受け入れへの課題とミリヤムへの説明
さて、ミリヤムには『尽力する』とは言ったものの、具体的にはどうするべきか。
ミリヤムは領地であるグリュック島(正確には俺が両国から管理を任されている、対魔王勇者派遣機構の土地だが)での里の再建をしたいのだという。それはつまり、この里に住む者たちが全員でグリュック島へと移り住むということを意味していた。
……ぶっちゃけ、グリュック島には対魔王勇者派遣機構の本部となる高層ビルと、まるで宮殿然とした見た目ではあるが、歴とした俺たちが住む予定の屋敷、それに港湾施設ぐらいしか建物らしいものはなく、ただただ無駄に広い敷地と森林が広がっているだけなのだ。
港湾施設には船員が寝泊まりできるようにと用意した宿泊施設もあるにはあるが、この里の者たちを全員受け入れることは難しいと思う。この里の住人が何人なのかは知らないが、それなりの大きさで創ったとはいえ、流石に何百人という規模の人数まで受け入れられるほどの建物ではない。
うん。もし、この里の皆がグリュック島に移住するというのなら、皆が暮らしていけるだけの住居というか、居住スペースは提供してあげないといけないよね?
一応、港湾施設と土魔法で整地した無駄に広い土地にはカイザーの敷設してくれた上下水道のインフラが整備されていたりするのだが、これについては正直ミリヤムたちに何と説明したものかすぐには言葉が見つからなかった。
「(……うん、カイザーについては今説明してもミリヤムたちを混乱させるだけだから、また今度機会があれば説明することにしよう……)」
そう心の中で決めた……。
つまるところは問題の先送りなのだが、今説明すると確実に話がややこしくなるし良い選択だと思う。
因みに、カイザーによって整備されたインフラは、俺がカイザーに伝えた前世の知識をもとにしたもので、整地した土地の地下には上下水道が巡らされている。創造により創り出された水道にはカイザーが貯え飲用に適した清潔な水が流され、下水道に流れる汚水は全てカイザー(の分体たち)によって吸収、分解されて、再び清潔な水として上水道へと循環することが可能なつくりとなっている。
とはいえ……。やはりカイザーによって分解されているとはいえ、汚水が元となった水を飲用とすることには抵抗があったのでそれらは自然に返し、飲用水は基本的には海水を分解したものを用いることになった。これはアメリアたちの強い要望によるものだが、俺も特に異論はなかったので了承した。
そういった経緯もあって、グリュック島では不自由なく飲用可能な水を確保でき、そして汚水も周囲の環境に影響なく処理できることになったのだ。そして、それらは件の高層ビルと宮殿にももちろん適用されている。また、それらのインフラはカイザーの協力により、俺が整地した土地だけでなく、グリュック島全体に適用することが可能なのだ。
……と、そのような話を伝えるとグリュック島は既に移民を受け入れられる体制が整っているように聞こえるかもしれない。だが、決してそのようなことはない。
グリュック島はその名の通り海に浮かぶ絶海の孤島であり、俺が整地した土地や港湾施設以外は今も深く木々が生い茂る森林地帯だ。
狩猟をすれば多少の食糧は手に入るだろうが、このオラーケルの里と同じだけの食量が得られるとは限らない。何せ、グリュック島はこの里と違って文字通り『島』なのだ。食糧となるような動植物には限りがあるだろう。
それに、今のように他国から食糧を安定的に買い付けることが可能な環境とは比べ物にならない。恐らく、すぐに問題が出てくるのは容易に想像がつく。
また、アルターヴァルト王国ともヴェスティア獣王国とも地続きではないことから、当然ながらふらりと行商人たちが訪れることもない。つまり、島内に住む商人のような、ある程度纏まった資金を持った者が、船を持つような大店の商人と定期的に食糧を含む生活物資を輸送してもらうような契約をする必要がある。
今のところ、グリュック島にはそのような商人はいない。あえてその条件に当てはまる人物をあげるとすれば、それはこの島を対魔王勇者派遣機構の責任者として預かり、そしてアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の王都で魔導具店を経営する俺になるだろうか?
だが、俺がそのような契約を結んでいる商人はもちろんいない。まぁ、それは当然で、今のところ、俺たちの拠点をすぐにグリュック島に移す必要性がなかったし、俺たち以外の誰かが移住してくるというのも、もっと先の未来、そう俺たちの拠点をグリュック島に移した後のことになるだろうと考えていたからだ。
そんな状況なので、当然ながら、誰もいない、何もない(と思われている)ような島にわざわざ船を出してやってくる者がいるはずもなく……。
うん。やはり何度考えても結論は同じだ。
今すぐミリヤムたちがグリュック島にやってきたとしても、衣食住が整わない現状では暮らしていけないだろう。彼女らを受け入れるなら、俺も色々と準備が必要になるわけで……。
それはつまり、確実に俺が関係各所に走り回らなければならない未来が待っていたのだ。
「(はぁ……。それにしても、急な話だよなぁ……)」
思わず漏れ出そうになったため息を飲み込むと、その代わりとばかりに頭の中に愚痴が流れ出た。
確かに、グリュック島の管理を手伝ってくれる人材が見つかればいいなとは思っていたのだが、先に述べた通り、俺としてはそれは俺たちがグリュック島に拠点を移してからのことだと考えていた。
それに、そもそもの話になるが、今の俺は魔王のせいで皆と離れ離れとなっている状況であり、遠く離れてしまった皆のもとへ一刻も早く戻りたいわけで、ミリヤムからの言葉は正直に言うと今請け負うにはあまりにも『重い』ものだった。
俺としては、正に青天の霹靂とも言えるものだ。
いや、というか、もしも前世の俺であったなら、今のように皆のもとへの帰還という重要かつ急がなければならないタスクを進めている中で、降って湧いた追加のタスクが自分の許容量を超えたものであれば、流石に上司に相談していただろう。
俺はあまり抱え込まない質だったし、俺の上司だった人もそういったアラートは早めに周りから上げてほしいという質の人だったので、今この場に前世の上司がいてくれたなら、きっと、この状況も理解を示しながら最適な答え(対応)を指導してくれたのだろうと思う……。
だが、残念ながらこの世界には前世のように指導してくれた頼りになる上司はいない。一応、今の上司として世界神や機会神、輪廻神という存在はいるが、前世の上司と世界神たちではその立場があまりに異なる。今のような俺自身がこの世界で招いた些末な問題について相談する相手ではないと思う。
つまり、今は俺が一人で解決しなければならないのだ。そうなると、今の俺から提案できる内容が全てとなる。そして、ミリヤムには大変申し訳ないが、今の俺には彼女に色良い答えを用意することは難しかった。
そんなことを考えているうちに、ふと疑問が頭に浮かぶ。
このような精神的に追い詰められた状況にも関わらず、ミリヤムの言葉を聞いてすぐに彼女のことに心を砕くことができた、そんな余裕があるのは、ひょっとして世界神が創った俺の身体が影響しているのだろうか……?
まさか、ね……? まぁ、どうでも良いか……。
そんなことよりも、今はミリヤムの話に対してどのように対応するかのほうが重要だ。
彼女の希望はオラーケルの里に住む全ての住人によるグリュック島への移住なのだが、本当にこの里の皆がミリヤムの意見に賛同するのかは俺には良く分からない。この里の皆にも移住の是非を問うことになるだろう。まぁ、それは俺ではなくミリヤムが為すべきことなので、俺から何かを言うつもりはないが。
ただ、今回ミリヤムの言葉を聞いて、そろそろ俺もアルトヒューゲルの屋敷から、いや、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国から不満の声が出ないように拠点を移したほうが良いのかもしれないとは、改めて考えさせられたのは事実だ。
正直に言うと、ヴェスティア獣王国での伯爵位への陞爵を祝うパーティーを行った辺りから少しずつ意識し始めていたことだ。何だかんだとやることが多くて、つい優先順位的に後回しにしてしまっていたが、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国での貴族であることを考えれば、どちらか一方に生活の中心があるというのは非常に拙い。
それに、俺は両国の伯爵位という貴族であるだけではなく、アルターヴァルト王国では二人の王子や王女の御用錬金術師であり、ヴェスティア獣王国では王家の専属錬金術師という肩書きがあるせいで、その他の貴族たちよりも王家との繋がりが深い。
それ故に、どちらかの王国、どちらかの王家に肩入れしていると思われるような行動を取るわけには行かないのだ。俺にその気がなくとも、痛くもない腹を探ってくるような輩が現れれば、それぞれの王家に対して不敬だ謀反だと騒ぎ立てて足を引っ張ってくる可能性は十分に考えられる。
元々、俺がこの世界に転生した際に降り立った場所がアルターヴァルト王国で、最初に訪れた街が王都のアルトヒューゲルであり、その地に屋敷と店を構えることになったこともあって、俺の活動拠点は王都アルトヒューゲルの屋敷となっている。そのこともあって、ヴェスティア獣王国側から見れば、やはりアルターヴァルト王国側に肩入れをしているではないかと、いつ言われてもおかしくない状況であるのは事実だ。
そのことを考えれば、ミリヤムからの言葉は俺たちがグリュック島に拠点を移す良いきっかけのように思えてきた。うん、何となくだけど前向きに考えられるようになった気がする。
もちろん、アメリアたちだけでなく、それぞれの国にある屋敷を任せているラルフやテオにも確認や相談が必要だろうが、善は急げともいう。
「(それなら、早々に俺たちがグリュック島に拠点を移す準備も進めたほうが良いかもなぁ。そのほうがミリヤムたちを受け入れる準備も進むだろう)」
そう心に決めたら、後は俺たちの拠点の移動とミリヤムたちの受け入れに必要な条件、それらを一つずつ潰していくだけだ。
そう考えて、一つ一つ条件を頭の中で洗い出していく。すると、ほとんどの条件はこれまでに繋がりを得た伝手を頼りに解決できそうなものばかりであった。もしくは、金銭で解決できるものか、俺が創造すれば解決できるものが多い。
「(まぁ。結局のところ、ミリヤムたちを受け入れるにしても、そうでないにしても……。どちらにしても俺がやるべきことはたった一つで、俺たちがグリュック島に拠点を移した際に、問題なく生活できるよう準備を早急に進めるだけだ)」
そして、その準備にはアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国との連携が必須になる。
ともかく、何をするにしても結局のところは、早急にアルターヴァルト王国に戻り、ヴェスティア獣王国に戻って、ゴットフリートとエアハルトに相談し、その上でミリヤムたちの受け入れ準備を進めるしかないのだ。
そして、グリューエン鉱山に錨泊したままのスキズブラズニルを回収すれば、ミリヤムたちをグリュック島へと移動させられる。うん、やることが何となく見えてきたな。そこまで考えると、ここまで鬱々とも悶々ともつかない、何ともモヤモヤとした気持ちが随分とスッキリとしたように思えてきた。
「(うん。何となくだけど、これからの対応について俺の中で腹積もりというか、方向性が決まったな。そう、腹に落ちたというか……。とはいえ、これについてはミリヤムにも納得してもらわなければならないけれどね……?)」
そう頭の中で結論を纏めた俺は、改めてミリヤムとノーラにに向き合った。
「えっと、先ほどのミリヤムさんのお話についてですが、前向きに検討したいと思います」
「おおっ? では、ノーラをアサヒナ伯爵様の妃に!?」
「ち、違いますっ! そちらのお話ではなくてですね……」
ミリヤムの言葉に未だに布団の中にいるノーラが思わず顔を赤らめながら、その顔を掛け布団で隠そうとする。そんな仕草を見て思わずこちらも顔に熱を帯びるように感じた。
まぁ、流石に、幾ら見た目が十歳でも中身がおっさんの俺が、リアルに一桁年齢のお子様を娶るなんて、そんな犯罪には巻き込まれたくはない。大体、俺の好みはどちらかというと年上のお姉さんタイプなんだからなっ!
そう心の中で要らぬ好みのタイプを告白して強がってみたのだが、今の俺の心と身体は俺が思う以上に年齢相応の反応を示しているようで、俺の心とは裏腹に瞬く間に顔が熱を帯びるのを理解した。そうした俺の様子を見たノーラがより深く布団を被る。
はぁ。ノーラのことはあとに回すとして、今はミリヤムに向き合いなければ。
「そういった話は、お互いのことをもう少し理解できてからにしませんか……?」
「うむ……!」
俺の言葉にミリヤムが小さく頷いて応える。その様子にホッと胸をなでおろすことができた。
「先ほどもお話しした通り、ミリヤムさんのお話について、ミリヤムさんたちが私が管理する土地に移住されるという点については前向きに検討していきたいと思います。ちょうど、私たちも土地を管理するためには人員が必要だと感じていたところですので」
「おぉ、それでは!?」
「お待ちください。私たちがミリヤムさんたちを受け入れるには幾つかクリアしなければならない条件と言いますか、課題があります。そのことについて説明させてください。まず、一つ目にですが……」
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こうして俺はミリヤムに対して、彼女らを受け入れるにあたって考えられる課題と必要な準備、そしてそれらを解決するために必要となる期間について説明を行うことにした。
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