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ヘルミーナ

 カウンターの奥にある扉の向こうは恐らく魔導具を創る為の工房だろうか。


 先ほどヘルミーナが扉の奥へと入って行ったので、もうすぐ件の魔動人形を運んできてくれることだろう。それを楽しみにしながら、俺は店の中を眺めていた。


 店の中はそれほど広くなく八畳程度だが、壁に沿って棚が立ち並び、入り口を挟んでぐるりとカウンターを囲むような作りをしていた。


 棚の上に小瓶が所狭しと並び、その中には様々な薬や錬金術に使うだろう素材などが入っている。また、魔力を蓄積できるバッテリーのようなものや、魔力を流すと回転するモーターのようなものなど、様々な魔導具が並ぶ棚もあり、店内を眺めるだけでも大変興味深い。


「魔導具に興味があるの?」


 特に魔導具に興味を惹かれて棚の前で眺めていると、奥から大きな木箱を抱えて戻ってきたヘルミーナに声を掛けられた。


「えぇ。私もいつか魔導具を創ってみたいと思っているんですよ」


「へぇ、アンタもねぇ」


「ヘルミーナさんもですか?」


「当たり前じゃない! 私は名工アレクシス・ブルマイスターの孫であり、最後の弟子なのよ! お祖父様を超える最高の魔導具を創ってみせるわ!」


 なるほど、錬金術師としてお祖父さんを超えたいわけね。そういう目標があるのは素晴らしいが、その魔導具で実現したい何かを自分の中でしっかり持っているなら良いんだけど……。


 まぁ、それはさて置き。


「その箱の中に魔動人形が?」


「そうよ!」


 ヘルミーナは木箱から両手で抱えながら取り出した、高さ50センチほどの人形をカウンターの上にずしりと置いた。意外と重いようだ。


 人形は一対の白い翼を持つ美しい女性、所謂『戦乙女』といった意匠で、青と白を基調とした鎧と盾、それに所謂ランスというべき長槍がセットとなっていた。


「見た感じ、既に完成してるようにも見えますね?」


「私も最初はそう思ったわ。でも、魔力を通しても動かなくて調べてみたの。そしたら、肝心の精霊核がまだ取り付けられてなかったのよ。ほら!」


 そう言ってヘルミーナは魔動人形の胸部を開き、ちょうど五百円玉サイズの凹みを指差した。


「精霊核?」


「アンタ、そんなことも知らないの? 精霊核って言うのは精霊の力を宿していると言われる石、『精霊石』から力の根源となる核を抽出した結晶よ」


「その精霊石って、どんな見た目なんです?」


「そうねぇ……。薄い緑色の、六角柱の結晶が集まったものね。精霊石の根もとに輝く小さな光が精霊核よ。アンタも錬金術師ならそれくらい覚えておきなさい」


 なるほど、精霊石と精霊核か。


 確かに図書館の蔵書で錬金術の素材にそんな名前のものがあったことを思い出したが、挿絵が無くてよく分からなかったのだ。思っていたよりも、図書館の知識だけではどうにもならないことが多そうだ。


 そう言えば、転生した初日に森の中でそんな宝石っぽい結晶も拾ったような気がする。確かアイテムボックスの中にあったような……。


「もしかして、これかな?」


「そ、それよ! というか、アンタ今どこから出したのよ!?」


 アイテムボックスから森で拾った結晶を一つ取り出してカウンターの上に乗せた。


 確認してみると、確かにヘルミーナのいうとおりの姿形だ。幾つもの六角中が集まるその根もとには小さな光が瞬いていた。


 念のため鑑定してみる。


『名前:精霊石

 詳細:精霊がその身を休める為の依代として鉱石を使った際に、鉱石内に溜まった精霊の力の残滓が結晶化したもの。

 効果:精霊力回復、魔力回復、神力回復

 備考:錬金素材(精霊石×10:精霊核※錬金術Lv9以上)』


「おぉっ!」


「な、急に何よっ!? びっくりするじゃないっ!」


「あっ……。すみません」


 鑑定結果の備考欄を見て思わず驚いて声を上げてしまった。


 なるほど、錬金術のレベル9以上が必要なのか。となると、この精霊核を使用した魔動人形を作ろうとしていたアレクシス・ブルマイスター氏は錬金術のスキルレベルが9以上という、正しく名工と呼ばれる腕前を持った人だったようだ。


 図書館で知ったのだが、この世界でスキルレベルが9を超える人は数少なく、ほんの一握りの達人や名人と言われる人だけで、通常は大体スキルレベルか7または8まで上がれば、名のある使い手として認められるようだった。


 だから、アメリアやカミラがあの歳でレベル6のスキルを持っているというのはかなり凄いことで、Bランク冒険者パーティーというのは伊達ではないようだ。


 ともかく、精霊石から精霊核を錬金する為には錬金術のスキルレベル9が必要ということが分かった。


 そして、残念ながらヘルミーナには精霊核を錬金することができない。


 なぜなら……。


『名前:ヘルミーナ・ブルマイスター

 種族:半妖精族(女性) 年齢:17歳 職業:見習い錬金術師

 所属:アルターヴァルト王国

 称号:名工の孫、名工の最後の弟子

 能力:C(筋力:B、敏捷:C、知力:B、胆力:C、幸運:C)

 体力:1,580/1,580

 魔力:510/510

 特技:料理:Lv6、錬金術:Lv4、採取:Lv4、斧術:Lv2、礼儀作法

 状態:健康

 備考:身長:157cm、体重:45kg(B:83、W:54、H:82)』


 彼女の錬金術のスキルレベルが、精霊核を錬金するために必要なスキルレベルの半分以下だったからだ。


 年齢を見れば将来有望な錬金術師ではあるのだが、いかんせん、精霊核を錬金するには錬金術のスキルレベルが低すぎる。これでは、魔動人形を完成させることはできない。


「どうやら、かなり錬金術に長けた方でなければ、精霊石から精霊核を錬金することは難しいみたいですね」


「そうね……。私も一度だけお祖父様のお手伝いをしようと試しに錬金してみたけれど、やっぱり失敗したわ。お祖父様のお話でも『熟練の錬金術師でないと難しい』ということだったし……。それに、精霊石があったとしても、もう、どうしようもないのよ。王都で熟練の錬金術師なんて、お祖父様以外に居なかったし、そのお祖父様ももう居ないんだから……」


 そういうと、ヘルミーナは肩を震わせて俯いた。


 確かにアレクシス氏のような熟練の錬金術師などなかなか見つかるものではないし、見つけたとしても精霊核の錬金に幾ら要求されるか分からない。何と言っても錬金術レベルが9以上必要な代物なのだ。何かしらの対価を求められることは明らかだろう。


「熟練の錬金術師か。確かにそう簡単には見つかるわけが……。…………んんん!?」


「な、何よ!?」


 そうだよ!


 特級回復薬を錬金できる俺の錬金術のスキルレベルは9以上確定! この世界に転生してきた初日に森の中でそれを確認したばかりじゃないか。となると、あとは材料さえ揃えば魔動人形を完成させられる!


「……熟練の錬金術師、見つかりました」


「嘘っ!? どこにいるのよ?」


「ここに!」


 そう言って俺は自分を指差した。


「アンタ、バカ? こんな時につまらない冗談はやめてよね!」


「ならば、これを見て納得してください!」


 俺は先ほど創った初級回復薬を再び錬金して見せ、それをヘルミーナに手渡した。


「さっきのと同じ初級回復薬ね。それにしても、瓶まで錬金するなんてどんな秘術なのよ……? とにかく、それだけじゃ熟練の錬金術師の証明にはならないわよ……?」


「ここからが本番ですよ」


 先ほどの要領で初級回復薬を全部で六十四個と大量に錬金して見せる。突然のことでヘルミーナは驚いているようだが、気にせず続いて中級回復薬を三十二個錬金すると、次は上級回復薬を八個錬金して見せた。


 それぞれ創り出した端からヘルミーナに確認してもらう。ヘルミーナは黙って中身を確認しているが、鑑定できるわけではないので自分の指を少し傷付けてそこに回復薬を数的滴垂らし、その回復具合で効果を確かめている。


「そして最後に、錬金『特級回復薬』!」


 最後に、特級回復薬を錬金して見せた。錬金術のスキルレベル9以上という熟練の錬金術師でなければ錬金できない回復薬を創って見せることで、俺が熟練の錬金術師であることを証明しようとしたわけだ。


 因みに、図書館でも確認したが、特級回復薬は正しく熟練の錬金術師でなければ創り出せない代物で、相場は一瓶白金貨二枚ほど。つまり二千万円位と、とんでもなく高価なものだった。


「これが特級回復薬?」


「はい。調べて頂いても結構ですよ」


「……いいわ。私には鑑定なんてできないし。怪しいけど、アンタを信じてあげる。一応、昔お祖父様が上級回復薬から特級回復薬を錬金されていたのを見たことがあるから」


 ヘルミーナは俺のことを警戒しているようだった。


 まぁ、いきなり現れた子供が熟練の錬金術師だなんて言ってきたら怪しむのは当然か。それにまだ認識阻害も解いてないし、そもそもフードを被ったままだったことに思い至った。


「それで、精霊石から精霊核を錬金するには、精霊石が十個必要なようですが、ヘルミーナさんは精霊石をお持ちですか?」


「今、手元には六個あるけれど、あと四つ足りないわね。確か、お祖父様が冒険者ギルドに依頼を出していたはずよ」


「なら、私が持っているのと合わせて残り三個ですね。私が冒険者ギルドで依頼を受けてきますので、暫くお待ち下さい」


 そう伝えるとヘルミーナは俯き、少し躊躇ったような素振りを見せた後、再び口を開いた。


「ねぇ、なんで私にそこまでしてくれるわけ? 別に知り合いってわけでもなかったし、親子や兄弟でもない。しかも貴族が関係するようなトラブルに巻き込まれてるっていうのに、会って間もない私にどうしてそんなに親身になれるのよ? 一体何が目的なの?」


 俺としては、ただただ魔動人形を見たいだけなんだけどなぁ。とはいえ、それを言っても信じてもらえそうにない。普通に考えれば、魔動人形を見たいということと貴族とのトラブルを回避すること、どちらを優先するかなんて後者に決まっていた。


「別に目的なんてないですが。そんなにおかしいですか?」


「おかしいわよ! 貴族と揉めてる人間になんて近付こうなんて普通は思わないし、自分で言うのも何だけど、そんな火中の栗を拾おうなんて、普通は絶対にしないわ!」


「確かに、そうかもしれませんね。でも、困っている人がいて、それを助けることができる力があるなら、やっぱり助けてあげたいじゃないですか」


 そう答えた俺は認識阻害を解いて、フードを外し、自分の姿をヘルミーナに見せることにした。そうしないと彼女から信頼を得られないと判断した為だった。


「改めまして、私はハルト・アサヒナという一介の錬金術師です。ですが、私なら魔動人形を完成させられるかもしれません。どうです、もしよければ、私に賭けてみませんか?」


 俺は、ヘルミーナの手を両手で握りながらそう答えた。


 俺としては同じ錬金術師としてヘルミーナのことを助けてあげたいし、今彼女が置かれた状況を助けられるのは、恐らくこの王都の中では俺だけだと思う。そうであれば、できる限りのことをしてあげたい。


 ヘルミーナの様子を伺うと、顔を耳の先まで真っ赤にしていた。もしかして、彼女のプライドを傷つけたのだろうか。


「あの、大丈夫ですか?」


「ア、アンタ、本当にバカね。でも、ありがとう。私、アンタのことを、ハルトのことを信じるわ!」


 彼女はそう言って俺の頭を優しくなでてくれた。


「ええ、任せてください!」


 どうやらヘルミーナは俺のことを信じてくれたみたいだ。


 だが、魔動人形の問題はまだ何も解決していない。


 まずは精霊石を手に入れないといけないのだ。この件は後で冒険者ギルドに行ってアメリアとカミラに協力してもらえないか相談しよう。そう思い、店から冒険者ギルドへ行く準備を進めるとヘルミーナが俺の前に立ちはだかった。


「ハルト、私も行くわ!」


「はい?」


「だから、私も精霊石を探しに行くって言ってるの! お祖父様の魔動人形を創ってもらおうっていうのに、私が何もしないなんてわけにはいかないわ!」


「あの、魔動人形を完成させるには、精霊核を作る為に精霊石を集める必要があるんです。今回は十分な費用を持ち合わせておりませんので、自分たちで採取しようと考えています。つまり、通常冒険者に依頼することを自分たちで行うわけなんですよ? ヘルミーナさんは魔物と戦えるんですか?」


 念の為ヘルミーナ自身に聞いてみた。


 ヘルミーナの見た目は華奢な少女そのものだ。鑑定した限りだと最も得意なスキルは料理スキルだし、その次は錬金術に採取と錬金術師向けのスキルが並ぶ。最後に斧術スキルだが、レベル2がどの程度戦えるものなのか分からない。


「こう見えてもドワーフの末裔よ! 力には自信があるわ!」


「ドワーフ?」


「そうよ! ハルト、知らないの? ドワーフは魔導具の先駆者にして専門家としてだけでなく、力持ちでも有名なんだから!」


 カウンターの奥に立て掛けられていた重そうなハルバードを片手で掴み、肩に掛けるように持ち上げて、ヘルミーナは自信に満ちた表情でそう応えた。そして、強い意志がこめられた目で俺を見つめてくる。


 これは、何を言っても付いてくるだろうな……。


「それでは、準備して冒険者ギルドへ行きましょうか。もしかしたら、既にアレクシスさんの依頼を受けている冒険者がいるかもしれません」


「そうね! ちょっと待ってて、すぐに準備するわ!」


 暫く外で待っていた俺は、お店を閉めたヘルミーナと一緒に冒険者ギルドに向かうことにした。

ここまでお読み頂き。ありがとうございます。

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