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皆への説明と契約の魔導具

 世界神からノーラが神託を授からなくなった理由は簡単で、世界神が神託というかこの世界との接触を眷族である俺を介してのみ行うようになったことが原因だった。


 いや、確かに伝えたいことが正確に伝わるかどうか分からないような頼りない神託よりも、通話相手と意思疎通ができる神話通信のほうがよほど頼りになるというのは分からなくはない。


 だが、神託は個人間でコミュニケーションを取る神話通信と違って、この世界に住まう全ての者に対して行われる、いわば一斉放送するようなものだ。個人宛ではなく不特定多数に一方的ではあるが情報を伝えられる手段。それが神託なのだ。


 そして、今のところ俺には世界中に連絡を取る手段はなく、そういった立場も二か国にしかない。その二か国が大国なので、やってやれないことはないかもしれないが、これまで神託で事が足りたことにわざわざ俺が骨を折るというのも時間的にもコスト的にも無駄だろう。


 ということで、俺のことを反抗期に入った思春期の青少年のように言ってくる世界神に対して、神託によるメリットと現状について丁寧に時間を掛けて説明した結果、神託の再開を約束させることに成功したのだった。


『……ハルト様の仰ることは分かりましたが、やはり神託だけだと心配ですし、神託と合わせてハルト様へは事前に神話通信でもご連絡させて頂きますね』


「ふむ。そうですね、そうして頂けると助かります。こちらからの情報で神託の内容を変更して頂くこともあるかもしれませんし」


『そうですね。では、そのように致しましょう。取り急ぎ、こちらからの連絡事項は今のところはございませんので、神託を授けることはしばらくないと思います』


「……確かに、そう頻繁に神託を授かることはないですよね。大体、神託を授かる機会が多いというのは良いことではないですよね?」


『その通りです。ハルト様の仰る通り、神託を授けねばならないということは、マギシュエルデに対して解決しなければならない何らかの問題トラブルが起こっているということに他なりませんもの』


「……ですよね。とりあえず、しばらくは問題トラブルがないと聞けたので良しとしましょう」


『はい。ですが、ハルト様。今のところ目立った動きはないようですが、相手はあの試練神から遣わされた魔王ですから。十分にお気をつけくださいね』


 あの試練神というのがどの試練神なのかは良く分からないが「承知致しました」と答える。


 正直、次にどんな試練という名の災厄を齎してくるのか分からないが、何が起きても対応できるように備えておきたい。そのためには早急にアルターヴァルト王国に戻って皆と合流する必要がある。


 皆、元気にしているだろうか。


 アメリアたちのことに思いを巡らせていたが、世界神の声に意識が引き戻された。


『では、ご質問にはお答えできたようですし、私はこれで失礼致します。それから……』


 はぁ、と一つ小さなため息を零すと、世界神が再び口を開いた。


『それから……。ハルト様にお任せ致しますので、周りの方への説明は誤解なきようお願いしますね』


「えっ?」


 世界神の言葉の意味が分からず、思わず驚きの声を上げる。だが、既に神話通信は切れているようで、俺の声に対して世界神から反応が返ってくることはなかった。


 はぁ。世界神と同じように俺も小さなため息を零す。


 その理由は幾つもあるが、とりあえずはノーラが神託を授かれなくなった原因が俺にあったということを彼女らに対してどう説明するべきか頭を悩ませなければならなくなった点が一つ。


 説明するにあたり、自分の出自というか身分について説明しなければならないという面倒臭さが一つ。一応、今のところはただの錬金術師兼冒険者としかユッテたちに話していないからな。


 そして、世界神が最後に残した言葉が何を意味しているのかが一つ……。だったのだが、それについてはミリヤムから掛けられた言葉で全てを察することになった。


「……ハルトよ。其方、先ほどから一体誰と話しておるのじゃ……?」


「ふぇっ!?」


 ミリヤムの言葉に思わず変な声が出た。


 ……あれ、もしかして、俺……。声に出してた……? 世界神とのやり取り、ずっと声に出してしまってた!? うっそ、マジでやってしまったわけじゃないよね……!? え、マジで? ウソ、そんなはずは……。え、ウソじゃない? それじゃあ、一体いつから……? あぁ、世界神の言葉に反応したときから……。


 うぅ、世界神とはずっと神話通信で話していたから思考の中で話していたと思っていたのに、いつの間にか口に出していたなんて、全く気が付かなかったよ……。


 ミリヤムの言葉を聞いてから嫌な汗が止まらない。ゾワッと全身の毛穴が開いたかと思うと、一体どこから出てきたのかと思うほど身体の中から熱が溢れだし、その結果、その穴という穴からブワッと汗が吹き出ているような、そんな感覚が襲い掛かってきた。いや、実際に滝のように汗が額から脇から背中から流れている……。


 そう、まるで大事な顧客情報が詰まったノートパソコンを電車やバス、タクシーなど公共交通機関での移動中に忘れてしまった……。とか、サーバー上のデータを誤って削除してしまっただけでなくバックアップが何らかの問題で取れてなくて復旧できなくなった……。とか、偶によく聞く怪談話のような身の毛もよだつような恐ろしい体験をしたかのような、そんな錯覚に陥ったのだ。


 ……うん、今一度冷静になるんだ。


 皆の視線が集まるのをプレッシャーに感じながらも、動揺していると思われないように小さく深呼吸する。


 すぅ、はぁ。


 もう一回、より深く。


 すぅぅぅ……。はぁぁぁ……。


 ……うん、多少は気が落ち着いただろうか、いや、落ち着いたよな……? そう無理やり心に言い聞かせると、目を閉じて先ほどのミリヤムの言葉を心の中で反芻する。


『……ハルトよ。其方、先ほどから一体誰と話しておるのじゃ……?』


 うん、どう考えても世界神とのやり取りを聞かれていたのだろう。


 あぁ、なるほど……。世界神の言葉はこのことだったのか……。


 ミリヤムの言葉を正しく理解した俺は、同時に世界神の言葉も正しく理解した。


 世界神の言っていた「周りへの説明」って、世界神とのやり取りを聞いていたミリヤムを含む、この場にいる皆への説明を任せるということだったのか……。


 ということは、世界神は俺の声が周りに漏れていることを知っていたということだ。だったら、一言注意してくれたら良かったのでは!?


 ぐぬぬ……。自分の迂闊さを棚に上げながら世界神に対して内心ブーイングを上げると、ミリヤムたちに何と説明したものかと思考を巡らせる。世界神からも釘をさすように「誤解のないように」と言われている。


 ……しかし、そう言われてもねぇ?


 深呼吸の効果か、それとも時間経過によるものか。先ほどよりも多少は落ち着いてきたが、ミリヤムの言葉に俺の心の中は未だに、それでも多少は勢いが落ちついてきたが、熱帯低気圧に変わりつつある台風の天候程度には波立っていて、深く考えることはできない。


 だが、ミリヤムだけでなく周りにいるユッタやユッテたち、それに、いつの間にか目を覚ましたノーラもその小さな身体を起こして、前髪に隠れた瞳がこちらの様子を窺っていることは理解した。そう、「早く説明しろ」と催促するように皆の視線が俺に集まっているのだ。


 ふむ……。


 どうやらミリヤムの問いに答えるには、あまり時間がないようだ。俺の答えがどれだけ周りに影響を与えるかとか、色々と配慮というか考慮というか、考えてから答えたほうが良いのだろうが、そうも言ってられない雰囲気が漂っている。


 色々と考えた結果、下手に誤魔化すより、素直に、正直に伝えたほうが良さそうだと判断した。


 誤魔化しても絶対あとで辻褄が合わなくて面倒なことになる、そんな気がしたのだ。ならば、普通に俺のことを伝えるだけで問題ないのではないかと考えたのだ。そう、皆が知っている俺の身分や立場について……。


「はぁ。そうですね、ミリヤムさんだけでなく、ユッタさんたちにも改めてお話ししておいたほうが良さそうですね。私がヴェスティア獣王国へ戻るまでの護衛をお願いしていますし、もう少し私のことを知って頂いたほうが都合が良いでしょう」


 そう話すと、小さなため息を溢して、再び俺は口を開いた。


「私は、私の名はハルト・フォン・アサヒナと申します。この通りFランク冒険者の身でありますが、アルターヴァルト王国の第一王子リーンハルト殿下及び第二王子パトリック殿下、そして第一王女フリーダ殿下の御用錬金術師です。あとは……。名前の通り、アルターヴァルト王国の貴族で伯爵位となります」


 そう言って、懐に手を突っ込むとアイテムボックスに仕舞っていた伯爵位を表す黄金色に輝く徽章を取り出して皆に見せた。双頭の四翼大鷲の意匠が緻密に彫刻された徽章に皆が息を呑んだ。


 そうそう、御用錬金術師としての証である紋章旗も念の為皆に見せる。普段は店先に掲げているリーンハルトとパトリック、そしてフリーダの三つの紋章旗だが、予備をアイテムボックスに入れていたのが功を奏した。


「そして、ヴェスティア獣王国の王家専属錬金術師であり、ヴェスティア獣王国の貴族でこちらも伯爵位となります」


 こちらはヴェスティア獣王国からアルターヴァルト王国へと帰還する際のパーティーでエアハルトから授かった、伯爵位を表す短刀だった。短刀の柄や鞘には豪華な意匠が施されていた。そして、王家専属の錬金術師を表す紋章旗を並べて置くと、こちらも目を見張るように皆の視線を集めることとなった。


「珍しいかもしれませんが、この通りアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の二国で伯爵位を賜りました。そのせいか、二国伯などと呼ばれることがあります」


 未だに皆はアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の貴族位を表す徽章や短刀、そして御用錬金術師や専属錬金術師を表す紋章旗に視線が釘付けになっているが、あまり説明を長引かせるのも良くないだろう。


 俺は再び懐を探るように、アイテムボックスから三対の翼を背負う天使の意匠をモチーフとした徽章を取り出した。そう、対魔王勇者派遣機構の徽章だ。


「そして、こちらがアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国間で設立された『対魔王勇者派遣機構』の徽章です。私は両国間に設立された対魔王勇者派遣機構という組織の責任者であり、対魔王勇者派遣機構の本拠地を置くグリュック島を治める領主のような立ち位置にあります」


 世間では二国伯だけでなくグリュック伯なんて呼び名まで出てきているが、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国、両国の上層部の一部では、俺のことはただの伯爵位としてではなく、対魔王勇者派遣機構の責任者として、勇者であるセラフィを率いる者として、認識されているのだそうだ。


 そのおかげもあってか、両国で王家に影響力のある俺を派閥に取り込みたいという貴族も多いらしいのだが、自主的にそういった欲を抑えることができる者と、積極的に俺を取り込もうとして両王家が抑えられる(取り潰される)者がいるのだと聞いたことがある。後者は対応が楽だが、前者は中々尻尾を出さないので、検挙できないらしい。全く、貴族には面倒な奴が多いようだ。


「最後に、皆に伝えておくことがあります。これについては契約書を交わしたほうが良いでしょうから、私のほうで用意した契約書の魔導具に署名して頂いてからお話ししましょう」


 そう皆に伝えて、俺は一枚の書類を創り出した。基本的には、これから話す俺の言葉を俺の仲間と認める者以外に漏らさないということと、漏らした場合の罰則についてまとめることにしたのだ。以前、ミリヤムから聞いた巫女とこの里の被った被害を考えると、罰則については普通に厳罰(致死)とするほうが良いだろう。


 そうして諸々の条件を纏めた、一見ただの羊皮紙に見える契約書の魔導具を皆に見せると署名を促した。


「こちらの契約書の内容に従えるという方は、お手数ですがこちらに署名サインをお願いします。逆に、従えないという方はこの部屋から速やかに退出してください。それぐらい重要なお話を私は皆さんにお伝えしようと考えています」


 そう伝えると、部屋にいるミリヤムたちは戸惑うように俺が手にした契約書に視線を向けた。まぁ、突然そんなことを言われてもすぐに同意できるものではないだろう。そう思っていたのだが、ユッタたちは皆で顔を見合わせたと思うと、皆で頷き契約書に次々とサインしていった。良く分からないが、ユッタたちには迷いがなかったらしい。


「私たちはハルトをヴェスティア獣王国まで送り届けるという依頼を受けるのだからな。ハルトのことを知っておく必要があると思ったのだ。それに、私たちにはハルトの話を他に漏らして死ぬような馬鹿はいないさ」


 ユッタの言葉にユッテたちが一斉に頷く。まぁ、確かに署名した上で俺の話を他者に漏らす≒死を選択するような者たちではないだろう。それに、ユッタが話した通り、これから暫らく付き合うことになるのだ。思わぬところでこれから伝えることを知る機会があるかもしれない。そう考えると、今の時点で契約を交わしておいたほうが良いのかも知れない。そんなことを考えているうちに、ユッタたちは署名を終えたようだ。


 ミリヤムやノーラ、そしてミリヤムとノーラの側仕えと思わしきエルフがユッタたちの様子を見ていたのだが、署名について特に問題がないと思ったのか、ミリヤムが率先して署名しようとしたのだ。


「うむ。ユッタたちの様子を見れば、即座に問題になるものではないことは分かったしの。……それに、私は降神の秘薬を創ることができるハルトの話を聞いておいたほうがよいと感じたのじゃ。だが、多くの者が聞くよりも、私だけが聞くに止めたほうが良いじゃろう」


 そう言うと、控えていたミリヤムとノーラの側仕えたちが部屋から出て行った。「……最悪の場合の被害は最小限に控えたほうが良いからの、これで良かったのじゃ」そんなミリヤムの呟きが聞こえた気がする。


 それにしても、ノーラはこの場に残っているが、本当に良いのだろうか。


「問題ない。ノーラも神託を授かれなくなった巫女として、その原因を聞く必要があるじゃろう。その権利はあると思う」


 ミリヤムの言葉にノーラも首をぶんぶんと振るように首肯する。どうやらノーラは既に降神の秘薬・改の酔いからも完全に復活しているように見える。


 はぁ、と小さく息を吐きながら、この場に残っているミリヤムとノーラにも魔導具である契約書に署名させると、俺は契約書の内容を確認してから改めて皆に向き合った。


「それでは、改めて皆さんにお話しします。私はハルト・フォン・アサヒナ。私の従者には神より神託のあった勇者セラフィがいます。そして、私はアルターヴァルト王国の神子という、ノーラさんの巫女と同じように、神様からの言葉を授かることができます。今回、ノーラさんが神託を授かれなくなった理由、それは神託というか神様の意志が、その神様によっていつの間にか全て私だけに向けられることになっていたからです……」


 俺の言葉にミリヤムもノーラも、そしてユッタたちも驚いた表情で固まっている。まぁ、突然このようなことを言われても信じられるわけがないだろう。大体、子供のような容姿の俺の言葉などそう簡単に信じてもらえるものではない。俺がアルターヴァルト王国の神子だなんて、普通は信じられないだろう。


 そんな話だけでも胡散臭いことなのに、神託が俺だけに向けられているだなんて信じられるものではなかった。実際、俺の話を聞いたミリヤムやユッタたちからは僅かに疑いの色を帯びた視線を投げ掛けられていたのだから。


 さて、どうしたものか……。


 世界神から誤解のないように皆に説明するようにと言われていたので、包み隠さず全てを話したつもりだが、何だか余計に疑われる結果になったような? これからどうやって誤解を解くか考えようとしたとき、突然先ほどまで話をしていた世界神からの着信音が頭の中に鳴り響いたのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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