魔物の森にて
翌朝、俺はアメリアとカミラの三人で冒険者ギルドに向かった。
ヘルミーナとの待ち合わせと、冒険者ギルドでカミラに手配してもらった馬車を預かるためだ。
ギルドの前にはすでにヘルミーナが自慢のハルバードを担いで待っていた。
「おはようございます、ヘルミーナさん。お待たせしましたか?」
「別に、そんなことないわ。それよりもさっさと準備して魔物の森へ向かいましょ!」
「はい。今日はよろしくお願いしますね」
すでにカミラがギルドのカウンターに馬車をギルドの前に移動させる手続きをしており、アメリアは採取の為の道具や消耗品の類を準備を済ませているようだった。
「そういえば、ハルトのほうこそ、ちゃんと戦えるの?」
そういえば、俺自身は戦闘経験がゼロだったことに気づく。
誰かと戦うことなんてしたこともないし、格闘技は高校時代に体育の授業で柔道を少し習った程度。対戦するような激しいスポーツは見ることはあっても、自分がやることになるなんて考えたこともなかった。
「ま、まぁ、魔法なら何とかできそうかな、と。前衛よりも後衛から援護する程度ですかね」
魔法なら、何とかできそうな予感があった。
図書館でこの世界のほとんどの魔法は内容を理解できた。使えるかどうかまでは確認できていないが、使いこなせるような予感がする。まぁ、せっかくなので今日は試しにいろんな魔法を使ってみようと思う。
「はぁ。私よりもアンタのほうが心配だわ」
「ハルトは、私が守る。何も心配ない」
馬車の準備をしていたカミラが戻ってきたと思ったら、そんなことを言いながら俺を後ろから抱きしめた。
「まぁ、ハルトを危ない目には合わせないさ」
アメリアのほうも準備ができたようだ。結局、俺はまた何もやってないわけで……。
少し後ろめたさを感じながらアメリアのほうを向くと、俺の頭の上に手をポンと置いて、ニカッとサムズアップする。子供は心配するなということのようだ。
ますますヒモ状態から抜け出せなくなりそうだ……。
「さて。準備も整ったし、そろそろ出発しようか」
「はい! 頑張りましょう」
アメリアの声を合図に、馬車に乗り込んだ。
今日はアメリアが御者台に座って馬車を進める。王都の門を潜る際にハインツに声を掛けて行く。すでに王都での身分証として冒険者ギルドのタグを持つ俺は、王都の出入りに手数料が掛からなくなっていた。
この冒険者ギルドのタグはどこを拠点に活動しているか、という情報も登録されているそうで、この王都を拠点にすることで必然的に王都内でお金を使う為、毎度の入場料は取らないという仕組みらしい。
外部から来た冒険者や商人からはそれぞれのギルドに登録していれば入場料は取られないものの、長期滞在する場合にはその日数分だけ滞在料を取られるそうだ。そう考えると、カミラに入場料を支払ってもらった翌日に王都の冒険者ギルドでギルドタグを入手できたのは助かったといえる。
そういえば、この世界の一般的な税制ってどうなってたっけ……?
そんなことを考えながら、一路魔物の森に向かう。
「……ところで、魔物の森に着いたら精霊石を探すわけだけど。ハルトは何かあてでもあるわけ? 広い森の中を探し回るのは一日じゃ無理よ」
「それは私も気になってた。ハルトどうするつもり?」
ヘルミーナとカミラが心配するのも無理はない。
初めての採取依頼を行う場合、どこに依頼対象の植物や岩石があるか分からない。だから、普通は一週間から長い場合だと三ヶ月ぐらいの長期間調査に時間を掛ける。もちろん通えない距離の場合がほとんどだから野営の道具や食料品、衣類なども必要になる。そして人手も多く必要になることから、馬車も台数が多くなる。そのため、依頼も成功報酬だけでなく準備に必要な経費なども依頼人が負担してくれるそうだ。今回は近場であることから、とりあえず日帰りから一泊程度の準備しかしていない。
おっと、話が逸れた。
精霊石の探索だが、俺は図書館で鑑定した空間魔法の魔法書に記載のあった魔法『空間探索』が使えるのではないかと考えていた。『空間探索』は文字通り、指定した空間内を探索する魔法だ。
つまり、この魔法を使うことで魔物の森の中から精霊石を見つけようというのだ。一応ぶっつけ本番にはならないように、試しに図書館の中で以前見つけた『土魔法による建築と設計の真髄 フリードリヒ・オットー著』を探すべく『空間探索』を使ってみたが、頭の中に図書館全体の空間がシミュレートされ、探索対象が青い光として明滅する、という効果を確認できた。
今回は野外で空間も広いからうまく行かない可能性もあるが、試して見る価値はあると考えたのだ。
「まぁ、任せてください! この前覚えた魔法でなんとかなると思います」
「そんな魔法聞いたことないけど」
「でも、ハルトができると言うなら、私は信じる」
二人ともあまり信じてはくれなかったが、それも仕方ない。
そもそも空間魔法の使い手がこの世界にはあまりいないことと、『空間探索』も高いスキルレベルが求められるからだ。それにも関わらず、それを使える俺ってやはり空間魔法のスキルレベルも高いんだろうか……。
気が付けば、いつの間にか長閑な田園風景から深い森の中を馬車は駆けているようだった。
馬車から顔を出すと周りは既に森の木々で囲まれており、馬車が進む道も、もはや、けもの道と行ったほうが良いほどだ。
そうこうしている内にアメリアが馬車を止めて御者台から馬車の中に声をかけた。
「さぁ、着いたぞ。ここからもう少し歩いたところから探そうか」
馬車から降りた俺たちは森の中を四人で隊列を組んで歩く。
順番としては前衛のアメリア、それから一応前衛として数えるヘルミーナ。その後ろに俺が続き、最後尾にカミラという感じだ。
俺が一番後ろだと逸れないか心配だとカミラに言われ、皆も頷いたことから決まった。子供扱いは今に始まったことではないので気にしないことにする。
暫くすると森の切れ目があり、空が見える小さな空間に出た。ここから精霊石の探索を行うのだ。
「さて、それでは精霊石とやらを探そう。ところで精霊石ってどんなものなんだ?」
「はい。精霊石ですが見本があるので、今出しますね」
アイテムボックスから精霊石を一つ取り出してアメリアとカミラに見せた。どうやら二人とも精霊石は初めて見たようだった。
「これが精霊石か。綺麗なもんだな」
「でも、こんなの魔物の森では見たことない。本当にここにあるの?」
「ええ、そのはずです。それも私がこの森で拾ったものですので」
二人に説明すると納得した顔でこちらに視線を向けた。ヘルミーナも俺に顔を向けた。
「それで、どうやって探すつもりなのよ。魔法って言ってたけど本当にそんなことできるわけ?」
「それでは早速始めますね。『空間探索』!」
俺は魔物の森全体の空間をイメージしようとするが、具体的な広さが掴めないせいか上手くいかない。今度は、半径一キロメートルでと範囲を指定したところ、上手く空間をシミュレートすることができた。
さて、お目当ての精霊石はと!
精霊石の探索をすると向かって右の方向に三百メートルほど進んだところに一つ、後ろの方向にも一キロメートル近く離れたところに反応が二つほどあった。
「見つけました! 向かって右の方向に三百メートルほど進んだところに一つ、後ろの方向にも一キロメートル近く離れたところに反応が二つあります!」
「それじゃ、みんなで行ってみようぜ!」
「本当に見つけられたら凄いこと!」
「まぁ、近い方から試しに行ってみましょ。ハルトが言うなら間違いないわ!」
とりあえず、一番近い右手の精霊石を探すことにした。
といっても、歩いて三分も掛からないところだ。空間探索で反応のあった場所に差し掛かるが、それらしいものが見つからない。
「この辺のはずなんですが……」
「もしかすると、地面に埋まっているのかも。ちょっと掘ってみましょうよ!」
ヘルミーナの一言で地面を掘ってみると、三十センチほど掘ったところに精霊石が埋まっているのを見つけることができた。
「やったじゃない、流石はハルトね! 私の師匠なだけはあるわ!」
「私も信じてた。ハルトのお姉さんとして誇らしく思う」
「本当に見つかるとは……。恐れ入ったぞ、ハルト!」
三人からそれぞれコメントを貰ったが……。なぜかヘルミーナからは師匠扱いされ、カミラからは弟(?)扱いされた。唯一まともな反応してくれたのアメリアだけだった。流石みんなのまとめ役、かな?
ひとまず、魔法の効果が結果に出たので、後方に反応があった残りの二つを探しに移動したのだが……。
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「ハルト、あそこを見ろ!」
「ありますね。でも……」
空間探索が示した場所、俺たちが今いる崖の上からその下を覗き込むと、確かに精霊石が二つあった。
だが、それを守るように、鋭い刃を背ビレから尻尾まで身に着けた奇妙で、しかも体長が三メートルほどの巨大なワニが五匹も棲みついていたのだ。
「あれはサーベルリザード。背中から突き出たサーベルのように鋭く切れる背ビレと尻尾で獲物を狙う凶暴な魔物」
「それだけに、倒すのはなかなか骨だけど、サーベルリザードから取れる素材は錬金術師にも喜ばれるものが多いのよね。それに皮から肉にかけての部位が絶品なのよ!」
なるほど。あれがサーベルリザードか。屋台のおっちゃんが焼いてくれた串焼きはヘルミーナが言うように絶品だったのを思い出す。
なんというか、そんなことを考えていると、無性に腹が減る思いだ。
「さて、どうする?」
「もちろん、討伐するに決まってるじゃない!」
「私もヘルミーナに賛成。サーベルリザードの素材と精霊石の両方を狙うのが冒険者」
「なら、決まりだなっ!」
俺たちはサーベルリザードを討伐することに決めた。
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