シュプリンガー伯爵
ユリアンが応接室に入ってくると、ヘルミーナを始めアメリアとカミラも膝をついて頭を下げたので、俺も慌てて同じように膝をついて頭を下げる。恐らくこれが貴族に対する礼儀作法なのだろう。
「あぁ、皆さん。楽にしてください」
部屋に入ってくるなり、ユリアンはそう言って俺たちを立ち上がらせた。
ユリアンはソファーに腰を下ろすと、ヘルミーナにも座るよう促す。それに応えるように、おずおずとヘルミーナも対面するソファーに腰を下ろした。俺とアメリアとカミラの三人は、そんなヘルミーナの後ろに立って成り行きを見守ることにした。
ふとユリアンの後ろを見ると、俺たちと同じように腰に長剣をぶら下げた強面の男が立っており、その隣には執事が控えていた。強面のほうはこの前ヘルミーナのお店で見かけた従者だったと思う。
ローテーブルにはいつの間にかメイドが用意したお茶が用意されている。ユリアンは、それをソーサーごと手に取って口にすると、ヘルミーナに目を向けた。
「さて、ヘルミーナさん。今日はどんなご用でしょうか。まさか、魔動人形が用意できなくなった、というお話ではないですよね?」
「ご安心ください、ユリアン様。魔動人形がもうすぐでき上がりますので、本日は最後の確認に参りました」
流石に貴族相手ではいつもの軽い口調ではない。何だかヘルミーナの丁寧な話し方が新鮮に感じる。
それはともかく、ヘルミーナの言葉を聞いたユリアンが驚愕したような表情でカップをソーサーにガチャリと落とすと、すぐにそれをローテーブルの上に置いた。それと同時に、前に乗り出すような姿勢でヘルミーナに問い掛けた。
「ほ、本当ですかっ!? それで、いつ頃こちらに引き渡して頂けるんですか!?」
ヘルミーナはユリアンの勢いに気圧されたのか、咄嗟に言葉が出ない様子だった。そんな状況を見かねてか、従者の男がユリアンを諌めた。
「ユリアン様、少し落ち着いて下さい。ヘルミーナ殿が困っておられます」
「え、あぁ、少し気が動転してしまったようですね……。ヘルミーナさん、失礼しました」
ローテーブルに乗り出すようになっていた姿勢を正したユリアンはヘルミーナに頭を下げると、再びお茶を口にして落ち着こうとしているようだった。
「それで、ヘルミーナ殿。ユリアン様に最後の確認とのことだが、何を確認されるおつもりか?」
ユリアンに代わって従者の男がヘルミーナに質問する。
「その前に、彼らを紹介をさせて頂きます。こちらの方は亡き祖父アレクシスに代わり、魔動人形を完成させる錬金術師で、ハルト・アサヒナ殿と申します。また、私の錬金術の師匠でもあります。後ろの彼女たちはハルト殿と行動を共にしている冒険者パーティー『蒼紅の魔剣』のお二人で、今回ハルト殿に同行して頂いた次第です」
そう話すとヘルミーナが俺のほうに視線を向けてきた。ユリアンや従者の男、それに執事も俺に視線を向けてくる。彼らの表情からは驚きを隠しきれていないことが良く分かった。それもそうだろう、ヘルミーナが俺のことを『錬金術の師匠』だと伝えたからだ。
ヘルミーナですら、成人して間もないような年齢なのに、それ以上に若い、というか子供の俺を師匠と呼ぶなんて驚かないはずがない。
それにしても、最近ヘルミーナは俺のことを師匠と呼ぶことが増えてきている気がする。別に俺はヘルミーナの師匠になったつもりはないのだが……。まぁ、それは一旦置いておいて。
「シュプリンガー伯爵様、お初にお目にかかります。私はハルト・アサヒナと申します、錬金術師です。偶然にもヘルミーナさんという同じ錬金術師の知己を得まして、この度ユリアン様の魔動人形のお話を伺い、亡くなられたアレクシス氏から魔動人形を引き継ぎ、完成させることとなりました。以後、お見知り置き頂けますと幸いです」
そこまで話して、そういえば未だに認識阻害の魔法を顔に掛けたままだったことを思い出す。流石に、このままでは失礼だろうと思い、それまで被っていたフードを取り、認識阻害の魔法を解いた。
「おお……」
「何と……」
「このお姿は……!?」
ユリアンと従者の男は俺の見た目に驚いていたようだったが、執事は俺がエルフだということを見抜いたようだった。
「見た目が幼くて驚かれていることかと思いますが、これでも錬金術師としての腕前は、自分でこういうのも何ですが、この王都でも並ぶ者はいないと自負しております。どうかご安心頂ければと思います」
そう伝えて俺は頭を深々と下げた。
ユリアンと執事はまだ驚いている様子だったが、従者の男が恐る恐るといった感じで俺に問い掛けてきた。
「アサヒナ殿、と言ったか。お主、歳はいくつになる?」
「はい、十歳となります」
「なんと……!? それでは、アサヒナ殿は成人の儀式を受けておらぬはず。それにも関わらず、お主は錬金術が使えるというのか?」
「はい、そうなりますね。どうやら、王都では珍しいようですが、この件はあまり騒ぎにしたくありませんので、これ以上の詮索は控えて頂けると助かります」
「いや、失礼した。そういえば、まだこちらから名乗っておりませんでしたな。私はゴットハルト・ロンメル。しがない冒険者だが、縁あって今はユリアン様の従者兼護衛をさせて頂いている。似た名前を持つ者同士、よろしく頼む、アサヒナ殿」
ゴットハルトという強面の従者はユリアンの護衛でもあったのか。軽く頭を下げて挨拶をしながら笑い掛けてくれたし、意外と気さくな人のようだ。
『名前:ゴットハルト・ロンメル
種族:人間族(男性) 年齢:36歳 職業:Aランク冒険者
所属:アルターヴァルト王国
称号:剣豪
能力:A(筋力:A、敏捷:B、知力:B、胆力:A、幸運:C)
体力:5,210/5,210
魔力:165/165
特技:剣術:Lv8、槍術:Lv7、体術:Lv7、斧術:Lv6、生活魔法
状態:健康
備考:身長:185cm、体重:75kg』
しがない冒険者なんて言っていたが、ゴットハルトはAランク冒険者で、『剣豪』という称号持ちだった。
剣豪がどんなものかは分からないが、恐らく腰に下げた長剣を使った剣技が得意なのだろう。それに流石Aランク冒険者で、ステータスもアメリアやカミラよりも能力が格上なのが分かる。
因みに、備考にはスリーサイズが出ていないが、あれは女性に対してだけ見える特別なモノなのかも知れない。いや、そうであってほしいと切に願う。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。ゴットハルトさん」
「私からもご挨拶を。シュプリンガー伯爵家に仕えております、執事のローデリヒ・カウフマンと申します。よろしくお願い致します、アサヒナ様」
ゴットハルトの次に白髪の執事が頭を下げて話し掛けてきた。
この執事も中々に曲者のようだ。
『名前:ローデリヒ・カウフマン
種族:人間族(男性) 年齢:64歳 職業:執事
所属:アルターヴァルト王国
称号:暗殺者
能力:A(筋力:B、敏捷:A、知力:A、胆力:A、幸運:C)
体力:4,860/4,860
魔力:870/870
特技:暗器術:Lv9、暗殺術:Lv9、体術:Lv8、生活魔法、礼儀作法
状態:健康
備考:身長:180cm、体重:65kg』
この執事、ローデリヒもゴットハルトと同じ能力がAランクだが、それにしても称号の『暗殺者』って……。
スキルもそれっぽいのが多いし、実は人に言えない裏方のお仕事とかもされているのかもしれない。温厚そうな見た目からは想像できないが、人は見かけによらないということか。
「私からも一つご質問が。アサヒナ様は、もしや、妖精族のエルフ様なのでしょうか……? その耳とご容姿でそのように思いましたもので」
「はい、その通りです。アメリアたちからこの姿だといろいろトラブルがあるかもしれないと聞いたので、普段はローブを被り、人目を避けるようにしております」
「やはり、左様でございましたか。六十年あまり生きてまいりましたが、伝説の存在であるエルフ様にお会いできるとは、嬉しい限りです。本当に長生きはするものですな!」
ローデリヒは小さく頷くと、白い手袋を着けた両手を胸の前で握り、喜びを表した。恐ろしい称号を持っているが、意外とおちゃめな人なのかもしれない。
最後に、ようやく落ち着きを取り戻したユリアンが話し掛けてきた。
「ご挨拶が遅れましたね。既にご存知かと思いますが、ユリアン・フォン・シュプリンガーです。亡き父マクシミリアン・フォン・シュプリンガーの跡を受け継ぎ、伯爵位を王国から賜っておりますが、私のことはユリアンと呼んでください。家名で呼ばれるのはまだ慣れておりませんので」
そういって俺に頭を下げてきた。
伯爵のような高い地位にある人が平民の、しかも子供相手に頭を下げるなど普通はないだろう。ユリアンが巷の噂通りの人柄であることがよく分かる。
「頭を上げてください、ユリアン様。伯爵様に頭を下げられては私も困ってしまいます。それよりも、先ほどヘルミーナさんからお話しさせて頂いた通り、ユリアン様に、魔動人形について幾つか確認をさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「そういえば、そのようなことを言ってましたね。魔動人形の為とあれば、何でも聞いてください」
「それでは、失礼を承知でご質問させて頂きます。……何故、この度アレクシス氏に魔動人形の注文をされたのでしょうか。しかも、あれほどの金額を出されてまで。貴族様や富裕層の間で人気があるとは言え、相場を大きく超える金額でしたので、何か理由があるのでしたら教えて頂きたいのです。理由によっては魔動人形の調整も必要になるかもしれませんので」
俺がそう伝えると、ユリアンは指を組み、暫く思い悩むように沈黙を続けていたが、意を決するように一つ頷くと理由を話し始めた。
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