対魔王勇者派遣機構
ハインリヒが発した言葉が部屋の中を一巡し、再び俺の頭の中に響き渡る。
『ヴェスティア獣王国として勇者セラフィ殿とその御一行に協力すべく、アポロニア・ブリッツ・ヴェスティアとその従者であるニーナ・アーレルスマイアーの二人をアサヒナ伯爵家に預けるものとする!』
これって、エアハルトが言ってた『アポロニアをアサヒナ子爵家に迎え入れて頂きたい』という話のことなんだろうか? いや、あの時はアサヒナ子爵家に迎え入れて欲しいなんて言われたから、アポロニアと婚姻関係を結ぶものと思っていたんだけど、ハインリヒの『勇者セラフィ殿とその御一行に協力すべく』とか、『預かって欲しい』という言葉を聞く限り、そういった関係を求められているということではなかったらしい……。
何というか、エアハルトが勘違いさせるような物言いをするもんだから、変に身構えてしまったが、そういうことなら受け入れても良いのではないかと思う。というよりも、是非とも受け入れたい。
だって、アポロニアたちが仲間になってくれれば、四種族の内二種族が仲間になったことになるのだから、寧ろ歓迎すべきだろう。
「アポロニア様とニーナ殿が勇者派遣構想に協力して下さるなら、こちらとしても大変助かります! 御二人が我らの仲間になってくださるのなら、四種族の内二種族が集まったことになりますからね!」
「うむ、そうであろう! アサヒナ伯爵のその言葉が聞きたかったのだ。いや、エアハルトから説明した折には随分と複雑な表情をしておったからなぁ。急いては事を仕損じるとも言うし、ゆっくりと時間を掛けて恋仲、ゴホゴホッ、両国の信頼関係を築いていければと我は思ったのだ!」
「ワハハハ」とハインリヒは笑っているが、明らかに、何か企んでいるようだ……。だが、考えてみて欲しい。アポロニアは十六歳。俺はといえば姿は十歳ではあるが、中身は三十七歳、紛うことなきアラフォーのおっさんなのだ。生前の世界だと法律的には問題なくても、社会的にギルティな年齢差ではないだろうか。いやまぁ、もちろんそれくらいの年齢で婚姻関係を結ばれる方もおられるのかもしれないが。
だが、アラフォー未婚だった(というか、彼女らしい女性の存在の影も形もなかった)前世を持つ身としては、年齢差に関係なく、そもそも、そういった関係を持つことなど想像もできない、というのが俺の正直な感想だったのだ。
「あの、何を考えておられるのか分かりませんが、恐らくハインリヒ様がお考えのようなことは起こらないと思いますよ……?」
「うむうむ、アサヒナ伯爵の言いたいことはよう分かる! 未熟な男は皆、そのように申すものだ。何、長く付き合いが続けば変わることもある。我も若い頃は「ち、父上!」」
ハインリヒが饒舌に話しているところをアポロニアが遮った。何だか顔も赤くして恥ずかしがっているようだし、どうやら、ハインリヒはアポロニアが恥ずかしがるような言葉を口にしようとしていた。
それはともかく、このような報酬を本当に受け入れても良いのだろうか? アポロニアはヴェスティア獣王国に残るたった一人の王女なのだ。正直、俺なんかよりもリーンハルトやパトリックといった王子や王族のもとに向かうべき存在だと思う。
それなのに、こんな隣国の一子爵(まぁ、リーンハルトたちによって伯爵に陞爵する可能性が高いわけだが)で、しかも十歳の子供が当主を務めているような家に、大事な一人娘の王女を預けるなんて、普通に考えても正気とは思えない。そのように思っていたのだが、どうやらこの世界の常識と俺の常識に認識の齟齬があるらしい。
まだまだ自分の中でヴェスティア獣王国の貴族になったという事実に理解が追い付いておらず、ついつい忘れがちだが、このヴェスティア獣王国では伯爵という、一応上位貴族の一員となったことで、新興貴族ながらも、ヴェスティア獣王国の貴族たちにとって、家督を継げない次男以下の子息たちにとってみれば随分と魅力的な就職先なのだとか。
王家に近く、隣国の王家にも繋がりのある貴族である。ともすれば、上手く懐柔することで立身出世できる可能性もあるし、子息を送り込んだ実家にも好影響があるかもしれない。もしかすると、永久就職の可能性まで出てくる可能性がある(俺としては考えていないが)。
それらを牽制する為のアポロニアなのだそうだ。あぁ、そういえば、俺がアルターヴァルト王国で貴族になったときも同じような理由でアメリアたちを従臣にしたことがあった。それと同じということだった。
「……さて、アサヒナ伯爵への報酬については以上であるが、アサヒナ伯爵よ。其方から何か不満はないか?」
ハインリヒの真意はともかくとして、伯爵位を授かったり、王都ブリッツェンホルンに屋敷を頂いたり、アポロニアたちを仲間として預かることになるなど、ほんの数か月前まで想像だにしていなかったことだ。
「いえ、不満は特にありません。これほどの御配慮を頂き誠に有り難く存じます」
「うむ、其方が気に入ってくれたようで何よりである。それでは、続いて両国間における勇者派遣構想について、詳細を詰めねばなるまいな?」
ハインリヒがそう言いながらエアハルトの肩を叩く。この流れ、間違いない。そう、ハインリヒがエアハルトに全部丸投げしたのだった……。
「まぁ、そんな気がしていましたが……。分かりました。さて、それでは改めてとなりますが、勇者派遣構想の詳細を詰めるわけですが、とはいえ基本的な条件については既に先ほどまでのお話で纏まったかと思います。あと決めなければならないのは……」
「はい。まず、新たな組織の名称を決めましょう。いつまでも『勇者派遣構想』と呼ぶわけにもいきませんし。それに、組織の本部施設をどこに設けるかも決めなければなりません」
ハインリヒから話を引き継いだエアハルトがそう話すと、リーンハルトが答える。
ふむ。組織の名称か。災厄を齎す魔王への対策として、勇者を派遣する組織……。しかも、まだ二国しか参加していないとはいえ、国際機関である。決して派遣会社などではない。そう考えると、何だかお堅い感じの名前が似合いそうだ。
「……うーん、対魔王勇者派遣機構、とか? いや、そのまんま過ぎるか……」
うん、口にしてみたが、何とも捻りもない、どストレートな名前である。そう思って、もう少し考えてみる、と口にしようとしたところ……。
「うむ。ハルトがそれで良いなら、新たな組織は『対魔王勇者派遣機構』としよう」
「そうですね。対魔王勇者派遣機構……。良いのではないでしょうか。略称は『対魔機構』としましょう。では、続いて対魔機構の本部を何処に置くかですが……」
「あ、あの、本当にその名称で良いのでしょうか?」
「うむ。問題ないと思うが?」
「えぇ、問題ありません。アサヒナ殿が他の名称を希望されているのであれば、別ですが……?」
「別の名称……」
そんなものがすぐに思い浮かぶのなら、もう提案しているわけで、結局、新たな組織の名称は『対魔王勇者派遣機構』に落ち着いたのだった。
初代事務総長(所謂組織の代表、責任者)は俺、ハルト・フォン・アサヒナ伯爵(子爵)である。
また、当機構の職員は基本的にアサヒナ伯爵(子爵)家の従臣が兼ねることに決まった。つまり、アメリア、カミラ、ヘルミーナ、そして勇者であるセラフィという、俺の仲間たちである。現状もそれほど事務作業があるわけでもないので、問題ないだろう。
そこに、うちの四人に加えて、今回アポロニアとニーナの二人が加わることになった。ただ、アメリアたちのように、『俺の仲間』になってくれるかどうかは彼女たちと話をしてみないと分からない。
最後に、対魔王勇者派遣機構の本部をアルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国のどちらに置くかということでリーンハルトとエアハルトが互いに譲らず、膠着状態に陥っていたが、元老院筆頭議員のヨハネスの提案により、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の間の海に浮かぶ島の一つに落ち着いた。
この島は過去に両国が領有権を主張していた時期があるという、どっかで聞いたような曰く付きの島だったのだが、現在は両国が共同で管理しているらしい。流石は友好関係にある国同士である。
諸々残った細かな取り決めについては互いに一度持ち帰り、アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国、そして対魔王勇者派遣機構で改めてすり合わせることになり、長く続いた会談はようやくお開きとなった。
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