巫女の歴史(後編)
ふぅ、と息を一つ吐いて、ミリヤムは更に続ける。
「ともかく、そんな状況が長く続いたのじゃが、当時の里長が争いを止めるために、『巫女が授かった神託は国や里、そして種族に関係なく、等しく皆に伝える』という方針を打ち出し、無事争いを終息させたのじゃ。こうして、この里は周辺の国々や里村に対して、巫女が授かった神託を伝える役目を担うようになった、というわけじゃよ」
「なるほど」
ふむ。ミリヤムが話した通り、多くの国から巫女が狙われたとすれば、当然この里の者たちは巫女を守ろうとしたはずだ。だが、それは争いを更に激しいものにした可能性がある。
そう考えると、当時の里長が、巫女の授かった神託という、それまで機密だった情報を公開することに踏み切ったのは英断だったといえる。
巫女が授かった神託というのは、その情報の精度の高さから、使い方次第では他の国々や里村を出し抜き、里を繁栄させることだってできたほど優れたものだ。実際、故意ではなかったと思うが、先ほどミリヤムが語った通り、ドラゴンの大襲来という災厄からこの里だけが難を逃れることができたのだから。
国家の繁栄を求める国王のような者たちからしてみれば、喉から手が出るほど欲しがるだろう。まぁ、だから争いになったんだろうけど。なんにせよ、それだけ貴重な情報を争いを鎮めるためとはいえ、オープンにするという決断は中々できるものではないと思う。
「その当時の里長は、随分と勇気のある決断をされましたね」
「うむ、その通りじゃ。勇気ある決断によって、今日までこの里が存在しているのじゃ!」
ミリヤムは大きく頷くと、実感のこもった口調で話を続ける。
「そう、先々代のおかげで今のオラーケルがあるのじゃ……。我らの里は大した産業もないが、巫女の神託による利益のおかげで、皆飢えることなく豊かに暮らせておる」
うん? ちょっとミリヤムの言葉が気になった。『巫女の神託による利益』って、一体どういうことなのか……?
「あの。今のお話、もう少し詳しくお伺いしても?」
「む? あぁ、うむ。ハルト、其方が聞きたいのはこの里の産業のことかの? この里は見ての通り、森の中にあることもあっての、他の里のように米や麦を育てるのに適した田畑を大きく取ることができなくての。それ故に、昔からこの里では森での狩猟や採取に頼ってきたわけじゃ」
ふむ。確かに、このオラーケルは森の中にある小さな集落で、里の中も切り開かれているわけではなく、木々の間に小さな小屋がぽつぽつと点在しており、それと合わせるように小さな畑や田んぼが点在しているに過ぎない。ミリヤムの言う通り、森の中での狩猟や採取が主な産業なのだろう。
だが、それは俺が求めていた答えではない。
「それで、先ほどの『巫女の神託による利益』というのは……?」
「うむ。先ほども話した当時の里長、つまり先々代の里長じゃが、『巫女が授かった神託は国や里、そして種族に関係なく、等しく皆に伝える』と言って争いを止めたのは先ほど話した通りじゃ……。じゃが、それは一時的なものでの。実際に、神託を伝えるにあたっては、相応の条件があっての……」
「条件ですか?」
「……うむ、条件というのは他でもない。巫女が授かった神託、それを公開する相手とはそれぞれ個別に契約を交わすことにしたのじゃ。つまり、こちらから巫女が授かった神託の内容を伝えるにあたり、相応の金銭を報酬として受け取る、というものじゃ」
「あぁ、なるほど。つまり、ライセンス契約のようなものを結んだということですか」
ふむ。そう考えると全てが納得できた。つまり、巫女が神託によって授かった情報を他の国々や里村へ伝えるにあたり、その情報提供する相手から相応の報酬を得るという契約を交わしたのだろう。というか、巫女による貴重な情報を公開すると聞いて、何とも豪胆というか、勿体ないと思ったのだが、俺が思った以上に当時の里長は強かであったようだ。
だが、ミリヤムは不思議そうに首を傾げながら、俺の発した言葉を繰り返す。
「ら、らいせんす、というのは一体?」
「あ、すみません。その、何でもないです……。えっと、つまり、神託という情報を伝える代わりに、報酬を受け取るという契約を交わされたんですね?」
「う、うむ……。しかも、その報酬となる金銭は一律ではなくての、当時の里長が提案した内容は、国家や里村の規模、主に人口に応じて報酬となる金銭が変わるというものだったのじゃ。それは、当時としては非常に画期的な契約でな。特に人口の少ない里村から圧倒的な支持を得たと聞いておる」
なるほど。所属する団体の規模によって報酬の金銭の額が変動するというのなら、それほど人数が多くない、小規模な里村にとってみれば助かるものかもしれない。
だが、多くの人が集う大国、そう、例えばゴルドネスメーア魔帝国のような大国にしてみれば、巫女から得られる情報に比べて、その負担は決して軽いものではない。恐らくは、相当な反発があったのだろうと推測する。
「いや、それがの。その採決については、各国家及び里村の代表による投票で取り決められたのじゃが、当時はまだ大小さまざまな里村が数多くあっての、大国であっても無視できないほどの票差でもって、そのように決まったのだそうじゃ」
「なるほど……。それにしても、それはそれで凄いことですね……」
確かに、何の禍根もなく多数決だけで全てのことが採決されれば健全だとは思うが、当時のこの世界は、現在よりも秩序立った世界とは言えなかった。
つまり、生前の世界のように多数決の結果がそのまま受け入れられるようなことは少なく、例え力なき多くの意見がどれだけ集まったとしても、強大な力のある一つの意見には敵わないという、そんな世界であった。
そんな世界でありながらも、純粋な多数決の結果がそのままを反映され、そしてその結果が履行されたというのだから、先々代の里長は、よほど大きな力を持っていたのだろう。
「うむ。先々代は、巫女と同じく始祖に連なる血筋であったからの。その力は巫女と同じように神託を授かるだけでなく、魔法や錬金術についても当時の最高峰の使い手であったと聞いておる。それ故に、大国も容易には手出しができなかったというのが真相らしいの」
もう少し詳しい話を聞いたところ、先々代の里長はその力を行使し、大国の主張を抑え付け、有無を言わさず、多数決で決まったことを粛々と推し進めたそうだ。
それにしても、大国を抑えるだけの力というのは一体どれほどのものだなのだろうか……?
少々気になるところではあったが、それ以上に、俺は同じ錬金術師として先々代の里長の錬金術師としての実力も、当時としては最高峰であったという話が気になった。
これについてもミリヤムに聞いてみたのだが、先々代の里長が『降神の秘薬』を錬金したことがあるという文献が残っているのだそうだ。なるほど、それが本当なら、確かに錬金術の腕前は俺と同じくらいはありそうだ。
ふむ。少し話が横道に逸れてしまったが、ともかく、先々代の里長はその力によって、この里が今日まで続いてきたということはミリヤムの話で理解できた。
判断力と決断力、そして実行力を兼ね備えた傑物だった先々代の里長。そのような人物こそリーダーであって欲しいと思うのは、俺だけではないはずだ。そんなことを話すと、ミリヤムも大いに頷いていた。
恐らく、そういった実力だけでなく、周囲の者たちを率いることができるだけのカリスマ性をも併せ持っていたのではないだろうか。だからこそ、それだけの大業を成し遂げることができたのではないかと、そう推測した。
「そういうわけで、先々代の里長、つまり我が祖父様の功績によって、今のオラーケルがあると言えるのじゃ」
「えっ!?」
ミリヤムの言葉に対して思わず声を上げる。
今、彼女は先々代の里長が自身の血縁者であると言ったのだ。
「マジですか!?」
「もちろん、マジじゃ!」
はぁ。ミリヤムの言葉だけでは俄かに信じ難い……。
というのも、ミリヤムからはそれほど強い魔力を感じることができなかった。実際に鑑定しても、リーザやリーゼほどしかなかったのだ。まぁ、それでも魔力は十分に高いほうなのだが、先ほどまで話に聞いていた先々代の逸話を考えると、先々代の里長の血縁者とは思えなかった。
念のため、後ろを振り向いてユッタとユッテに確認するが、どうやら本当らしい。二人とも腕を組んでうんうんと頷いている。
うーむ。ユッタとユッテの反応から察すると確かにミリヤムは先々代の里長の孫のようだ……。
「むぅ。どうやら疑っておるようじゃが、本当のことじゃぞ。それにハルトは知らないようじゃが、親の特技や能力をそのまま引き継ぐわけではないからの」
ミリヤムの言っていることは半分は正しい。実際、特技は取得のし易さのようなものは子孫に引き継がれることがあるものの、取得した特技はどちらかというと後天的なものであり、本人の努力によることが大きい。
だが、身体能力、つまり各種の能力や体力や魔力、人によっては精霊力や神力、そういったものはある程度は遺伝によって子孫に伝わるものなのだそうだ。以前図書館で読んだ書籍に幾つかのサンプルとなるデータとともに記載されていたことを思い出した。
また、その遺伝は両親のどちらかの能力が反映されるのだが、基本的には能力や体力、魔力は両親の高いほうを受け継ぐことが多いとも記載されていた。そのことから察するに、どうやら、ミリヤムの親は先々代の里長からはその能力を引き継がなかったようだ。ふむ、なるほどな……。
「確かに、そうかもしれませんね」
ミリヤムの言葉に首肯する。
だが、そんなことよりも、もっと大事な話を聞かなければならない。
俺が確認したいのは、結局のところ巫女であるノーラが何故神託を授かることができなくなったのか、その理由についてだった。つまり、問題の根本を解決することさえできれば、今回の一件も全て解決できるのではないかと考えて、そのことを聞くことにしたのだ。
「えっと、少し話は変わりますが、結局いつ頃からノーラさんは神託を授かることができなくなったんです……?」
俺がそう話すと、ミリヤムは額に手を当てながら暫し顔を背けて目を閉じると、深く深呼吸するように、肺に吸い込んだ息を鼻から吐き出した。
「つい先日じゃよ……。先日、ハルト・アサヒナの従者であるセラフィなる者が、この世界の新たな勇者として誕生したという神託を授かったのじゃ。これはノーラだけでなく、この地の多くの神官たちも授かったと聞いておる。恐らく、全世界の神官たちも同様に神託を授かったのじゃろう……。じゃが、それ以来ノーラが神託を授かることがなくなったのじゃ……!」
「はぁ!? えっと、そのもう少し詳しく教えてくださいっ! あの、それより前までは巫女であるノーラさんは神託を授かることができていたんですよね!?」
ミリヤムの話してくれた、ノーラが最後に神託を授かったタイミングが妙に気になって、もう少し詳しく話を聞きたくなった。
「あぁ、その通りじゃ。そもそも、我が里の巫女が神託を授かるタイミングや頻度は、他所の神殿に仕える神官たちのそれよりも遥かに多かったのじゃ! これまでも、一月に何度も神託を授かってきた……! ま、その内容は実にくだらない、神の愚痴や独り言とも言えるものも多かったが……。じゃが、気が付けば、勇者の誕生を知らせる神託以来、ノーラが全く神託を授かれなくなっていたのじゃっ!」
ミリヤムが必死に神託を授かれなくなった状況を伝える。ミリヤムが言うには、これまでは国家や里村の存亡に影響のあるような神託だけでなく、愚痴や雑談のような内容の神託もノーラは授かっていたらしい。
全く、世界神は一体何を神託してるんだか……。
ミリヤムの話を聞いて思わず溜め息が漏れる。
「このままでは、先々代の里長が各国と取り交わした契約を我らが違えたのではと疑われる可能性もあるっ! 既に、ゴルドネスメーア魔帝国を筆頭に、新たな神託を授かっていないかと確認する書状が幾つも里に届いておるのじゃっ! 再び、巫女が原因で争いに繋がるようなことだけは避けなければならないのじゃっ!」
あぁ、なるほどな。ゴルドネスメーア魔帝国の神官たちもノーラと同様に神託を全く授かれなくなったらしい。それもあってか、各国も不安になったようで、巫女が新たな神託を授かっていないかと、この里に確認を行っているようだ。
だが、その裏では『実は巫女が授かった神託を里が隠匿しているのではないか』と、各国から疑いを掛けられているらしい。そんなことは事実無根なのだが、このままでは下手をすると先のような争いが再び起こる可能性もあり、そういった事態になることをミリヤムは危惧しているみたいだ。
「えっと、つまり、このままだと拙いんですよね?」
「当たり前じゃっ!」
あぁ、だからわざわざ『降神の秘薬』をユッタたちに頼んだわけか。ようやく腹に落ちたというか、ミリヤムがユッタたちに依頼を出した本当の理由が分かった気がするな。
それにしても、急にノーラやこの地の神官たちが神託を授かることができなくなったのは一体何故なのか……?
俺は、その理由を知っているだろう人物と連絡を取るため、すぐに神話通信を行うことにしたのだった。
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