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異世界の空事情と、ハインリヒの宣言

「ふむ。想像以上に早く王都へ戻ってくることができたな……」


「あの森からでは、馬車でも半刻は掛かると思っていましたが、もう王都の上空ですか……。やはり空をワイバーンのように飛べるということは素晴らしく、そして、恐ろしいものですね。それに、ワイバーンなどでは運べないほどの人数と荷物を送り届けることができる……」


 ハインリヒとエアハルトがそんな感想を言い合いながら、眼下に広がるヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンを見下ろす。俺はエアハルトの言葉が妙に頭の中に残っていた。


『やはり空をワイバーンのように飛べるということは素晴らしく、そして、恐ろしいものですね』


 むぅ。空を飛べるというだけで、何故恐ろしいという言葉が出てくるのか?


 俺が覚えている限りではあるが、前世の世界における航空史では、十七世紀から十九世紀頃から徐々に飛行機の原型ともいえるものが登場して、二十世紀に入ってようやくライト兄弟による動力飛行に成功し、急速に技術が発展していったのだ。


 そして、それを後押ししたのは戦争ではなかったか。最初は偵察などに使用されていたようだが、そのうち機銃が付いたり爆弾を載せるようになっていったのだ。


 もちろん、この世界にもワイバーンといった飛竜を操って空の移動をすることはできるし、空中から魔法を放てば爆撃機と同じような効果を得ることができるだろう。


 だが、そういったことがあまり行われていないのは、魔法による攻撃には有効射程の問題が付きまとうからだ。


 有効射程とは目標に対して実際にダメージを与えられる攻撃の最大距離のことを指すのだが、魔法というか、魔力の塊は使用者から放たれると、次第に魔力を維持できなくなって次第に霧散してしまう。さらに、有効射程は使用者の魔力によって大きく変わってくるのだが、多くの者は長くても百から二百メートル、最長でも五百メートル程度なのだそうで、魔法による長距離攻撃や超長距離攻撃というのは実際には難しいらしい。


 まぁ、そんなことができたら、まるで大陸間弾道ミサイルによる攻撃のように、国から国に対して魔法を撃ち込むといった攻撃ができてしまうので、そういう意味では魔法に有効射程があってよかったと思う。


 少し話が逸れたが、つまりワイバーンに乗った状態で地上に向かって魔法を放つ場合、上空百から二百メートルからしか攻撃ができない。そして、その距離では地上からの魔法によって撃ち落される可能性があった。


 また、爆弾を投下するのであれば距離の問題は解決するが、魔法が日常的に存在するこの世界において小型で高威力の爆弾の研究はまだまだ進んでいなかった。また、爆弾の製造も錬金術師が行っているのだが、錬金術師としても、せっかく作ったものが爆発して無くなってしまうというものだから、ほとんどの錬金術師が作りたがらない。さらには、製造に掛かる費用も馬鹿にならないというのも、爆弾に対しての研究が進まない理由だった。


 そういった事情から、空を飛ぶことの有効性については認識されていたものの、実際に活用されている例としてはワイバーン便といった程度で、一部の好事家をの除いて空を飛ぶことについて研究しているものはほとんどいない状況だったのだ。


 そんな、この世界の状況について何も考えずに魔導船などという、この世界の航空事情だけでなく旅客や貨物の運送といった一般的な輸送面だけでなく、兵站といった軍事面でも革命的な乗り物を創り出してしまったのだ。


 エアハルトの言った『恐ろしい』という言葉の意味をようやく理解した俺は、今更ながらに、とんでもないものを創り出してしまったかもしれないと、思わず戦慄した。


 そ、そうか。ただの移動手段として創ったけれど、考えてみれば軍事転用だってできてしまうわけだよ。そして、それを所有しているのが他国の貴族なんだから、危機感を持つのは当然だし、恐ろしく感じるのも当たり前じゃないか!? 俺のバカ野郎……。でもなぁ。もう創ってしまったわけだし、無かったことにするのも難しいだろうしなぁ……。気にしても仕方がないし、一旦このことは忘れよう……。


「はぁ……」


 正直、今回はちょっと、いや、かなり、やらかしてしまったんじゃないかと思う。


 だが、すでに王国にも魔導船について説明したあとだし、この魔導船にはリーンハルトやパトリックといった王族とユリアンやランベルトといった貴族がすでに搭乗している。更にはヴェスティア獣王国の国王陛下と第二王子まで搭乗しているのだ。最早無かったことなどにはできないだろう。


 どうせ、アイテムボックスの中に仕舞い込んで封印しても、王命とか何とか言って新しく用意させられることだろう。それならば、いっそのこと『魔導船は材料がないからもう創れない』とか、『スキズブラズニルは俺にしか操縦できない』とか言って、独占しておいたほうがいいのだろうか?


 そんなことを一人考えに耽っていたのだが、周りの皆はすでに王城突入に向けて準備を進めていた。


「そろそろ王城の真上といったところか。アサヒナ子爵よ、そろそろカメラとマイクと言ったか? 魔導具の準備を頼めるか?」


「えっ? あっ、はい!」


 ハインリヒの言葉を受けて、気持ちを切り替えるように艦長席のカメラとマイクの準備を進める。それと同時にアポロニアにはハインリヒの身だしなみについてチェックするように指示を出す。王城へ突入する前に、ハインリヒから一言話してもらう必要があった。


 つまり、俺たちアルターヴァルト王国側から協力する代わりに要求していた『勇者セラフィから協力の申し出を受けて、それを承諾した』ということをハインリヒから、ヴェスティア獣王国の、王都ブリッツェンホルンの皆に伝えてもらう必要があったのだ。


 カメラとマイク、そしてアポロニアによるハインリヒの身だしなみの確認と、全ての準備が整ったので、俺はハインリヒに対してキューを出す。すると、スキズブラズニルから投影された大きなスクリーンにハインリヒの姿が映し出された。


「『我はヴェスティア獣王国国王ハインリヒ・ブリッツ・ヴェスティアである。ヴェスティアの民、そして王都ブリッツェンホルンにいる全ての者たちに、まずは謝罪を。この度は我ら王族同士の争いが起こったことについて、誠に申し訳なく思う。これについては、全てが解決した後、改めて国王である我が責任を取るつもりだ。だが、そのためにも、今この王都を、そして我らのヴェスティア獣王国に対して謀反を起こし、王都を混乱させる事態に陥れた張本人、第三王子グスタフを討ち倒さねばならぬ。これより国王である私と第二王子のエアハルト、そして第三王女のアポロニアと王城へと突入する。たった三人で何ができるのかと不安に思う者もいるだろう。だが、安心するがよい。我らには協力を名乗り出てくれた者がいる。皆も噂には聞いているだろう。隣国アルターヴァルト王国に誕生したという神に認められた勇者セラフィの話を。その勇者から我らに協力するという申し出があったのだ! これがどう意味であるか、賢き皆であればすぐに分かるであろう。そう、神に認められし勇者セラフィが我らに味方した。ということは、どちらに正義があるかなど火を見るより明らかである! 我が息子とて容赦はせぬ。グスタフよ、覚悟して待つがよい!』」


 ハインリヒが一息に王都にいる皆に話しかけた。


 一応、リーンハルトやパトリックが要望した通り、勇者セラフィによる協力を得ていることも伝えられたが、随分と都合の良い解釈をされているように思う。あくまでも、アルターヴァルト王国の協力ではなく、この世界の神であるスルーズ神の意向であるという説明がされたのだ。


 まぁ、俺たちとしても表立っては、アルターヴァルト王国として協力しているとは言えないのだが、それにしても、という気持ちになったのは、すでに俺がアルターヴァルト王国の国民(貴族)だという認識を持っているからだろうか?


 それはともかく、ついにハインリヒから王城への突入が告げられたのだ。これより、本格的に王城奪還作戦が始まるのだった。

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