グスタフとバール
『では、アサヒナ伯爵に預かって頂きたい者を紹介します』
そう話したエアハルトが、目深に被っていたローブのフードを取るように促すと、隠れていた二人の素顔が露わになった。
「グスタフさんっ!? それに、バールさんもっ!?」
そう、何とローブ姿の二人は、魔王によって齎された魔剣の影響で謀反を起こしてしまった張本人である、元第三王子のグスタフ・ブリッツ・ヴェスティアと、その専属近衛騎士であるアロイス・バールの二人だったのだ。
二人とも、先の謁見の場でハインリヒから処分を下されている。グスタフは王族としての地位を剥奪されており、国外追放と、国王であるエアハルトの許可なくヴェスティア獣王国へ入国することを禁止されている。
また、バールも同様に、既に第三王子専属近衛騎士という地位は剥奪されており、グスタフ同様にヴェスティア獣王国からの国外追放と、エアハルトの許可がなければ入国ができないという身分となっていた。
エアハルトがグスタフに視線を向けながら口を開く。
「アサヒナ伯爵も知っての通り、この者たちは、この度我がヴェスティア獣王国を追放されることになった罪人です……。今回の謀反については、魔剣の影響によるものであったとはいえ、その魔剣には『持ち主の望みを三度叶えることができる』という曰くが付いておりました。そのことを考えれば、国外追放はやむを得ないことです。……ですが、グスタフは、我らと血を分けた兄弟でもあります。何処とも知れない辺境の地へ追いやることも気が引ける思いなのです。……そこで、この者を他国の信用できる者に預けることが最善ではないかと考えまして、この度、アサヒナ伯爵にご相談させて頂いたわけです」
「……なるほど、経緯は何となく理解できましたが……」
謀反を起こした罪人ではあるが、本人は魔剣の影響で覚えがない罪により国外追放となった。そのような兄弟の身の上を案じてか、エアハルトは俺にグスタフ(と、ついでにバールも)を預けたいと言ってきたようだ。
それにしても、何とも面倒なことを押し付けられたなと思い、二人をどうしたものかと考えていたところ、グスタフが口を開いた。
「アサヒナ伯爵、どうか私たちをアルターヴァルト王国へ連れて行って頂けないでしょうか。ご存知の通り、既にこの国には私たちの居場所はありません……。どうか、どうか、どうか…………」
グスタフはその場に跪いて俺に対して頭を下げたのだった。バールもグスタフに続いて跪く。二人の表情は憔悴したように酷い顔をしている。
確かに、彼らは謀反を起こした罪人ではあるが、考えてみれば酷い話だ。自身の意志に関係なく家族に手を掛けただけでなく、その記憶すら一切残っていない。つまり、彼らにとってみれば、全く身に覚えのない罪によって、気が付けば罪人としてこれまでの地位を失い、そして祖国であるヴェスティア獣王国の地をあとにしなければならない。どころか、国王であるエアハルトの許可なく戻ることもできないのだ。
そう考えると、何処からともなく、二人に対して同情する気持ちが湧いてくるのも仕方のないことだろう。
「……分かりました。エアハルト陛下のご依頼の通り、御二人の身柄は私が責任持ってお預かり致しましょう」
「ありがとうございます、アサヒナ伯爵。助かります……」
エアハルトが俺に頭を下げて礼を言う。すると、ハインリヒやアレクサンダーとクラウス、それにアポロニアとニーナも同時に頭を下げた。
本来、一国の国王であるエアハルトが伯爵という立場の俺に頭を下げることなどありえないのだが、それだけ彼らはグスタフのことを思っていたのだろう。
「あ、ありがとうございますっ……! ありがとうございます、ありがとうございます……」
グスタフが涙を流しながら喜ぶ。その隣でバールも肩を震わせる。その様子をエアハルトたちは温かく見守っていた。
さて、エアハルトたちはそれで良いとして、グスタフとバールの二人を預かる身としては、色々と考えないといけないことが多い。
まずは、彼らに対して職を用意しなければならないだろう。彼らならば冒険者としてやっていくこともできるだろうが、彼らの身元引受人としては、もう少し真っ当な職を用意しなければエアハルトに顔向けができない。
しかし、そうなると俺が彼らに用意できそうな職なんて限られてくるのだが……。まぁ、とりあえずはうちの屋敷の使用人兼警備員として雇うことに決めた。細かい条件や手続きはうちの執事であるラルフに任せよう。
それから、彼らの住まいを用意しなければならない。残念ながら、今うちの屋敷の中に空いている部屋はないので、門の近くに構えた警備用の小屋から通路を挟んだ向かい側、つまり迎賓館の隣にバールとグスタフ用の家を用意することにした。同じ間取りの家が並ぶように引っ付いた、二階建ての長屋、つまりテラスハウスと呼ばれるタイプである。
流石に、主人と従者という関係だったとはいえ、いい年した男二人に一つ屋根の下、共同生活を送らせるというのはどうかと思いつつ、随分と手狭になってきた屋敷の敷地で二人のプライベートを守れる建物をどうするか悩んだ結果、思いついたのが先のテラスハウスだったのだ。
そういえばと確認してみたのだが、既に壮年と言える齢のバールであったが、ずっと仕事に生きていたせいか、未だに独身であるそうな。因みに、グスタフも同様である。
まぁ、二層構造のテラスハウスならば広さも十分だし、二人や三人くらいでの生活も可能だろう。何が言いたいかというと、良い人が見つかったなら、一緒に暮らしてもらっても良いかなと、そう思ったのだ。当然、壁の防音は完璧に処理するつもりである。
一通り考えが纏まったので、エアハルトと当人たちにその旨を伝えておくことにした。
「……わざわざ、グスタフとバールのために屋敷まで頂けるとは。ありがとうございます、アサヒナ伯爵」
「ありがとうございます、アサヒナ伯爵!」
「あ、ありがとうございます、アサヒナ伯爵様……」
「いえいえ、先ほどもお伝えした通り、御二人を責任持って預かると言ったのですから、それくらいは当然ですよ。それに、うちの敷地内に住んで頂いたほうが何かと便利ですしね」
そう伝えるとエアハルトも納得してくれたらしい。
すると、それまで静かに成り行きを見守っていたハインリヒが前に出てきた。
「アサヒナ伯爵に二人を任せることができて重畳であるな……。さて、グスタフよ。既にお前はヴェスティア獣王国の王族ではない。だが、最後に父として言葉を贈ろう。彼の地でも、達者で暮らせよ……。バール、グスタフを頼む……」
「ありがとうございます。身に覚えがないとはいえ、謀反という重罪を起こした私がこうして今も生きることを許されているのは、ひとえにアサヒナ伯爵様のお陰であることは承知しております。そして、寛大な処置をして下さった父上と、エアハルト兄上にも感謝しております。私はアサヒナ伯爵様に忠誠を誓い、生涯お仕えすることを誓います……!」
「私も、アサヒナ伯爵様に忠誠をお誓い致します! 生涯アサヒナ伯爵様にお仕えし、また、生涯グスタフ様をお支えする所存です……!」
これが父親から息子に対して掛ける最後の言葉になるのかもしれない。そう思うと少し俺も鼻の奥につんと痛みを感じる。できることならば、エアハルトの許可を得て、再び二人をヴェスティアの地に戻してあげたいと思う。
「うむ……。改めて、我からも礼を言う。アサヒナ伯爵よ、二人のことをよろしく頼む……!」
「はっ!」
ハインリヒの言葉に俺はその場で跪いて答える。
こうして、エアハルトからは国王として、ハインリヒからは父親として、グスタフを預けられることになった。
「ところで、アサヒナ伯爵よ。先ほどから気になっておったのだが……」
「はっ、何でしょうか?」
しばらくして、再びハインリヒが声を掛けてきたので顔を上げる。
「グスタフとバールには屋敷を建てると申しておったが、アポロニアとニーナの住まいはどうするつもりなのだ?」
「……えっ、あっ!?」
そういえばそうだった。
ハインリヒの質問のお陰で、アポロニアとニーナの二人が生活する部屋について、失念していたことに気が付いたのだった。
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