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家政婦長と魔導具

 こうして、無事にヴェスティア獣王国での伯爵位陞爵を祝うパーティーは無事に終えて、更にはクラウスから優秀な人材であるトーマスとルーカスの二人を紹介された。


 真面目クールそうで熱血漢のトーマスとチャラそうで意外とクール(だけど、兄大好き)なルーカスの二人の人材をアサヒナ魔導具店のグループに迎え入れることができたのは今回のパーティーでの大きな成果だろう。


 流石にクラウスとの交渉の後、その日のうちにアルターヴァルト王国の屋敷に戻るには随分と遅い時間となっていたので、この日初めてヴェスティア獣王国の屋敷に皆で泊まることになった。


 パーティーではそのほとんどの時間を招待客の歓談に費やしたので、俺だけでなくアメリアたちも随分と空腹のようだったが、屋敷の料理人たちが気を利かせて料理を用意してくれたり、使用人たちが風呂の準備をしてくれたおかげで、ただただ飯を食って風呂に入って寝るだけという、まるで実家にいるような感覚で寛ぐことができた。今度屋敷の料理人や使用人たちには改めて褒美を与えたいと思う。


 既に屋敷の中は俺の創った魔導具(という名の魔力を必要としないアーティファクトだったりするのだが)が全室に備えられており、アルターヴァルド王国の屋敷との違いといえば、屋敷の広さと使用人くらいだろうか。そんなことを考えている内に、俺は自室として用意された部屋のベッドの上で夢の世界へと旅立つのであった。


 因みに、屋敷のセキュリティについても既に見直しを行っており、アルターヴァルト王国の屋敷の敷地内と同様のレベルに高められているので、安心安全である。明日は朝から別邸の確認と設備改修を行う予定だが、早速トーマスとルーカスの二人も様子を見に来るそうだ。ということで、今日はもう眠りに着くことにしよう……。



 翌日、目を覚ますと既に扉の外で待ち構えていたであろう使用人のノックとともに、ベッドから起き上がった俺はいつもの俺の服に着替えさせられて食堂に向かうことになった。


 それにしても、俺が目が覚めた瞬間にノックされるなんて、この使用人は気配察知の能力でも持っているんだろうか……。只者じゃないな。


 そんなことを考えながら、俺の前を歩く使用人に目を向ける。馬……? いや、鹿だろうか? そんな感じの耳を持つ長身スレンダーな獣人族の使用人で、この屋敷に来てから初めて見かけたような気がする。そんな使用人の後ろ姿を眺めていた。


『名前:フロレンツィア・フェルゼン・フェルゼンシュタイン

 種族:獣人族(女性) 年齢:24歳 職業:アサヒナ伯爵家家政婦長

 所属:ヴェスティア獣王国

 称号:フェルゼンシュタイン家長女

 能力:A(筋力:A、敏捷:A、知力:B、胆力:B、幸運:C)

 体力:4,720/4,720

 魔力:0/0

 特技︰暗殺術:Lv8、暗器術:Lv7、隠密術:Lv6、体術:Lv5、気配察知、殺気感知、整理整頓、礼儀作法

 状態:健康

 備考:身長:172cm、体重:54kg(B:86、W:58、H:86)』


 ふむ……。あの、うちの屋敷の家政婦長になる者は暗殺者でないといけないような条件でもあるんですかね? 完全にアルマの上位互換のようなスキルセットの持ち主であるフロレンツィアという使用人にしげしげと視線を送りながら、もう一つ気になったことを口にした。


「えっ、フェルゼンシュタイン……?」


「ご主人様、何かございましたか?」


 前を行くフロレンツィアの耳が俺の言葉を拾ったのか、不意に立ち止まり振り返る。


「あぁ、いや。その、フェルゼンシュタインというと、貴女は元老院議員のヨハネス殿の血縁者なのかな?」


 そう口にして、『しまった』と心のなかで舌打ちをする。そう、俺は彼女の名前を知らなかったはずだ。


 まだ両手で数えられるくらいにしか足を運んでいない俺が、初めて会う彼女の名前を何故知っているのか。テオに聞いた、という言いわけも考えてみたが、テオに確認を取られると嘘がバレる。そう、不用意に鑑定の魔眼を使ってしまった結果、その存在を伝えてしまったことに他ならなかった。


「あっ、えっとね……。その、これは……」


「ふむ、なるほど……。これがご主人様の鑑定眼の効果、ですのね。お祖父様が気にされるわけですわね」


 使用人が主人を見る様子とは思えないほど、俺のことを訝しむように見るフロレンツィアに戸惑いながら、俺は再び言葉を掛けた。


「えっと……?」


「失礼致しました。わたくしの名はフロレンツィア・フェルゼン・フェルゼンシュタインと申します。既にご存知かと思いますが、元老院議員であるヨハネスは私の祖父ですわ。お祖父様からはアサヒナ伯爵様に私の正体がばれぬようにと、鑑定の魔眼による認識を阻害するアーティファクトまで持たされておりましたのに、このようにあっさりと見破られるとは恐れ入りました」


 フロレンツィアがそのように話すと、メイド服ながらまるでドレスでも着ているかのように優雅なカーテシーを披露した。


 だが俺の戸惑いは収まらない。何故なら、ヨハネスが鑑定の魔眼を阻害する為にアーティファクトを孫娘に持たせたということは、俺が鑑定の魔眼を持つことがバレているということになるのだ。恐らく情報源はハインリヒかエアハルト辺りだろうが、あまり言いふらさないように釘を刺しておくべきだろう。


 そして、そのようなアーティファクトを身に着けていたにも関わらず、俺の鑑定の魔眼はフロレンツィアを正しく鑑定できたらしい。それはつまり、俺の鑑定の魔眼も順調にレベルが上がっているらしい。


 少し落ち着きを取り戻した俺は、それにしてもと再びフロレンツィアに目をやりながら考えに耽る。鑑定の魔眼による認識を疎外させるアーティファクトを持たせてまで俺の屋敷に自分の孫娘を送り込んでくるとは、一体ヨハネスは何を企んでいるのだろうか。何となくテオはフロレンツィアが屋敷で働いていることを知っていそうなので、後で確認してみよう……。


 そんな俺の考えを見透かしたようにフロレンツィアが再び口を開いた。


「そんなに気になされることはありませんわ。お祖父様はアサヒナ伯爵様を陰ながら支えるためだけに私を送り込むことを考えたと仰られていましたし、このアーティファクトもアサヒナ伯爵様に気を遣わせないための処置とお話しされていました。流石にこんなに早く私の正体がばれることになるとは思いませんでしたが」


「でも、フロレンツィアさんはヨハネス様の孫娘さんなのでしょ? そのような貴族のお嬢様が一体どうしてうちの屋敷の家政婦長を務めることになるんですか。うちの屋敷に人員を送り込むにしても、他に候補になる方は幾らでもおられそうですけれど……。その、断ろうとは思われなかったんですか?」


「もちろん、断るはずがありませんわ!」


 俺からの問い掛けに対してフロレンツィアが即答すると、余計にその理由が知りたくなった。


 だって、ヨハネスはヴェスティア獣王国でも有数の力を持つ元老院議員であり、ヴェスティア獣王国の中でも古くから存在する伝統ある貴族家の当主なのだ。その孫娘(しかも長女)であるフロレンツィアを、正体を偽装させてまで俺の屋敷に送り込むなど、例え家政婦長というそれなりの立場としてであっても、新興の一伯爵家に送り込むようなことは通常考えられない、と思う。


 それ故に、フロレンツィアの言葉も素直に受け入れられなかったのだが、どうやらフロレンツィアは自らも、その状況を望んでいるような口調で話してきたのだから、俺が驚かないはずがなかった。


「えっと、その……。それは一体何故です?」


 俺は何とか絞り出すように声を出したのだが、結局はその程度しか声にすることができなかった。


「それは……」


 少し口を噤むような仕草で、俺からの問い掛けに対して答えに困るような仕草を見せたものの、その直後に理由を答えてくれた。 


「噂で聞いたのです。こちらの屋敷には様々な魔導具が備えられている、と……。私、魔導具とは戦闘などという野蛮な行為に使うのではなく、生活を豊かにする為にこそ活用するものと考えておりますの。つまり、こちらの御屋敷は私の考えを具現化した、まさに理想の生活環境と言えますわ。しかも、こちらの魔導具は、私たち魔力を持たない獣人族であっても扱うことができる、まさにアーティファクト……! そのような貴重な代物を、このように日常的に扱えるなんて、はぁ、まさにこちらの御屋敷は私にとっての理想郷なのですわ……」


 そう話すと、フロレンツィアは一人悦に入ってしまい、意識がこの場から遠く離れたところへと飛んで行ってしまったようだ。


「えっと、フロレンツィアさん……?」


 仕方なく、声を掛けるとフロレンツィアは再び意識を取り戻し、慌てて取り繕うように一つ咳払いをして、再び話し始めた。


「……っと、失礼致しました。つまり、魔導具を日々の生活に活用することができれば、これだけ豊かな生活を送ることができる。こちらの御屋敷はそれを見事に実現されています。つまり、こちらの御屋敷での魔導具を使用した生活を研究することは、我が国の生活様式を向上させることに繋がるのではないかと、そう考えましたの……。つまり、この御屋敷での生活様式が我が国の標準スタンダードとなる、そんな未来が存在するのではないかと! このような研究しがいのある環境にこの身を置ける機会をみすみす逃すわけには参りませんわ!」


「なるほど……。確かに、そういう考え方もありますね……」


 適当な返事を返しながらフロレンツィアの様子を見ていると、何故かうちの魔導具店の従業員であるティニの姿が思い浮かんだ。


彼女も貴族の三女でありながら、見合いを嫌って家出し、そして今はうちの魔導具店に住み込みで働いているわけだが、彼女に従業員寮の魔導具を説明したときの様子が、今のフロレンツィアと重なって見えたのだ。


「そういえば、アルターヴァルト王国にあるうちの魔導具店の従業員の中にも、魔導具に囲まれて生活できることを夢のようだと話していた者がいたのを思い出しました。もしかすると、フロレンツィアさんは気が合うかもしれませんね」


「本当ですの!? ぜひ、私にその方を紹介してくださいまし! 魔導具について造詣の深い知り合いが少なくて困っておりましたの! あぁ、お祖父様からアサヒナ伯爵様の御屋敷に家政婦長を送るというお話があったときに、志願して本当に良かったですわ……!」


 あ、ヨハネスからの命令とかではなくて、フロレンツィアからの志願だったのね……。何となくこれまでの話で察してはいたけれど。


 それにしても、魔導具のある生活か。確かに、あるとないとでは全然違うからな。ふむ、俺も生活を豊かにできる魔導具とか、生活の中で魔導具を有効活用する方法について研究をしてみようかな……。


 そんなことを考えながら、再び俺はフロレンツィアとともに皆の待つ食堂へと向かうのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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