昇進の実情と部下について
結局、昨晩のパーティーは身内だけでの夕食会ということで大いに楽しむことができた。
友人たちとの飲み会というのも良いのだが、この世界にそこまで気心知れた友人というほどの付き合いのある者はいない。それに、この世界では俺と付き合いのある者といえば、王族や貴族、御用商人だったりと、この世界でも相当に高い身分や立場の人が多い。そんな相手を急に誘うわけにもいかないし、せっかくの夕食をそのような気を遣う相手と純粋に楽しめるとは思えなかったのだ。
そういった事情もあってか、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の両国で開催した陞爵を祝うパーティーとは比べものにならないほどに楽しかった。だからか、また次の(昇進という)機会があれば身内でのパーティーを開催したいな、などと思ったのだが、やはり神界で世界神の眷族という立場の者が役職を得るというのは滅多にあることではないらしい。
機会神からこっそりと聞いた話だが、この『世界神が管理している世界』に設けられた神域の責任者になるには、神界でも相応の立場にある者でなければ問題になるそうだ。
一応、俺は世界神の眷族ではあるものの、ちゃんと世界神が責任者を務める『世界管理局管理運営本部世界管理部運営四課』、ちょっと長いから世界管理部運営四課と略すが、その部署と、その部署内に新設された輪廻神が責任者を務める『世界管理支援室』に所属しているということ、そしてその部署に所属しているという状況で世界神の昇神試験をサポートした実績がある、ということが認められた結果、神ではない存在ではあるが特例的に『主任』へと昇進することができたらしい。
もちろん、この世界に出張所という神域がなくなれば管理する者も必要なくなるため、俺は元の『役職無し』へと戻ることになる。
ぶっちゃけて言うと、役職がなくなることは寂しいが、それについて特にどうこう言うつもりもない。
何故なら、通常一般的な世界神が自身が管理する世界に神域を設定したとしても、その神域の管理責任者は世界神自身が務めることになる。例え、その神域の管理を眷族に任せていたとしても、それは世界神が言っていたように、それは眷族に対してその『役割』を任せたに過ぎないからだ。つまり、以前までの状況と同じに戻るだけなのだから問題はない。うん。問題はないが、できることなら、せっかく得た役職なのだから簡単には失いたくないな。
ところで、ここまでの流れで気付いたかもしれないが、複数の神域の管理を任されたり、昇神試験をサポートすることなど、世界神の眷族として送り込まれた者ならば、大抵の者が行っているはずだ。それにも関わらず、俺だけが特例的に昇進したのにはちゃんと理由があった。
その理由というのは、どうやら俺たちのいるマギシュエルデに『魔王』が誕生したことが関係しているらしい。詳しくは聞けなかったのだが、久々に勇者を世界に誕生させた世界神と、そのために久々に魔王を誕生させることになった試練神、そしてその試練の行方は神界でも注目されているそうだ。そんな神々が注目するマギシュエルデに送り込まれた、世界神の眷族たる俺についても注目が集まっているのだとか……。
何というか、他の神々からも注目されるとかちょっと怖いな。生前も他部署で活躍する若手社員の名前は耳にすることがあったし、実際興味を持つことはあったけど、自分がそういう立場だと聞かされると少々ビビる。
それはともかく、そういった神界の状況を踏まえて機会神が世界神と輪廻神に俺の昇進を提案したのだという。魔王が誕生した世界に送り込まれた眷族が一定の成果を出していること、そしてそれを世界神が評価しているということを昇進という形でアピールすることで、世界神が順調に昇神試験をクリアしており、世界の管理運営という業務も問題なく執り行えているのだと周りにアピールする目的があるらしい。なるほど、部下の評価は上司の評価というのはどの世界でも変わらないらしい。
それにしても、そんな裏の事情まで聞かされると、せっかく就いた役職ではあるが何とも言えない気分になってくるのだが……。
そういうわけで、機会神から裏の事情を聞いた俺は『主任』という神界の役職についてはあまり気にしないことにした。元々、そのような役職を得られる立場でもないし、得たところで特に意味もないしね。そう考えていたのだが……。
「そうそう、ハルト様。主任になられたのですから、必要なら部下を付けますよ?」
「部下っ!? えっと、仲間なら既にいますが……?」
「マギシュエルデでの仲間ではなく、神界からハルト様を支える者のことです」
「……!?」
なんと、神界に俺をサポートしてくれる部下ができるのか? でも、それなら俺にではなく世界神に部下を付けたほうが良くないか? 大体、神界で部下がついても、この世界『マギシュエルデ』に出向している俺にはあまり意味がない気がするんだが……?
「朝比奈君には申し訳ないが、今すぐという話ではない……。そもそも、まだ神でもない朝比奈君の部下に、経験が浅いとはいえ神をつけるわけにはいかない。つまり、朝比奈君の部下というのは君と同じく『転生者』になるだろう」
あー、そういうことか。確かに、神でもない元人間の俺の下に神が部下としてつくわけにはいかないもんな。それに、俺の指示や命令を聞いてくれるとも思えない。それにしても、俺と同じ転生者なら部下にできるというのには一応納得はできるが……。
あれ? そういえば、以前世界神と魔王誕生の話を聞いた際に、この世界に転生者を送り込む場合、世界神様の眷族にする必要があったはず。そして、世界神が眷族にできるのは一人だけという制限があるって聞いたような……?
「あの、転生者を部下にというお話でしたが、世界神様の眷族にはできないですよね……?」
「もちろん、その通りです。私の眷族はハルト様だけですから!」
「でしたら、『転生者』を部下に、というのは難しいのでは……?」
「朝比奈さん、それについては私からご説明致します」
ふむ。俺の疑問には機会神が答えてくれるらしい。
「先ほど朝比奈さんからお話し頂いた通り、世界神は異世界からの転生者を一人だけ眷族にすることができます。ここでポイントなのが『世界神の眷族』という点です。つまり……」
「なるほど。つまり、世界神様以外の神様ならば転生者を眷族として迎えることができる、ということでしょうか?」
「流石は、朝比奈さんですね。その通りです」
「えっと、ということは機会神様か輪廻神様が転生者を眷族として迎えられるということでしょうか?」
「はい。そうですね、そういうことになります。一応、私の眷族として迎えるつもりですが」
なるほど。確かにそれならば問題はなさそうだけど……。それにしても、俺に部下を付けるというだけで転生者を眷族に迎えるなんて、そこまでしてもらっても良いものだろうか。眷族を迎えるということは、それなりに重要なことだと思うんだけど……?
そんなことを考えていたのだが、機会神は俺が何を考えていたのか分かっていたようで、その疑問に答えてくれた。
「えぇ、もちろん眷族を持つということは神にとっても重要なことですからね。当然ですが、それに相応しい人材でなければ迎え入れるようなことはありません。そうですね、朝比奈さんなら諸手を挙げて迎え入れたいところですが……?」
「え、えっと、私は既に世界神様の眷族ですので……?」
「機会神! 私のハルト様を取らないでください!」
「冗談ですよ、朝比奈さん。それに世界神もね」
俺と世界神の言葉に『ははは』と冗談ぽく笑いながら受け流す機会神だが、先ほど機会神から受けた視線は本気と書いてマジと読むぐらいには真剣な眼差しだった。機会神による俺への評価はともかくとして、やはり簡単に迎え入れるようなものではないらしい。
「それにですよ、朝比奈さん。そもそも、この世界『マギシュエルデ』は世界神が管理し、運営する世界です。つまり、『剣と魔法の世界』です。そんな世界に転生したいという者がそう簡単に見つかると思いますか? そしてその中から有能な人材がどれだけ集まると思いますか……?」
「うっ!? それは確かに……」
そういえば、この世界神の管理運営する世界『マギシュエルデ』は『剣と魔法の世界』ということがネックになっているらしく、俺と同じ時代を生きていた人たちからは転生先としては随分と嫌われているらしい。世界神でさえ、俺と面談するまでに百人近くが転生を断っていると聞いていた。
うーん。ゲームのような世界観とか面白いと思うのだが、どうもゲームや漫画、それにアニメのような面白さと、現実的な生活のし易さを比べると、後者を選ぶ者が多くなるのも理解はできるのだが、もう少し剣と魔法のロマンを求める転生者がいても良い気はするのだが……。まぁ、誰だって前世の世界よりも不便で不衛生な世界に転生したいなんて思わないかもしれないが、それにしてもね……?
うん? つまり、俺もその非常に稀有な存在ということになるわけだが……。そのことについては誰からも突っ込まれることはなかった。まぁ、突っ込まれたからといってもどうこうということはないが、それにしても、うーん。何とも言えない気持ちになるな。
さて、話を戻そう。確か、俺が転生して世界神の眷族としてマギシュエルデへと向かうことになるまでに百人近くの転生希望者と世界神は顔合わせ、というか面接をしていたと輪廻神は話していた。その顔合わせにどれだけの時間を要したのかは分からないが、俺が眷族として転生すると伝えた時の世界神の反応から考えても相当の時間が掛かったということは容易に想像できる。
ということは、つまり……。
「なるほど。私に部下ができるのは随分と先になりそうですね……。というか、私が主任のうちに部下ができるのかも怪しそうですが……?」
「まぁ、つまりはそういうことだな」
「現状ですと、そうなりますねぇ?」
輪廻神と機会神の言葉を聞く限り、俺の予想は当たっていたらしい。世界神だけは『ハルト様のようにこのマギシュエルデの素晴らしさを理解して下さる方がきっと現れますからっ!』と喚いていたが、俺も輪廻神と機会神の意見に賛成だ。
まぁ、つまりは俺が『主任』にはなったが、そのことに対して特に特典はないに等しい、ということだ。そもそもそんなことは期待していなかったので、別に構わないのだが、それでも少し残念に思う俺がいる……。
「ハルト様。その、確かにハルト様に部下が付くまでには時間が掛かるかもしれませんが、それでもハルト様は『主任』という役職に付かれたのですから、それは誇っても良いことなのですよ?」
うん。世界神の言いたいことは何となく分かるが、結局の所は何も変わらないのだから何を言われても心に響かないのは仕方がない。うーん、神界で部下が付くこと以上に納得のいく褒美を与えられればもう少し気分も変わると思うのだが……?
うーん、と悩んでいる間に世界神たちは神界へと戻る時間となった。
「それでは、ハルト様。新たな神域も確認できましたし、私たちは神界へ戻ります。既に前回の試練から一月ほど経過しています。そろそろ次なる試練が始まってもおかしくありませんから、ご注意下さいね?」
「確かに、そうですね……。そろそろ魔王も次の試練に向けて動いているかもしれませんね。少し気を引き締めて行こうと思います」
「はい! お気をつけて、ハルト様」
「色々とありがとうございました、世界神様。次にこちらの世界へ来られる際にはグリュック島でおもてなしできるように整えておきますね!」
「はい! 期待しておりますね、ハルト様」
「では、我々も神界へと戻ることにしよう。また会おう、朝比奈君」
「はぁ、次にお会いする時には朝比奈さんの部下が見つかっていれば良いんですけどね……。あまり期待せずにお待ち頂ければと思います。それでは、またお会いしましょう。朝比奈さん、引き続きよろしくお願いします」
「はい! 皆さん、またお会いできるのを楽しみにしています!」
そう伝えると、世界神たちの姿はすぅっとこの世界から消えていく。どうやら、無事に神界へと戻って行ったらしく、屋敷に満ちていた神々しさが和らいだように感じる。
さて、このあとはどうしようか。そんなことを考えながら時計を確認すると、まだ昼飯には少し早い時間帯だった。つまり、今日はまだまだ時間があるということだ。
そのことを皆で確認すると、俺たちはザシャが用意してくれた昼食を取る。昨晩の夕食会の残りをアレンジしたメニューだったが、非常に美味かった。うむ、これなら午後も存分に働けるだろう。
そんなことを思いながら、俺は皆と相談した結果、今日は世界神のせいで先延ばしにしていたグリューエン鉱山の坑道の修復へと向かうことにしたのだった。
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