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エアハルトからの相談

 王城で開かれた歓送パーティーは俺が想像していた通り、華やかで、それでいて賑やかなものだった。


 できるだけ人前に出ずにひっそりとやり過ごすつもりだった俺の作戦は、パーティー開始直後にエアハルトから挨拶を求められた時点で見事に失敗に終わり、むしろ、この歓送パーティーの主役と化していた。うん、失敗というよりも大失敗だ。


 そうして迎えた歓談の時間には、何故かハインリヒたち王族の面々がひっきりなしにやってきた。何を話しにやってきたかと言うと、そのどれもが商談のようなものだったが。


 最初にやってきたハインリヒから王城で使用する魔導具の製作を依頼されると、次に来たアレクサンダーから付与魔法を掛けた装備を求められて、更には、クラウスから魔導カード『神の試練』をヴェスティアでも購入できるように相談されたのだった。


 いずれの話も魔導具に関連する依頼ばかりだったのだが、これらは俺がヴェスティア獣王国王家の専属錬金術師となったことを幸いに思った彼らの暴走、というわけではなく、エアハルト曰く、彼らなりに俺が見知らぬ貴族たちから不要な要求や相談を受けないようにと牽制するための行動だったらしい。その結果、諸々の魔導具に関する相談事はすべて対応することになったのだが……。


 俺との歓談を望むのは王族だけではないらしい。いつの間にやら、元老院に所属するヨハネスが何人かの元老院議員を連れてやってきた。


 まぁ、ハインリヒたちのような魔導具の依頼や相談ではないとのことだったので安心していたら、対魔王勇者派遣機構をどのように運営するつもりなのか、とか、エアハルトに対する俺の評価とか、ハインリヒの提唱した王位継承法の改定案についての所見とか、おおよそ十歳の子供と話す内容とは思えないような政治的な話題ばかりだった。


 更に、神託官のアルノーが神官仲間を何人か引き連れてやってきた。こちらの話題はやはりスルーズ神についてではあったが、やがて一人の神官がアルノーに対する愚痴を語り出した。


 曰く、『アルノーが女神像を自慢してきてウザい』と話すと、他の神官たちも『スルーズ神を語るときの目が怖くてアルノーが説教をすると子供が泣き出してしまう』とか、『自分だってアルノーが女神像を作らせた錬金術師に同じ物を依頼しようとしたら魔石が足りなくて断られた』などなど……。


 最後のはもはやアルノーへの愚痴ではなかったが、やはり他の神官から見てもアルノーの信仰心は少々行き過ぎに見えるらしい。


「それにしても、先日お話を伺ったグリューエン鉱山ですが、未だに坑道は復旧の目処が立っていないんですか?」


「えぇ。残念ながら坑道内の崩落が酷いらしく、しばらくは瓦礫の撤去が続くそうですね」


「なるほど」


「そこで、アサヒナ伯爵に相談があります」


「えっ?」


 アルノーたちと話していると、不意に背中越しに声が聞こえる。


 振り返ると、そこにいたのはエアハルトだった。その隣にはリーンハルトとパトリックもいた。


 エアハルトたちの登場に慌ててアルノーたちが跪くと、俺もワンテンポ遅れて跪こうとしたのだが、それをエアハルトが手で制した。


「あぁ、そのままで結構です。アルノーたちも楽にしてください」


「ありがとうございます……。それで、ご相談というのはどういったお話でしょうか?」


「えぇ、先ほどアルノーが話していた通り、現在グリューエン鉱山は坑道が崩落しており、魔鉱石の採掘が進められない状況です。グリューエン鉱山は我がヴェスティア獣王国で最も魔鉱石が産出する鉱山で、その産出量は全体のおよそ六割を占めているのです。そのようなグリューエン鉱山の稼働が止まるということは、魔石の生産数が大きく減少することになります。それはつまり、我が国の魔導具を生産する錬金術師たちの仕事が滞ることになるのです」


 ふむ。確かに、ヴェスティア獣王国で魔導具を取り扱っている魔導具店というのはそれほど多くはないものの、確かに存在する。ザマーの魔導具店のような小規模なところから、独自の工房を抱えているような大きな魔導具店など様々だが、王都ともなると工房を抱えているような大きな魔導具店が多いらしい。


 工房を抱えているような大型の魔導具店では、何人もの錬金術師を雇って魔導具の生産をしているらしく、一見すると工場制手工業のようだが、所謂工場にあるような機械を使うというものではなく、錬金術師のスキルを頼りに分業して魔導具を作り上げているそうだ。何だか伝統工芸品を作る様子に近い気がする。


「魔石が手に入らない状況が長引くようなら、多くの魔導具店は錬金術師の雇止めを行うでしょう。そうすると、優秀な錬金術師たちが我が国から去ってしまう可能性があります」


「確かにそうかもしれませんが、魔導具以外のものを作って売ればよいのでは? 例えば、回復薬とか……。あっ!?」


「はい。アサヒナ伯爵はご存知のようですが、我が国では回復薬の需要がそれほど高くありません。獣人族の体力とその回復力は他の種族よりも優れておりますので。ですから、王命として、彼らには回復薬の生産を発注し、国が買い取ることで支援しようと考えているのですが、流石に限界がありまして……」


「そこで、エアハルト陛下からご相談を頂いてな。我らアルターヴァルト王国がヴェスティア獣王国から回復薬を一定数買い取ることにしたのだ。王国ではそれなりに需要があるからな」


 リーンハルトが胸を張ってそのように話す。なるほど、確かにヴェスティア獣王国に比べて人間族が多いアルターヴァルト王国のほうが回復薬の需要はあるだろう。でも……。


「なるほど。ですが、国の備蓄として買い取るにも限界があるでしょうし、市場に流通させると王国内でも供給過多になる可能性があります。そうなると、回復薬の価格にも影響が出てくるでしょうし……。何より、王都の錬金術師たちが文句を言ってくるかもしれませんよ?」


 そう、回復薬については以前ハーゲンに販売価格の相談をしたときに、錬金術師と回復薬の価格について随分とややこしい話を聞かされていたのだ。


『回復薬を安価に流通させることは難しい』


 まぁ、流通させるだけなら可能かもしれないが、そのあとが面倒だろう。王都の錬金術師は価格が一定以下にならないように協力し合っている。言わば『回復薬カルテル』が存在するようなものだ。


 彼らにとって回復薬は錬金術師としての能力を売っていることと同義であり、それを安価に売ることはプライドが許さないというのだ。


 そのような状況にある王都の回復薬市場に、他国から輸入された回復薬を流通させることで、供給が需要を上回るようなことになればどうなるか。今度は王都を含む王国内で回復薬の製造を生業にしている錬金術師たちが職を失うことになるのだ。


 そして、そのような結果になれば、その輸入を取り決めたリーンハルトに対して苦情や批判が殺到する可能性がある。


 いや、リーンハルトは第一王子という点を考えれば、表立って批判する者は少ないかもしれない。だが、貴族ではあるものの、同じ錬金術師の立場であり、魔導具店を経営している俺については苦情や批判が寄せられるだろうことは想像に難くない。


 リーンハルトがヴェスティア獣王国から回復薬を輸入することを知っていたにもかかわらず、それを止めようとしなかったとなると、錬金術師の風上にも置けないなどと苦情や批判が殺到するだろう。そればかりか、確実にうちの魔導具店へのいやがらせも増えることになるだろう。


 ということで、今回の回復薬の輸入についてはもう一度検討し直すようにリーンハルトに掛け合おうとしたところ、リーンハルトが再び口を開いた。


「うむ。だからこそ、ハルトへの相談なのだ」


 ふむ、話しの流れから、恐らく雇用止めになった錬金術師の再雇用先として、うちの魔導具店を紹介して欲しいとか、ヴェスティア獣王国から入した回復薬をうちの魔導具店で取り扱ってほしいとか、そういったことだろうか。


 正直、うちの魔導具店はそれほど大きくないが、数人程度なら雇用することは可能だろう。だが、回復薬を取り扱うのは難しい。何故なら、うちの回復薬は特別製なのだ。一緒には扱えない。


 そんなことを考えていると、エアハルトが意外な質問をしてきたのだ。


「先ほどリーンハルト様からお話を伺ったのですが、アサヒナ伯爵は土魔法の使い手でもあるとか?」


「土魔法ですか? まぁ、確かに使えますが……?」


「そうですか。それは良かった」


 俺がそう答えるとエアハルトが微笑む。


 ふむ。錬金術師の雇用や回復薬の輸入の問題と、俺が土魔法を使えることに一体何の関係が? そんな疑問が頭に浮かぶと同時にエアハルトがとんでもない相談をしてきたのだ。


「では、アサヒナ伯爵。貴方にグリューエン鉱山の坑道修復を依頼致します。期限は一月ひとつき、報酬は白金板十枚をお支払い致します」


「……はい?」


「ハルト、私からも頼む。其方が懸念している通り、回復薬の輸入は何れ我が国の錬金術師たちにも影響が出るだろう。そう長く続けられるものではない。だからこそ、なるべく早くグリューエン鉱山での魔鉱石の採掘を再開させる必要があるのだ」


「リーンハルト殿の仰る通り、なるべく早くグリューエン鉱山での採掘を再開させる必要があります。ですが、我々獣人族だけで崩落した坑道を修復するには時間が掛かり過ぎます。何分、我が国には魔法を使える者が少なく、全てが手作業になりますので……。そこで、土魔法を使えるアサヒナ伯爵に協力して頂きたいのです」


「あー、なるほど……」


 確かに、土魔法は岩土を操ることができる魔法だから、崩落した坑道の整備は可能だろう。それに、俺には『土魔法による建築と設計の神髄 フリードリヒ・オットー著』による建築と設計の知識もあるわけで、できないことはないが。


「それに、グスタフが、いえ、魔剣とそれを齎した魔王が坑道を破壊した理由が分かりませんし、どちらにせよ、調査を行う必要があります」


 ただの嫌がらせのような気もするけどなぁ。それも、ヴェスティア獣王国に対してというよりも、俺に対しての。全く、魔王というのは俺に何か恨みでもあるのだろうか。


 とはいえ、エアハルトが言う通り、確かに魔王が関係している可能性が全くないわけではないので、調査は必要だろう。ただ、そうなると俺個人で対応するわけにはいかない。


「はぁ、分かりました。ただし、魔王が関係しているとなれば、個人としてお受けすることはできません。対魔王勇者派遣機構として調査をお請けしようと思います。坑道の修復はそのための必要な作業となりますので、先ほどご提示頂いた報酬は結構です。錬金術師たちの雇用維持のための補助金などに回して頂ければと思います」


「……そう言って頂けると助かります。ですが、本当によろしいのですか?」


「うーん、頂けるものは頂く主義ではあるのですが、ヴェスティア獣王国のことも考えなければならない立場でもありますからね。それに、お金にはそれほど困っていないので……。あっ、それなら、坑道が修復できて、無事グリューエン鉱山での採掘が再開したなら、その時は魔石を優先して購入できるようにして頂けないでしょうか?」


「ふむ。分かりました。その程度のことでよろしければ、すぐに手配致しましょう」


「ありがとうございます!」


 結局、エアハルトからの相談は、ハインリヒたち王族からの依頼や相談の中で最も面倒な話だったわけだが、その報酬として魔石を優先的に仕入れるルートを確保できたのは収穫だった。


 我ながら良い交渉ができたとほくほく顔でいると、突然これまで流れていた音楽が、ムーディーな雰囲気の曲に切り替わった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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