宿への到着とお説教
ユッタたちが泊まっている宿は『常春の木漏れ日』という、首都シュピッツブルクでも五指に入るという高級宿だった。普通は、御一人様一泊大銀貨五枚からという高級宿にダンジョン攻略を行うような冒険者が何日も泊まることはない。
一体誰の提案でこんなところに泊まることになったのか? と、ユッタに聞いたところ、この宿はフランツがわざわざ手配してくれたそうだ。しかも、ここの宿代の三割を冒険者ギルドが補助してくれているのだから、フランツの言う通りユッタたちを優遇しているというのは間違いないだろう。
というか、大銀貨五枚というと、生前の価値としては大体五万円くらいだろう。その三割を補助してくれているということは一万五千円も冒険者ギルドから出ているということになる。ユッタたち『精霊の守り人』の五人分で既に何日もの間宿泊しているというのだから、冒険者ギルドは随分と太っ腹というか、ユッタたち『精霊の守り人』を本当に優遇しているのだと分かる。
だが、普通の冒険者にとっては一泊に大銀貨三枚を超える金額を出すことなんてあり得ない。むしろ、補助されている金額で泊まれる宿でも贅沢と思われるだろう。そんな宿に宿泊し続けているというのだから、Aランクの冒険者というのはよほど儲かるのだろうか。いや、ダンジョン攻略が儲かるのかもしれないな。素材の買い取り金額も優遇してるって言ってたし。
俺もここに泊まれないかと宿の受付で聞いたところ、運良く部屋が空いていたのでとりあえず三泊分の宿代を前払いしておくことにした。今日中に依頼の品を錬金してユッタたちからの依頼を終わらせられれば、明日以降はヴェスティア獣王国への移動に向けた準備に当てられるだろう。流石にそれだけの時間があれば準備できるよね?
「ハルト君もアタシたちと同じ部屋に泊まればよかったのに」
「いえ、そこまでして頂くというわけには……。それに、そもそも私は男ですから、若い女性と同じ部屋に泊まるというのも流石に外聞が悪いでしょうし」
「ハルト君は子供だから大丈夫だよ?」
レオナは俺をレオナたちが宿泊している四人部屋に誘ってくれたのだ。ユッタとユッテ、そしてレオナの三人で四人部屋を使っているので、もう一人受け入れられるからと言うのだが、女性だけの部屋に男が加わるというのは流石に拙いだろう。
どちらかというと、カールとゲルトの部屋に泊まらせてもらうほうが良さそうだったが、彼らが使っていたのは二人部屋だったので、俺が三人目として泊まるわけにはいかなかった。
いや、スペース的には三つ目のベッドを運び入れることはできるだろうが、高級宿でそのようなケチくさいことをするのは流石に憚られた。まぁ、お金がないなら、そういうことも考えたかもしれないが、幸いにも、今の俺はそれなりにお金を持っている。この世界に転生してきたばかりの頃の俺とは懐の経済事情が違うのだ。
そんなわけで、俺も高級宿『常春の木漏れ日』に宿泊することになったのだが、宿の者に案内された部屋は二人部屋だった。高級宿だからか、この宿には一人で泊まるような小さな部屋はなかった。とはいえ、普通は二人で利用するような部屋を一人で堪能できるのはちょっと贅沢に感じる。いや、宿代もその分高いので贅沢なのは確かだが。
部屋に備え付けられた高級そうな椅子に上着を掛けて、ふかふかのベッドに腰を掛けると、ついでに一日いや二日近く履き続けていた靴も脱ぐ。
「ふぅ……」
ようやく気の休まる時間を得ることができた。
それにしても、グリューエン鉱山で坑道の修復をしていたのが遠い日のことのように思える。突然の転移とアメリアたちとの別れ、ユッタたちとの出会い、そして、これからのことを考えるとため息をつくのも仕方のないことだと理解して欲しい。
「あー、もうっ! それにしても魔王のヤツめ、本当に面倒なことばかり起こしやがって、クソッ!」
ボフッ!
突然湧き上がった苛立ちを近くにあった枕に思わずぶつけてしまう。転移したのが俺だけならまだいいのだが、もしもアメリアたちまでバラバラに転移していたらどうすればいいだろうか。この世界にはスマホどころか公衆電話だってない。皆と連絡を取り合う手段は手紙くらいしかないのだ。
それに、俺みたいにダンジョンの奥底に転移させられていたりなんかしたら、セラフィはともかく、ヘルミーナは他の皆と比べても戦闘は得意なほうではない。本当に彼女らが無事でいてくれればいいのだが……。
再び深いため息をついた、そのとき。久々に俺の頭の中に聞き覚えのある音楽が聞こえてきたのだ。
『世界神様っ!?』
『……ハルト様、この度は災難でしたね。アメリアたちも随分と心配していましたよ?』
突然の神話通信に出ると、やはりそれは世界神からの着信だった。世界神の声はいつものトーンよりも少し大人しい気がするが、そんなことよりも今の俺にはアメリアたちが無事かどうか、それだけを知りたかった。
『あ、あのっ! アメリアたちは無事なんでしょうか?』
『えぇ。ハルト様が魔王によって強制転移させられた後、あの子たちは坑道の修復を終えたことと合わせて、ハルト様が魔法陣によって忽然と姿を消したことをヴェスティア獣王国の国王へと報告しておりました』
世界神の言葉にホッと胸を撫でおろす。どうやら、魔王による強制転移をさせられたのは俺だけだったらしい。皆が無事で本当に良かったと思うと同時に、彼女らがエアハルトに坑道修復の完了を報告してくれたことにも感心した。
突然俺が消えたことに動揺して、冷静な判断や行動ができなくなるというようなことにはならなかったらしい。世界神が言うには、皆で協力し合って今回のトラブルを乗り越えることができたそうだが、もう少し詳しく知りたい。そう伝えると、世界神は何故かため息混じりに語ってくれた。
『カミラは、ハルト様が魔法陣による転移に巻き込まれたのだと早々に気付き、そのことを皆に伝えました。また、ヘルミーナは取り乱した皆を安心させて落ち着くように指示し、アポロニアが事態をヴェスティア獣王国の国王に報告することを提案、その提案をもとにアメリアが中心となって王都ブリッツェンホルンまで帰還することになりました。とはいえ、彼女らが王都ブリッツェンホルンへ早期に帰還することは非常に困難でした。何故なら、魔導船スキズブラズニルを動かせるニルはハルト様の持つ精霊晶から切り離され、一人魔導船に戻されてしまったのですから』
確かに、俺たちはグリューエン鉱山へは魔導船スキズブラズニルで移動していた。そして、魔導船を操縦できるニルは俺の胸元にぶら下がる精霊晶を依代として宿っていた。
だが、俺の転移の影響でニルは一人魔導船内の巨大な精霊晶に戻されてしまったのだ。ニルは俺の命令なしでは魔導船を動かすことができない。
しかし、そうなると、アメリアたちは行きと同じく、魔導船で王都ブリッツェンホルンへと移動することができなくなったことを意味する。徒歩で帰るにしても、山岳地帯となっているグリューエン鉱山からだと随分と時間が掛かるし、危険も伴う帰路になるはずだ。
でも、待てよ?
先ほどの世界神の話だと、既にアメリアたちはヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンへと帰還し、坑道の修復と俺が強制転移に巻き込まれたことをエアハルトに報告したと言っていた。一体どういうことだ?
『でも、皆は無事に王都へ戻れたんですよね? 一体どうやって!?』
『はい。ニーナが獣化解放を行ってドラゴンの姿となり、その背に皆を乗せて王都ブリッツェンホルンまで帰還したのです。そして、セラフィが代表となって神殿から私に連絡を取ってくれたのです……』
『なるほど、ニーナなら皆を乗せて王都まで戻ることも可能ですね!』
確かに、ニーナの獣化開放した姿ならアメリアたちを王都ブリッツェンホルンまで運ぶことは可能だろう。
それにしても、魔王の置き土産ともいうべきゴーレムを連携して倒したときにも感じたが、皆がお互いに協力し合って困難に立ち向かってくれていることを改めて実感する。
『あぁ、本当に良かった! 私が思っていた以上に皆が頼もしい存在なのだと改めて実感しましたよ。そうか、皆で協力し合って今回のようなトラブルにも冷静に対処できたのか……。うん、皆良くやってくれたなぁ。本当に素晴らしい仲間に出会うことができて、嬉しいですね』
『……ハルト様』
アメリアたちの見事な連携を素直に喜んでいたところ、何故か不機嫌そうな声で世界神が話し掛けてきた。
『確かに、アメリアたちの取った行動は素晴らしいものでした。王都ブリッツェンホルンへ戻ると、すぐに神殿の関係者、確かアルノーと言いましたか。彼の者と連絡を取り、セラフィが神殿を経由して私に連絡を取ってくれたのです』
『そういえば、先ほどもそのように仰られてましたね。それにしても、セラフィも神殿経由であれば世界神様に連絡が取れるんですね?』
『もちろん、ハルト様の娘ならば私の孫娘も同然。私と連絡を取るくらいはできます。いえ、今はそんなことではなくですね……。何故、今回のようなトラブルが起こったというのに、ハルト様から私に報告がなかったのかと、そのことについてご説明頂きたいのです! しかも、今回の原因が魔王によるものだというではないですか! それならば、真っ先に上司である私に報告するべきでしょう!?』
『うぐ!?』
思わず、ユッテに詰められている時のフランツのようなくぐもった声が漏れてしまう……。そういえば、神話通信を使えば世界神にはことのあらましと対応、それに神託によって俺の無事を神殿関係者に伝えることができたかもしれない。セラフィと連絡が取れることは流石に知らなかったが……。うん、片言の単語での連絡とはなるが、確かに冒険者ギルド経由なんかよりもよほど早くて確実に連絡できた、か。
突然、ダンジョンに強制転移させられたことや、アメリアたちと離れ離れになってしまったことで、精神的な余裕がなくなった結果、上司である世界神への報告をすっかり失念してしまったのだ。ここは素直に謝罪するしかない。
『その、申し訳ありません。突然のことで取り乱していたようで、ご報告を失念しておりました……』
『……その割には、ダンジョンの攻略を楽しんでおられたようですが?』
『うぐぐ!?』
確かに、どうせダンジョンから脱出するなら、攻略を目指そうとしてマッピングしながら上っていたが、もしかして俺の行動はずっと見られていたの? そんなことを考えていると、冷たい汗が背中をつうっと滑り落ちる。
『はぁ。まさかと思ってかまをかけてみましたが、本当にそのようなことをされていたのですか。私への報告もせずに……。これは上司としてしっかりと指導しなければなりませんね!?』
『え!?』
『当たり前です! 全く、ハルト様よりもセラフィたちのほうがしっかりしているということでは、彼女らにも示しが付きませんよ?』
『うぐぐぐ!? 確かに……』
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そうして、小一時間指導という名のお説教を世界神から頂くことになった……。
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