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報酬と両国のバランス

 ヴェスティア獣王国王都ブリッツェンホルンにある王城の一室は、先ほどまでと比べて少し緊張がほぐれたらしく、穏やかな雰囲気が漂う。それというのも、俺たちへの報酬の方向性が決まったので、一度休憩を挟まないかと申し出たのだ。誰がって、もちろん決まっている。俺だ。


 そして、小一時間の休憩を終えた俺たちが机を挟んで席に着くと、再びハインリヒが口を開いたことで、会談が再開されることになった。


「うむ、皆揃っておるな? では、改めてアサヒナ子爵へのこの度の報酬について伝えようと思う。これについては、勇者セラフィ殿からの協力の申し出を受け入れた我から与えるものとする。このことは既に現国王及び元老院からも許可を得ておる!」


 ハインリヒがニヤリと笑いながら、そう話した。


 ふむ、なるほど。どうやら、ハインリヒたちは先ほどの休憩中に俺への報酬について、意見をまとめてきたらしい。


 ハインリヒが一つ咳払いをすると、改まった様子で俺に向き合い、重々しい口調で話し始めた。


「我、ヴェスティア獣王国前国王ハインリヒ・ブリッツ・ヴェスティアは、アルターヴァルト王国貴族であるハルト・フォン・アサヒナ殿に第五位伯爵位を授ける!」


「「なっ!? 伯爵位、だと(ですか)!?」」


 俺が口を開くよりも早くリーンハルトとパトリックが口を揃えて声を上げた。伯爵位、それは俺の現状の爵位である子爵位よりも上位の爵位であり、俺の隣に座るユリアンと同じ爵位であった。


「……あの、何故子爵位ではなく、伯爵位なのでしょうか……?」


 恐る恐るハインリヒに理由を確認する。というのも、先ほどまでの会談で、俺への報酬はヴェスティア獣王国の貴族籍を与えるという方向になっていた。だが、アルターヴァルト王国で子爵位にある俺に貴族籍を与えるというのなら、同じ爵位である子爵位ではないかと考えていたのだ。それに、ヴェスティア獣王国側がより上位である爵位を与える理由はないはずだ。


 それだけではない。既に子爵位を与えているアルターヴァルト王国よりも、上位の爵位を与えるということ。それは、アルターヴァルト王国よりもヴェスティア獣王国のほうが俺を評価しているということを意味しており、即ち、見る者によってはアルターヴァルト王国は俺を正当に評価していないのでは? と、思わさせるものだった。


 簡単に言うと、ヴェスティア獣王国がアルターヴァルト王国に対して喧嘩を吹っ掛けてきたのである。その為、先ほどリーンハルトとパトリックが驚いたように声を上げたのだ。


「……父上、流石にそれでは説明が足りておりません……。リーンハルト殿とパトリック殿が驚かれております。リーンハルト殿、パトリック殿、申し訳ありません」


 エアハルトがすっと頭を下げると、再びリーンハルト、パトリック、そして俺に向かって話し始めた。


「……父上のお話について、幾つか補足させて頂きます。まず、ヴェスティア獣王国として、この度の両国間における勇者派遣構想に基づき、新組織の設立とその組織の長として、アサヒナ子爵を据えることを認めます。その上で、我が国から報酬を与えるにあたり、アルターヴァルト王国のハルト・フォン・アサヒナ殿に第六位子爵位を授けることになりました……」


「あっ、もしかして!?」


「はい、ご想像の通りです。この度の報酬は『グスタフ討伐への協力に対する報酬』なのです。ですから、その報酬を『子爵位から伯爵位への陞爵』としたのですが、父上がその話を飛ばして陞爵の話をされてしまい……。誠に申し訳ございません」


 そう話すと、再びエアハルトが頭を下げた。エアハルトの説明を聞いて途中から察していたが、『勇者派遣構想の報酬としての爵位授与』と『グスタフ討伐の協力による報酬』だったのだ。


 しかし、それにしても陞爵を報酬にするなんて……。


「……なるほど、ハルトの伯爵位への陞爵の理由については理解しましたが、それでは我が国がハルトを評価していないように思われてしまいます」


 リーンハルトの言うことはもっともだ。


「ですから、我が国としてもハルトを、アサヒナ子爵を伯爵位に陞爵することに致します!」


「はい?」


 思わず、どこかの特命係の刑事みたいな声が出てしまった。突然リーンハルトがとんでもないことを言い始めたせいだ。


 ヴェスティア獣王国が俺を伯爵位に陞爵すると言ったので、それに抗議したのは理解できる。だが、だからといって、アルターヴァルト王国が俺を伯爵位に陞爵するなんて普通できるものではない。


「あの、リーンハルト様?」


「うむ、ハルトよ。何の心配もしなくて良い。私は父上より、勇者派遣構想について全権委任されておる。もちろん、報酬についてもヴェスティア獣王国に劣らぬものとするからな?」


 リーンハルトが笑顔で肩を叩いてきたのだが、そんなことで強権発動しても良いのだろうか? まぁ、全権委任されてるということらしいので、問題はないのだろうけれど……。


 パトリックもリーンハルトの言葉に頷いては「やはり両国間で釣り合いが取れていなければなりませんからね!」などと言っているし、ユリアンとランベルトも納得しているようなので、ひとまずこの件はリーンハルトに任せておくことにした。


「……それでは、この件についてはリーンハルト様にお任せ致しますね。……はぁ……」


「うむ、任された!」


 リーンハルトが自信満々にそう言ってくれたのだが、本当に伯爵に陞爵するのかどうかはアルターヴァルト王国へ帰ってから決まるだろう。


 とはいえ、リーンハルトやゴットフリートたちのことだから、本当に陞爵する可能性がある……。というか、可能性が高い、か。


 そんなことを考えているとハインリヒが再び咳払いして口を開いた。


「……続けてよいか?」


「はい」


「うむ、ではアサヒナ『伯爵』への報酬についてだが、ブリッツェンホルンに屋敷を与える。ヴェスティア獣王国での活動拠点に使うが良い。場所については、後ほどアポロニアに案内させよう」


「はっ、ありがとうございます」


 ふむ。確かに活動拠点となる屋敷を頂けるのはありがたいが……。このままでは、あの問題がまた発生してしまう。


「あの、屋敷の使用人はこちらで募集する必要があるのでしょうか?」


「いや、使用人については王城で雇った者を王家から派遣するつもりである。アルターヴァルト王国でもそのようにしておるのだろう?」


 そう言うと、ハインリヒはリーンハルトとパトリックに視線を向ける。そういえば、うちの使用人の中には現役の近衛騎士がいる。なるほど、確かに彼らは王家から派遣されていたな。


「使用人についても既に手配済みである。後ほど屋敷へ向かった際にアポロニアから紹介してもらうとよい」


 ハインリヒがアポロニアに指示を出すと、「分かりました」と静かに応えた。


「さて、最後に、ヴェスティア獣王国として勇者セラフィ殿とその御一行に協力すべく、アポロニア・ブリッツ・ヴェスティアとその従者であるニーナ・アーレルスマイアーの二人をアサヒナ伯爵家に預けるものとする!」


 ハインリヒの声が広い応接の間に響き渡った。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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