海の魔物への対応方針
順調な船旅を満喫していたところ、突如として大王烏賊なる魔物が大海蛇なる魔物を捕食しているシーンに出くわしたのだ。それだけならまだ良かったのだが、あろうことか、そこに大海竜なる超巨大な魔物まで現れたのだ。船上が俄に騒然となるのは当然のことだった。
ザバァァァ……!
目の前で大きなクジラが姿を現したかのように海面が大きく盛り上がり、その余波のせいで船が大きく傾く。それと同時にロープにしがみついていた身体が宙にぐわんと投げ出されるように浮いた……!
「うおおおっ!?」
まるで船が崖をよじ登っていくかのように船首から九十度近くにまで傾いたかと思うと、今度は波を乗り越えたようで、ドォンと船底を海面に叩きつけるようにして再び水平にまで姿勢が戻る。
それと同時に宙に浮いていた身体も甲板に打ち付けられそうになるが、咄嗟の判断で俺は風魔法を使ってふわりと着地した。
だが、甲板の上にただ置かれていただけの木箱や樽などは、先ほどの大きな傾きで海の中に投げ出されてしまったようで、それらが幾つも海面に漂うように流されているのが見える。
もしかして、船員や護衛戦士団の誰かが海上に投げ出されていたりしないだろうか、などと心配になって周りを見渡したが、どうやら皆無事のようだ。
このような事態には慣れているのか、それとも最初に大王烏賊を発見した船員の声で準備を整えることができたのか、それぞれ船の縁やマストに身体を括りつけたり、命綱を身に着けるなど対策が取られていたようだ。
「魔導具を使ってなければ、危うく船がひっくり返ってるところだぜ……!」
そう言いながら、ハーゲンが額の汗を服の袖で拭う。
「ハーゲンさん、今のは一体!?」
「見ろ、ハルト! あれがさっき言っていた船を飲み込むほどの魔物、大海竜だ……!」
「へ、おわぁっ!?」
先ほど盛り上がった海面から姿を表したのは、プレシオサウルスのような首長竜の頭だった。
頭だけでも十メートル近くはあるだろうか。ハーゲンの言う通り、船を飲み込むほどの魔物というのは間違いではなさそうだ。恐る恐る船の縁から真下を覗いてみると、その頭から繋がった巨大な胴体が辺りの海の色を暗く染めていた。ハーゲンの船も大きいと思っていたが、それを遥かに上回る巨大さだ。
その大海竜が巨体を翻しながら海中をザザァッと高速で移動する。
その影響で高い波が幾つも出来上がり、そして海流のような大きな流れができたかと思うと、ハーゲンの船もつられるように大海竜が進む方向へと進み始める。このまま進むとその先には大王烏賊と大海蛇が格闘している現場へと辿り着く。
「クソッ! どうやら大海竜は大王烏賊を狙っているらしいっ! 皆、船に掴まれ! 操舵手、舵を切れっ! 思いっきりだ!」
ハーゲンが大声で叫ぶ。その声を聞いてか、甲板にいた船員や護衛戦士団たちが再び立ち上がった。
だが……。
「だ、旦那ぁ! か、舵が利きやせんっ!」
「泣き言を言うなっ! 助かりたかったら死ぬ気で舵を切れぇっ!」
操舵手を担う船員からの泣き言にハーゲンが檄を飛ばす。
だが、実際に船は舵を取ることができず、真っ直ぐに大海竜が進んだ方向へとつられるように進んでいた。つまりは大王烏賊と大海蛇が格闘している現場へだ。
なんとかこの状況から脱しないと。そう思い、ふとマストから垂れ下がった帆が目に入った。どうやら、いつの間にか魔導具の魔力が切れたらしい。
もはやこれまで……。
大海蛇だけなら倒すこともできたかもしれない。大王烏賊だけなら何とか逃げ延びることができたかもしれない。だが、今回は大海蛇だけでなく、大王烏賊がいて、さらには大海竜までいるような状況なのだ。既に護衛戦士団だけでどうにか対処できる範疇を超えていた。
皆の瞳が諦めの色で染まっていく。
そんなときに、新たに甲板へ出てくる者たちがいた。カールとレオナ、それにノーラだ。少し遅れてゲルトも現れた。
「さっきまでの揺れ、一体何が起こったんだ!?」
「部屋の中はもうぐちゃぐちゃだよぉ!」
「(コクコク……)」
「せっかく、気持ちよく酔っていたというのに、一体何の騒ぎじゃ?」
「皆さん! 無事だったんですね!」
四人の姿を見て少しホッとした。まぁ、船内にいたわけだし、流石に海の中に放り出されるようなことはないと思っていたが、それでも船内は船内で危険がないわけではない。
「こっちは、なんとかな……!」
「カール君が頭を少し打ったけど、それ以外はなんともないよ!」
「私も大丈夫、です……!」
「ユッタとユッテもそろそろ来る頃じゃわい」
皆無事なようで良かった。カールやレオナはともかく、ノーラについては少し心配していたのだが、彼女も無事だったようだ。ただし、魔力メモパッドに書き込んだ文字は随分と波打っているが。
正直ノーラは部屋の中で休ませておいたほうがいいかなと一瞬思ったのだが、大海竜を前にして船自体がどうなるかも分からない状況を考えると、目の届くところに居てもらったほうが安心できるだろうと思い直した。
そんなことよりもゲルトが先ほど話したことのほうがよっぽど気になった。
「ユッタさんとユッテさんのお二人もこちらに向かってるんですかっ!?」
「うむ、そろそろ出てくるはずなんじゃが……」
そういって、ゲルトは自分たちが出てきた扉のほうに視線を向けた。
だが、しばらく経っても誰も扉から出てくる気配がない。
「……大丈夫なんでしょうか……?」
「分からん。それよりも何が起こっているのか説明してくれ!」
ゲルトの言葉にカールとレオナ、それにノーラが頷く。確かに、船酔いで倒れているであろうユッタとユッテをただ待っているわけにもいかない。俺は簡単に今陥っている状況について四人に説明することにした。
「……なるほどな、状況は理解できたぜ」
「でもそれって……」
「うむ。儂らにはどうすることもできんの……」
「(コクコク……)」
ゲルトの言葉にノーラだけでなくカールとレオナも俯いた。確かに、こんな状況では俺たちにできることなど何もないように思える。
さて、どうしたものか。そう思っていたところ、波の音にかき消されそうな、か細い声が聞こえてきた。
「……ほ、方法ならあるわ」
「ユッテさん!?」
扉にもたれかかるようにして、何とか立っているという姿で現れたユッテだったが、船に打ち寄せる波によってその姿勢を保つことも難しかったのか、力なく床にへたり込んだ。慌ててユッテのもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「ハルトの解毒薬で何とかね……。うぷっ……!」
全然大丈夫じゃなさそうだ。
そんなユッテがもたれかかる扉の奥にはユッタが倒れていた。部屋から何とか這い出てきたらしいが、そこで力尽きたようだ。
いや、そんなことよりも、先ほどユッテが話していたことのほうが重要だ。この窮地を抜け出す方法が本当にあるのであれば教えて欲しい!
「ユッテさん、先ほどのお話、聞かせてください! この場を離れる方法が本当にあるんですか!?」
「……えぇ、あるわ……」
「それは、一体何なんですか!?」
「それは……。うぷっ! ……し、し……」
「し!?」
「し、神雷、よ……。は、ハルトも見たでしょう……? ダ、ダンジョンで、て、天幻の廻廊で……!」
神雷? そういえば、ユッタが双頭蛇に使っていた風魔法と水魔法の二つの属性の混合属性である雷魔法がそんな名前だった。
「神雷は、雷魔法のなかでも最高位の魔法、よ。た、例え、相手が大海竜でも、一瞬くらいは、隙を作ることが、で、できるはず……。うぷっ!」
そこまで話すとユッテは扉に背を預けてずるずると崩れ落ちた。完全にダウンしてしまったようだ。
それにしても神雷か……。確かにユッテの言う通り、風魔法と水魔法の両方がレベル9以上でなければ発動できない高度な魔法だ。もしかすると大海竜が相手でも効果があるかもしれない。だが、その使い手であるユッテがこんな状況ではどうにもな……。
いや、待てよ?
俺は風魔法も使えるし、水魔法も恐らく問題なく使えるはず。問題はレベルだが、これについては確信が持てているわけではないが、何となく。そう、何となくだが、どちらのレベルも9以上ある気がするのだ。未だに自分のステータスを教えてもらっていないし、鑑定眼も自分のことは鑑定できないようで役に立っていないので、あくまで予想にはなるが。
だが、そう考えると何となく使える気がしてきた。うん、俺も神雷を使えそうな気がする。
そう考えると、俺がダウンしているユッテに代わって神雷を大海竜に向かって放つことができれば、この危機的な状況を打破することができるはず。もし使えなかったら、いつもの風魔法『風刃』を威力最大でぶっ放すだけだ。それでだめだったら。……どうしようか?
最後の答えは出なかったが、ともかく、大まかな方針は決まった。
「カールさんたちはユッタさんとユッテさんの介抱をお願いします!」
「お、おう! 任された!」
「ハーゲンさん、これから私が魔法で大海竜を怯ませますから、その隙に船を安全なところまで移動させてください!」
「ハルトの魔法で、だと!? 一体何をするつもりだ!?」
「先ほどユッテさんから聞いた雷魔法をちょっと使ってみようかと!」
「……なんだかよく分からないが、どちらにせよ今の俺にはこの場をどうすることもできないからな。何か打てる手があるのなら、ハルトに任せるぞ!」
任せてくれとは安易に言えないが、ハーゲンの言う通り、今は打てる手を打つしかない。大海竜に向けて神雷を放つ。ただ、それだけだ。
「分かりました! 私が魔法を放ったら、すぐに魔導具を使って船を移動させてください!」
「おう! 聞いた通りだ、ハルトの魔法を合図にこの場から離れるぞ! お前ら、準備を始めろ!」
俺は握っていたロープを手放すと速やかに船首へと向かった。ここが一番大海竜の姿を捉えやすい。
大海竜は既に大王烏賊のもとへと辿り着いたようで、大口を開いて大海蛇もろとも大王烏賊に齧りついていた。もはや怪獣大決戦の様相だ。
「さて、それでは早速やってみますかね……」
ユッテは神雷を使う際に何やら呪文のような言葉を唱えていたが、無詠唱派の俺にはそんなものは必要ない。
「水風魔法『神雷』!」
俺が魔法を使ったその瞬間。辺り一帯が真っ白な閃光に包まれ、超極太の雷の柱が轟音とともに大海竜の頭上に落ちたのだった。
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