クラウス:失敗と後悔の果てに(前編)
「はぁぁぁ……」
私の人生は何とつまらないものなのだろうか……? そんなことを考えていると思わず深いため息も漏れ出てくるというものだ。
他人から見れば華やかで羨まれる人生かもしれないが、実力主義の第五王子などというポジションは、王位を目指すには随分と難しい立場だ。
というのも、この国は慣例として元老院という古参の貴族たちの集まりによって政治が取り仕切られている。そして、次代の王位は、国王の死後元老院によって選定された王子または王女が継ぐことになり、選定から漏れた者は王族という地位を剥奪される。それ故に、王子や王女という地位の者は国王の死する時までに元老院に所属する貴族たちに認められようと切磋琢磨するのだが……。
現実はそうではない。そのような手間の掛かることをわざわざするよりも、もっと手っ取り早い方法がある。
つまり、王子や王女の暗殺だ。
競争相手が脱落してくれれば、それだけ自分が王位に近づくのだから、そういった手を考えるのも当然だろう。既に俺の兄上の一人が、当時有力だった伯爵家の口車に乗せられて、私たち兄妹の暗殺を図ろうとした結果、エアハルト兄様の返り討ちに遭って命を落としている。
しかも、その計画を企てたのは伯爵家ではなく、もっと上位の貴族だという。巧妙に、自分たちの犯行とは悟られないように幾重にも罠とも対策とも言えない策を弄しているらしく、国王である父上ですら真相には辿り着けていないらしい。
それほどまでに、特定の私たち兄妹の誰かを王位へと就かせたい貴族がいるらしい。とはいえ、何となくどういう者たちが暗躍しているのかは想像できる。こういった手を考え、実行するのは大抵は第三王子以下を王位へと就かせたいと考えている者と決まっている。
何故なら、通常第二王子までは国王が亡くなるまでに元老院へ自身の有能さをアピールする機会が多いからだ。その理由は単純に父である国王や周りの貴族たちと元老院に所属する貴族たちに対して、弟となる王子たちに比べてアピールする機会や時間が多く取れるという、先に生まれた者の特権があるからだった。
もちろん、王妃(正室)の子供同士ならばそこまで大きな問題にはならないが、これに側室の子供が関係してくると事態はより複雑になる。これは言うまでもないだろう。
そのような状況の中で王家に生を受けた第五王子ともなると、何歳も歳の離れた兄や姉たち以上に自身が有能であるとアピールすることが難しくなるのは当然のことだった。
つまり、私と十歳歳上の第一王子のアレクサンダー兄上や、六歳歳上のエアハルト兄上に対抗する術など、生まれたときから無いに等しかったのだ。
因みに、現在王族として残っている兄妹の中では紅一点、妹のアポロニアなどはグスタフ兄上と同じように冒険者になるつもりらしい。また、妹の侍女であるニーナもアポロニアに付き合うつもりなのだとか。何とも羨ましい主従関係だ。二人ならば、将来父上が亡き後も自立して暮らすことができることだろう。
それに比べて、私にはアポロニアのように冒険者となれるほどの体力も能力も、そして戦闘に関するセンスもないし、ニーナのように私に付いてきてくれるような従者もいない……。つまり、私にはその身一つで生きて行けるような力が全くないのだ。
だから、私は全てを諦め、せめて父上が国王である内は自由に暮らし、好きなことをして自堕落に生きることを選択したのだ。幸いにも国王である父上は強者であり、その治世も安定している。よほどのことがない限り、数十年は気ままな生活ができるだろう。
そのように考えていたのだが、私の人生設計は突然にして計画を修正する必要が出てきたのだ。
その理由は、私の兄で第三王子であるグスタフ兄上が突然の謀反を起こしたからだ。その力は圧倒的で、第三王子であるグスタフ兄上の専属近衛騎士たちは瞬く間に王城を占拠し、長兄である第一王子のアレクサンダー兄上を捕縛、その上国王である父上と第二王子であるエアハルト兄上を王城から退けるという、謀反としては大成功と言える成果を上げたのだった。
グスタフ兄上が謀反を起こす一刻前。
「クラウス、私に協力してはくれないか?」
禍々しい長剣を手にしたグスタフ兄上から突然そんなことを言われても、一体目の前で何が起こったのかすら分からず、まるで金魚のように口をパクパクとしながら声にならない声を上げるしかできなかった。
「では、私がこれからすることについて邪魔しなければそれで良いです。頼めますか?」
「……わ、分かりました。そ、それでは、全てが終わるまで、私はこの部屋にこもっていることにします……」
「えぇ。……貴方を悪いようには致しません……」
私の決死の決意を伝えると、微笑むようでいて堅苦しくグスタフ兄上とは思えない口調でそのように答えてくれた。何だろう、胸の奥がざわりとするが、所詮兄上に抗う力など持ち合わせていない私には、兄上の言葉を拒絶することなどできない。
そう割り切った私は、それからずっと一人王城の自室に引き籠もることにした。幸い、退屈しのぎにと隣国の商人から取り寄せた『神の試練』という興味深い魔導具が手に入った。これがあれば暫くは自室に籠もっていても時間を潰せるだろう。
そう思っていたのだが、残念ながらというか、思っていた通りと言うべきか。何度調べてみても私には扱うことができなかったのだ。商人たちに聞いた通り遊技マットなる魔導具の上にカードパックという小袋から取り出したカードの一枚を置いてみたのだが、うんともすんとも反応しない。
「……あぁ。やはり、これは『魔導具』というだけあって、使用者の魔力を必要とするのだな……」
そう、分かっていたことではあるが、やはりアルターヴァルト王国から取り寄せた魔導具は魔力を持つ者向けに作られているせいで、魔力を持たない獣人族の私には扱うことができなかった。それにしても、期待していただけに改めてその事実を突き付けられると少々辛い。
そもそも、獣人族には魔力を持つ者すら少ない。それ故に、魔導具も使用者から得るものではなく、我が国の鉱山から産出される魔鉱石、それをさらに精錬した魔石から魔力を得られるような造りにする必要があるのだが、その分アルターヴァルト王国を含む他国の魔導具と比べて製造するには手間暇が掛かるため、随分と値が張るというのが我が国の魔導具の現状だった。
むぅ。だが、簡単に諦めたくはないな。多少値が張ったとしても、我々獣人族でも扱えるよう魔石を使ったものを作ってもらえないか、アルターヴァルト王国の稀代の錬金術師アサヒナ殿に手紙でも出すか……。父上かエアハルト兄上に相談して何か仕事を回してもらえれば最低限必要な金は用意できるだろう。アレクサンダー兄上は力仕事が多そうだからパスだな、うん。
「よし、そうと決まれば早速、あっ……!?」
そうだ。手紙を出すのは良いとしても、グスタフ兄上の謀反のせいで父上はエアハルト兄上とともに行方不明、アレクサンダー兄上は地下牢に監禁されていると聞いている……。
父上たちを頼ることなどできない状況になっていたのを思い出し、背中に冷たい汗が通るのを感じたのだった。
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