二人との雇用契約
さて、食堂へと続く廊下を進む間にフロレンツィアからティニとの面会の場をセッティングして欲しいと頼まれた(せがまれた、が正しいか?)ので、その場で約束することにした。
やはり、魔力を持たない獣人族の間では魔導具といえば魔石を使用したものになるため、非常に高価なものであり、フロレンツィアと付き合いのある貴族の御令嬢といえど気軽に手を出せないことから、魔導具について語り合える仲間が彼女の周りにいなかったらしい。
食堂に着くと、既にアメリアたちが俺が起きてくるのを待っていたらしく、既に席に着いていた。どうやら少し待たせてしまったらしい。
俺が自分の席に着くと、使用人たちによって直ぐに朝食が運ばれてきた。昨日は随分と遅めの食事だったからか、サラダにベーコンエッグ、そして野菜のスープと白パンという比較的軽めのメニューではあったが、それでも少し重い気もするな……。いや、既に俺の身体は十歳という少年に若返っているので何も問題なく食べれるのだが、精神はアラフォーの俺には少し重い感じがするのだった……。うん、今度料理人たちに和食を教えることにしよう。
さて、朝食をとり終えた俺は、食後のお茶を口にしながら今日の予定について改めて皆に伝えることにした。
「今日の予定ですが、午前中に別邸の確認と設備の変更を行います。トーマスさんとルーカスさんも来られますので、一緒に別邸の確認ができればと。午後からはザマーを呼んで、トーマスさんとルーカスさんの二人を紹介、それが終われば一度アルターヴァルト王国へ戻ります。向こうでもパーティーの準備がありますからね」
はぁ……。思わずため息が出る。
そう、ヴェスティア獣王国でのパーティーは終えたものの、今度はアルターヴァルト王国でパーティーを開かなければならないのだ。せめて開催場所が同じなら面倒も少ないのだが、二国それぞれでの陞爵を祝うパーティーなのだから、こればかりは仕方がない。
そんなことを少し憂鬱気味に考えているとテオが俺の隣にすっと現れて、俺の目の前に一通の封書を差し出した。
「旦那様、ラルフ様より手紙が届いております」
「ラルフさんから?」
ヴェスティア獣王国にあるこちらの屋敷には既に転移台を設置していたのだが、アルターヴァルト王国の屋敷にはまだ転移台を設置していない。ということは、俺がヴェスティア獣王国に移動したタイミングよりもあとにラルフが出した連絡ということになる。
俺がアルターヴァルト王国からヴェスティア獣王国入りしたのが昨日の午前だから、少なくともその直後にラルフが連絡をよこしたのだということは分かった。
「はい、旦那様。飛竜便による飛報でございますな」
「あぁ、飛竜便か。それでこんなに早く連絡が……。ということは、緊急性の高い連絡ってことかっ!?」
そう思い、自分の証明となる封蝋をテオから手渡されたペーパーナイフで剥ぎ取ると、中の手紙に目を通した。
『旦那様の陞爵を祝うパーティーですが、明後日の夕刻より開催致しますので、明日の午後までに屋敷にお戻り頂けますでしょうか。また、この度の旦那様の陞爵には国王であるゴットフリート様も深く関係されておられることから、パーティーに参加されるとのことです。緊急のご連絡が必要と考え、飛竜便にて報告させて頂きました。ご確認のほど、よろしくお願い致します……』
ふむ。なるほど、ゴットフリートも参加か。確かに、今回の陞爵については対魔王勇者派遣機構の代表としてヴェスティア獣王国側で伯爵位に陞爵したことが直接的な要因だ。国王であるゴットフリートが参加することも頷ける。
「アルターヴァルト王国での陞爵を祝うパーティーの開催日が明後日に決まったというラルフさんからの連絡でした。あと、ゴットフリート陛下も参加されるとのことです」
一応、皆にも共有したが、アメリアたちもテオも誰からも驚きの声が上がることはなかった。まぁ、昨晩のパーティーでエアハルトやハインリヒが参加していたのだから今更という感じなのだろう。
そんなわけで、トーマスとルーカスが屋敷を訪ねてくるまではゆっくりとした時間が流れて行った。
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暫くすると、テオからトーマスとルーカスの二人の来訪を知らされたので、執務室に通してもらう。
「「おはようございます、アサヒナ伯爵様」」
「おはようございます。トーマスさん、ルーカスさんも朝からわざわざお越し頂いて、ありがとうございます。そちらのソファーで話しましょう」
二人をソファーに座るよう促すと、俺もそちらのほうに向かう。何も言わなくてもテオが既にお茶の準備を進めているのは流石である。
一応、今日の予定としては、トーマスとルーカスの二人と魔導具店で扱う商品の説明を行い、その後別邸の改装作業を行うつもりだった。魔導具店のことだから、ヘルミーナ以外のメンバーについては自由にしてもらっていいと話をしていたのだが、何故か皆も打ち合わせに参加することになった。
特に、アポロニアとニーナは商品、つまり魔導カード『神の試練』の実物をまだ見たことがないということもあって、参加を希望したのだった。
「それでは、改めましてアサヒナ魔導具店へようこそ。トーマスさん、ルーカスさん。アサヒナ魔導具店は私が店主で、こちらのヘルミーナさんがアルターヴァルト王国の店舗で店長を務められております……。とはいえ、ご存知かと思いますが、私たちは新たに設立された対魔王勇者派遣機構としての活動もありますので、実質的には店長代理のベンノさんに経営はお任せしています。ベンノさんについては、後日改めてご紹介致します」
「承知致しました」
ルーカスがそう応えたのに対し、トーマスは何やら考えるそぶりを見せると、おもむろに口を開いた。
「……ふむ、今のアサヒナ伯爵様のお話から察するに、今回出店されるヴェスティア獣王国の支店においても、実質的な経営は私たちにお任せ頂くことになる、ということでしょうか……?」
ほう、トーマスは中々察しが良いな。話が早くて助かる。
「えぇ、その通りです。トーマスさんにはアサヒナ魔導具店ヴェスティア獣王国支店の支店長を、ルーカスさんには支店長代理をお願いしたいと考えています。こちらがお二人の雇用契約書になりますので、内容について確認をお願い致します」
そう言って俺は予め用意していた雇用契約書を二人に差し出した。二人は俺の言葉に面食らったようだったが、渡された契約書に手を伸ばすと、その内容に目を通し始めた。
雇用契約書の内容は基本的にベンノたちと同じなので問題ないだろう。だが、今回の契約書には別紙として雇用条件、つまり給料についても記載されている。
ベンノたちの際には面談時に提示したのだが、今回は時間もないのでこのタイミングで同時に提示することにした。
「えっ!?」
「なっ!?」
二人は静かに雇用契約書を読み進めていたのだが、最後の別紙に目を通している途中に、二人から驚くような声が漏れた。
「どうかしましたか?」
トーマスが震える指先で雇用契約書の別紙を指さす。
「あの、アサヒナ伯爵様。ここの給料ですが数字を間違えておられませんか……?」
「私の契約書も間違えておられるのではないでしょうか。月に金貨十枚というのは流石に……」
そう、二人の給料として提示したのは金貨十枚だった。因みに、店長代理であるベンノの初任給は金貨五枚だったので、二倍である。だが、これにはちゃんと理由がある。
「お二人は驚かれたかもしれませんが、その金額が私からお二人へ提示するお給料となります。確かに、通常なら店長代理だとその半分の金額を提示するところですが……。これには理由があります」
「理由、ですか……」
「一体どのような……?」
「はい。まず、トーマスさんには支店長を、ルーカスさんには支店長代理を務めて頂きますが、こちらの支店ではお二人の他に従業員を雇う予定は今のところありません。つまり、お二人で業務にあたって頂くことになります。直接こちらの支店に多くの客が押し寄せることはありませんが、商品の在庫管理や新たにザマー魔導具店のヤンさんが開店する店舗への商品供給などをお二人で対応して頂くことになりますので、その分の手当として考えて頂ければと思います。また、こちらの支店で直接的に対応することになる顧客は王族や貴族の方がほとんどでしょう。そういった方々への対応については気苦労をお掛けすることがあるでしょうから、手当を加算した次第です」
「ふむ、なるほど……。考えていた以上に激務になりそうですね。ですが、やりがいがあります!」
俺の説明を聞いてトーマスは納得したようだ。だが、逆にルーカスは難しそうな顔で口を開いた。
「アサヒナ伯爵様、一点確認させて下さい。支店長の兄と支店長代理の私が同一の金額というのはどういうことなのでしょうか?」
「うむ。その点についてですが、支店長と支店長代理では基本給が異なります。もちろん、支店長のほうが高額になります。では、何故支店長代理のルーカスさんの給料が支店長のトーマスさんと同一なのか。基本的な考え方は先ほどと同じです。つまり、ルーカスさんには別の手当がついているのです」
「別の手当、ですか?」
「はい。先ほどのお話にもありましたが、うちの魔導具店が資本参加しているザマー魔導具店が新たな店舗を王都に開店予定です。そして、クラウス様からご紹介頂いた使用人たちに従業員として働いてもらう予定なのですが、彼らだけでは警備面で不安があります。店主であるヤンさんもこちらのほうはからっきしですしね」
そう言って、俺は右腕に小さな力こぶを作って見せた。
「ですので、ルーカスさんにはこれから開店する新たな店舗に出向して頂き、警備のほうもお願いしたいと考えています。その出向手当が加算されての金額なのです」
「……なるほど、そういうことでしたら。理解致しました」
うむ。理解して貰えたようで何よりだ。
「あの、アサヒナ伯爵様……?」
「何でしょう、トーマスさん?」
「あの、それって、つまり支店のほうは私一人で対応することになる、ということでしょうか……?」
悲愴な面持ちでこちらに問い掛けてくるトーマスに対して、俺は笑顔で返すことにした。
「はい。期待していますよ、トーマスさん!」
サムズアップを添えて応えると、トーマスは力なくソファーに寄り掛かった。
「あぁ、やっぱり……。これは激務どころか超激務になるかもしれませんね……。でもまぁ、自分で望んだ新天地なわけだし、精一杯頑張るしかないか!」
うんうん、精一杯頑張って欲しい。恐らく当面は開店準備くらいしか仕事はないだろうし、それまではルーカスもいるしね。それに、王族や貴族からの依頼もそんなに多くないはず。……ないよな?
こうして、アサヒナ魔導具店ヴェスティア獣王国支店の支店長と支店長代理として、トーマスとルーカスの二人と正式に雇用契約を取り交わすことになったのだった。
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