今後の方針とお礼について(その5)
「えっと、『降神の秘薬』ですか……?」
聞いたこともない名前のアイテムだが、ユッテの言葉を信じるに相当に高レベルな錬金術の特技を必要とするアイテムだという。名前からして神をその身に降ろすような、チャネリングとかそういったことに使うんだろう。この世界で言うところの『神託』のことと思われる。
「正直、聞いたことも作ったこともないので分からないんですけど、それは特級回復薬や特級解毒薬が作れる錬金術師なら作れるものなんですか?」
「えぇ、そう聞いているわ」
ユッテの言葉にユッタたち皆が頷く。ふむ、『降神の秘薬』というのはそれなりに錬金術の特技レベルが求められるものらしい。とはいえ、材料を鑑定してみないと結論を出せないけれど。
ユッテの言葉に続いて、ユッタやユッテ、それにレオナとゲルト、最後にカールが今回ダンジョンに潜った理由を説明してくれた。
「私たちが受けた依頼は降神の秘薬を入手し、依頼主に渡すこと。錬金術により作られるものだという情報を得て早速材料を集めてみたのだが……」
「さっきユッタが話した通り、この辺りには優れた腕を持つ錬金術師がいなかったのよ。それに、材料を集めるだけで随分と時間を掛けてしまったし、依頼の期限まで日数も残り少ないの」
「それで、ここのダンジョンに潜って下層部を探索して直接『降神の秘薬』を手に入れるのはどうかってね、カール君が提案したのよねぇ」
「過去にダンジョンから見つかった事例があるとはいえ、今思えば随分と無茶な賭けをしたもんじゃわい」
「だ、だけどよ!? あの時はそれしか方法はないってことで、皆も納得してくれたじゃないか……!?」
カールの叫びに思わず皆が声を鎮めるようにジェスチャーすると、慌ててカールは口に手を当てて声を潜める。
「あぁ、その通りだ。カールには何の責任もない。全てはそれを認めて実行したリーダーの私に責任がある……!」
パーティーのリーダーとして責任を感じてか、ユッタがその責任を認めると、それに続いてユッテが口を開いた。
「確かにユッタの責任よね。カールの提案に乗った結果、三十階層の階層主に全員殺されるところだったわけだし……」
「あぁ、ユッテの言う通りさ。だが、そのおかげでハルトに出会うことができただろう? 決して悪いことばかりではなかったはずだ。何せ、我らは無事に地上まで戻ってこれたのだからな」
ユッテの言葉にユッタがそう言葉を返すと、俺の顔を見ながら再びカールが口を開いた。
「だな! つまり、ハルトと出会えたのは俺の提案の結果ということになるわけよ! 皆、もっと俺のことを褒めてくれても良いんだぜ!?」
「……確かにそうだけど、何だか素直に同意できないわねぇ……?」
「全く、レオナの意見に儂も賛成じゃ。カールも調子で乗るでない!」
レオナとゲルトの言葉に皆が笑い合う中、俺は一人ユッテからの依頼について考えていた。『降神の秘薬』なるアイテムを錬金術で作ったことは一度もない。だが、それが作れなければ、彼女らにヴェスティア獣王国までの護衛依頼を出すことはできない。つまり、事前に確認が必要ということだ。
「あの、ユッテさん。私は確かに特級回復薬や特級解毒薬を作ることができますが、『降神の秘薬』というのは作ったことがありません。本当に私が作れるものなのか確かめたいので、一度材料を見せては頂けませんか? もちろん、よければですが……」
「もちろん良いわよ!」
俺の提案にユッテは皆に確認するまでもないといった感じで、アイテムバッグから降神の秘薬の材料らしきものを取り出した。その数は四つ。一つ目は木製の樽で、中からは液体の揺れるような音が聞こえてくる。二つ目は土製の瓶で、こちらも同じく液体の揺れる音が聞こえる。ふむ、材料の二つが液体なのか。三つ目は何か薬草か何かを乾燥させたもののようだ。四つ目は真っ白な結晶の粒が詰まった袋だった。
「これは、塩? いや、砂糖ですか?」
「ふふん。そう、これは砂糖よ! って、良く分かったわね? 錬金術によって極限まで精製されると、真っ黒な砂糖も真っ白な砂糖になるのよ」
ユッテが胸を張ってそう答える。ほう、黒砂糖から上白糖に精製するのに錬金術を使うのか。そう言えば、この世界に来てから初めて砂糖そのものを見た気がする。機会があれば入手しておきたいところだ。少々話が逸れたが、ユッテが取り出した四つの材料を詳しく鑑定する必要があるだろう。
『名前:聖白糖
詳細:サトウキビによる絞り汁を煮詰めて濃縮し冷やし固めたものを、更に錬金術によって不純物を取り除き、聖なる神の洗礼を受けたもの。その雑味のない純粋な甘味は神にも愛されるほどと言われ、様々な化合物に変異させることができる。
効果:魔力回復、体力回復、神力回復
備考:上質/錬金素材(聖白糖×10、幻想茸×5、神聖水×5、神聖酒×20:降神の秘薬※錬金術Lv9)』
ふむ。ただの砂糖ではないらしい。砂糖に神の洗礼を授けるっていうのはいまいち良く分からないが、ともかく『降神の秘薬』の材料なのは間違いない。そして、『降神の秘薬』を作るにあたって必要になる錬金術のレベルも問題なさそうだ。
他の材料も鑑定してみたが、間違いなく降神の秘薬の材料だった。それにしても『幻想茸』は幻覚を見せる効果があるキノコだし、神聖酒は随分と度数の高いお酒だった。神聖水で割るにしても、アルコールに耐性がなければ酔っ払うこと間違いないだろう。だって、材料の割合を見れば、ね? どうやら、『降神の秘薬』は、酔っ払ってトランス状態になることで神とのチャネリングを補助するための薬らしい。
こんなものを必要とするなんて、ユッタたちの依頼主は一体何者だろうか。まぁ、あまり詮索するのは良くないだろうし、そのことについては何も言うまい。一通り材料の確認を終えてユッテに返した。
「……なるほど。『降神の秘薬』ですか。先ほど見せて頂いた材料を鑑定させて頂きましたが、確かに私にも作れそうですね」
「「「「「本当!?」」」」」
「えぇ、もちろんです。ですから、私から皆さんへの依頼、『ヴェスティア獣王国までの護衛依頼』、その報酬は『降神の秘薬の作成』で良いでしょうか。もちろん、あまり時間に余裕がないとのことですので、報酬は前払いに致しましょう!」
「……本当に良いのか?」
ユッタが眉間にシワを寄せながらそんなことを聞いてくる。
「もちろんです。まぁ、ユッタさんたち『精霊の守り人』の皆さんでなければ、ここまで対応することはないですけどね。ダンジョンから地上まで同行して頂くなかで、皆さんの人柄や実力はしっかりと見させて頂きましたから」
そう伝えるとユッタの眉間のシワも取り除かれた。どうやら、ユッタは俺が簡単にユッタたちの言うことを信じたことに冒険者として懸念を示していたようだ。だが、俺もユッタが懸念している点については理解していたので、その点についてもフォローするつもりで説明した。
「……ふむ。それでは、こちらから改めてお願いしたい……。どうか、私たちが受けた依頼である『降神の秘薬』の入手、いや、作成を頼む。この通りだっ……!」
ユッタが土下座するように頭を下げる。それを抑えるように慌てて俺はユッタの肩を抱く。俺が錬金術を扱うにしても材料はユッタたちが集めてきたわけだし、流石に土下座されるほどのことでもないと思う。そう思って、ユッタには土下座を止めてもらった。
「困った時はお互い様ですからね。分かりました、『降神の秘薬』は私が責任持って作りましょう。その代わり、ヴェスティア獣王国までの護衛をお願いしますね?」
「あぁ、任された! よろしく頼む」
こうして、俺はユッタたち『精霊の守り人』が受けていた依頼である『降神の秘薬』の入手について手伝うことにした。もちろん、報酬は前払いで街に着いたらすぐに対応するつもりだ。
そのことを伝えたら、ユッテとレオナから抱きつかれることになった。ユッタからは「報酬の前払いは信頼できる相手かどうか見極めてからでないと」とやんわりと言われたが、俺が「ユッタさんたちを信頼していますから」と伝えると、頭をぐしゃりと撫でられた。カールとゲルトは「ハルトがそう言ってくれるなら助かる」「依頼の期限も近いしなぁ」などと言っていた。
皆とこれからのことについて話し合いが終わり、この日はユッタたちの勧めもあって先に休ませてもらうことになった。他の皆は火の番と周りへの警戒を持ち回りでするらしい。俺は子供だからという理由でそれを免除されたのだが、何とも冒険者らしいイベントに参加できないのは残念だな。そんなことを考えているうちに俺は眠りについたのだった。
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