魔王の名前とパーティーの事情
レオナたちが口にした、女冒険者の名前。それは思ってもいないようなものだった。
「あの、聞き間違いでなければ、その冒険者の名前、『魔王』と聞こえたんですけど……?」
恐る恐る、レオナたちに聞き返すと、キョトンとした様子で互いに顔を見合わせた。
「マオウちゃんだよね?」
「マ・オウじゃったか?」
「マオ・ウじゃねーか?」
「……やはり、『マオウ』なんですね……」
何だか、どこかの外国人っぽい名前にも聞こえるが、三人とも『マ・オ・ウ』という三文字は共通している。それに、文字の並びも一緒だ。
マオウ、つまり魔王が冒険者を装ってこの大陸に来ているとすれば、新たな試練はこの大陸で発生する可能性が高い。
いや、それよりも、ユッタは魔王の見た目は華奢な普通の女の子と言っていたな。俺が難度Sランクのダンジョン『天幻の廻廊』に転移させられた時に見つけた宝箱、その中に入っていた、恐らくは魔王からと思われる置き手紙。その内容から、魔王は年若い女性だろうことは想像していたが、ユッタの言葉を聞いて、それが確信に近いものに変わる。
これは、下手をすれば、とんでもなく拙いというか、面倒な事態になりかねないな…。
アルターヴァルト王国はこの大陸にある国々、特に影響力のあるゴルドネスメーア魔帝国とはまだ正式な国交を結んでいない状況だし、ヴェスティア獣王国もそれは同様だ。ただ、乾物屋のアーベルのように、個人的な商取引は存在しているようだが。
ともかく、『なるはや』でアルターヴァルト王国に戻ってゴットフリートやウォーレンにゴルドネスメーア魔帝国との国交樹立を進めてもらう必要がある。また、ヴェスティア獣王国にも同様に正式な国交を結んでもらうよう、エアハルトに相談が必要だ。
未だ、対魔王勇者派遣機構はアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の二国間の組織でしかない。他国で魔王に関連する災厄が起きたとしても、今の俺たちが直接的に手を出すことは難しい。
慈善事業としてなら、喜んで受け入れてくれるかもしれないが、俺もアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国ではそれなりの立場にあるのだ。自国で報酬を得てやっていることを、他国で無償でやることなど国民に対して説明ができない。
やはり、早々にアルターヴァルト王国、そしてヴェスティア獣王国に戻る必要がありそうだ。
「ハルト君、どうしたのかな? 随分と難しい顔をしているけれど?」
「はっ!? えっと、その、何でもないです……!」
レオナの声にハッと顔を上げると、そこにはレオナたち皆の視線が並んでいた。そのことに気づいて、俺は慌てて笑顔で答えたつもりだったが、笑顔というよりも苦笑いに近く、余計に皆を心配させてしまったらしい……。
とはいえ、このままにしておくわけにもいかないからな。なるべく早く、ユッタたちとヴェスティア獣王国を目指すことにしよう。そうと決まれば、さっさと荷造りを進めてこの大陸からアルターヴァルト王国やヴェスティア獣王国方面へと船が出ている唯一にして最大の港町でもある、ゴルドネスメーア魔帝国の帝都ヴァイスフォートへ向かわなければ。
そう考えていたのだが、どうやら出発にはもう少し時間が必要なようだ。先ほどから俺たちの様子を少しイライラした様子で見守ってたミリヤムが遂にしびれを切らしたようで、声を上げた。
「そろそろ、良いかの? すぐにでも『降神の秘薬』をノーラに飲ませてやりたいのじゃが……!」
依頼主であるミリヤムを放置して勝手に話していたのは俺たちのほうなので、ミリヤムの話を断るわけにはいかないだろう。むしろ、謝罪する必要がありそうだが、そんな時間すらミリヤムにとっては惜しいようだ。
ユッタが「あぁ」と短く答えるやいなや、早々に手を鳴らすと、ミリヤムがそばに控えていた近習とともに、件の巫女であるノーラをここに呼ぶために部屋から出ていった。
因みに、ユッタたちとノルデンシュピース連邦国の首都シュピッツブルクに行ったときから感じていたのだが、この辺りの建物は土足厳禁の文化であり、ミリヤムや近習を除く俺たちは裸足であり、今も板張りの床の上に敷かれた座布団の上で正座する形でミリヤムと対面していた。
カールやゲルトも最初のうちは俺と同じように正座していたのだが、気が付けば足を崩しており、今はあぐらをかいてリラックスしている。レオナも横座りで姿勢を崩していた。
彼らとは対照的に、両隣のユッタとユッテの二人が未だに正座しているところを見るに、流石は地元民といったところか。かくいう俺も正座を続けていたが流石に足が痺れそうだったので、あぐらをかくことにする。
「えい!」
「だぁっ!? やりやがったなぁ!」
「これ、暴れるでない!」
レオナがカールの痺れた足の裏を指先で突っつくと、カールも黙ってやられているでなく、当然のようにやり返す……。
全く、『子供か!?』と思わずツッコミたくなるところだが、きっと、魔人族であるレオナや獣人族のカールにとって、この床に直に座る文化は珍しく、テンションが少し上がってはしゃいでしまったのだろうとスルーすることにした、のだが……。
「へへーん! 知っての通り、私はユッタとユッテの二人にこの里には何度も連れてきてもらっているからね! カールとゲルトよりもこの里の作法についてはプロ並に詳しいのよ! 二人のように途中から姿勢を崩すのではなく、私は最初から足が痺れないように座っていたから全然痺てないもんねー!」
「「何ぃ!?」」
レオナの言葉に俺とカールの声がシンクロする。
レオナの独白でただのイタズラだったのだと理解した。いや、理解したのだが、いい大人がそんなイタズラをクライアントとの打ち合わせの場でするなんて……。
二人の仲の良さ(?)を思えば、多少のじゃれ合いも不思議ではないが、もう少し人目のない、プライベートなところでやって欲しい。うん、何というか、社内恋愛中の男女が業務中にいちゃついているところに出くわしたかのような、何とも気不味い気分になってくる。地味にダメージがでかいやつだ……。
それはともかく。今のレオナの言葉で、Aランク冒険者パーティー『精霊の守り人』の中で、ユッタとユッテの二人に次いでの古株はレオナなのだろうと推測できた。
それと合わせて、パーティー内の序列も分かってきた気がする。つまり、あれだろ? 力関係的には男性陣よりも女性陣のほうが強いってことだ。
ふむ……。そう考えると、Aランク冒険者パーティー『精霊の守り人』は女性三人に男性二人という職場に例えると、その中に男女のカップルが生まれたとして、他の三人は気不味さを感じないのだろうか……?
いや、もちろん皆の関係が良好なのは分かっているが、それでも気になるよなぁ?
下世話な話になるので当の本人に直接聞くのは気が引けるが、ユッタとユッテ、それにゲルトの様子を伺うと、特に気にする様子はなく飄々としているように見える。意外と、職場の仲間として割り切ったドライな関係なんだろうか?
前世の職場では社内恋愛とか、職場結婚とか、色々と面倒臭そうな話が多く、また実際に面倒な相談を部下から受けることもたまにあったので、『精霊の守り人』のそういった事情を野次馬根性で聞いてみたくのは仕方のないことだと思う、多分……。
そんなことを考えていると、不意に隣からユッタが声を上げる。
「二人とも、その辺りにしておけ。そろそろミリヤムたちが戻ってくる頃だ」
「「「!?」」」
ユッタの言葉の直後、ユッテが長い耳をピクリを動かした。まるで、ダンジョン内でこちらに気づかぬ敵を察知した時のように、レオナとカールだけでなく、ゲルトまでもが姿勢を正した。ついでに、俺も。
耳を澄ますと、確かに、扉の奥からは足音が部屋の外から聞こえてきた。足音と言っても、古い寺社の鶯張りのような軋み音と言ったほうがいいだろうか。
ユッタの言葉から間もなく、引き戸の奥に人の気配を感じた。それと同時にをノックする音が鳴り響いた。それに応えるようにユッタが『どうぞ』と短く答えると、するすると引き戸が開かれ、ミリヤムが数人のエルフを引き連れて部屋の中に入ってきた。
「新たにユッタたちに加わったハルトは初めてじゃったな。この娘がノーラ、我が里の神託の巫女じゃ」
ミリヤムにそう言われて紹介されたのは、俺よりも少し年下のように見える、一人の少女、いや幼女だった。
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