二匹目の従魔、カイザー
突如として俺たちの目の前に現れたのは、体長体高ともに一キロメートルを超えるというとんでもないビッグサイズのスライムだった。
ぶっちゃけ、某有名RPGに登場する八匹のスライムが合体することで誕生するスライムの王様的な存在よりも、存在感が半端ない。ちょっとした山と言っても差し支えないほどだ。
そんな山のような超巨大スライムは『島の管理者』であるからか、自生する木々や大地に影響が出ないように特技の『重力操作』、それに『吸収』や『放出』を用いて器用にその場に佇んでいた。とはいえ、やはりそのサイズ感ではこちらもどう接すれば良いのか分からず、結局は再び俺からスライムに対して話し掛けるしかなかった。
「ちょっと話しづらいから、さっきくらいのサイズに戻れないか?」
そうスライムに語り掛けると、スライムはその巨体を震わせて、途端に再び無数のバスケットボールサイズのスライムに分裂し始めた。そして、瞬く間に小山のような巨体は消え去り、その代わりに再び辺り一面をスライムたちが覆い尽くしている。
幾つものスライムが地面を覆い尽くしている中から、一匹のスライムがぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺の下へとやってきた。恐らく、先ほどまで俺の腕の中にいたスライムだろう。
それにしても、言語の理解度はステータス通り、ヴァイスよりも高いと見ていいな。そんなことを考えていると、再びスライムが俺に飛びついてきたので慌ててその身体を抱き抱える。
何だか褒めてほしそうな、そんな感情がスライムから溢れているような、そんな気がしたのだ。だから、俺は左腕で出来る限り抱き抱えながら、空いた右手で撫でるようにスライムを労った。
すると、これまでよりも大きくふるりと身体を震わせる。どうやら、喜びを表しているようだ。何故か、声も言葉も発しないスライムだが、その仕草で何を言いたいのかが伝わってくるような、そんな気がしたのだ。
「そういえば、職業の欄に俺の獣魔候補と書いてあったけれど、本当に俺はお前を獣魔にできるのか……?」
そう呟くと、スライムは『そうだよ』とでも言うように頷くような仕草を器用にしてみせる。ふむ、既に獣魔としてはヴァイスがいるが、この世界のモンスターテイマーの様子を見るに、従魔の数や種類に制限はないらしい。冒険者ギルドの見解によれば、どれだけの数や種類の従魔をテイムできるかはテイマーの力量によるところが大きいとのこと。もちろん、従魔たちを維持できるだけの収入も含めてだ。
それならば、せっかく出会った能力SSランクの魔物を従魔にしないという選択肢はないだろう。幸いにして、このスライムは俺の従魔候補であり、俺にはスライムを養えるだけの収入もある。とはいえ、これだけ超巨大なスライムを養うにはどれだけの費用が掛かるのか検討も付かないが……。
そんなことを考えていると、俺の思考を読み取ったのか、『心配ない』とでも言うかのように身体を触手のように伸ばしてサムズアップしてみせた。ふむ、どうやらこのスライムは、『精霊力が貰えれば問題ない』と言っているようだ。
精霊力といえば、以前ゲルヒルデが俺に対して求めてきた契約時の報酬だ。なるほど、精霊の力の残滓が取り込まれたことで、精霊力を求めるようになったのか。でも、それならこれまではどうやって生きてきたんだろう?
『島に湧いて出てきた魔物や、海岸に打ち上げられた魔物の死骸を吸収していたんだよー』
ふむ、なるほど。因みに、この島には水源の類はないと聞いていたが、この島の山には森林が広がっている。もしかして、それもお前が関係しているのか?
『そうだよー。雨が降ったときに吸収して収納したり、雨が降らないときは放出して木や草が枯れないようにしてたんだよー。それに、水が足りなくなったら、海の水を吸収して雨水と同じ成分になるように分解することもできるよー。木や草に必要な栄養素は吸収した魔物を分解して肥料も作ったりしたんだよー。すごいでしょー!』
ほう、そんなことができるのか。それにしても、なるほど……。このスライムの職業が『島の管理者』というのも納得できる。
因みに、先ほどのような大きな姿がお前の本来の姿なのか?
『そうだよー。でも、あの大きさになるには精霊力がいっぱい必要なんだよー。次にあの大きさになれるのは何百年か先かなぁ?』
ふむ。あれだけの数の分体を融合することはできても、維持することは難しいのか。というか、次にあの大きさになれるのは何百年も先なのか。それだけの精霊力を使わせてしまったのは何だか申し訳ないな。
『気にしなくてもいいよー?』
何だか、先ほどまでよりもスライムの言いたいことが自然と理解できるようになったような? いや、今はそんな些末なことはどうでも良い。それよりも、お前は俺の獣魔になる気があるのか?
『あるよー、あるある!』
ふるふるとその身体を震わせて肯定している。ふむ、スライム自身がそう言うのなら問題ないか。それならばと、従魔としてテイムするとともに、スライムに対して名前を付けることにした。テイムとは従魔に対して名前を付けることで完了するのだ。
「よし、お前は『カイザー』だ! スライムの皇帝としてこのグリュック島を任せる。引き続き、島の平和と安全の為にその力を貸してくれ!」
そのようにスライム改めカイザーに伝えると、俺の腕の中から飛び出て喜びを表すように俺の周りを飛び跳ね続けたのだった。
『名前:カイザー
種族:精霊粘体生物(分体) 年齢:4982歳 職業:神の眷族の従魔、島の管理者
所属:朝比奈晴人
称号:朝比奈晴人に服従せし者、朝比奈晴人に名付けられし者
能力:S(筋力:F、敏捷:S、知力:S、胆力:F、幸運:S)
体力:20/20
魔力:20/20
特技:隠密術:Lv9、人語理解:Lv8、吸収、放出、収納、隔離、分解、分裂、融合、拡大、縮小、重力操作、意思疎通
状態:健康
備考:朝比奈晴人が二匹目にテイムした魔物。
本来の姿を維持するには体内に蓄積された精霊力を必要とする。
体長:18cm、体高:14cm、体重:2.2kg』
うむ。皇帝を意味するその名は、スライムには少々大仰にも見えるが、けして名前負けしているとは思わない。スライムとは思えないほどの実力を持つのだから、むしろ、相応しい名前と言えるだろう。
改めてカイザーを鑑定すると、その職業や所属の内容から無事俺の従魔となったことが分かった。カイザーの話によると、これまでは自身の身体を多くの分体に分けることでこの島の管理をしてきたらしいので、これまで通り管理してもらうようお願いすることにした。既に、先ほどまで無数にいたカイザーの分体たちは元々潜んでいた場所へと戻っている。
それにしても、前回スライムを鑑定したときから比べると、『意思疎通』なる特技を得ていることに気が付く。なので、速攻で特技の効果について調べてみたのだが、どうやらこれは従魔の主たる俺とより深くコミュニケーションを取る為に必要な特技らしい。後に、その特技を得たカイザーが島に連れてきたヴァイスに対して自慢したことで、ヴァイスが拗ねることになるのだが、現時点では何の問題もなかった。
「このグリュック島なんだけど、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国という人間族と獣人族の国の意向で俺が管理責任者になったんだ。それで、この島を開拓したいんだけど、良いだろうか? 事後報告で申し訳ないけれど、既に海岸には港を整備したんだが……」
『大丈夫、問題ないよー! でもね……』
無事、カイザーから了承を得たのでグリュック島の開拓というか、開発を進めることにした。と言っても、無条件ではない。カイザーからの条件はこのグリュック島の管理者として『仕事』が欲しいとのことだった。うん、仕事ならたくさんあるぞ。
これまで、グリュック島の森林が守られてきたのはカイザーの働きによるところが大きい。それに、グリュック島に危険な魔物がいないのはカイザーが無数の数に分裂して島内を監視し、魔物を見つけ次第、吸収して分解し、肥料としていたからに他ならない。これらの活動は引き続き続けてもらいたい。それだけでなく、この島に置ける貯水池及び海水の淡水化と分解と収納による製塩をお願いしたいと相談したところ快諾された。
しかも、それだけでなく、俺が用意しようとしていた下水処理場についても分体を用意して処理を手伝ってくれると申し出てくれたのだ。何とも、頼りになる従魔である。
こうしてカイザーとの相談の結果、グリュック島の中央に近いアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の国境線上にある非武装地帯の全体を対魔王勇者派遣機構の本拠地とすべく、木々を切り払くと、山岳地だったところを土魔法によって均して、港湾施設から続く平地へと整備を進めることにした。
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「うん。これで、拠点の建設に着手できるな!」
『そうだねー!』
俺の言葉にカイザーが応えるようにぷよんぷよんと喜ぶように飛び跳ねた。そんなカイザーを抱き抱えながら、土魔法によって整備された土地を眺める。詳しくは分からないが、ここだけで都内の一区分ほどの広さは十分にあるのではないだろうか……? 少しやり過ぎたような気分になりながら、そういえばセラフィたちに事態の説明をしなければならなかったのだと思い出して彼女らのほうに向いたのだが……。そこには笑顔ではあるものの、悪鬼や悪魔とでも言うべきオーラを纏った女性六人が並び立っていた……。
「その、主様……?」
「ハルト。当然、全部教えてくれるんだよな?」
「一体、何がどうなったの……?」
「アンタ、また勝手に何かしたわよね?」
「ハルト様がどのような行動をされるのか、事前に説明しておいて頂けないと、私だけでなく他の皆様も心配されますので……」
「そうですよぉ。旦那様はヘルミーナさんの質問にも答えて頂いてないですぅ。その、かいざぁ? と仰っていた魔物についてぇ、そろそろご説明をお願い致します〜!」
こうして俺は、六人のお姉さまたちに尋問という形でスライムのカイザーについて説明、いや報告を詳しく行うことになったのだが、当事者であるカイザーはお姉さまたちに囲まれる前にするりと俺の腕から抜け出すと、俺が土魔法で整備した土地の確認へと飛び跳ねながら向かっていったのだった……。
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