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それぞれの思い、それぞれの思惑(後編)

 ハインリヒの話を聞いていたところ、今度はリーンハルトとパトリックの二人がアルターヴァルト王国側としての意見を出してきたのだった。


「ふむ、ハインリヒ陛下のお話には基本的に賛成ですが、我らが『勇者セラフィとその一行』であることをハインリヒ陛下よりヴェスティア獣王国の国民に伝えて頂きたい」


「その通りです。特に、『勇者セラフィが協力を申し出て、ハインリヒ陛下がそれを受け入れられた』ということをヴェスティア獣王国の国民に伝えて頂きたいのです」


 ふむ、なるほどな。リーンハルトとパトリックとしては、魔導船に乗ったまま王都ブリッツェンホルンへと入り王城へ向かった際に、俺たちが何者なのかヴェスティア獣王国の国民に知らせる術がないことを気にしているようだった。それなら、もしかするとスキズブラズニルの設備が役に立つかもしれない。


「それでは、王都に入る際に『魔導船内から』王都にいる国民に対してハインリヒ陛下に説明して頂くのはどうでしょうか? スキズブラズニルの艦橋にはビデオカメラとマイク、つまり我らの姿や音声を記録する設備がありますし、任意の場所に映し出すことができますし」


 元々はうちの迎賓館の設備(といっても宴会用)として用意したものだったが、スキズブラズニルにも魔導船内から外に向かって音声を伝える設備として用意していた。また、映像については以前アメリアたちに見せた光魔法『投影』の応用で、空中に映像を映し出せるようにしたものだ。


 世界神に見た目や兵装を変えられてしまったスキズブラズニルだったが、これらの設備については試練のクリアに影響しないと思われたのか、そのまま残されていた。


「おおっ! 流石はハルトだな!」


「はいっ! ハルト殿、流石です!」


「ほ、本当にそのようなことができるのか!?」


「はい、問題ありません。一度試してみられますか?」


 リーンハルトとパトリックの二人が俺のことを褒める中、ハインリヒは半信半疑といった様子で聞いてきたので、俺は艦長席にハインリヒを座らせると、備え付けられたカメラとマイクを見せて、カメラに目線を合わせてマイクに向かって話しかけるように伝える。ニルには魔導船の外にその様子を映し出すように指示を出す。


 すると、すぐに魔導船の正面に大きなスクリーンが現れて、そこには艦長席に座るハインリヒとその横でレクチャーする俺の姿が映し出された。その様子は船内のメインモニターに映し出され、窓からもよく見えた。


 念の為、アポロニアとニーナは艦橋から甲板に移動して外からその様子を確かめている。もちろん、二人の姿もメインモニター上で確認済みだ。自分の姿が映し出されたことに驚いていたハインリヒだったが、次第に慣れてきたのか、カメラに向かって顔を近づけたり手を振ったりと色々と試し始めた。その様子もバッチリと空中に映し出されていたのだが、それを甲板で見ていたアポロニアがクスクスと笑っている様子を見つけたのか、ハインリヒはコホンと一つ咳払いし、マイクのテストを始めた。


「ふむ、これに向かってか? 『我が名はハインリヒ・ブリッツ・ヴェスティアである』おおっ!?」


 すると、船外に備え付けられたスピーカーから、ハインリヒの声が大音量で流される。突然流れた音声に驚いた鳥や獣たちが森から飛び立つ様子がメインモニターに映し出されていたので、その音声がどれほど大きなものだったのかがよく分かった。


 もちろん、船内にも外に流れたハインリヒの声が響いていたので、マイクに向かって話しかけた本人も十分理解できたようだ。ただ、甲板にいたアポロニアとニーナにはかわいそうなことをしてしまった。外にいたせいで、ハインリヒの声を大音量でまともに聴くことになってしまったのだ。両手で耳を塞ぎながら艦橋に向かって何か抗議しているようだった。もちろん、言いたいことはよく分かる。


 一方、ハインリヒは自分の声に驚いているようだった。恐らくは自分の声を初めて聴いたからだろう。俺も子供の頃、ラジカセの録音機能を使ってテープに吹き込んだ自分の声を聞いて奇妙な気分になったものだ。


 暫く、カメラとマイクを玩具のように色々と試していたハインリヒとエアハルトだったが、ひとしきり遊び終えると、二人で何やらヒソヒソと話し始めた。俺には何を話しているのか聞こえなかったが、まぁ、見たこともない魔導具カメラとマイクの感想でも言い合っているのだろう。


 さて、これらの結果を受けて、王都ブリッツェンホルンへは魔導船スキズブラズニルに乗ったまま、直接王城へと乗り込むことが決まった。あとは王城へ向かうだけだ。


 王城へ着いたら、きっと戦闘になるんだろうなぁ。あ、俺も戦闘に参加しなきゃならないかもしれないのか……。参ったなぁ。魔物ならまだしも、相手は人だしなぁ。大体、神様の眷族である俺がそんなことして良いのか?


「はぁ、できるだけ大人しくしておこう……」


 こうして、俺は魔導船スキズブラズニルを王都ブリッツェンホルンに向けて発進させるよう、ニルに指示を出したのだった。


     ☆   ☆   ☆


 ハインリヒは艦長席のカメラとマイクを触りながら、表情にこそ出さなかったが、実のところ、心の奥底から驚愕していた。


 それは、マイクとカメラという声を大きくしたり、自分たちの姿を空中に投影するという、見たことも聞いたこともない魔導具に初めて触れたから、という理由だけではなかった。


『友好国とはいえ、恐ろしい乗り物を開発したものだ……』


 そもそも、ハインリヒは、この空中に浮かぶ船、つまり魔導船スキズブラズニルの存在を知らされ、それに乗り込んだときから、それはもう随分と驚愕していた。ただ、平然と船の中で寛ぐアルターヴァルト王国の王子であるリーンハルトやパトリックたちの手前、それを顔に出すわけには行かなかったので、表情に出さなかっただけである。


 そして、この魔導船スキズブラズニルについて、先ほどのような感想を心の中で漏らしたのだった。


 一国の王であるハインリヒでなくても、このような乗り物が、もしも戦争に使用されるようなことがあれば、どのような結果を齎すかなど想像に容易い。そして、それを創り出したのが、たった一人の、それもまだ成人もしていない少年だというのだから、ハインリヒには余計に恐ろしかったのだ。


 子供の浅知恵でこれからも恐ろしい魔導具が次々と生み出されるとしたら、この世界はどうなってしまうのか、と……。


 また、その少年がリーンハルトとパトリックというアルターヴァルト王国の第一王子と第二王子、更には第一王女といった王族の御用錬金術師となっている。つまり、王家の息が掛かった錬金術師であるということだ。


 それを証明するように、子供ながらに王国から子爵位を与えられており、正真正銘のアルターヴァルト王国の貴族なのだ。つまり、この魔導船の所有者はハルト個人であるとはいっても、いつでも王命によって徴収することができ、アルターヴァルト王国軍の兵器に転用される可能性が十分に考えられた。


「(もしも、アルターヴァルト王国が我が国へ攻めてきたら、これは、勝てぬかもしれぬな……)」


 今回は、グスタフを討ち取って王城を取り戻すために『神に認められた勇者』である勇者セラフィの協力を得られることになった結果、勇者の主人であるアサヒナ子爵の協力を得られ、更にアルターヴァルト王国の支援も得られることとなったのだ。恐ろしい乗り物を持つ相手も、味方であればこれほど心強いことはない。


 そう考えると、やはり早めに手を打っておくべきだろう。つまり、隣国アルターヴァルト王国との友好関係をより強固なものにするということだ。即ち、アルターヴァルト王国の王子であるリーンハルトまたはパトリックのどちらかと、ヴェスティア獣王国の王女であるアポロニアとの間で婚約させるというものだ。


 だが、これについては、アルターヴァルト王国で活動する間諜うかみからの報告を受けて軌道修正するべきではないか、アレクサンダーやエアハルトといったハインリヒの政務を手伝っていた息子たちに相談していたのだ。


 そう、王国の王子と婚約させるのではなく、王国に強力な魔導具を齎す錬金術師、つまりアサヒナ子爵と直接的に関係を結ぶほうが、よりヴェスティア獣王国として有益なのではないか、と。


 そして、この魔導船やカメラやマイクといった優れた魔導具を実際に目の当たりにした結果、ハインリヒは自身の考えが間違いないものと確信したのだった。


「むぅ……(エアハルトよ、これはいよいよ『あの計画』を本格的に検討するべきだな?)」


「(そうですね。王国に放った間諜の者による報告以上に危険な存在のようですが、我らの仲間として引き入れるのであれば、確かに『計画』を進めるべきでしょう)」


「(うむ。では、そうしよう)」


 そのような話がされているとは露ほどにも思わなかったハルトだった。因みに、この時ハルトは王都ブリッツェンホルンへの出発に向けてニルと航路の相談していたのだが、何故かクシャミを連発したとかしなかったとか。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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