ブルマイスター魔導具店
「ごめんください」
ドアノブを回して静かに扉を開けると、店の中に声を掛けた。
先ほどの喧騒からまだ五分も時間は経っていない。
だからこそ、店の中の人がちゃんと対応してくれるか少し心配していたが、暫くすると一人の少女が目を真っ赤にして店の奥から出てきてくれた。
もしかして、泣いていたのだろうか。しかし、少女は毅然とした態度で応対してくれた。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「あの、こちらで魔動人形というものを扱っているというお話を伺いまして。一度どのようなものか見せて頂きたいのですが……」
そう話した途端、急に少女の顔色が青ざめ、肩を震わせた。
「うぅっ……」
「あ、あの……?」
「うぅっ……うわあぁぁぁっ……!!!」
「えっ……。な、何っ!?」
突然、少女が泣き出し、屈み込んで両膝を抱えた。
恐らく、先ほどの身なりのいい男たちから責められていたのはこの少女なのだろう。
はぁ……。
仕方なく、泣き続ける少女に寄り添い、肩を抱き寄せて、静かに背中を擦りながら落ち着かせることにした。所謂大人の対応というやつだ。とはいえ、少女は十四、五歳のようで、今の俺よりも背が高かったので膝を付いてではあったが。
暫くして、少女の嗚咽が止むと、ようやく話をすることができた。
「何か悲しませることを言ってしまっていたら、申し訳ありません。この王都で流行っている遊びを街中で聞いたところ、貴族や富裕層を中心に魔動人形なるものが流行っていると聞き、こちらのお店『ブルマイスター魔導具店』で取り扱っているというお話を教えて頂いたので訪れたのですが、お取り込み中でしたでしょうか?」
先ほどまで見ていた、身なりのいい男とのやり取りは一旦無視して少女に話し掛けた。
「うぅっ……。ありがとう。あと、ごめんね……。魔動人形はもう無いの……」
少女はそう言って、困ったような、寂しそうな表情を見せた。
だが、そんな少女の姿を見ていると何とかしてあげるというのが大人というものだ。今の姿は子供だけど。
「何かお困りでしたら、私でよければ相談に乗りますよ。私もこう見えて、錬金術師の一人ですので、魔動人形についてもお力になれるかもしれません」
「ふふっ……何それ。慰めてくれてるの? でも、下手な嘘はつかなくてもいいのよ。その歳で錬金術師だなんて、ありえないわ」
どうやら、俺の言ってることを子供の戯言と思われているようで信じてもらえていないようだった。
まぁ、別に信じてもらえなくてもいいんだけど、魔動人形についてもう少し話を聞きたいので錬金術を見せて信じてもらうとしよう。
「ここにハイレン草があります」
「な、何?」
俺は一枚のハイレン草アイテムボックスから取り出し少女の前に差し出した。
「錬金『初級回復薬』」
そう念じると、手に持っていたハイレン草の葉っぱが眩く輝き、薄い緑色の液体が入った小瓶が出来上がった。それを見た少女は出来上がったばかりの初級回復薬を俺の手から奪い取ると、四方八方から調べ始めた。
すると肩をわなわなと震わせて一人呟いた。
「嘘っ……!?」
「信じて頂けました?」
「まさか、ありえないわ……。いえ、百歩譲ってその歳で錬金術で回復薬を創れたのはまだいいわ。だけど、どうして『瓶に入ってる』のよ!? 普通は入れ物を用意して、その中に錬金で抽出した回復薬を入れるのに……。貴方、一体何をしたの!?」
「えっ!?」
そう言われれば、確かに不思議な話だ。
何も疑問に思わなかったけど、図書館で得た知識の中でも、錬金術とは使用する素材の分量によってでき上がるものは決まっている。
だが、俺は回復薬を錬金するのに瓶の素材なんて持ってもいないし、使ってもいない。それにも関わらず俺が錬金した回復薬は全て小瓶に入ったものだったのだ。
錬金術ってそういうものだと思っていたんだけど……。いや、回復薬がそういうものだと思いこんでいた!? あれ、何か引っかかるな……。
『それからお主の錬金術じゃが、お主のそれは錬金術の範疇ではないな。云わば、ある種の『創造』といえるものでな、何を創造できるかはお主の想像力と神力次第じゃ』
昨日神界で出会ったおっさんの言葉が思い出される。
錬金術の範疇ではなくて、創造……。何ができるかは想像力と神力次第、か。ということは、この小瓶は俺の想像力で創造されたもの!?
その事実を知り、寧ろ俺のほうが驚愕していた。
なるほど……。『創造』か。
確かに想像したイメージ通りに無から有を創り出せる能力だとしたら、とんでもないチート能力と言える。そう考えれば、この少女が驚くのも無理はない。
だとしたら、何とか誤魔化さないと後が面倒だな。
「ふふっ、驚かせたようですね。これこそ錬金術を極めた者だけができる特別な能力なのです(嘘ですけど)!」
「そ、そんなの聞いたことないわ!」
「それはそうでしょう。錬金術師はその力を人前で見せることなど師弟でもない限り、ありませんからね」
「確かに、そうだけど……」
そう、図書館で得た錬金術に関する情報によると、基本的に錬金術という能力はこの世界でも魔法に次ぐ特殊な能力だ。
魔法と違って錬金術にはレシピがあり、その内容は一般的なものから、個人がアレンジした特別なものや、一子相伝の伝説的な物まで様々がある。
その為、錬金術師にとってレシピは最重要機密であり、人前で錬金することなど基本的にない。あるとしたら、自分が信頼する弟子に対してその技術を伝える為に見せることくらいだそうだ。
「あなたを信用して特別に見せたのです。他言無用ですよ?」
「……わ、分かってるわよ」
「では、改めて自己紹介しましょうか。私はハルト・アサヒナと言います。先ほど見て頂いた通り、一応錬金術師です」
「一応って何よ、怪しいわね……。私はヘルミーナ・ブルマイスター。魔導具の名工と呼ばれたアレクシス・ブルマイスターの孫にして、最後の、弟子よ」
「魔導具の名工?」
「アンタ知らないの? 名工アレクシス・ブルマイスターと言ったら王都で知らない者はいないってくらい有名な錬金術師なのよ! 魔動人形を献上したことで王様から褒美も頂いたんだから」
「そうでしたか。申し訳ありません。一昨日王都に来たばかりでして、王都の情報に疎いんですよ。それで、アレクシスさんは今どちらに? ぜひお話を伺いたいと思うのですが」
「それはできないわ……。お祖父様は一月前に亡くなったもの……」
何と、名工と謳われたアレクシス・ブルマイスター氏は既に故人であった。
もし存命であれば錬金術について色々お話を伺いたかったところだ。
「それは、何と言っていいか……。ぜひお会いしてお話ししたかったですね」
「お祖父様もアンタみたいなのが来たら、弟子にしたいって言ってたかもね……」
「それで、先ほど魔動人形はもう無いってことでしたが。もしかして、アレクシスさんが亡くなられたことで作れなくなったということですか?」
「ええ、その通りよ。私にはまだ無理だからって、作り方を教えてもらえなかったのよ。最期に注文を受けて途中まで作っていたものはあるんだけど、私の力では完成させることができなくて……」
なるほど。ようやく話が見えてきたぞ。
アレクシス氏は、注文を受けたが完成させる前に亡くなってしまった。しかも契約を交わした相手が高位の貴族で、さらに着手金まで受け取っていたのだとか。確かに、それならあの男たちの怒りも分からないことはないが……。
「それで、あの身なりのいい男が脅してきたということですか」
「アンタ、見てたの!?」
「あ、失礼しました。たまたまお店に伺おうとしたら、彼らが出てきたところでして。別に盗み聞きをするつもりは無かったのですが」
「そう。まぁ、アンタの言った通りなんだけどね。注文を受けて既に着手金を貰ってたみたい。しかも契約書まで交わしてさ。もう、打つ手無しなのよ。このお店と土地の借用権利を売り払って何とかするしかないわね……」
そう話すヘルミーナの表情が悲しげに曇る。
ブルマイスター魔導具店の未来についてはあまり興味がなかったが、途中まで作られたという魔動人形が気になった。貴族や富豪たちを魅了するという魔動人形、是非この目で見てみたい!
「まぁ、そう言わずに。一度その途中まで作られた魔動人形を見せて頂けますか? 何かできることがあるかも知れませんので」
「……分かったわ」
そうヘルミーナに伝えて、件の魔動人形を見せてもらうことになった。
さて、魔動人形がどんなものか楽しみだ!
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