに視線を向けると、イザークが懐から書状を取り出して門番に渡した。何が書かれていたのか知らないが、その書状を見た門番が慌てて門を開けるように他の門番たちに言い放った。
「か、開門! 開門! アサヒナ伯爵様のご帰還であるぞ!」
門番がそう言うと、他の門番たちが慌ただしく動き始める。すると、それまで閉ざされていた要人向けの扉がゴゴゴゴと、瞬く間に開け放たれたのだった。
「ささ、アサヒナ伯爵様、こちらをお通りくださいませ!」
「え、いいんですか?」
「もちろんです!」
普通は門番による検問というか身元の確認があるはずなのだが、何故かそれらをすっ飛ばして中に入れようとする門番たちに戸惑っていると、イザークとカロリーナからも「さぁ、参りましょう」と言われた。ユッタのほうを見ると「うむ」と頷いた。
ふむ。イザークが門番に手渡した書状に余程のことが書かれていたのだろう。まぁ、いい。通してくれるというのなら通してもらおう。
久々の王都ブリッツェンホルンは以前と変わらず活気に溢れていた。そして真っ白に塗り固められた建物が目に眩しく感じる。
そういえば、前回ここに訪れたときはアポロニアに王都の成り立ちについて話をしてもらったんだっけ。禁断の地と言われた場所から今のこの場所に遷都したってアポロニアが言ってたな。そういえば、禁断の地と言われた場所は世界神による神の奇跡によって浄化されたはずだけど、今はどうなっているんだろう? 今度エアハルトに聞いてみてもいいかもしれない。
ともかく。そのアポロニアにも、もうすぐ会える。
そういえば、今回俺たちが泊まる予定の宿については、いつの間にかリーンハルトとパトリックによって決められていた。確認したところ、その宿というのは前回もお世話になった『新緑のとまり木』だった。二人も気に入っていたらしく、今回もお世話になることにしたそうだ。ふむ。久々にロルフの料理が堪能できそうだな。
そんなことを考えているうちに『新緑のとまり木』に到着した。
馬車から宿の前に降り立つ。既に前を行っていたイザークが宿の中に入り、俺たちの到着を知らせていることだろう。改めて今回泊まる新緑のとまり木を見上げる。何だか、前回泊まったときのことが懐かしく思える。
「こちらに泊まるのも久しぶりですね」
「うむ。前回はいろいろと慌ただしかったからな」
「今回はゆっくりと観光ができればいいのですが」
「え?」
思わず声が漏れてしまった。
いやいや、今回の旅の目的はアメリアたちとの合流と魔導船スキズブラズニルの回収だ、いったい何を言ってるんだ……? 王都ブリッツェンホルンをゆっくりと観光したいと言う二人に、俺は今回の旅の目的を改めて口に出すことにした。
「観光なんて、そんな時間はありませんよ? アメリアたちと合流できたらすぐにグリューエン鉱山へと向かうんですから。アメリアたちとの合流と魔導船スキズブラズニルの回収が今回の旅の目的なんですよ?」
「うむ。それ故、我々はこれから暫くハルトと別行動になるのだ」
「そうなのです。ハルト殿の従者と合流し、エアハルト陛下に謁見した後、兄上と私、それにユリアンとランベルトは別行動とさせて頂きます」
え、そうなの? ここに来て初めて聞く話に少し驚く。
既に馬車から荷物を下ろし、中に何も入っていない空の馬車は俺のアイテムバッグの中に収納したあとだ。ユリアンとランベルトは従者たちに指示をしながら、荷物を宿の中に運び込んでいる。イザークと、そしてうちの護衛役でもあるユッタたちも同様に荷物を宿の中に運び入れていた。カロリーナとユッテは残った馬たちを厩へと移動させていた。そのため、何もせず宿の前に突っ立っていたのは俺とリーンハルト、それにパトリックの三人だけだった。そんな俺たちを道行く人が何事かと視線を向けてくる。
「ハルトよ、寂しく思うかもしれないがそれも帰るまでの辛抱だ」
「そうですよ、ハルト殿。心配されなくともすぐにまた会えます」
「は、はぁ」
いや、別に寂しいとかそういうことはないんだけれど。
二人が俺の手を取って心配そうに見つめてくるが、そんなことよりもさっさと宿の中に入らないか? 先ほどから道行く人からの視線が痛いのだが……。
はぁ、どうしたものかと考えていると、懐かしい声が耳に入ってきた。
「ハルト!?」
「ハルト!!!」
「ハルトっ!」
「主様!」
「ハルト様!」
「旦那様〜!」
声のするほうに振り向くと、そこにはずっと会いたかった仲間たちの姿があった。
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