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依頼達成とユッテたちの誤解(前編)

「――それで、そこのハルトと申す子供が『これ』を錬金したと、そう言うのじゃな? ふむ。確かに、『降神の秘薬』には違いないようじゃが……」


 目の前に座る美しいエルフの女性は、そのように呟くと長い髪を耳にかき上げながら、手に取った小瓶、つまり『降神の秘薬・改』を四方八方、三百六十度、隅々まで確認する。先の言葉から察するに、恐らくは鑑定をしているのだろう。


 ユッタとユッテの故郷であるエルフの里『オラーケル』にやってきた俺たちは、早速今回の指名依頼の依頼主であり、ここの里長でもあるミリヤムと顔を合わせることとなった。


 もちろん、その理由は、俺がユッタたちのパーティー『精霊の守り人』の臨時メンバーとして参加したことや、指名依頼の内容である『降神の秘薬』について、彼女らが手に入れた素材を元に俺が錬金したこと、そして、錬金した『降神の秘薬』が実は『降神の秘薬・改』という、通常よりも高い効果を秘めたものになってしまったこと、それらの情報全てを依頼主であるミリヤムに報告するためだった。


 依頼を受けた後から加わった臨時メンバーということで、多少の文句や嫌味の一つくらい言われる覚悟をしてミリヤムとの会見に臨んだのだが、ユッタが『降神の秘薬』を手に入れるために必要な人材として臨時メンバーとしたことを伝えたこともあってか、意外にも好意的に迎えられることになった。


 というか、ユッタたちからの紹介もそこそこに、俺のことなんかよりも『降神の秘薬』の確認が先だと言わんばかりに、それを見た誰もが急ごしらえと分かるような、丸太の上に木の板を乗せただけの簡素過ぎるテーブルと、テーブルに並行するように置かれたベンチ代わりの丸太が並ぶ里長宅の庭先へと招かれたのだ。


 そして、今の状況に至るというわけだ。いつの間にか、ミリヤムが手に持っていた小瓶を机の上にことりと置いていた。どうやら鑑定を終えたのだろう。


「それにしても、この『降神の秘薬・改』というものは初めて見たのじゃ……。通常の『降神の秘薬』よりも得られる効果が高いのも間違いなく、こちらとしても願ったり叶ったりというものじゃ。よくも、このような代物を手に入れたものよのぅ……」


 引き続き、机の上に置いた『降神の秘薬・改』に視線を向けながらミリヤムがそう独り言のように呟く。


「あぁ。それもこれも、ハルトのおかげだ。ハルトに出会わなければ、今回の指名依頼は確実に失敗していただろう」


 ユッタがミリヤムの独り言に応じるように呟く。その言葉にユッテやレオナたちも感慨深そうに深く頷いた。難度Sランクダンジョン『天幻の廻廊』、その三十階層の階層主との戦いを思い浮かべているのかもしれない。


「そうね、それに期日も本当にぎりぎりだったし……」


 ユッテの言葉で思い出す。そう言えば、依頼の期日もぎりぎりだったんだっけ。昨日見せてもらった契約の書にも期日が書いてあったな。確か、残り五日を切っていたはずだ。


 普通ならダンジョンの三十階層から地上へ戻るには、少なくとも数日は掛かると思う。それを数時間で駆け上がったのだから大きな時間短縮ができたと言える。だが、それにしてもぎりぎり過ぎるだろう……。まぁ、ユッタたちは三十階層の階層主を討伐次第、地上へと引き返すつもりだったらしいけど。


「ふむ……。この際、過程はどうでも良い。それ以上に、今回は『降神の秘薬』を無事手に入れることができたという結果のほうが重要じゃ。しかも、手に入れたものが通常の『降神の秘薬』よりも効果が高いものだという点も評価できる。ユッタ、ユッテ、それにレオナ、ゲルト、カール。其方らは私が期待していた以上の成果を出してくれたと言って良いじゃろう……。今回の指名依頼、達成したと判断するには十分過ぎる成果じゃ。良くやった!」


「いよっしゃあー!」


「やったわね!」


「うむっ!」


 カールが勢いよく拳を宙に突き上げて叫ぶと、レオナはそんなカールの肩をバシバシと叩いて喜び、ゲルトはひとり静かに依頼達成を噛み締めるように頷いた。


「全く、今回ばかりは流石に失敗するかとヒヤヒヤしたよ」


「失敗するとかいう以前に、本気で死ぬかと思ったわ……」


 ユッタの言葉にユッテが疲労感を漂わせながらぼやく。


 確かに、『降神の秘薬』の錬金素材を手に入れたが、肝心の錬金術師がこの辺りでは見つからなかった。そのせいで、難度Sランクのダンジョン『天幻の廻廊』に一か八か挑むことになり、挙げ句の果てには、三十階層の階層主との戦闘でユッタたちAランクの冒険者パーティー『精霊の守り人』のメンバー全員が、その命を落とすところだったのだ。ユッテからぼやきが出るのも仕方のないところかもしれない。


 うん? 今の内容を改めて振り返って見ると妙な違和感を覚える。


 ユッタとユッテはここ『オラーケル』の出身だという。ここはノルデンシュピース連邦国の首都シュピッツブルクから馬車で街道を辿ると六時間程度で着くような森林地帯だ。つまり、この世界の基準というか、感覚で言うとそれほど遠く離れた場所ではなく、むしろ首都郊外と言ってもいい立地にある。


 ということは、この辺りには『降神の秘薬』を錬金できるほど腕利きの錬金術師がいないことも分かっていたはず。


 それにも関わらず、『降神の秘薬』の錬金素材を入手することにしたのは一体何故だろうか……? そのことについて気になった俺は、ユッタたちに聞いて確認することにした。


「あぁ、そのことね……。確かに、他所からきたハルトが気にするのも仕方がない、かな? ま、簡単に言うとね、私たちが一般的な錬金術師の練度について、誤解していたせいなのよ」


「錬金術師の練度についての誤解……?」


 ユッテの言葉を反芻する。ふむ、誤解か。


「そう。この前も話した通り、旧ノルデンシュピース王国の失政のせいで、多くの錬金術師たちがこの辺り一帯から、他国や他大陸へと去って行ったわ。そして、そんな状況が何年も、いえ、何十年も続いてしまったのよ。こんなことが起こればどんな結果に繋がるか、ハルトにはそれが分かって……?」


 ユッテからの問い掛けにしばし黙考する。ふむ、この周辺から錬金術師が皆いなくなったとすれば、一体どうなるのか……。


「ふむ。多くの錬金術師たちが旧ノルデンシュピース王国やこの辺り一帯から去った。恐らく、腕の良い者たちほど早々に他国へと移住したのではないでしょうか。そうして錬金術師がいない状況が何年、何十年も続いたとすると……。なるほど、錬金術師や錬金術そのものに関する知識が失われていったんですね?」


 ユッテが静かに頷く。


 先日の野営の際に聞いた話では、ダンジョンの探索に重きをおいた政策のせいで、多くの生産職に携わる者たち、その中でもとりわけ魔導具制作を生業にしていた者たち、つまり高い技術を持った腕の良い錬金術師ほど、旧ノルデンシュピース王国から他所の国や地域へと移住していったそうだ。つまり、錬金するためには高い練度(特技レベル)を必要とするような薬の類や魔導具に関する知識が急速に失われることになったのだろう。


「かつては錬金術師のメッカとまで言われた首都シュピッツブルクですが、腕の良い錬金術師は既にその地を離れ、そして今もなお戻ってきてはいない。そして、今いる錬金術師たちは他国からやってきた者だと伺いました。他国からやって来た錬金術師が元々首都シュピッツブルクにいたという錬金術師たちよりも腕が良いとは思えません」


 そう。今のノルデンシュピース連邦国は、旧ノルデンシュピース王国の失政により失った、錬金術師をはじめとする生産職に就く者たちからの信用を未だに回復できていない。つまり、元々首都シュピッツブルクで活動していた腕の良い錬金術師たちは戻ってきていないのだ。


 そして、今首都シュピッツブルクにいる錬金術師も『代表議会』が公募した錬金術師の移住者たちである。公募の条件には錬金術師としてのスキル要件を最低限に抑えたこともあったせいか、それほど腕の良い錬金術師は集まらなかったそうだ。もちろん、移住の条件を渋ったせいもあるようだが……。


 どちらにせよ、錬金術師のメッカと呼ばれていた当時の首都シュピッツブルクに居た錬金術師たちが公募に応じることはなく、彼らよりも腕の良い錬金術師は他国に居なかったのだ。


 そういった背景を考えれば、公募に応じた錬金術師たちの腕前も高が知れるというものだ。


「つまり、高度な錬金術に関する知識が急速に失われていった。それと同時に、錬金術師についての認識も、長い年月の間に変化していった。例えば、錬金術師ができること、即ち技量や練度についてです」


 とはいえ、だ。ノルデンシュピース連邦国とて別に鎖国しているわけではない。近隣諸国だけでなく様々な国や地域から商人や冒険者、それに数は少ないかもしれないが旅行者も訪れる。そういった者たちならば気が付いたはずだ。


『かつて、錬金術師のメッカと呼ばれたほどの首都シュピッツブルクにしては、錬金術師たちの技量や練度があまりにも低いのでは?』と。


 そして、ノルデンシュピース連邦国から他国へと出向いた者たちは逆にこう感じたはずだ。


『錬金術師のメッカと呼ばれたほどの首都シュピッツブルクよりも、他国の錬金術師たちのほうが技量や練度が遥かに高いのでは?』と……。


 きっと、そういった疑問が他国からやってきた者たちや他国から戻ってきた者たちから、首都シュピッツブルクの錬金術師たち、そして『代表議会』にぶつけられただろう。その結果が未だに継続されている錬金術師の公募であり、現状なのだ。


 つまり、先の失政が未だに尾を引いており、錬金術師たちの技量や練度を高められるだけの腕の良い錬金術師が未だに集まらないため、いつまで経っても錬金術師たちの技量や練度が高まることも、知識が蓄積することもないという、まさに負のスパイラルに陥った状況と言える。


 そういった背景もあって、ノルデンシュピース連邦国は高度な錬金術を要する薬や魔導具の類は他国からの輸入に頼っているわけだが、そういうところも一向に錬金術師のレベルが上がらない原因の一つだった。

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