バールの説得
ハインリヒを含めたバールへの尋問は失敗に終わった。
個人的には、ハインリヒの前でならばバールも大人しく質問に答えてくれるのではないかと考えていたのだが、どうやら俺の考えが甘かったようだ。
それどころか、ハインリヒの怒りを買ってしまうほどの失態をしてしまうとは……。だが、それを一番に実感し、凹んでいるのは誰でもない、バール本人だった。
「……うぅ……。もう、私は終わりだ……。これまでに築いてきた王家からの信頼も、何もかも、全てを……。全てを失った……。うぅ……」
ハインリヒをスキズブラズニルの中で最も豪華な客室へとリーンハルトとパトリックに連れて行ってもらうと、俺とエアハルトとアポロニア、それにセラフィに抱えられたバールの五人は、ちょっと狭い客室に移動して、バールに対して現状の共有を行おうとしていたのだが、先ほどハインリヒから言われた言葉がよほどショックだったのか、先ほどからこのような言葉を繰り返しながら、視線を宙空に彷徨わせていたのだ。
「このままでは、流石に話になりませんね……」
「だが、何としてもバールからは話を聞き出さねばなりません。アサヒナ殿、何か手立てはありませんか?」
アポロニアが諦め気味に呟くとエアハルトが俺に話を振ってきたのだが、その表情は困ったという様子を微塵も感じさせず……。何というか、俺になら解決できるんじゃないか、とでも言っているかのようなにこやかな表情だった。全く、そんな無茶振りをされても困るのだが……。だが、相手はヴェスティア獣王国の第二王子、あまり適当な対応をするわけにはいかない。
うーん、面倒だけど何とかするしかないか……。バールのうわ言を聞く限り、どうも王家からの信頼を失ったと思っているらしい。ならば、王家からの信頼を回復する方法を伝えれば良いのでは?
「ふむ……。バールさん。今のままではハインリヒ国王陛下からの信頼を取り戻すことは不可能でしょう」
「ぐっ、ぐぅっ……」
俺の言葉に涙を零す。だが、バールは信念からか、決して嗚咽などせずそれを堪え、声とも言えない、そう、まるで咆哮のように唸るのだった。
「ですが……。ですが、バールさんが今一度、ハインリヒ国王陛下から信頼を得る方法があるのも事実なのです」
「……ぅっ、ふぐ……!? そ、それは、ほ、本当かっ!?」
「もちろんです。ですが、そのためには、まずは我らがこれから話すことを受け入れ、ご理解頂く必要があります。そのご覚悟がお有りですか?」
「むぅ……。わ、私は王家に、グスタフ様に忠誠を誓い、グスタフ様専属の近衛騎士となったのだ……。だから、私はグスタフ様のことを信じておる……。だが、信じておるからこそ、もしも、ハインリヒ陛下や、其方らの言うように、グスタフ様が誤って道を踏み外すようなことをされたというのならば、それをお諌めすることも私の務め……。ぜひ、話を聞かせて頂きたい」
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バールは、俺やエアハルト、それにアポロニアからの話を、驚きながらも真剣に聞いてくれた。
まぁ、俺がバールの名誉を挽回する方法があると言ったことも影響していると思うのだが、やはり、自国の第二王子と第三王女からの話であるというのも大きいと思う。俺だけで説明してもまともに受け止めてはくれなかっただろう。
「……エアハルト殿下、アポロニア殿下。それに、アサヒナ様。ご説明ありがとうございました。俄かには信じられませんが……。ですが、皆様が仰るのでしたら、その通りの状況なのでしょう。ならば、私の取るべき行動はただ一つ。グスタフ様をお止めしなければなりません! そして、お諫めしなければ……」
「うむ、その通りです。我らはグスタフを止めねばなりません。ですが、その前に貴方には幾つか確認したいことがあります。もう一度、父上……。国王陛下の前で話を聞かせてもらえませんか?」
「も、もちろんです、エアハルト殿下! 私の知っていることでしたら全てお話致します……!」
「うん、ありがとう。さて、アサヒナ子爵。これより改めてバールへの尋問を行います。改めて、先ほどの船室を使わせて頂けますか?」
「えぇ、もちろんです。それでは、リーンハルト様とパトリック様にもお伝えしてきます」
「私も、父上に! いえ、ハインリヒ陛下にお伝えに参ります」
「よろしくお願いします」
俺とアポロニアの二人は客室から出ると、真っ直ぐ艦橋へと向かう。セラフィには念には念を入れて、バールを監視するようにお願いしている。まぁ、エアハルトの護衛といってもいいだろう。
「バールは、グスタフ兄上が変わってしまわれた原因を知っているのでしょうか」
「……分かりません。ですが、基本的には、私が宿で尋問を行った際に聞き出した情報以上のことを聞き出すことは難しいのではないかと、そう考えております。ただ……」
「ただ?」
「いえ。魔法を使った尋問は、こちらからの質問に対して正しく答えを出してくれるものではあるのですが、それ以上でも以下でもありません。例えば、質問の内容から連想して別の答えに辿り着くということがないのです。ですから、もしかすると……」
そうなのだ。闇魔法『催眠』と光魔法『暗示』を使った尋問は、口を割らない者に対して情報を引き出すには非常に有効な手段ではあるのだが、相手の意識を奪うような形になるため、こちらから質問したこと以上の情報を聞き出すことが難しい。
つまり、例えば『朝ご飯を食べたか』という質問に対しては『食べた』か『食べていない』のどちらかしか聞き出すことはできず、『何を食べたか』や『美味しかったか』までは聞き出せない。
そういった質問は別途聞き出さないといけないわけで、聞き出したい内容から派生するような情報を聞き出すためには尋問する側にも力量が求められる。そういった事情からか、この世界には尋問官なる専門職があったりするのだ。そして、残念ながら俺には尋問官ほどの情報を引き出す技量はなかった。まだまだバールから情報を得られる可能性は十分にあった。
一つ気になることがあるとすれば、やはり一度目の尋問と二度目の尋問で、バールが全く異なる供述を行ったことだ。一度目の尋問ではあれほどしっかりと自分たちがグスタフのためにやったことだと言っていたのに、二度目の尋問では記憶にないなどと言ってのけたのだ。全くもって意味が分からない……。
そういえば、一度目の尋問の最後に、バールの口から黒い霧みたいなものが吹き出てきていたが、何か関係しているのだろうか……?
いつの間にかそんなことを考えていたのだが、アポロニアから話し掛けられたことで、ふと我に返った。
「……ヒナ様……。アサヒナ様?」
「……へ!? あっ、はい。何でしょう?」
「アサヒナ様。先ほどのお話ですが、それは我々やバール自身が思ってもいなかった情報が得られる可能性もある、ということでしょうか?」
「え、えぇ……。まぁ、そういった可能性もある、という程度ですが……。とにかく、バールへの尋問を行えば分かることです。ハインリヒ陛下とリーンハルト様とパトリック様の元へ向かいましょう」
「そうですね、急ぎましょう」
俺はアポロニアとともに真っ直ぐと延びる通路を急ぎ駆け抜けると、艦橋の扉に手を掛けた。
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