ユーザー動向と運営施策
ローテーブルに広げられている、売り上げをまとめた資料に記載された遊技台使用料の項目を指差しながら、俺はヘルミーナとベンノの顔を見る。
だが、二人は残念ながら、まだその数字が何を意味しているのか理解していないようだった。
「分かりませんか、この数字の意味が」
「はぁ、確かに売り上げは維持しているようですが、全体の売り上げから見れば大した額ではないと思いますが……」
「ハルト、遊技台の使用料は単価が大銅貨一枚と安いから売り上げが落ちていないだけなんじゃないかしら?」
ふむ。二人とも売り上げを気にしているようだ。だが、俺が注目していたのはその隣りにある数字、利用者の人数だった。
「ベンノさん、ヘルミーナさん。この資料で注目すべきは売上ではありません……。その隣に書かれた利用者の人数です。この資料では一台当たり約二十人が利用したことになっていますね。ベンノさん、確か店の遊技台は一人に付き一日最大三十分までに制限していたはずですが?」
「はい、開店二日目に一人で遊技台を長時間利用しようとするお客様が現れ始めましたので、急遽皆で相談して利用時のルールを定めました」
そう、この世界にもマナーのなっていない客というのはいる。
うちの魔導具店でも、魔導カード『神の試練』の包みをゴミ箱に捨てない客や、店内は飲食禁止なのにパンや菓子の類を食べながら遊技台を使ったりする客がいたりする。そういう客は、最初は注意するのだが、三度注意することになった場合は出禁、つまり入店禁止とさせてもらっている。
というか、物理的にうちの魔導具店内に入れないよう、オリジナル魔法によりセキュリティを強化したのだ。これは以前ティニから相談があって対応したのだが、該当人物の魔力さえ分かっていれば、その人物には魔導具店の扉を潜ることができないようにすることなど容易いものだった。
そういうわけで、今ではトラブルを起こすと店に入れなくなることが分かっているからか、うちの魔導具店でマナーの悪い行いをする客は随分と減ったらしい。
「ということは、この遊技台一台に付き約二十人、それが二台で約四十人が利用しにきていると、そう言えますね」
「……確かに、そうですね」
「ところで、ハーゲンさんから遊技台の追加については相談がありませんでしたか?」
「え……。あ、はい! これはご相談したかったことになるのですが、ハーゲン様からは遊技場、つまり遊技台を並べた施設を増やしたいので、遊技台の追加販売を希望するとご相談頂いております。アサヒナ子爵様がヴェスティア獣王国から戻られ次第、魔導具店のほうに顔を出すと仰っておられましたが……。一体何故そのことを……?」
ふむ、やはり思った通りだ。どうやら、魔導カード『神の試練』自体は多くの客の手に渡り、この王都だけを見ても随分と普及したと見ていいだろう。今カードパックを買っている層は、恐らくレベル上限を上げようとしているユーザーと、欲しいカードが手に入ってないユーザーだろうか。
とはいえ、最近はカードの交換や売買といった取引、運の良い人によるカードパック開封代行などという、魔導カード『神の試練』から派生した仕事というよりは金稼ぎまであるらしい。前者は生前の世界でも見たことがあるが、後者は完全にこの世界特有のものだろう。
だが、普及したからこそ、大きな問題がユーザーの間で発生しているのだ。それは、ずばり『遊技台の不足』だった。ゲームソフトはあるのにハード(ゲーム機)がないようなものだ。
遊技マットも販売しているが、金貨三枚というこの王都での平均月給よりも高い価格では一般人には中々手が出せない。というか、魔導具といっても玩具の類にそこまでお金を使うというのは、やはり常識的ではなく、遊技マットの購入者の多くは富豪や商人、もしくは常識にとらわれない好事家くらいだった。
では、そんな遊技マットに手が出せない一般人がどうやって遊ぶのかというと、そのほとんどがうちの魔導具店やハーゲンの遊技場に備え付けられた遊技台に大銅貨を入れて遊んでいるというわけだ。
ハーゲンは最初に百台という数の遊技台を買っていった。彼の店でもうちと同じく遊戯時間の制限を取り入れたらしいが、ベンノから聞いた話では、どうやらそれだけでなく、金持ち向けに食事付きの貸し切りコースや、少しお得な一日遊び放題コースなどという複数のプランを提供しているらしい。
そんなハーゲンが遊技台を追加発注してきたとなると、やはり、ユーザーの遊び場が不足しているということになる。それにしても、新たに遊技場を作るつもりなのか。確か、前回百台を購入したときは、王都の東西南北に店を構えるような話をしていたな。
「ふむ。では、ハーゲンさんには追加で遊技台を販売しましょう。商品は後で用意します。……さて、何故私がハーゲンさんから遊技台の相談がきていることが分かったか。それは先ほど見て頂いた遊技台の利用者数が落ちていないから、です。カードパックは様々なお客様に数多く購入頂いています。しかし、遊技マットを購入できるような方のほとんどは富豪や商人などの富裕層であり、カードパックを購入頂いた多くの一般の方は購入していないのです。そうなると、皆さんはどこで魔導カード『神の試練』を遊ぶのか、ということになります」
「なるほど、確かに魔導カードを持っているだけでは遊べません。魔導カードを遊ぶためには遊技マットか、遊技台の何れかが必要になります。そして、一般の方は遊技マットを持っていない。となると、必然的に遊技台に人が集まると、そういうことですか」
「その通りです。魔導カード『神の試練』をもっと遊びたいというユーザーが多いのに遊び場が少ない。うちの魔導具店ですら、二台しかない遊技台の稼働率がほぼ百パーセントに近いのですから、ハーゲンさんの既存店だけでは客をさばき切れない、何れ遊技台が追加発注されるだろうということは想像できた、というわけです」
「なるほどねぇ。ハルトの言いたいことは分かったけれど、結局カードパックの売り上げが落ちていくのは止められないんじゃないの?」
「えぇ、その通りです。ですから、魔導カード『神の試練』のカードパック第二弾の販売を行います」
「「第二弾!?」」
「はい。これまでのものとは異なる種族カードと命令カードが中に入っている、新たなカードパックになります。これまではある程度四種族のイメージが分かりやすいように、人間族はバランスタイプ、獣人族は物理攻撃タイプ、魔人族は魔法攻撃タイプ、妖精族は支援攻撃タイプといったように、それぞれの種族毎に特徴づけていましたが、今回は人間族だけど魔法攻撃特化タイプとか、獣人族だけど支援攻撃タイプなど、組み合わせを変えてみても面白いかもしれません」
「なるほど、新たなカードが追加されるのであれば、改めてカードパックを購入する意義がありますね!」
「確かに、それならカードパックをもう一度買おうと思う人も出てくるだろうけれど、本当にそれだけで売れるのかしら?」
「えぇ、ヘルミーナさんの仰る通り、それだけでは新たに購入する意義があまりないでしょう。現在所持しているカードを強化したほうがお金が掛かりませんからね。ですから、遊技マット及び遊技台も第二弾を新たに用意します!」
「なんと!?」
「なるほど、ハルトの考えていることが分かってきたわ。その遊技マットと遊技台の第二弾は、カードパックの第二弾から出てくる種族カードと命令カードがないと遊べないってわけね?」
「まぁ、流石に遊べないことはないんですが、攻略しづらいという感じでしょうか。カードパックの第二弾から出現する種族カードや命令カードがあったほうが攻略に有利とすることで、購入意義を高めようと思います」
「はぁ、なるほどねぇ。アンタ、よくそんなこと思いつくわねぇ……」
まぁ、生前の遊んでいたソーシャルゲームの運営がそんな感じだったので、それを真似てみただけなのだが。
そう、俺は所謂ソーシャルゲームの運営と同じことを魔導カード『神の試練』でもやってみてはどうかと考えたのだ。継続してゲームをプレイしてもらう、または課金してもらうには新たな要素や施策を次々と打っていかねばならない。
とはいえ、この世界には元々ビデオゲームといったものはなかったので、暫くは今のままの状態でも魔導カード『神の試練』の人気は続くだろう。カードパックの第二弾投入は少し遅らせて、先に遊技マットと遊技台の第二弾を販売するつもりだ。
そんなことを考えながら、今後の魔導カード『神の試練』の運営施策について考えを巡らせていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!




