貴族の事情
「この国にはお二人の王子がおられるのをご存知ですか?」
「いえ、私は最近王都にやってきたばかりでして」
「この国を治められているゴットフリート国王陛下には、第一王子のリーンハルト様と第二王子のパトリック様のお二人の王子が居られます。元々、私の父上が第一王子であるリーンハルト様の教育係をしていたのですが、亡くなった父上に代わり私がその役に付きました。しかし、それを妬む者も少なからず居りましてね……。対抗するように、とある侯爵の嫡子が第二王子のパトリック様の教育係となったのですが、いろいろと張り合ってくるようになったのです」
「よくあるお話ですね……。それで、その張り合いに魔動人形が関係していると?」
「えぇ、その通りです。元々、アレクシス殿が国王陛下に献上された魔動人形は、第一王子のリーンハルト様に下賜され、それは大切に扱われておられました。それをパトリック様も欲しがられたので、パトリック様の教育係がリーンハルト様の魔動人形を譲るよう、あらゆる手でこちらに言い募ってきましてね……。困り果てていたところを偶然リーンハルト様に見られてしまい、私に同情されて魔動人形を手放されたのです」
アレクシス氏が創った魔動人形の行方は少し気になっていたのだが、まさか国王陛下に献上されていたとは思わなかった。そんなことをしたらもう二度と手元に戻ってくることはないだろうに。何か理由でもあったのだろうか。
それはともかく、ユリアンから話を聞いてるうちに何だかこっちまでイライラしてきた。どこにでも権力に取り入ろうとしたり、その為に他人のことを考えず無理難題を吹っ掛けたりと迷惑な奴はいるようだ。
「それは大変でしたね。しかし、リーンハルト様は良くできたお方のようですね」
「はい、それはもう! 他の者の気持ちを思いやることができる本当に素晴らしい方です! そんなリーンハルト様ですが、やはり魔動人形のことは気に入っておられたのか、パトリック様に魔動人形を譲られてからのリーンハルト様は、時折寂しげな表情を見せられるようになったのです……。そこで、新たな魔動人形を用意できれば、少しでもリーンハルト様のお気持ちを和らげられるのではないかと思い、アレクシス殿に依頼をしたわけなのです」
「なるほど、そのような理由があったのですね。しかし、新たにご用意する魔動人形は、やはり元々の魔動人形とは別のもの。リーンハルト様に気に入って頂けるのでしょうか?」
俺の言葉にユリアンだけでなく、その場にいた皆の表情が凍りつく。
もし、元々持っていた魔動人形に未練があったのだとしたら、それと同じものでなければリーンハルト王子も納得することはないだろう。
「パトリック様にこちらで新たに用意した魔動人形と交換して頂くことはできないのでしょうか?」
「それは無理です! 大体、どうしてあやつに頭が下げられるというのですかっ! そもそも、今回の一件は全てあやつの横暴が原因なのですよっ!?」
確かに、侯爵様の嫡子の所為で今回の問題に発展しているのだ。
ユリアンが頭を下げて魔動人形を交換するのは筋違いか。しかし、どうしたものか……。
「それにしても、リーンハルト様は魔動人形のどのあたりに惹かれたのでしょうね。それが分かれば、できる限り近いものを用意することができるかもしれないのですが」
「そうですね……。これは、リーンハルト様の侍女から聞いた話なので信憑性は低いのですが、陛下から賜った魔動人形は不思議なことに、こちらから話しかけると反応してくれる特別な人形なのだ、と話していたらしいのです。私が見た限りではそのようなことはなく、ただの人形のように見えたのですが……」
なるほどな。
アレクシス氏が国王陛下に献上した魔動人形は精霊が宿っていたはずだ。その魔道人形は国王陛下からリーンハルト王子に下賜された。リーンハルト王子が魔動人形に宿っていた精霊と話をしていた可能性は高い。
しかも、王家であれば『ヘルホーネットの蜜』も入手できるだろう。ということは、それを供物にしてリーンハルト王子が精霊と何らかの契約を交わしていた可能性だって十分に考えられる。
うーむ。もしかして、アレクシス氏はそれを知っててあえて国王陛下に献上したのだろうか。それが本当ならただ手放しただけでなく、精霊のことも考えて手放したということになる。いや、そうとも言えないか。本当に精霊のことを考えていたのなら、ただ精霊との契約を終わらせればよかったはずだ。
暫く考えてみたが、アレクシス氏が国王陛下に献上した理由にまでは至れなかった。
だが、リーンハルト王子が求めているのはただの魔動人形ではなく、精霊が宿った魔動人形である可能性が高いことが確認できた。これなら、今創っている魔動人形でもリーンハルト王子は受け入れてくれるかもしれない。
長く考え込んでいたせいだろうか。ユリアンが心配そうに口を開いた。
「いや、ハルト殿が信じられないのも無理はないと思います。ただ、私にはリーンハルト様の嘘や戯れとも思えないのです」
「いえ、私もリーンハルト様のお話を信じます。因みに、パトリック様のほうからはそのようなお話はあったのでしょうか?」
「そういったお話は聞いたことがありませんね」
パトリックのほうには精霊が出てきていないのか。
もしくは、リーンハルト王子からパトリック王子の手に渡った時点で魔動人形に宿った精霊との契約が切れた可能性が考えられる。
「そうですか、承知致しました。改めて確認させて頂きたいのですが、今回ユリアン様がアレクシス氏に魔動人形を注文された経緯は、先ほどお話頂いた通りリーンハルト様へ献上されるため、ということでよろしかったでしょうか」
「えぇ、その通りです」
「もう一つ教えて頂きたいのですが、リーンハルト様は『ヘルホーネットの蜜』を入手することは可能でしょうか?」
「『ヘルホーネットの蜜』ですか? そうですね、王家への献上品に確かそのようなものがありましたので、恐らくは可能かと思いますが、それが何か?」
「いえ、少し確認したかっただけです」
やはりそうか、思った通りだ。これで光の妖精への供物の件も解決できるだろう。
さて、一通り確認したいことは話を聞けたと思う。
気になった点としては、リーンハルト王子が魔動人形に宿っていた精霊自体を気に入っていた場合は、こちらが用意した魔動人形(というか、この場合は光の精霊か)を気に入ってもらえない可能性があるということだが、こればっかりは解決する方法が見つからなかった。
「ユリアン様、最後に一つだけお願いがございます」
「お願いとは、一体何です?」
「ユリアン様がリーンハルト様に魔動人形を献上されるその場に我々も同席させて頂きたいのです。最後の仕上げをリーンハルト様にも見て頂いたほうが魔動人形をどのように扱えばよいか、ご理解頂くのも早いかと。それに、リーンハルト様が気に入らない点があるようでしたら、その場で対応することができます。是非、ご検討頂ければと思います」
「なるほど、仰ることはわかりました。私も今回の件は、リーンハルト様に元気になって頂くことが第一と考えておりますのでね。アサヒナ殿に同席してもらえたほうが心強いですし。こちらからもお願いします」
「ありがとうございます。それでは魔動人形の準備が整いましたら、すぐにご連絡させて頂きます」
「えぇ、よろしくお願いしますね。ローデリヒに伝えてもらえれば、こちらもすぐに対応致しますので」
「承知致しました。それでは、引き続きよろしくお願い致します」
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その後、俺たちはユリアンの屋敷を後にして、ヘルミーナのお店まで戻ってきた。
貴族とのやり取りは、まるでクライアントとの打ち合わせのようで少し緊張したが、おかげで何故ユリアンが魔動人形を欲しがっていたのか、事情も良く分かった。
魔動人形に求められる要件についても理解できた。ただ、こちらで用意できる魔動人形がその要件を満たせるかどうかは、ユリアンがリーンハルト王子に献上するその時までわからないが。
「それにしてもハルト、よく伯爵様の前であれだけ話せたな! 私なんて下手なことを口にすれば首が飛ぶかと思って何も言えなかったよ」
「私はハルトなら上手く話せると思っていた。だから見守ると決めていた。でもよく頑張ったと思う」
アメリアが俺の肩に手を置けば、カミラは頭を撫でてくれた。
「ハルトはパッと見た感じだと子供みたいだけど、話してみると大人のような落ち着きがあるのよね。だから、問題ないって思ってたけど、あそこまでユリアン様から事情を聞き出すなんて、お祖父様でもできなかったんじゃないかしら?」
まぁ、ヘルミーナが言う通り、中身は三十七歳のオッサンなので多少の落ち着きもあるだろうと思う。
「まぁ、ユリアン様はお優しそうな方でしたからね、そこまで緊張せずにお話することができました。それにしても、アメリアさん。その、貴族との会話で首が飛ぶことなんてあるんですか……?」
「あぁ、よく聞く話だよ。貴族に対して口を開いたばかりに不興を買って、打首にされるとかね。だから皆、貴族に対してあまり近付かないようにしているのさ」
「なるほど、そうだったんですか」
なんだか初めてこのお店に来たときの様子が思い出されるようだった。確かにあの時も周りにいた大人たちは我関せずを決め込んでいたなぁ。
「それで、魔動人形は結局どうするのよ?」
「そうですねぇ。もう一度状態の確認ができたら、完成としましょう。それと、一度試したいことがあるので、その実験もやります。魔動人形をこちらに持ってきて頂けますか?」
「分かったわ。でも実験って、何を試すつもりなのよ?」
「まだ秘密です」
そう、魔動人形について俺も一つだけ気になっていたことがある。
精霊に頼るのではなく、魔力を与えて動かすことができないのか、ということだ。大体、精霊に動かしてもらうなら、それは『精霊人形』であり、魔動人形とは呼ばないはずだ。それを検証する為に魔動人形を少し弄りたいのだが、ユリアンに納品する魔動人形に手を加えるのは控えたい。
だから、俺は魔動人形の鑑定結果を元に、錬金術(というか、『創造』の力になるが)で魔動人形を作れないかと考えたのだ。もしこの実験が成功すれば、俺の錬金術師としての可能性が広がるはずだ。
逸る気持ちを落ち着かせながら、ヘルミーナが戻るまでの暫しの時間を待ち遠しく感じていた。
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