勇者派遣の課題
「ここにいるハルト、ハルト・フォン・アサヒナ子爵に任せてみてはと、そう考えているのですが……」
やはり、リーンハルトは俺に組織の代表者? 責任者? を任せようと考えているようだ。俺も、国際連合的な組織を創設するとなれば、代表者や責任者にならなければと、そんなことを考えてはいたのだが、現実的に考えて俺がその立場になることは難しいのではないかと思っていた。
というのも、俺はアルターヴァルト王国の貴族という立場だ。リーンハルトの言うような、国家から独立した組織をこの世界に作るのであれば、国家に所属しない人間のほうが良いのではないかと、そう考えたのだ。まぁ、そんな人がいるのかどうかは知らないが……。
そうでなければ、前世の世界のように、選挙や持ち回りという形で各国から代表者を選出する形が良いのかもしれないのだが、それだと正直俺が困ることになる。
だって、この勇者派遣構想は『世界神の昇神試験対策』の一環なのだから……。
俺が組織のトップなら、国や地域の代表者から依頼を受けたとしても、世界神の昇神試験のサポートをできるように動くことができるだろう。それに、俺の所有物である魔導船スキズブラズニルだって使えるし、勇者であるセラフィはもちろん、勇者御一行のメンバーであるアメリア、カミラ、ヘルミーナの三人も俺の従臣なのでスケジュールを調整しやすい。
だが、全く関係のない第三者に組織のトップに立たれるようなことになれば、この勇者派遣構想は破綻してしまう可能性が高い。
というか、魔導船だって他人に使わせるつもりは無いし、俺の仲間にあれこれと指図されるのも正直嫌だし、何より、娘であるセラフィを赤の他人に預けるなんてとんでもない!
そんなことを考えていると、ハインリヒが口を開いた。
「ふむ。我は別に構わないと思うが、エアハルトはどう思う?」
「……そうですね、勇者セラフィ殿に最も近く、そして国や地域の代表者、現段階では我がヴェスティア獣王国とアルターヴァルト王国の二国の代表者となる私やリーンハルト殿やパトリック殿と面識があり、信頼がおけるアサヒナ子爵が組織の代表者になることはむしろ好都合かと思いますが……。ですが……」
「……うむ、エアハルトの懸念していることは良く分かる。先ほどリーンハルト殿が冒険者ギルドに例えておったが、最も重要なところに触れられておらなんだからな、確認しておく必要があるだろう。それに、これは当事者であるアサヒナ子爵にとっても、最も重要なことだろう?」
ハインリヒが俺のほうに視線を向ける。ふむ、俺にとって重要なこと? 勇者派遣構想で俺にとって最も重要なこと……。それって……。俺が口を開く前にリーンハルトが答え始める。
「……もちろん、把握しております。先ほど冒険者ギルドに例えてお話しした通り、冒険者は勇者に、依頼者は国や地域の代表者、依頼内容は災厄の鎮圧や魔王の討伐、そして肝心なのが、その『報酬』です……。依頼内容に対する報酬をどのように取り決めるか、それこそがアサヒナ子爵を組織の代表者とした際の、最大にして唯一の懸念と考えております……」
そう、そうなのだ。俺の、俺たちの活動についての報酬についてである。
まぁ、ぶっちゃけ世界神の昇神試験サポートなど慈善事業としてやるべきことではないかと突っ込まれるとその通りな気がしないでもないが、俺も生活が懸かっているのでただ働きは勘弁願いたい。えっ、魔導具店の経営をしているじゃないかって? それはそれ、これはこれである。ある事業が黒字だからといって、もう一つの事業の赤字が許されるものでもないのだ(一般論だけど)。
「その通りである。ふむ、なるほどな。リーンハルト殿の中でも報酬については良き案を出せなかったか」
「はい。残念ながら、その通りです。今回の勇者派遣構想については我が国でも様々な検討がなされたのですが、その中でも報酬について、特に他国からの報酬をどのように取り決めるべきかが最大の懸念点として残っているのです……。アルターヴァルト王国に限れば、我が国の価値観に基づいて報酬を取り決めれば良いだけです。これは、ヴェスティア獣王国とアルターヴァルト王国の二国間の場合も、すり合わせさえできていれば、まだ問題なく取り決めることができるでしょう。両国の間で経済格差はそれほどありませんからね……。ですが、全ての国や地域となりますと、明確な貧富の差が出て参ります。しかしながら、災厄の規模は国の規模に比例する、などという都合の良いことは起きないでしょう。そうなると、小国に対しても大国と同じだけの報酬という名の負担を強いることになってしまう。だからといって、小国からの報酬を安易に下げると大国からは必ず不満が生まれることになる……」
ふぅ、と小さなため息をついて、リーンハルトが再び口を開いた。
「長々とお話ししてしまいましたが、つまるところ、各国からの報酬の落としどころが、私には未だに見つけられていない状況なのです」
リーンハルトの説明を聞いて、会談に参加しているメンバーも頭を悩ませている。
そう、以前に王城へ足を運んでゴットフリートやリーンハルトたちと相談した結果、ぶち当たった壁はそこなのだ。国際連合のように、各国の経済的な水準や支払い能力をもとに分担金を負担してもらうことも考えられるが、前世の世界でも支払いを渋ったり滞納したり、拒否したりする国があったのだ。大国小国関係なく不満が出る案など、この場で提案しても意味がないだろう。
さて、どうしたものかと考えていたら、それまで静かに会談の動向を見守っていたアポロニアが口を開いた。
「……ところで、父上。そもそも、今回ご協力頂いた勇者セラフィ様やアサヒナ子爵への報酬はどのように考えておられたのですか?」
アポロニアが突然そんなことをハインリヒに聞き始めた。
そういえば、ハインリヒから協力の相談を受けたときは、どのような建前があれば協力できるかということだけしか考えてなくて、協力の見返りというか報酬については全く考えもしていなかった。労働とその成果に対して正当な報酬の請求を忘れるとは、我ながらとんだ失態である。そして、そのことを思い出させてくれたアポロニアには感謝しかない。
「そう言えば、ハインリヒ様からご相談頂いた際に報酬については取り決めをしておりませんでしたね……」
そんなことを口にする。俺としては、可能ならば改めて今回の件、つまりグスタフによる謀反、否、魔王によってこの世界に齎された災厄であり第三の試練を乗り越える為に頑張ったのだから、それに対する報酬を何らかの形で貰いたい、改めて交渉の場に付きたいと、そう思ったのだ。
そう、報酬は現金でも現物でも何でも良い。もし、労働と成果に見合うと思える報酬が提示されたなら、それは他国からの依頼報酬の参考になるかもしれない。そんなことを考えていると、皆も同じようにハインリヒに視線を集めているようだった。
「うむ。当然だ。勇者セラフィ殿とその御一行、そして、その中心人物であるアサヒナ殿への報酬は決まっておる……」
「それで、どのような報酬なのですか?」
アポロニアがハインリヒに再び質問を浴びせる。だが、ハインリヒは老獪な貴族のようにアポロニアの質問を躱す。あぁ、そういえばハインリヒは老獪な貴族、いや王族だった。
「うむ……。だが、最終的にそれを決めるのは我ではないからな。既に我は王位を退いておる故に……。報酬については現国王であるエアハルトが決めることである。エアハルトよ、其方がアポロニアの質問に答えよ」
なるほど、エアハルトへ丸投げである。
ハインリヒの言葉にげんなりするような表情で応えるエアハルトだったが、やはり既にハインリヒとの間で合意済みの事項であったのか、つらつらと話し始めた。
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