ヴェスティア獣王国への出発
ゴットフリートとウォーレンの二人から王城へと呼び出されてから早くも二日が経った。気がつけば早いもので、リーンハルトとパトリックとともにヴェスティア獣王国へと旅立つ日が来たのだ。
この二日間は本当にあっという間に過ぎていった。ユッタたちの旅の準備に必要な物資は前日までに無事全て揃った。何か不足するものが出てきても対応できるようにとアサヒナ家をあげてバックアップするつもりでラルフたちに指示を出していたのだが、その必要もなかった。流石はAランクの冒険者パーティーといったところか。
順調に準備の進む俺たちとは違い、やはりリーンハルトとパトリックたちにとっては準備期間が短かったようだ。何度も王城から、というよりはリーンハルトとパトリックの二人から、相談の手紙が何通も俺宛に届いた。
その内容は今回の旅についてくるにあたり、ルートの確認や移動に掛かる日数、必要な物資など多岐にわたる。基本的に、今回の旅は観光目的ではないので必要最低限しか街や村に立ち寄るつもりはない。
故に、以前ヴェスティア獣王国へ向かう際にユリアンとランベルトの二人から聞いたような、多くの町や村に立ち寄ることはない。そういえば、前回も魔導船スキズブラズニルのおかげもあって、ヴェスティア獣王国まで一直線に向かったわけだが。
リーンハルトとパトリックの二人から王城に呼び出されることもあったが、その内容自体は大したものではなかった。旅に持っていく道具についての相談から、旅についていく従者たちの選出についての相談など様々ではあったが。
旅に必要な道具の類については俺もよく分からないので、ユッタに確認してもらった。従者の件についても、俺が分かることなんてほとんどないので、旅慣れたユッテと、うちの執事ラルフとアルマの三人の意見を参考に取りまとめてリーンハルトとパトリックの二人に報告した。
そんなことをしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。そして、二日後の今日。我が家(屋敷)の前に六台の馬車が列を成してやってきたのだ。
先頭からリーンハルトとパトリックの馬車、そしてユリアンとランベルトの馬車だろう。その後ろに並んでいるのは、今回の旅でリーンハルトとパトリックの護衛役を任されることになった騎士団の馬車だろうか?
「おぉ、ハルト! 今日は絶好の旅日和だな!」
「ハルト殿! 暫くの間ですが、ご一緒できて嬉しいです!」
「ようこそお越しくださいました。これから暫くの間、よろしくお願い致します」
リーンハルトとパトリックの挨拶を聞いて、前回ヴェスティア獣王国へと向かったときのことを思い出していた。一年も経っていないはずなのに、なんだか懐かしい気がする。
二人の王子の挨拶に続いて、二人の貴族からの挨拶が始まった。
「先日ぶりですね、アサヒナ殿。この度のヴェスティア獣王国までの道中、よろしくお願いしますね」
「アサヒナ殿と再びヴェスティア獣王国に向かうとは……。また、大事件に遭遇するのではないか?」
「ユリアン様、ランベルト様。こちらこそよろしくお願い致します。恐らく今回は何の事件にもあわずに済むと思うのですが……」
そう、挨拶に来たのはユリアンとランベルトの二人だった。ユリアンの言葉はともかく、ランベルトの言葉は否定したいところだ。そう毎度ヴェスティア獣王国に向かう度に事件にあっていたら、流石にヴェスティア獣王国側に問題があるのではと疑いたくなる。
流石に今回は何の事件も起こらないよな? 本当にそう願いたい。
ユリアンとランベルトの二人とも少し話をしたが、やはり二日間で旅の準備をするのは大変だったらしい。特に大変だったのはスケジュール調整だったそうだ。
ユリアンは伯爵家の当主だし、ランベルトは侯爵家の嫡男だ。それぞれ公的にも私的にも予定が詰まっていたらしいが、それらをなんとか調整して時間を作ったのだそうだ。二人してため息まじりにそう語るのを見ると本当に大変だったのだと思う。二人の護衛役としてやってきたゴッドハルトとティアナも頷いていた。
そういえば、俺も生前サラリーマンだった頃、急な予定の変更が入った際には関係各所に連絡を入れたり詫びを入れたりと調整が大変だったことを思い出した。とはいえ、二人のように上司の命令で急に上司の長期出張に同行しなければならないようなことはなかったけど……。
ユリアンとランベルトの二人に心の中で同情していると、二人の挨拶が終わるのを待っていたらしいリーンハルトが声を掛けてきた。
「ハルトよ。出発の前に、我らの護衛役を任されることになった騎士団のものを紹介しておこう。イザーク、カロリーナ!」
「「はっ!」」
騎士鎧を身に纏った集団の一角から二人の青年がやってきた。一人はよく知っている顔だ。そう、イザークだ。もうひとりは初めて見る顔だった。
「このような長旅をご一緒するのは初めてですね。これから暫くの間お世話になります、アサヒナ伯爵」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
イザークがいつもの笑顔で挨拶に来てくれた。顔馴染みの騎士がいるというのは何かと相談しやすくて助かるし、こちらとしてもありがたい。まぁ、相談するようなことが起こらなければいいんだけれど。
そんなことを考えていると、カロリーナと呼ばれた騎士が慌てて被っていた兜を脱いで小脇に抱えた。
「お、お初にお目にかかります! この度、イザークと同様にリーンハルト王子とパトリック王子の護衛役を任されることになりました、カロリーナ・フォン・ディンドルフと申します!」
ディンドルフ……?
どこかで聞いたような家名だな。えっと、一体どこで聞いたんだっけ……?
はて、と記憶を辿っていると、カロリーナが気まずそうに口を開いた。
「そ、その、宰相であるウォーレンの姪に当たります……」
おぉ、そうだ! ウォーレンの家名が確かディンドルフだった気がする。
普段から家名を口にすることがないから咄嗟に出なかったのだ。そういえば、普段から名前でやり取りしているが、本来は家名で呼んだほうがいいんだよな? まぁ、出会ったときから名前で呼んでしまっているのだし、気にするにしても遅すぎる。これまで通り、ウォーレンのことはウォーレンと呼ばせてもらおう。
そんなことを考えているとカロリーナが困り顔でこちらに視線を向けてきた。少々考え事に時間を使いすぎたようだ。
「コホン。失礼しました。ウォーレン様に姪御様がおられるとは初めて知りました。ご存知かもしれませんが、私はハルト・フォン・アサヒナと申します。イザークさんとともにリーンハルト王子とパトリック王子の護衛役のお務めに就かれるとのこと、御役目ご苦労さまです」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します! 叔父上にはリーンハルト殿下とパトリック殿下だけでなく、アサヒナ伯爵様のこともしっかりお守りするようにと言いつかっております!」
カロリーナが頭を下げてそう話すと、今度は懐から一通の手紙を差し出してきた。手紙を確認すると、差出人はウォーレンだった。
その場で中を確認すると、そこには、今回の旅に同道する騎士たちはできる限り俺の顔馴染みやウォーレンの近親者で固めたことや、今回の旅のルートで立ち寄る街や村には既に宿の手配を済ませていること、そして何か心配事や相談事があれば気兼ねなく頼ること、などなど気になっていたことや、気づかなかったことまで詳細に書かれていた。
そして最後に、今回の旅に同道させることになった姪のカロリーナのことをよろしく頼む。……とは書かれておらず、「好きに使って良い。だが、責任は取るように」と短く書かれていた。もちろん、責任を取らないといけないようなことはさせるつもりはないのだが、どういう意味で書いたのか少々気になるところだ。
ともかく。イザークとカロリーナとの顔合わせも済んだ。二人の下にはそれぞれ四人ずつ部下がついてくるようだ。皆から挨拶もされたが、全員の名前までは覚えることができなかった。まぁ、顔は覚えたので誰がイザークの部下で、誰がカロリーナの部下であるかくらいは分かる。
さて、そろそろ出発する頃合いか。リーンハルトとパトリックも出発を今か今かと心待ちにしているようだ。出発の号令を掛けるのは、リーンハルトやパトリックではなく、あくまで旅の主役である俺なのだ。
「では皆様。準備も整ったようですし、そろそろヴェスティア獣王国へと向かうことに致しましょうか!」
「うむ!」
「はい!」
リーンハルトとパトリックが元気よく答えてくれた。ユッタたちや騎士団の皆も準備は万全のようで、俺の言葉を待っているようだった。よし、それじゃ、そろそろ行きますか!
「それでは、ヴェスティア獣王国に向けて出発!」
こうして、俺たちはヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンを目指して王都アルトヒューゲルを出発したのだった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。




