王女とのダンス(後編)
結論から言うと、俺とアポロニアのダンスは、その場で見守っていた大勢の貴族たちから拍手と喝采を浴びることになった。エアハルトも玉座から立ち上がって拍手を送ってくれた。所謂スタンディングオベーションである。
つまり、俺は何故か一度も踊ったことのなかったダンスを見事に踊りきってみせたのだ。
それだけでなく、踊り始めた最初の頃はアポロニアがリードしてくれていたのだが、アポロニアが想定していた以上に俺が踊れることに気付いたらしく、少しずつリードを控えるようになり、いつの間にか俺がリードする形で彼女がフォローしてくれるようになった。
それにしても、俺はいつからダンスが踊れるようになったのだろうか? そういえば、これまで他人のステータスを鑑定した際にもダンスについてのスキルというものは特になかったが、もしかして『礼儀作法』に含まれているのだろうか?
ダンスを終えて、そのようなことを考えていると、アポロニアとハインリヒから声を掛けられた。
「アサヒナ様はダンスがとてもお上手だったのですね! 途中から私がリードするよりもお任せしたほうが良いと感じてリードをお任せしたのですが、おかげで素晴らしいダンスになりました!」
「うむ! 踊ったことがないなどと言っておった割には、随分と上手く踊るではないか! 我も思わず見惚れてしまったぞ!」
アポロニアがキラキラとした目でこちらを見ているし、ハインリヒは背中をバンバンと叩きながら興奮気味に話し掛ける。まぁ、つまり何か勘違いをされているわけだ。正真正銘、俺はダンスなんて踊った経験なんてない。もし、あるとすれば、既に記憶にもないような幼稚園にいた頃にお遊戯として踊ったぐらいだろうか。
「あー、えっと、その、アポロニア様が素晴らしいリードをして下さったので、見よう見まねで踊ったと言いますか……」
「ふむ。見よう見まねでこれほど見事に踊れるのならば、名のある舞踏家たちは裸足で逃げ出すだろうさ。 まぁ、それはともかく。アサヒナ伯爵とアポロニアのダンスを見たあとでは、次に続いて踊る者は現れぬか……」
そう言いながらハインリヒが周囲の貴族たちに視線を向けたので、つられて俺も視線を移す。すると、貴族たちは未だに俺たちのダンスの余韻を楽しんでいるらしく、歓談している様子が目に映る。
なるほど、俺たちの踊りがどれほどのものだったのか、失敗しないようにと必死に踊っていた俺には分からなかったが、どうやら見ていた者からは『素晴らしいものを見た』という感想が上がっているようで、その余韻を汚すような行為、即ち俺たちの後に踊ろうという者は現れないようだった。
「アサヒナ伯爵様、飲み物はいかがですか?」
「あぁ、ありがとうございます。頂きます」
振り返ると、そこには給仕姿のニーナが果実水を持ってきてくれたので、ありがたく受け取る。つい先ほどまで人前で踊れるかどうかという極度の緊張感に苛まれ、そして、ダンスというある種のスポーツで身体を動かした結果、身体が水分を欲していたところだ。
「……先ほどの、アサヒナ伯爵様のダンスは本当に素敵でした……!」
頬を少し上気させながらニーナが先ほど踊ったダンスの感想を伝えてくれた。
「ありがとうございます。ですが、あれはアポロニア様が上手く私を導いてくださったからですよ」
「……そうなのですか?」
「はい、そうなのです」
「……そう、ですか。それでも、とても素敵でした。それでは、失礼致します!」
そう話すとニーナは給仕の仕事に戻っていった。
ふむ。初めてダンスを踊ったわけだが、一緒に踊ったアポロニアにも、それを見ていたハインリヒやニーナからも褒められたのだ。もしかすると、俺にはダンスの才能があると考えていいのかもしれない。
ということは、俺も自分からダンスに女性を誘えるというわけで、ついに俺もリア充になれる、爆発する側になれるということではないだろうか? うむ、素晴らしきかな、爆発な人生!
それから暫くアポロニアとハインリヒやアレクサンダーにクラウスといった王族連中の相手をしたり、ヨハネスとアルノーや何人かの貴族たちと親睦を深めることとなった。
ついでに、何故かダンスを誘ってきた幼女たちの相手もハインリヒと一緒にすることになったが、ハインリヒのそれは孫をあやす好好爺といったところであり、俺もつい正月にやってきた従兄弟の子供らの世話をしたときを思い出す。
さて、歓談の楽しい時間が過ぎるのは早いもので、いつの間にか時間は夜の九時を向かえようとしていた。何故時間がはっきりと分かったかというと、リーンハルトがハインリヒに献上した置き時計がエアハルトの玉座の隣に並び置かれていたからだ。
そして、長い針が十二時を指すと、大広間に九時を伝えるメロディーが流れ始めるとともに、時計の仕掛けが動き出し、人形たちが現れて踊るようにちょっとした劇を始める。
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
初めて置き時計の仕組みを見た貴族たちから感嘆の声が上がる。と同時に、『あれはまるで、先ほど見たアポロニア様とアサヒナ伯爵のダンスのようだ』などと感想が漏れる。
たかだか十数秒の人形たちによる劇はメロディーが鳴り止むとともに終わったのだが、その余韻に浸っている者が多くいるようだった。
そのような状況ではあったが、すでに夜の九時、終課の鐘が神殿より鳴る頃である。それを察してか、エアハルトが玉座から再び立ち上がると、パーティーの終わりを告げたのだった。
その中で、俺たちのヴェスティア獣王国訪問に対する謝辞と合わせて、両国の友好的な関係をより深めるべく、次回はヴェスティア獣王国からアルターヴァルト王国へ親善大使を送るつもりであるということが伝えられた。
リーンハルトも返礼の言葉として、謁見の時間を頂いたことと、対魔王勇者派遣機構設立という今回の訪問で最も大きな成果を得られたことと、それに対して惜しみない協力を頂いたことに対する感謝、そして、最後に今日の歓送パーティーへの謝辞を伝えた。
そして最後に、エアハルトから明日の俺たちの帰国について、安全を祈願する旨が伝えられて締め括られたのだった。
歓送パーティーが無事に終わり、多くの貴族が三々五々に散っていく中、俺はエアハルトに引き留められた。
「アサヒナ伯爵。アルターヴァルト王国へ出立されるのは明日の朝と伺いました。やはり、あの魔導船で向かわれるのですね?」
「あ、はい。そのつもりです。こちらに来た際には王都ブリッツェンホルンの北にある森まで馬車で移動して、そこから魔導船スキズブラズニルに乗船したんですが、今は宿屋の上に錨泊していますし、直接王都から発たせて頂こうと考えております」
「……なるほど。それでは、お手数なのですが、出立される際に一度王城へ立ち寄って頂けませんか? 貴方に是非預かって頂きたいものがありましてね」
「預かってほしいもの、ですか?」
「えぇ、貴方を信用してお預かり頂きたいものなのです」
「まぁ、宿から王城までそれほど距離もありませんし、私としては構いませんが……」
「では、よろしくお願い致します。あぁ、可能ならばあまり人に見られたくありませんので、そうですね……。先日魔導船で王城へ来た際に錨泊して頂いた騎士団の訓練場まできてください。もちろん、先日同様に魔導船でそのまま乗りつけて頂いて結構です。そのほうが好都合ですから、ね」
「はぁ……。事情は良く分かりませんが、承知致しました」
「では、よろしくお願いしますね」
何か要領を得ない話ではあったが、国王陛下であるエアハルトからの相談とあって断ることはできず、明日のアルターヴァルト王国への帰国の旅程には、朝から王城への立ち寄りが書き加えられたのだった。
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