魔剣の破壊と災厄
セラフィの姿を視界に捉えた瞬間、俺は声を発しようとしたのだが、それと同時に、グスタフの右腕が鮮血とともに宙に舞う。
「っ……!?」
その瞬間を目にした俺は、思わず、今口にしようとしていた言葉を飲み込んだ。
セラフィの一撃により、グスタフから最大の脅威であり、武器でもある魔剣ティルヴィングを遠ざけることに成功したのだ。グスタフは腕を切断された右肩を残る左手で押さえながらその場に蹲った。どうやら、グスタフは意識を失っているらしい。
だが、油断などできない。俺は咄嗟にセラフィに叫ぶように伝える。
「セラフィッ! 魔剣だっ! 魔剣を破壊するんだっ!」
「承知っ!」
セラフィが床の上に転がっている、グスタフから切り離された右腕に握られたままの魔剣ティルヴィングの元へと向かう。だが、その瞬間に、セラフィからの殺気を感じ取ったのか、まるで意思があるかのように、魔剣がその刀身をカタカタと震わせて、その場から逃げ出そうとしているようだった。だが、思いの外強く握られているのか、グスタフの右腕が重しとなっているらしく接近するセラフィからは逃れられない。
暫くの間もがくように震えていると、次第にグスタフの右手が解けていったらしく、いつの間にかその刀身を宙に浮かび上がらせようとしていた。
「け、剣がひとりでに!?」
だが、魔剣ティルヴィングがグスタフの手から離れた、その瞬間。セラフィによる一撃が魔剣の刀身を打ち付けると、再びその身を勢い良く床の上に転がした。
だが、魔剣は宙に浮いた状態だったせいか、セラフィの繰り出した一撃による衝撃を受け流したようで、依然として顕在していた。ただ、それでも多少のダメージは受けたらしく、セラフィの一撃を受けた箇所には、僅かながらひびが入ったようだ。その為か、刀身に入ったひびの隙間から、黒い霧が吹き出していた。
「セラフィッ! 魔剣は、完全に破壊するんだっ! 刀身を折れぇっ!」
「はいっ!」
ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ! ……。
再び宙に浮かぼうとする魔剣に対して、セラフィが渾身の力を入れた剣戟を魔剣のある一点に対して放つ、放つ、放つ……。
・
・
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一方的に、嬲るように、セラフィが魔剣に対して手を緩めずにひたすら剣戟を繰り返す……。そうこうしているうちに、そう、時間にして一分も掛かっていないだろう。だが、永遠にも感じられた時間の中で、ついに、その時を迎えた。
ピキッ……! ピキキッ……! ギンッ! ヒュッ……。ザスッ! ……カランッ……。
ビギッ……! カランッ……。
いつの間にか、セラフィは三対の黒い翼を顕現させていた。どうやら、セラフィは自身の魔力をフルパワーで消費しつつ魔剣を斬りつけていたようだ。
その成果もあってか、ついに魔剣ティルヴィングの刀身を中ほどから真っ二つに叩き折ることができた。そして、魔剣は折られた瞬間に、その二つの断面から勢い良く黒い霧を吹き出しながら、折られた刀身は床に突き刺さった。
また、魔剣の柄の部分も、吹き出す黒い霧の量が少なくなってくるにつれて、次第に宙に留まることができなくなったようで力なく床に身体を打ち付けるように転がったのだった。
それと同時に、セラフィが手にしていた長剣、銘もない俺が創り出した長剣も、この役目を終えたと言わんばかりに、魔剣を打ち付けていた箇所からひびが入ると瞬く間に真っ二つに折れてしまったのだった。
これで、魔剣は封じることができたか……。
そんなことを考えていると、不意に頭の中に声が響く……。声の主は……。まるで、グスタフのように落ち着きがあり、そして威圧感を感じるものだった。
『(……なるほど。世界神の眷族と、世界神の認める勇者セラフィの実力、しかと見させて頂きました……)』
「えっ!?」
『(……今回は見事切り抜けたようですが、次は『あの御方』も、さらに手の込んだことを仕掛けてくるかもしれません。ですが、貴方たちならば、それも乗り越えることができるでしょう……)』
「へっ? って、えぇっ!? ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! 貴方は一体……!?」
俺は不意に頭の中へと流れ込んできた思念とも言葉ともつかないものに対して、俺は聞き返すように言葉を発した。だが、どうも俺には聞こえてきた誰かの言葉は、俺以外の他の者には聞こえていなかったらしく、皆から不思議そうに見られている。皆におかしな目で見られながら声の主を探してみたものの、俺たち以外にそれらしい人影は見当たらない。あるとすれば、刀身が真っ二つに折れた魔剣ぐらいだ。
む、まさか!?
「(まさか、この声は、魔剣ティルヴィングなのか!?)」
『(……流石は世界神様の眷族でいらっしゃる。その通り、私は魔剣ティルヴィング。あの御方から遣わされた此度の災厄、世界神様への試練といったところでしょうか……)』
「なるほど……。って、なんだって!?」
声の主はやはり魔剣ティルヴィングで間違いないらしい。だが、それよりも突然の爆弾発言に俺は驚愕する。いや、何となく神界が関わっているのではないかという気はしていた。だが、その疑念が深まったのはグスタフの妙な言葉を耳にしたときだ。
そう、グスタフが発した言葉の中に『世界神』という単語が含まれていたのだ。この世界の人たちからは『スルーズ神』と呼ばれている神を、わざわざ『世界神』と呼ぶところを見たことがない。
それに、俺が神様たちのことを『世界神』という名前で話したことがあるのはアメリアたちのみ。他の人には『神様』とか『スルーズ神』というこちらの言葉で表現していた。
だからこそ、先の戦闘時にグスタフから『世界神』などという言葉を聞いたときに心の中で僅かな引っ掛かりを覚えていたのだ。そして、今回魔剣の告白によってそれが確信に変わったのだ。
「どうして……。どうして、こんな酷いことをっ!」
『(……当然、それは、これが『この世界に齎される災厄』だからです。ですが、今回貴方たちは見事に災厄を乗り越えられた……。『あの御方』もこの結果に満足されていることでしょう。おっと、随分と話し込んでしまったようです。それでは、今回はこの辺りで失礼させて頂きます。ごきげんよう、朝比奈晴人……)』
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! もう少し話を聞きたい! それに、『あの御方』って、一体誰だよっ!?」
だが、俺の質問に対する答えは返ってこなかった。どうやら、先ほどまでの声の主、つまり魔剣ティルヴィングの意識体は完全に消え去ってしまったらしい。
それと同時に、床に突き刺さっていた魔剣ティルヴィングの刀身と、床に転がっていた魔剣の柄の部分も塵へと変わると、謁見の間に吹き込んだ風によって散っていった。
「はぁ……。何なんだよ、もう……」
深くため息をつく。だが、魔剣ティルヴィングの言ったことが本当ならば、今回のグスタフによる謀反の件はこれにて解決したということになる。
さて、皆にはどう説明したものか……。これからのことを考えると、再び俺は深いため息を吐き出すのだった。
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