謝罪と責任の取り方(後編)
俺の名前がハインリヒから呼ばれると、周りの貴族たちの視線を一身に受けることとなった。
謁見の間に再びどよめきが起こるかと思ったが、それほど大きな声は上がらない。俺の姿を一瞥すると、すぐに納得したような表情をしていた。恐らく、俺が妖精族のエルフであったことが関係しているらしい。
しかし、それにしても……。
ハインリヒが貴族たちへの説明として、今回の顛末を話すところまでは良かったのだが、何故そこまで詳細な情報を掴んだのか、そのことについて俺の名前を出すとは思っていなかった。
だって、俺が神から神託を授かることがある『神子』であることは、アルターヴァルト王国の『第一級機密事項』であると、わざわざ俺が闇魔法『音声遮断』を使ってリーンハルトがハインリヒに打ち明けた話だったのだ。
それを、このような貴族たちの面前でバラすとは思わなかったのだ。これでは、ハインリヒを信頼して打ち明けたリーンハルトの面目が丸つぶれではないか。それに、隣国の重要な情報をこのように軽々しく他者に話してしまうなんて……。思わず俺は目前にいるリーンハルトの表情を見ようと目をやった。
うん? 笑っている……。何で!?
そう、何故かリーンハルトは笑みを浮かべてハインリヒの説明を聞いていたのだ。どういうことなのか状況が分からないが、問題ないのだろうか? もしかして、国家間でNDA(機密保持契約)でも締結されていたりするのか? そんなことを考えていると、ハインリヒの話が再び始まった。
「これで皆も理解ができたであろう。納得せよとは言わぬ。だが、事実である。さて、これらの状況を踏まえて我は元老院とともにグスタフ、クラウス、そして我の処分について検討し、決定したことを伝える……」
ハインリヒの言葉に謁見の間が再び静まった。
「……第三王子グスタフ・ブリッツ・ヴェスティアは王族籍を剥奪する! また、ヴェスティア獣王国から追放し、国王の許可なくヴェスティア獣王国への入国を禁ずる!」
ハインリヒからグスタフへの処分を伝えられると、周りの貴族たちから安堵のため息が漏れる。王族から死罪となる者が出なかったことや、第三王子を支えてきていた貴族たちから漏れ出たものだろうか。
それにしても、王族籍の剥奪、そしてヴェスティア獣王国からの追放……。死罪は免れないと伝えられていた処分内容と比較して、随分と軽い量刑であった。
「続いて、第三王子専属近衛騎士アロイス・バールは第三王子専属近衛騎士の地位を剥奪の上、ヴェスティア獣王国の追放、国王の許可なくヴェスティア獣王国への入国を禁ずる! また、第三王子専属近衛騎士にある者は全員その地位を剥奪する!」
ふむ。バールもグスタフとほぼ同様の追放刑らしい。まぁ、やったことはグスタフとバールはほとんど同じだったし仕方がないだろう。また、第三王子専属騎士も全員が魔剣の影響で意識を奪われていたため、謀反に加担した扱いとなったらしく、その地位を剥奪されることとなった。どちらにせよ、第三王子がいなくなったのだから、第三王子専属近衛騎士は解散なんだろうけれど。
「……第五王子クラウス・ブリッツ・ヴェスティアについては、グスタフによる謀反の共犯であると考えられていたが、謀反へ積極的な加担をしたものではなく、グスタフより邪魔をしないようにと軟禁されていただけであった。だが、グスタフの凶行を止めようと全く行動を起こさなかったことは、誇りあるヴェスティア獣王国の王子として許されぬ。よって、クラウスの王位継承権を剥奪する!」
ハインリヒによるクラウスへの処分が伝えられると、落胆の声がぽつぽつと漏れた。恐らくは第五王子を支持してきた連中だろう。王位継承権の剥奪に落胆しているようだ。
ただ、自室に引きこもって本を読みふけっているようななまっちろい少年に、グスタフの凶行を止める行動を求めるのは少々酷ではないかとハインリヒに突っ込みたい気持ちと、例え、知勇に秀でた王子であっても無関心に本を読んでいるような少年が果たして次期国王に相応しいのかと、第五王子支持派の貴族に対して突っ込みたい気持ちがふつふつと湧いてきた。まぁ、突っ込まないけど。
「……次に、我の処分だが……。我の処分を伝える前に、本人の意向もあり、もう一人処分を科すことにした」
そう伝えると、一呼吸を置いて謁見の間にいる貴族たちを見やる。そして、ハインリヒは再び口を開いた。
「本人の意向により、第一王子アレクサンダー・ブリッツ・ヴェスティアは王位継承権を返上することとなった」
ハインリヒの言葉に多くの貴族たちから悲鳴とも怒号ともつかない驚きの声が上がる。次期国王に最も近いと目されていた第一王子アレクサンダーによる王位継承権の返上、それは貴族たちにとって完全に寝耳に水の話であった。当然、第一王子を支持してきたであろう貴族たちから疑問の声が上がる。
「皆の疑問については本人から聞いてもらおう。アレクサンダー、前へ」
ハインリヒがアレクサンダーに対して前に出るよう促すと、後ろに控えていたアレクサンダーがハインリヒの隣にまで出て口を開いた。
「……皆も知っての通り、俺は兄弟の中でも『武勇』を評価されている。その俺が、グスタフの凶行を止めることもできず、あまつさえ最も大事な時に凶刃に倒れていたのだ。例え、それが国王陛下を逃すために必要な役割だったとはいえ、次期国王となるなら決して倒れてはいけなかったのだ。何故なら、俺は『武勇』以外には誇れるものがないからな。……だが、幸いにも俺には『武勇』にも『知勇』にも優れた兄弟がいる。だから、俺は王位継承権を返上することとしたのだ。それに、父上の『構想』を聞けば、尚更だ」
「そこからは、我が話そう」
ハインリヒが話し掛けると、アレクサンダーは満足そうに再びハインリヒの後ろに下がった。
「聞いての通り、アレクサンダーの意志も固い。すでに元老院も承諾しておる故、皆も理解してほしい。また、これより話すことも全て元老院の承諾を得ておる。つまり、我の処分と先ほどアレクサンダーが触れた『構想』についてである……。我がヴェスティア獣王国では、古くからの習わしにより、次期国王は元老院によって国王の死後に王子王女の中から一人を次期国王として選定し、それ以外の者は王族籍から抜けることになる。つまり、王族という地位を返上するわけだが、当然ながら、生まれてからそれまで王族として育ってきた者が、突然その身分を平民へと落として生きていけるのかというとそれは難しい。であるからこそ、王子王女は皆、王族という地位を返上しても自身で生きていくことができる道を見つけるようにしておる。これは、この場におる皆の子息も同様であろう。……だが、特に王族は、度々王子王女同士で争い、そして命を奪い合う。更には、父である国王の命すら狙う者もおる。今回のグスタフのようにな……」
そう話すと、ハインリヒは一つ深いため息をついた。
「故に、我はこの度、このような悲劇と混乱が二度と起こらぬよう王位継承について新たな法案をまとめ、そして元老院の賛成多数によって可決された、新ヴェスティア獣王国王位継承法をここに公布する……!」
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こうして、ハインリヒは『新ヴェスティア獣王国王位継承法』なる法律の内容を皆に伝えたのだった。その内容は、以前魔導船内で話していた内容から少し変更されていた。
一つ目の王族としての地位継続については変更はなかった。
だが、二つ目の項目として話していた『次期国王については現国王が在位中に、成人した王子または王女の中から一人を後継者として指名する』という内容は、『次期国王については本人が希望する限り第一王子を後継者候補とする。第一王子が希望しない場合は、国王により王子王女、その他から後継者候補を指名する』とされ、更に『国王不在の際には全貴族の過半数が賛同する王子王女、その他の中から後継者候補を選定とする』と言う内容に変更されていた。
第一王子が次期国王を望まない場合は、国王によって次期国王の候補が決まる。また、もしも、国王が不在の場合。つまり、国王が亡くなっている場合は、全貴族の過半数によって次期国王の候補が決まる。この場合のみ、国王の血縁者ではない者であっても国王となれる可能性がある、ということだ。恐らく、ハインリヒの原案に元老院あたりから修正の要望が出たのではないだろうか? まぁ、元老院の過半数ではなく、全貴族の過半数であるところはハインリヒの交渉による成果かもしれない。
三つ目の『現国王が指名した後継者は元老院により選定を行い、三分の二以上の合意をもって王位継承を行うこととし、元老院での選定結果は国民に対して開示することとする』という内容も、『後継者候補は元老院により選定を行い、二分の一以上の合意をもって王位継承を行うこととし、元老院での選定結果は国民に対して開示することとする』とされていた。まぁ、二つ目の変更に合わせて調整しただけなので、問題ないように思う。
また、新たに五つ目として、『国王及び王族は、その地位の返上を希望する場合、元老院の三分の二以上の賛同を持って、これを認める』という条項が追加されていた。
国王を辞めたい場合は元老院の賛同が得られれば辞められる。ただそれだけのことなのだが、辞めたくても辞めさせてもらえない場合があるというのは、なかなか辛いものがあるだろう。賛否はあるだろうけれど、前世でも業務の引き継ぎだとか何だとかで退職を引き留められている有能な人を見たことがある。個人的には引き留められるような人材でありたいとは思うけど、一刻も早く辞めたいと考えている人にとっては迷惑な話なのだろう。
ハインリヒが話した『新ヴェスティア獣王国王位継承法』はすでに元老院から承諾されているとのことだったので、多くの貴族たちから驚かれはしたものの、反対する意見は出てこなかった。
「……では、最後に我の処分について話す。我はヴェスティア獣王国国王の地位を返上する! これはすでに元老院の賛同を得ており、決定事項である! つまり、今ヴェスティア獣王国は国王不在である! 故に、これより、全貴族による後継者候補の選定の儀を執り行うっ!」
突然のハインリヒの言葉に、謁見の間は第一王子アレクサンダーの王位継承権の返上を宣言した時以上の歓声とも怒号ともつかない貴族たちの声に包まれた。
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