図書館と魔法修得
目を開くと静寂に包まれた礼拝堂の中だった。
祭壇に祀られた世界神の白い像が蝋燭の揺れる灯りに照らされて、神秘さを増しているようだった。
初日から世界神に会えないとは……。まぁ、いいけど。
そう、世界神には会えなかったが、代わりに世界神の上司と思わしき『おっさん』には会うことができ、質問に答えて貰っただけでなく、助言まで貰うことができたのだ。
結果として神殿に来たことは非常に有意義だったと言える。
礼拝堂の外には、先ほど案内してくれた女性が待っていたので、礼拝が終わったことを告げた。
「あら、随分早かったですね。もう、よろしいのですか?」
「えぇ、神様に相談したら助言を頂けました」
「まぁ! それは神託ではないかしら?」
「いえいえ、単なる比喩表現ですよ。ただ、祭壇の前で祈りを捧げると心が穏やかになったというか。そんな感じです」
そうか、この世界の人たちは世界神からのメッセージを神託として受けることがあるんだっけ。そんなものを受けたとしたら、神職に就く人たちは驚くというものだ。あまり下手なことは言わないように気を付けよう。
神殿の外まで女性に案内してもらい、神殿の入り口まで戻ってくると、アメリアとカミラの二人が一人の神官と話していた。
「お待たせしました!」
「もういいのか?」
「ちゃんとお祈りできた?」
「えぇ、しっかりお祈りしてきました。ところで、そちらの方は?」
二人と話していた神官にフードの奥から視線を向けると、その神官は明るい赤髪で癖っ毛の青年だった。何処かで会ったことがあるような、親しみやすい顔で俺に向かって微笑みながら話し掛けてきた。
「君がハルト・アサヒナ君だね。私はフリッツ・アルニムと言います。そちらにいるアメリア姉さんの弟です」
赤髪の好青年は、なんとアメリアの弟さんだった。
物腰が柔らかくて如何にも神官らしい。だけど、見た目は似ていても、快活なアメリアの弟と言われると少しイメージし難いかも。正直、ちょっと驚いた。
「すみません、少し驚きました。私はハルト・アサヒナと言います。今は、アメリアさんとカミラさんのお世話になっております。よろしくお願いします、フリッツさん」
「えぇ、よろしくお願いします。それと、姉のことをよろしくお願いしますね。この通り、細かなところを気にしないもので、いつもトラブルに合わないか、心配なんですよ」
「そんなことないですよ。アメリアさんはしっかりされていますし。仲間思いの素敵なお姉さんですよ。本当に頼りにさせて頂いてます」
そんなやり取りをフリッツとしていると、アメリアが少し恥ずかしそうな表情で俺を見つめてきたが、何だか嬉しそうでもある。
「ちょっ、は、ハルト……。そう言ってくれるのは嬉しいが、その、少し恥ずかしいぞ……。それよりフリッツ! 私だってちゃんと冒険者としてやっているんだ。そんなに心配するな!」
「でも、この前ギルドで他所から来た冒険者が絡んできたときは揉めて「ちょっと、カミラッ!」」
ここまで静かに状況を見守っていたカミラが燃料を投下すると、慌てふためくアメリア。
その様子を微笑みながら見守るフリッツ。
アメリアとカミラは本当にいい仲間って感じなんだよな。第三者の俺から見てもそう感じるし、フリッツも同じだろう。ただ、それとは別に、家族として冒険者である姉を心配になるのも分かる。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。フリッツさんのご心配もアメリアさんのことを思えばのことだと思います。アメリアさんのことはパーティーのメンバーであるカミラさんも居られますし、その、私も微力ながらお力になれればと思いますので。皆でアメリアさんをサポートしますから、ね?」
「ハルトがそう言うなら、そうする」
「私もハルト君の意見に賛成です」
「わ、私だってハルトの言ってることは理解しているぞ!? ハルトが協力してくれるなら、私も、その、嬉しいしな!」
ひとまず、皆が納得してくれたなら良いんだけど。
フリッツさんもニコニコしながら、そんなやり取りを見守っているようだったけど、たまに俺に対して刺すような鋭い視線を向けてくる気がするのは……何でだろうか?
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とりあえず、神殿での用事は済んだので、俺たちは最後に図書館に向かうことにした。
ここの図書館は王国により運営されている、所謂王立の図書館で、様々な知識や情報の収集とその保存を行い、そしてそれらを身分に関係なく閲覧・貸出できるようにすることで、王国の発展に役立てようとしているらしい。
王立図書館は神殿から少し離れた、やはり壁沿いの場所にあり、その外観はまるで小さな城とも言える荘厳な雰囲気が漂う建物だった。
早速中に入ろうとすると、カミラが注意点を教えてくれた。
図書館に入館するには金貨一枚が掛かるが、何も問題なければ、退館するときに返して貰えるそうだ。話を聞くと、所謂本に対する保険のようだ。
また、本の貸し出しには一日につき金貨一枚も掛かるらしい。これも同じ理由のようだ。最後に、館内での飲食は厳禁など、基本的なことだった。
しかし、金貨一枚とはなかなか庶民が足を運ぶには敷居が高そうだなぁ。などと呟いたら、カミラも「その通り」と肯定した。
注意点を理解して、重厚な彫刻が施された扉を開けると、少しカビ臭いような、埃っぽいような、そんな空気が部屋の中から漏れてくる。
早速中に足を踏み入れる。中に入ると左手に受付のカウンターがあり、そこにいた司書に入館料の金貨一枚を預けて、さらに奥へと進む。
すると、艶やかな木目が美しい床板の広間の上に彫刻が施された木製の本棚が何列も並び、そこには分厚い書物がぎっしりと収まっていた。
奥に設置された螺旋階段から上がれる二階のほうにも同様に本棚が立ち並び、この図書館の蔵書数の多さを物語る。にもかかわらず、本棚に収まりきらなかった書物が積み重なり、高いはずのアーチ状の天井に今にも届かんばかりとなっていた。
「おおっ、これは凄いですね! ここの蔵書数は幾らぐらいなんですか?」
「正確な数字はわからない。でも、百万冊は優に超えると聞いたことがある」
「ほう、それは凄いですね!」
生前住んでいた街の市立図書館の蔵書数が、確か四百万冊ほどだったはず。
この世界ではまだ印刷技術が発展していないようだったので、その蔵書数には正直驚いた。因みに、この世界に印刷技術がないと判断した理由は、宿のメニューだったり、冒険者ギルドの依頼票など、この世界に来て見た紙の類いが全てペンで書かれたものだったからだ。
なので、それを考えれば中々の数ではないだろうか。
さて、驚くのもこの辺りまでにしておいて、早速おっさんの言っていた『闇魔法』について詳しい情報を調べよう。
魔法書が纏まった本棚を暫く探すと、それは二階の奥の本棚にあり、各本は鎖で繋げられ、持ち出せないようになっていた。
「あれ? ここの本は借りられないんですか?」
「王国が重要書物として認定したものは借りることができない。魔法書の類いはほとんどが重要書物になっているはず」
「そうなんですか。では、ここで読むしかないんですね?」
「そう。あとは、その台を使って自分で写本する。私も使いたい魔法が載った本をよく写本した」
「写本、ですか」
なるほど、写本か。手間が掛かりそうだし、面倒そうだな。
それより今は目的の闇魔法の本を探さないと。
ところで、今日ここに来るまでにアメリアとカミラから聞いた話だが、この世界の魔法には大きく分けて火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法、闇魔法の六つの属性魔法があるそうだ。
文字通り火魔法は火炎を操る魔法で、水魔法は水氷を操る魔法。風魔法は風雷を操り、土魔法は岩土を操ることができる魔法。
光魔法は主に味方の回復や身体強化などバフ系の効果があり、闇魔法は逆に敵を毒や麻痺させて弱体化させるデバフ系の魔法だ。
そして、それらとはまた別に無属性の魔法があって、その中の一つが空間魔法というアイテムボックスや瞬間移動といった特殊な魔法なのだとか。
基本的に、人間族は魔法の適正があると六属性の内、一つから二つほどの属性魔法が使えるのが普通で、カミラのように三つの属性を持つ人は貴重らしい。
また、魔法が得意な魔人族はもっと多くの属性魔法を使えるのだとか。
話が逸れた。
早速魔法書が並ぶ本棚を端から端まで鑑定眼を使いながら調べてみると、火魔法の書物から順に水魔法、風魔法と並んでいるのに気づき、さっさと闇魔法の書物がありそうな一番端の棚まで移動する。
「おぉっ、あったあった!」
辞典のように分厚いが、背表紙に『闇魔法全集』とあったので、間違いないだろう。本棚から目的の本を探すためにずっと鑑定眼を使っていたからか、大分慣れたようで、今では意識しなくても文字が読めるようになった。
「あれ?」
早速本の表紙をめくって中を開いて読み進めるが、どうにもおかしい……。
何がおかしいかっていうと、『既に読んだ記憶がある』ということだ。何をいっているのか俺も自分で理解できなくて、どうにかなりそうだ。さらにページをめくり読み進めても既に知っている内容ばかりだったのだ。
初めて読む本のはずなのに……。
「どうしたんだ?」
「何かあった?」
あまりにも意味がわからない事態に、アメリアとカミラの声に答える余裕もなく考え込んでしまう。
なぜに?
気になって他の本も手に取り中身を見る。
すると、やはり既に読んだことがある内容だった。片っ端から闇魔法の棚にある本を手に取り開くが、同じ状況、つまり中の内容を全て知っている。一言一句違わずに。
念のため、光魔法の棚にあった魔法書も調べたが、こちらも同様の状態だったのだ。
これは流石におかしい……。
そう思いながら、隣の本棚に手を伸ばそうとした瞬間、ハッと思い、『鑑定眼』を使わずに一冊の本を手に取った。
その本は先ほど飛ばした土魔法の棚にあった本だった。ページを開くと、文字が読めないのは当然として、内容も理解できていない状態だったのだ。
本を閉じて、『鑑定眼』を使って表紙に視線を落とす。
『土魔法による建築と設計の真髄 フリードリヒ・オットー著』
なかなか興味深いタイトルだけど、それはともかく、恐る恐るページを開く。すると、やはり既に読み終えたかのように全ての内容を把握し、理解できていたのだった……。
「あぁ、そういうこと、か……」
つまり、鑑定眼を使って本を調べるだけで読んだことになる、のか……。
これって、とんでもないチート能力では……?
まぁ、深く考えないようにしよう。
「アメリアさん、カミラさんも。先ほどは失礼しました。少し内容について驚いただけなので、気にしないでください」
「なら、良いんだけど」
「いきなり本棚をひっくり返す勢いで調べ始めたからびっくりした」
「すみません……」
そう言って棚から取り出した本を元の位置に戻しながら、全ての魔法書の棚を鑑定しながら見て回る。時間にして一時間も掛からないうちに全ての属性の魔法書と、合わせて空間魔法の魔法書も鑑定し終わった。
あとは、実際に闇魔法が使えるか試すのみだ。
「早速ですが、覚えた認識阻害の魔法を使ってみるので、フードを持ってもらえますか?」
「それはいいが、そんなに早く覚えられたのか?」
「一度試してみる。何度も繰り返すことで覚えられるから」
「では早速。闇魔法『認識阻害』」
魔法を使った瞬間に俺の身体を包み込むように黒い霧が立ち昇り、暫くすると霧が晴れていった。
「どうでしょうか?」
「あれ? ハルトどこにいるんだ?」
「ハルトが消えた!」
「あのー、目の前にいるんですが。見えてないんですか?」
「見えないぞ? どこにいる?」
「ハルトどこ?」
二人ともどうやら完全に見えていないらしく、手探りで周囲に俺がいないか探しているようだった。ちょっと効果が高すぎるようだけど、調整すれば顔だけ分からなくもできそうだな。
そんなことを考えながら、二人の手を取り声をかけた。
「ここですよ、ここにいます」
「「ハルト!?」」
「ハルトいた! よかった!」
「ビックリしたぞ! 急にいなくなったから心配したんだ!」
「すみません。思った以上に効果が高かったようです。いかがでしたか?」
「あぁ、急に姿も気配も消えたように感じたよ!」
「それに声もなにも聞こえなかった。手を握られてようやく気づいた。これは凄い効果!」
なるほど、認識阻害の発動中は姿も声だけでなく気配まで消せると。
Bランク冒険者に気づかれないなら、戦闘や探索でも結構使える魔法じゃないかな。
「顔だけに効果が出せるように練習しますね」
「「イタズラには使わないように(な)!」」
「へっ?」
カミラに後ろから抱きつかれた俺を、アメリアが少し恥ずかしそうな表情で俺の頭をワシャワシャと撫でながら、二人で注意してきた。
そんなこと、考えもしなかったけど、そんなことを言われたら考えてしまうじゃないか!
そんなこんなで、無事、闇魔法(というか全属性の魔法の大体)を習得できたのだった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




