神雷の結果と隠し事
先ほどから耳鳴りが酷い。キーンという音が耳の奥底で響き渡っている。それに、目の前が突然真っ白になったせいもあってか、未だに視界がかすむ。
どうしてこんなことに……?
あぁ、そうだ。俺は確か大海竜に向かって神雷を放とうとして……。いや、放ったのだ。間違いなく神雷を放つことができたのだ。その結果が今この身体に起きている不調の原因なのだ。
「……そうだっ! 大海竜はどうなった!?」
未だにはっきりとしない視界に頼りながら、おぼつかない足取りで船の舳先まで進みながら、先ほどまで目の前にいた大海竜の頭を探す。
だが、何故かそれらしいものがまったく見当たらない。それに、大海竜だけでなく大王烏賊や大海蛇といった魔物の姿も見えなくなっていた。心做しか、海の波も先ほどまでよりも穏やかになっている気がする。
「これは、上手く大海竜を退けられたということか……?」
そう考えていたところ、どこからか焦げ臭いにおいが漂ってきた。これは間違いなく神雷が大海竜に命中した証だろう。そう考えて、においのする方向へと鼻を向けながら、何が起こったのかを想像する。
恐らく、俺の放った神雷は大海竜の頭に直撃した。ユッタが神雷で双頭蛇の片方の頭を黒焦げにしたように、俺の神雷も大海竜の頭を黒焦げにしたのではないか。いや、流石にそれはないか……。だが、こんなに焦げ臭いにおいがするんだ。少なくとも頭の一部を炭化させることに成功したに違いない。
そんなことを考えている間に船の舳先へと辿り着くと、においのもとを探して眼前に広がる海原に目と鼻を向ける。先ほどよりもにおいがきつく感じられる。間違いなく近くににおいのもととなるものがあるはずだ。そう思って舳先から真下の海面を覗き込んだ。すると、そこには真っ黒に焦げた何かが海面に漂っていた。
「あれがにおいの原因だな……?」
未だにぶすぶすと煙を挙げて海面を漂っている黒い塊が何であるか理解するのは早かった。
その黒い塊は大きく分けて三つのブロックに分かれており、十メートルほどの長細いものと、それに巻き付くように絡まった同じく細長いもの、そして、二、三十メートルほどはある大きな塊、最後に十メートルほどの塊だった。
「あの細長いのは大海蛇かな? 大王烏賊の触腕みたいなものも絡まってるし……。ということはあのでかいのが大王烏賊の本体か……」
大海蛇も大王烏賊も、もはや元の姿をとどめておらず、なんとなくのサイズ感からしか元がなんであったのか分からない。
だが、もう一つの大きな塊だけは元の形を留めたまま炭化していることもあって、すぐに何かが分かった。
「……間違いなく大海竜の頭だよな……? 首から下が見当たらないけど……。これって、つまり、大海竜を倒せたってことになるのか……?」
あれほどの大きな魔物を魔法一撃で倒せたということは、大海竜ってそこまで強力な魔物ではなかったのかな? ここ最近で倒した魔物なんて、難易度Sランクのダンジョン『天幻の廻廊』で遭遇した魔物と、ゴルドネスメーア魔帝国の帝都ヴァイスフォートまでの道程で遭遇した魔物くらいしか倒す機会がなかったこともあって、どの魔物がどれほど強いのか、いまいちよく分かっていない。今度ユッタたちにでも聞いてみるか。
そういえば、大海竜の胴体はどうなったんだろう?
今見つけたのは大海竜の頭だけだ。そこから長い首で繋がっていたはずの巨大な胴体が見つからない。
そう思って、船の後方に移動して改めて下を覗くと、海の中へとゆっくり沈んでいく胴体部分が見えた。どうやら胴体までは炭化させることはできなかったらしい。
「なんとなく、ちょっと勿体ない気がするなぁ……。せっかくだし、回収させてもらおうかな?」
そう呟くと、俺は風魔法を纏いながら、未だに海にまだ浮かんでいる大海竜の胴体部分にふわりと着地し、アイテムボックスで回収する。すると、当然足場が無くなるので、再び風魔法を纏ってふわりと甲板の上まで戻って来た。
「とはいえ、俺が魔法一発で倒せるくらいだから、化け物の肉よりは劣るだろうけど、それでも大王烏賊と大海蛇を喰らおうとしたような魔物だ。そこらの魔物の肉よりはきっと美味いはずだよな?」
腕を組みながら、戻って来た甲板の上でそんなことを呟く。まぁ、大海竜の胴体は運良く手に入ったものだ。美味いことを期待したいが、不味かったら不味かったで他に使い道がないか考えよう。
それよりも大事なことがある。
「ひとまず、これで危機は脱したわけだが……。そういえば、ハーゲンさんや船員たちは無事だったんだろうか?」
ようやく視界もはっきりと回復してきたので、俺と同じく甲板に居たハーゲンや船員たち、それに護衛戦士団の状況を確認する。
ハーゲンには俺の魔法を合図に船を魔導具で動かすように伝えていたはずだが、未だに船が動く気配がない。もしかして、俺の魔法で何か問題が起こったのだろうか?
そう思うと、ちょっとやり過ぎたのではないかと心配になり、すぐにハーゲンのもとへと駆け寄った。視界が回復したおかげか、ハーゲンの姿はすぐに捉えることができた。だが、そのハーゲンは他の船員たちと同様に、手で目を覆うようにしてその場に蹲っていたのだ。
「ハーゲンさん! だ、大丈夫ですか……?」
ハーゲンのもとに駆け寄ると、蹲っている彼の背を擦る。
「その声はハルトか!? さっきの閃光と轟音はいったいなんなんだ!? 何が起きた!? 大海竜はどうなった!? くそっ、まだ視界が定まらないぜ!」
きつく目を瞑った状態でまくし立てるようにそう言うと、目を瞬かせながら立ち上がって悪態をついた。
「先ほどの閃光と轟音は私の魔法によるものです。神雷と言って、水魔法と風魔法の中でも高度な魔法です。それを大海竜に向けて放ったんです」
「魔法については分かった。それで、大海竜はどうなった!?」
大海竜はどうなったのか。ハーゲンの質問に正直に答えるのならば「倒しました」とただ一言答えればいいだけなのだが、俺みたいな子供が大海竜を倒したなんて言っても、流石にハーゲンでも信じてもらえないかもしれない。
だが、ハーゲンだけでなく、船員たちも、護衛戦士団たちも、皆が目を強く閉じていて、未だに周りの状況を把握できていない状況だ。だとすれば、多少嘘を吐いても誰にもばれないよね? だったら……。
「……大海竜でしたら、大海蛇と大王烏賊と一緒に私の魔法で退けることができました。船を動かすなら、今がチャンスです!」
「……そうか! よしっ、船の魔導具を動かせ!」
「しょ、承知でさぁ!」
魔導具を動かす船員も視界が定まらないのか、手探りで魔導具にまで辿り着く。すると、魔導具が薄い緑色の光を帯びたその瞬間。再び、船の帆がパンと風を受けてザザァッと船が進みだした。
「「「おぉっ!?」」」
ようやく視界が定まってきた船員たちが声を上げる。その一方で、どこかの大佐のように、未だに「目がぁ」と声を上げている船員もいた。
どうやら、俺が放った魔法を直視してしまったかどうかでその後の容態に違いが出ているようだ。もっとも、ほとんどの船員たちがハーゲンの言葉を聞いて魔法を直視してしまっていたようだが……。なんだか、申し訳ない気がしてきた。
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船が動き出してから暫く経った。その後、船の魔導具を扱っていた船員の魔力が尽きたことと、ひとまず危機的な状況から脱したということもあって、再び自然の風の力で船を動かすことになった。
「これで大海竜のいたところからは大分距離が取れましたね」
「あぁ、そうだな。しかし、お前さんの魔法には驚かされたぜ?」
「あぁ、それは申し訳ないです。これしか方法がないと思ったもんですから……」
「それは分かっているつもりだ。だがな、魔法一つであれほどの大海竜を退かせられるとは、流石に信じられるもんでもないぜ?」
そう言いながら、疑いの目を向けてくるハーゲン。周りの船員たちもハーゲンと俺の言葉に耳を傾けているらしく、甲板が変な静けさで包まれている。
そんなことを言われてもなぁ? 実際、魔法一つで大海竜を倒してしまったのだから他に説明のしようがない。
だが、ハーゲンは「他に何かやったんじゃないのか?」とでも言うような目で視線を向けてくる。そんなハーゲンに対して小さくため息をついてみせながら、俺は口を開いた。
「だからと言って、私が大海竜を退治しました、なんて言ってもハーゲンさんは信じないでしょう?」
「当たり前だ。俺が何の証拠もなしに他人の言葉を鵜呑みにするわけがないだろう」
そんなことを言う。だから俺は、「さっきは私の言葉を信じて船の魔導具を動かしてくださいましたよね?」とハーゲンに突っ込むと、「そ、それは……。非常事態だったからな、あれは仕方がなかったのだ!」などと言って、今度は視線を逸らす。
はぁ。俺はもう一つ小さなため息を吐く。そんな俺に再び視線を戻したハーゲンが呟くように言った。
「……それで、いったい何を隠してるんだ?」
「さて、何でしょうね?」
そう言いながら、アイテムボックスの中に収まっている大海竜の胴体を確かめる。流石にこの場に出すことはできないが、王都アルトヒューゲルに戻ったときにはアイテムボックスから出してもいいんじゃないかと思う。とはいえ、あれほどの巨体を取り出せる場所なんて王都の中にはないかもしれないが……。
「とにかく、その件は無事に王都へ戻ったときに改めてお話ししましょう」
「王都へ戻ったときに、か……」
「もしかすると、国王陛下の御前でのお話になるかもしれませんが……」
「国王陛下の御前だと!? 一体どういうことだ!?」
「まぁ、その辺りも含めて王都に戻ったときにお話ししましょう」
「むむむ……。まぁ、いいだろう。ともかく、これで俺たちの進路を阻むものはいなくなったのだ。あとは王都へ戻るのみ! お前ら、準備はいいな?」
「「「おう!」」」
こうして、大海竜との遭遇という危機を脱した俺たちは、一路アルターヴァルト王国の王都アルトヒューゲルを目指して船旅を続けるのであった。
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