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神の奇跡、そして終結

 さて、世界神との神話通信を終えた俺は、ハインリヒとリーンハルトの間で張り詰めた空気が漂っていることを感じた。世界神と話をしている間は神話通信のほうに集中していたので二人の会話について詳しく聞いていなかったのだが、ちらちらと聞こえてきていたのはリーンハルトの『ハルトのことを信じている』ということと、それに対してハインリヒの『我も信じたいが、確固たる証拠がなければ信じがたい』というやり取りが続いていたのだ。


 だが、その二人の言い分もようやく結論に至ることができるだろう。何故なら、たった今、世界神から神話通信により例の準備が整ったとの連絡を受けたのだ。そして、それとは別に新たな情報も……。


『ハインリヒ陛下、リーンハルト様。お待たせ致しました。たった今、スルーズ神より神託を授かりました』


『な、何だとっ!?』


『本当か、ハルト! 一体、どんな内容なのだ!?』


『はい……。それではお伝え致します』


 俺は大きく深呼吸すると、事前に考えていた神託の内容を二人に伝える。


『今回、魔王により齎された魔剣ティルヴィングの影響により、獣人族の国と人間族の国による戦争を引き起こし、そして世界を巻き込んだ大いなる災厄へと至る可能性がありました。しかし、獣人族の王族たちは勇者一行の協力を受け入れたことにより、それを未然に防ぐことができました。勇者一行とこの地に住まう獣人族の王族による勇敢なる行動と、その成果への褒美として、呪われし大地に祝福を与えましょう……』


 『事前に考えていた』といったが、神託の内容などは、わざわざ世界神に考えてもらわなくても、世界神に起こしてもらう奇跡の内容が決まっているのならば、こちらで適当(適している、当たっているの意味)に用意することくらいはできる。何でもかんでも上司に頼るのは良くないのだ。


 さて、神託の内容について一言一句間違えることなく説明できたことにほっとした俺は、『ふぅ』と一つ息を吐いて二人の顔を見ながら、締めの一言を伝える。


『……以上です』


 二人は驚愕した様子で俺を見つめていた。というか、二人してとんでもないもの見たという様子で、大きく口を開けて氷像のように固まっている。


『あの、大丈夫ですか……?』


 思わず、心配になって声を掛けてしまう。それが良かったのか、口を少しずつ動かしていたハインリヒから僅かに声が漏れる。


『し……いや、失礼した。それにしても、アサヒナ子爵よ、其方は神託に対して随分と補足しているようだが、神託というものは授かった者が余計な補足をせず、授かったままの言葉を伝えるべきだぞ。神託の捉えようによっては取り返しのつかない事態に発展することがあるからな。さて、では改めて伺うが、どのような神託を授かったのだ?』


『はぁ、先ほどお伝えした通りですが……?』


『『何っ!?』』


 ハインリヒだけでなく、先ほどまで氷像のようにフリーズしていたリーンハルトも同時に驚きの声を上げる。


 あぁ、そうだった……。神託というのは神との繋がりが深いほど具体的に伝わるものなのだが、神殿に仕える神官程度では、良くて片言、普通で単語のみ、場合によっては上手く認識することができないこともある。だからこそ、過去の世界神たちも頭を悩まして、その結果俺のような世界神の眷族を送り込むことになったのだ。当然ながら、神殿に仕える神官と、世界神直属の部下である眷族。どちらのほうが繋がりが深いかなど説明するまでもない。だが、このことをそのまま伝えるのは流石に拙いので、ごまかしながら説明する。


『えっと、私の種族が妖精族のエルフであるためか、神様からの神託は片言や単語などではなく、しっかりとした言葉として伝わってくるのです。あ、そういえばリーンハルト様へも詳しくご説明したことはなかったですね。申し訳ございません』


 一応、この世界での上司にあたるリーンハルトにも説明していなかったことを思い出して頭を下げた。


『う、うむ。いや、私はハルトのことを信じている。そういえば、以前王城で話してくれた時にも、ハルトは神託と言わず、『神の言葉を授かる』と申していたな。なるほど、今ようやく理解できた』


『何と……』


 合点がいったという表情を見せたリーンハルトとは対照的に、再び驚愕の表情を見せたハインリヒの二人が立ち並ぶと、年齢差もあってかその様子が面白く感じられる。おっと、あまり悠長にしている暇はない。


『リーンハルト様、ありがとうございます。それで、ハインリヒ様、先ほどお伝えした通り、もうすぐ神による奇跡がこの地に、ヴェスティア獣王国に起こります。そちらの窓から外をご覧ください』


『奇跡だとっ!? そういえば、何と言っていたか』


『そういえば、『呪われし大地に祝福を』とかなんとか……』


 そんなことを言いながら、ハインリヒとリーンハルトが魔導船の窓から外を覗き込んだ。俺も後ろからその様子を見ながら、ニルに指示を出して艦橋のメインスクリーンにも外の様子を映し出す。


 すると、どこからともなく地の彼方より虹色の大きな帯がヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルの上空を通り過ぎる。その虹の帯は魔導船スキズブラズニルよりも遥か上空、星にも手が届くかという高い位置をすぅっと伸びていくと、王都の南方へとまるで降り立つように伸びていった。


『おおお、あのような大きな虹が伸びて、我が獣王国の大地に降り立つとは……。むっ!? あそこは、まさかっ!?』


『ハインリヒ陛下も気づかれましたか。私も王都ブリッツェンホルへ向かう際にアポロニア殿のお話を聞いておりましたので、もしやとは思っていたのですが』


『『禁断の地……』』


『その禁断の地とは一体?』


『うむ、それはな……』


 リーンハルトの質問にハインリヒが答えようとした瞬間、恐らくこの場にいる皆が、いや、このヴェスティア獣王国に住まう全ての者が感じたのではないかと思うほどの強力な神力が一陣の風のように身体をすり抜けていったのだ。


『っ!?』


 その瞬間、先ほどまで上空に伸びていた大きな虹の帯はすでにそこにはなく、全てが『禁断の地』へと降り立ったように感じた。すると、再びその地に、今度は巨大で神々しい光の柱が天空へと伸びていったのだ。


『『おおおおおっ!?』』


 ハインリヒとリーンハルトの二人が窓に顔をぴったりとくっ付けながら、食い入るようにその様子を見つめている。すると、その時不意に頭の中に『いつも』の着神メロディが聞こえてきた。


『ハルト様、無事完了しましたよ!』


『(ありがとうございました、世界神様! こちらも奇跡の様子を見ておりました。想像していた以上に素晴らしい演出でした!)』


『そうですか、上手くいって良かったです! ハルト様のご提案で、天候変化により天空に『巨大な虹』を神光浄化を行う大地にまで掛けて、虹が消えた後に神光浄化を行うというお話を伺った際に、私も『これは素敵な演出になる!』と感じておりました。それに、久々に奇跡を使ったので、ちょっと張り切ってしまいました!』


『(いえいえ、本当に素晴らしいものでした。本当にありがとうございました!)』


『いえいえ、また、何かありましたら何時でも連絡してくださいね』


 神話通信を終える頃には巨大な光の柱は次第に大地から離れていくと、そのまま天空へと上り消えていった。世界神からの話にあった通り、神による奇跡『神光浄化による禁断の地の浄化』を終えることができたようだ。因みに、地の彼方から伸びてきた巨大な虹は天候変化によって生み出されたもので、ただの演出である。


『ハインリヒ陛下。これが神託にありました『神による褒美』、『呪われし大地への祝福』です。恐らく、一歩でも足を踏み入れると呪いに掛かり、死に至るとまで言われていた禁断の地は、すでに神によって浄化されたことで神に祝福された土地となっていることでしょう』


『ふむ、神による褒美、呪われし大地への祝福、か。これはまさに『奇跡』と言ってもよいでしょう。それがヴェスティア獣王国に齎されるとは、隣国としても喜ばしいことですし、正直羨ましいという気持ちもありますね。……ところで、ハインリヒ陛下。これで、ハルトの、アサヒナ子爵の説明についても信じていただけますよね?』


 俺の説明のあと、すかさずリーンハルトがお世辞を混ぜながらハインリヒに対して、俺の説明、そう、ヴェスティア獣王国とアルターヴァルト王国との戦争の可能性があったこと、今回の件が以前世界神が神託によって全世界に伝えられた『世界に齎される災厄』であったこと、そして、この世界に『魔王』なる存在がいて、その者の手引きによって今回の一件が引き起こされたこと、この三点について、『流石にもう信じるよね?』と、ハインリヒに承認するよう言質を取りにきたのだ。


『う、うむ……。流石に、ここまでのものを、そう、奇跡だ。このような奇跡を見せられて、どうしてアサヒナ子爵の説明を否定できようか……。我も信じよう、アサヒナ子爵の話を…………………………』


『あの、ハインリヒ陛下……?』


 神託を伝えたとき以上に、未だに窓の外、禁断の地の方向を眺めながらハインリヒは茫然自失となっていたので、思わず声を掛ける。


『はっ!? 我は一体……。そうだ! アサヒナ子爵よ、此度の一件について皆にも説明を行いたい! そろそろ、この闇魔法『音声遮断』を解いてはもらえぬだろうか? どうだろうか、リーンハルト殿?』


『問題ございません、ハインリヒ陛下。ハルトよ、闇魔法『音声遮断』を解いてくれ』


『はっ!』


 ハインリヒの要求に対してリーンハルトも了承したので、俺はさくっと闇魔法『音声遮断』を解いた。すると、すぐにハインリヒがエアハルトやアポロニア、だけでなくアレクサンダーやグスタフにクラウス、その他、バールやニーナに止まらず、パトリックやユリアンとランベルト、そしてアルターヴァルト王国の皆も含めて、たった今起こったことについて、説明をし始めたのだ。


 ただひたすらに、周りの者に対して先ほど起こったことがどれほど素晴らしいものであったのかを伝えているのだが、その様子はまさに、神の奇跡を目にして感激に打ち震えた信者による布教活動といった様相だった。というか、皆引いてるから、もうちょっと抑えて……。あぁ、アポロニアも怖がってるじゃないか……。


 そして、アメリアやカミラ、ヘルミーナとセラフィは大体何が起こったのか理解したらしく、俺のほうにちょっぴり冷たい視線を送ってきているのだが、スルーすることにした。



 一通り、ハインリヒが皆に対して熱心に説明を行ってくれた結果、先ほど起こった奇跡や、最初に俺が説明した内容についても理解してくれたらしい。


「しかし、父上。アサヒナ子爵のお話が真実であるとなると、グスタフも被害者の一人ということになりますが……?」


「うむ、どのような処分を下すかは十分に考慮する必要があるだろうな。まぁ、最初に捕らえられた俺は何も言える立場にはないが、な……」


「エアハルトとアレクサンダーの言う通り、グスタフの処分については慎重に検討する必要がある。だが、その前に、国民に対して事態が終結したことを伝えるほうが先決であろう。それに、先ほどのスルーズ神による『奇跡』についても説明しなければな。このような状況だ。少なからず、不安に思う者もおるだろう」


 エアハルトとアレクサンダーの二人に対して、ハインリヒが答える。まぁ、ハインリヒの言う通りだろうな。一応、俺たちの間ではグスタフを捕らえて魔剣を破壊することができたので、無事解決に向かっていることを頭の中では理解している。


 だが、ヴェスティア獣王国の国民にはまだ事態解決の報告ができておらず、彼らにしてみれば未だハインリヒがグスタフと戦っていると信じているだろう。そして、そんな状況の中、空に大きな虹が掛かり、王都の南方で巨大な光の柱が立ち上ったのだ。一体何が起こっているのか、説明を求めているに違いない。


 そんな風に考えていると、それまでエアハルトとアレクサンダーの二人と話していたハインリヒが俺に向かって話し掛けてきた。


「そういうわけで、アサヒナ子爵よ。王城に着いたときと同様に、あの魔導具を、『カメラ』と『マイク』と言ったか。あれをもう一度貸してもらえぬだろうか?」


 なるほど、早速ハインリヒは説明を行うらしい。


「あ、はい。承知致しました。少々お待ちください、すぐに準備致しますので」


 カメラとマイクを用意して艦長席を整える。二度目であるせいか、俺の手際も前回より良いように思う。また、アポロニアによってハインリヒの身だしなみは整えられており、すでに準備万端であるらしい。


 こちらの準備が整ったので、早速その旨をハインリヒに合図を送ると、ハインリヒが静かに頷く。それと同時にハインリヒの姿が王城突入前と同様に、王都の上空に浮かぶ大きなスクリーンに映し出された。もちろん、マイクも問題なく機能しており、ハインリヒの音声は魔導船外部へとスピーカーを通して流れるようになっている。


 ハインリヒは一呼吸置くと、国民に対してグスタフとクラウスの二人を捕らえたこと、そして王城を奪還したことを速やかに、簡潔に宣言した。


 続いて、今回の一件が何故起きたのか、その原因(つまり、魔剣とその魔剣を献上した人物がいること)と、一歩間違えれば災厄とも言える隣国との戦争に繋がる可能性があったこと、そして、それを神に認められた勇者とともに未然に防いだことを説明した。


 どうやら、ハインリヒは魔王については現時点では国民には伏せておくつもりらしい。そのあたりの判断はハインリヒに任せようと思う。どちらにせよ、今後アルターヴァルト王国側から勇者の派遣について議題を上げることになるわけだし、今の時点では公表しようがしまいがどちらでも問題ないだろう。


 そして、最後に先ほど起こった『神の奇跡』についても、勇者とともに災厄を未然に防いだ褒美として、これまで禁断の地と言われてきた呪われた土地が、この世界を統べるスルーズ神からの祝福を得たことで浄化されたのだと、そう伝えたのだった。


 その瞬間、俄かに城下から歓声が沸き起こり、そして、その熱を帯びた声は魔導船内にも伝わってくると、ようやく今回の一件が解決に向かっているということを俺も実感できたのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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