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課題の検討と神の降臨

 昨晩は急な世界神来訪の知らせを受けて皆への説明、そしてアポロニアとニーナへ俺の出自の説明で床に就くのが深夜遅くになったせいか、身支度を整えて食を終えたにも関わらず、未だに眠気と気怠さが取れずにいた。


 執務室の椅子に腰掛けると、俺はあくびを噛み殺しながらアルマが用意してくれたティーポットからお茶をカップに注ぎ入れる。香りから、どうやら気を利かせてミントティーを淹れてくれたらしい。早速一口啜りながら、ヴェスティア獣王国にオープンしたアサヒナ・ザマー魔導具店ブリッツェンホルン中央通り店の今後顕在化するであろう『課題』について対策を検討することにした。


 課題というのは、先日ヴェスティア獣王国から戻る途中にヘルミーナとベンノから報告された、とある傾向についてだ。そう、『獣人族は幸運が低い傾向にあるのではないか』というものだ。


 別に全ての獣人族を鑑定したわけではないし、数人の鑑定結果というサンプルにもならないようなデータだけでは確実なことは言えない。


 だが……。俺は一枚の資料に目を通しながら、その傾向がほぼ確実なものなのであろうと感じ取っていた。


 俺が見ていたのは、アサヒナ魔導具店とアサヒナ・ザマー魔導具店のそれぞれで、開店初日に遊技台で使用されたカードの一覧表だった。


 前世で遊んだようなソーシャルゲームだと、どのカードがどれだけ排出されたのかや、どのユーザーがどのカードをどれだけ持っているのかといった情報をゲームの管理ツール上から確認できるのだろうが、残念ながらこの世界にはインターネットもパソコンもない。つまり、ソーシャルゲームの運営に欠かせない情報を得られない状況で魔導カード『神の試練』を運営しなければならなかったのだ。


 そこで、苦肉の策としてうちの魔導具店に設置した遊技台から、どのカードがどれだけ使用されているのかだけでも分かるようにと、プレイデータのログを確認できるようにしていたのだ。因みに、『うちの魔導具店に設置した遊技台』と言いつつ、ログの取得自体は全ての遊技台で行っていたりする。


 昨日ヘルミーナとベンノから報告を受けた後、ベンノに指示を出したところ、今朝トーマスとルーカスの二人から早速資料が届いたのだ。


「本当はカードの排出率が確認できれば良かったんだけれど、こればっかりは仕方がないか……。それでも、明らかにアサヒナ魔導具店と比べて、アサヒナ・ザマー魔導具店で使用されたカードは高レアリティが少ないんだよなぁ」


 もちろん、正確に判断することはできない。何故なら、アサヒナ魔導具店で遊技台利用時の時間制限(一人に付き一日最大三十分まで)というルールを設けたのは開店三日目からだ。それと比べてアサヒナ・ザマー魔導具店は初日からルールを適用している。


 つまり、アサヒナ魔導具店の開店初日のログには同一人物が連続して遊技台を利用している形跡が見て取れるため、あまり参考にならなかったのだが、二店舗のログに明らかな違いが一つだけあった。


「ログを見る限り、アサヒナ・ザマー魔導具店ではウルトラレアが使われた形跡がほとんどないんだよなぁ……」


 アサヒナ・ザマー魔導具店には、店舗の広さを活かして十台の遊技台が設置されているのだが、何れの遊技台のログにもウルトラレアを使用した形跡がほとんどなかった。ログを見る限り五、六人だろうか。その程度しか見つからなかったのだ。それだけでなく、スーパーレアも十数人が幾つか使用した程度で、ほとんどがレア以下のレアリティばかりだったのだ。


 一人当たりの時間制限を設けているので、百八十人近くのユーザーが利用したはずなのだが、それにも関わらず、このような状況なのだ。カードパックの売り上げを考えてみても随分と少ない。


「……となると、やはり獣人族は運が悪いということになるのかなぁ。しかし、運の良し悪しなんてどう対応すれば良いんだ?」


 まさか、アサヒナ・ザマー魔導具店で販売するカードパックだけ排出率を変更するわけにもいかない。


「運かぁ、運なぁ……。さて、どうしたものか……」


 一人でうんうんと運について唸ってはみたものの、中々良いアイディアがすぐに思い浮かぶというようなこともなく……。


「うーむ……。何故か『幸運を呼ぶ壺』とか、印鑑や数珠とか、そういったアクセサリーの類を創って売るというような、ろくでもないアイディアはすぐに思い付いたのだが、こういう時に限ってまともなアイディアを思い付くというのは難しいんだよなぁ。はぁ、それにしても『幸運を呼ぶ』か……」


 何だか、霊感商法のような考えが思い浮かんだのだが、そのような危うい商売をするつもりは毛頭ない。ただし、この世界には、祟りだの呪いだのといった類のものは実際に存在するらしく、そういったものを祓い清める行為はあるそうだ。主に神殿の仕事であるそうだが……。その時、何故か頭から爪先まで身体中を雷が駆け巡るような、そんな感覚が迸った。


 ふむ、神殿か……。神殿、生前の世界で言えば、教会が近い存在なのかもしれないが、日本人だった俺としては真っ先に思いついたのは『神社』だ。神社と言えば初詣位しか思いつかないが、参拝した際には一年の無病息災を祈願したものだ。


 そういえば、宝くじの大当たりを祈願して神社に参拝するというのを聞いたことがあるな。それに、毎年贔屓のプロ野球チームが神社で優勝を祈願するニュースを見たこともある……。


「……なるほど、カードパックから高レアリティのカードが排出されるよう、神様に祈願するというのは面白いかもしれないな。例えば、賽銭を奉納して女神像に祈願すると、その日の運気が上がるご利益が得られるとか……。まぁ、実際にステータスを上昇させることができないと意味がないんだけけどねぇ……?」


「それでしたら、そのような効果を得られる魔導具を創造してみてはいかがでしょうか?」


「ふむ、魔導具ねぇ。確かにそうかもしれないけど、それってどちらかというとアーティファクトの類になるんじゃないかなぁ……?」


 そこまで言葉を口にして、俺は違和感を覚えた。それは何故か? その理由は単純だ。この執務室には俺以外には誰もいなかったからだ。


「誰っ!? ……って、世界神様!?」


 俺の独り言に応答レスポンスを返した相手に顔を向けると、そこにはいつの間にか屋敷(出張所)へと降臨した世界神の姿があった。それを確認したあと、改めて執務室内を見渡すと、既にこの世界から音が消え去っており、窓から眺める外の景色もまるで写真として切り取られた一つの風景のように空を飛ぶ鳥も、通りを進む人も馬車も、まるで微動だにしていない。即ち、再びこの世界の時が止まったということを理解するには充分過ぎるほどの状況証拠であった。


 それに、世界神が降臨したせいか、出張所である屋敷の敷地全体からは神々しく、そして神聖な神力に満たされていることが伺える。ただ、そのような状況になったことに気が付かなかったというのは、俄には信じられなかった。というのも、前回世界神たちが屋敷である出張所へと降臨した際には、事前の影響を感じ取ることができていたからだ。まさかとは思うが、それほどまでに俺は思考に没頭していたのだろうか……?


「うふふ。お疲れさまです、ハルト様!」


「い、いつの間にこちらへ来られたのですか……?」


「はい、こちらへは先ほど着いたばかりです!」


「なるほど……。それにしても、今回はお一柱ひとりなんですか?」


「え、えぇ、その通りです! 急ぎ、出張申請を行いましたので、今回は輪廻神と機会神の都合が付かなかったので、私だけできたのです!」


 ふむ。確かに、今この屋敷に降臨したのは世界神だけらしく、輪廻神と機会神の姿は見えない。まぁ、普通に考えても、昨晩突然出張を決めたのだから、同行者の予定まで調整を行うことは難しかったのだろう。もしも、自分が上司から突然前日の夜中に出張の予定を聞かされたとしても調整するのは難しいと思ったからだ。


「それはそれは、お疲れさまです。ところで、先日の神話通信では詳しくお話をお伺いできなかったのですが、今回世界神様が降臨された理由を教えて頂けますでしょうか……?」


「はい、理由は三つあります。まず、この度ハルト様は領地、ではなくてハルト様が代表を務められている組織『対魔王勇者派遣機構』が管理するグリュック島へと活動拠点を移されることになるとのことでしたので、グリュック島を新たな神域として認めて頂くようお祖父様に申請書を提出致しましたので、そのご報告が一つ目」


「ふむ。新たな神域ですか。しかも、グリュック島自体を神域にと仰られてましたが、そんなこと認められるものなのでしょうか?」


「もちろん、確かに通常は認められない可能性が高いです。ですが、相手がお祖父様なら可能性はゼロではありませんからね。もし認められなくても、次は敷地内を神域とする内容で改めて申請するまでです!」


 ふむ。最初に大きな要求をして、断られたら少し控えめの要求に変えていくというドア・イン・ザ・フェイス的な交渉でもするつもりのようだ。


「なるほど。それで、二つ目はどのような理由でしょうか?」


「新たにグリュック島を神域とするに当たり、現在神域となっているハルト様のお屋敷の敷地内に何か不都合が出ていないか、確認しておこうかと思いまして」


「ふむ、なるほど……」


 前世では賃貸マンションに一人暮らしだったので詳しくは知らなかったのだが、新築一軒家を建てた同僚が三か月や一年、二年といった定期的なタイミングで点検を行うという話をしていたのを思い出した。神域となった屋敷に不都合が出ていないかという確認が必要というのも何となく理解できる。あぁ、うちの屋敷自体も改めて点検しておいたほうがいいな。


「では、後ほど敷地内をご確認頂くとして、三つ目の理由についても教えて頂けますか?」


「はい、三つ目の理由は、ハルト様が陞爵されたことをお祝いするパーティーに参加するためです!」


「やっぱり!? 何となくそんな気がしていましたが……。よろしいのですか? 世界神様が、一国の国王が参加するようなパーティーに参加しても。できれば、不要なトラブルは避けたいのですが……?」


「もちろん、問題はありません。国王であろうと誰であろうと相手は一人の人間なのです。私から見ればハルト様のお屋敷で働いている皆さまと同じですね。とはいえ、私もこのマギシュエルデの世界神ですので、ハルト様の仰る通り、不要なトラブルを起こすつもりはございません。ですから、ご安心ください!」


「はぁ……」


 世界神が文字通り女神のように優しく微笑むのだが、何故か俺には不安しか感じられなかった。後にその不安が的中することになるとは想像もしたくなかった。


「まぁ、世界神様がそのように仰るなら私としては構わないのですが……」


 既に降臨してきた世界神を神界へと送り返す術など俺にはないので、仕方なく世界神にはパーティーへの参加を許可することにした。それに気をよくしたのか、世界神はソファーに座ると、いつの間にか机の上からローテーブルへと移動させたティーポットからミントティーを自分のカップに注ぎ入れた。どうやらこれからお茶を楽しむつもりのようだ。


 それは一向に構わないのだが、前回降臨した際には早々に屋敷の門前に移動して時間の停止を解いてもらったのだが、今回は随分と悠長にしているように見える。だが、その割にはどうもそわそわとしているようにも見えるのは気のせいだろうか……? 


 そんなことを考えた瞬間、ソファーで寛ぐ世界神の後ろに俺の良く知る二柱ふたりが俄かに姿を見せたのだった。


「あの、世界神様。後ろにおられるお二柱ふたりは、出張申請が間に合わなかったと伺いましたが……?」


「ブフォッ! ゴホッゲホッゲホッゴホッゲホッゲホッ……!?」


 口に含んだ茶を盛大に吹き出すと同時に、どうやら気管にでも入ったのか慌ただしく咽る世界神の姿は何とも女神とはほど遠いように見える。そんな世界神に対して、新たに現れた顔見知りの二柱ふたり、つまり輪廻神と機会神が冷ややかな視線を送った。


「な、何故ですか!? 輪廻神も機会神も、此度のパーティー、いえ出張には間に合わなかったはずではっ!?」


「うん、それなんだけどね……?」


 世界神の言葉に機会神が反応したが、どうやら詳細は輪廻神から説明するらしく、機会神は言葉を濁しながらその視線を世界神から輪廻神へと移した。


「うむ。急な出張申請に創造神から確認の連絡があってな。創造神から『スルーズ一柱ひとりでは心配だから二柱ふたりも同行するように』と直々に依頼されたのだ。全く、何事かと思えば朝比奈君が主催するパーティーへの参加が目的とは。創造神に何と報告すれば良いのやら……」


「そんなっ!?」


「そういうことだから、私たちも世界神と一緒に朝比奈さんのパーティーに参加しますね。朝比奈さん、本当に申し訳ありませんが、ご調整のほうをお願いできますか?」


「まぁ、そういうことでしたら仕方がありませんね。お二柱ふたりにもご参加頂けるようにこちらで調整致します」


「急な来訪となり申し訳ないが、よろしく頼む」


 輪廻神と機会神から頭を下げられると対応しないわけにはいかない。だって、二柱ふたりとも俺の上司なのだから。


 こうして、世界神だけでなく、輪廻神と機会神の二柱ふたりも神域である屋敷(出張所)に降臨し、俺の陞爵を祝うパーティーへと参加することになったのだった。

 因みに、世界神はどうも一柱ひとりで降臨してきたかったらしい。理由について直接聞くことはなかったのだが、『せっかくハルト様と親子二人でパーティーに参加できると思ったのに』等と一人呟いていたのは聞かなかったことにしておこうと思う。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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