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王位継承の慣習と問題、そして改革案

 ハインリヒとエアハルトに俺の娘であるセラフィを、いや、世界神に認められた勇者であるセラフィを紹介したのだが、ヴェスティア獣王国と勇者派遣の件について話をするのはもう少しあとになるだろう。


 何故ならば、勇者派遣の件よりも優先して先に片付けておくべき問題がヴェスティア獣王国の王族と、俺たちの間にあったからだ。


 つまりそれは、ヴェスティア獣王国が、第三王子であるグスタフによる謀反をどのように対応するのか、ということだった。


 第一王子であるアレクサンダーは、すでにグスタフによって拘束されており、第五王子のクラウスもグスタフに恭順しているらしい。ということは、ヴェスティア獣王国はすでに、国王であるハインリヒと第二王子のエアハルトと、謀反を起こした第三王子グスタフと第五王子クラウス、そして、俺たちアルターヴァルト王国が後ろ盾となり、第七王女のアポロニアを第三の候補として擁立し、三つの勢力がヴェスティアの次期国王の座を争うという状況になりつつあった。


 まぁ、アポロニア本人にはまだ伝えていなかったので、あくまで俺たちの想定ではあるのだが……。


「それで、アロイス・バールについてですが……」


「……お、おぉ。そうであったな。つい、アサヒナ子爵とセラフィ殿のことが興味深くて話が逸れてしまっておったが……。それで、アサヒナ子爵よ。アロイス・バールを拘束しておると聞いておるが、この場に呼び出すことはできるのか?」


「この場に、でしょうか? それは、可能ではありますが……。その、本当によろしいのでしょうか?」


「うむ、我もアロイス・バールに直接聞きたいのだ。何故、グスタフがあのような凶行を行うまでに至ったのか……。その理由を知らねば、我はグスタフを……。グスタフを、討つことはできぬっ!」


「父上……」


「そ、そんな……」


 エアハルトとアポロニアの二人がハインリヒの言葉を聞いて、沈痛な表情でそれぞれ心情を吐露する。だが、それは無理もないことだろう。血の繋がった兄弟による凶行に、それも王族の地位にある者が及んだのだから。


 そして、そのような凶行に及んだ者が例え我が子であったとしても、父親として、国王として、処罰しないわけにはいかないと思う。


「それに、此度の一件は我が国だけの問題では済まされぬ。隣国アルターヴァルト王国からの親善大使であり、ゴットフリート国王陛下の代理として我が国に参られたリーンハルト殿とパトリック殿にまで危険が及ぶ可能性があったのだからな……。その責任は、取らねばなるまい」


「ち、父上! それは、まさか!?」


「……うむ。アルターヴァルト王国の者には馴染みがないかもしれぬが、我がヴェスティア獣王国において、次期国王は古参貴族たちの集まりである元老院によって、国王の死後に国王の子供たちの中から一人を次期国王として選定するという古くからの習わしがあってな……。その習わしにより、確かに国王の子供たちの中でも、最も優れた者が王位を継承する可能性は高くなるのだが……」


「ふむ……。ですが、それでは元老院の意向が次期国王の選定に強い影響を与えることになるのでは?」


 ハインリヒの話にリーンハルトが言葉を返す。


 確かに、リーンハルトの言う通り、今のヴェスティア獣王国の次期国王の選定方法では、亡くなった国王の意志や意見が全く反映されない。


「うむ。リーンハルト殿の言う通りなのだ。現状は、元老院が推す王子や王女が次期国王の候補となることが多い。そして、その選定は現国王が亡くなるまでの間に、王子や王女があげた功績をもとに行われる。つまり、王子や王女は、常に兄弟同士でどれだけの功績をあげられるかという、一種の競争を強いられることになるのだ。王族のままでいたい場合はな」


 ふむ。やはり、リーンハルトや俺が思った通り、現在の制度(というか、ハインリヒの言葉を借りると『習わし』だが)次期国王の選定には元老院の影響力が強く出てしまうらしい。


 もしかすると、今の制度が施行されたのは、親である国王が王子や王女に対する親子の情に左右されず、純粋な実力によって後継者を選定するためなのかもしれないが、結果として今回のグスタフのような凶行に及ぶ者が出てしまったのだ。


 個人的な意見としては、ハインリヒの言う通り、現国王として何らかの手を打つべきだとは思う。それが何かしらの責任を取ることになったとしても……。


 ハインリヒの言葉に対し、さらにリーンハルトが言葉をつなぐ。


「申し訳ありませんが、ハインリヒ陛下の仰ることに、何と答えれば良いのか私には分かりません……。ですが、一つだけ私にも分かることがあります。それは、同じ血の繋がった兄弟同士で、互いを疎ましく思いながら競い合うような関係であるよりも、互いの良いところを認め合いながら切磋琢磨する関係であるべきである、ということです。我ら兄弟も、互いの良きところと正すべきところを指摘し合いながら、アルターヴァルト王国の王族として、さらなる高みを目指しております故に……」


「あぁ、其方の言う通りだろうな……。我もこの力がなければ、とうに冒険者にでもなっていたであろうし、今頃は我の兄上たちの誰かが王位に就いていたであろう」


「父上……」


 リーンハルトの言葉に対して、ハインリヒが視線を宙に漂わせながら寂しそうに呟いた。


 だが、それも時間にしてほんのわずかの間であり、心配するように見守るエアハルトとアポロニアに対して安心させるように微笑むと、再び悲しさが混じったような厳しい表情でリーンハルトに向き合った。


「だが、それも我が代までとしよう。我も以前より考えておったのだ。このような、争いしか生まぬ慣習、王位継承の仕組みは見直すべきだとな」


「ふむ……。私は他国の王位継承について、あれこれ言える立場ではありませんが、一体どのようになさるおつもりなのです?」


「うむ。よくぞ聞いてくれた、リーンハルト殿。まず一つ目に、基本的に王子や王女の王族であるという身分を次期国王による王位継承に関係なく自身が望むならば、当人一代に限り保障する。ただし、王族として残る場合は新たな国王を支えるため、忠誠を誓ってもらうことになる。また、働きが良ければ、国王の権限により貴族の身分も与えられることにしよう。もちろん、逆に働きが悪ければ剥奪もありえるがな。さて、二つ目だが、次期国王については現国王が在位中に成人した王子または王女の中から一人を後継者として指名する。もしも、国王に王子または王女が一人もいない場合は王族の中から後継者を指名することになるが、まぁ、我ら獣人族は子孫を残すことも生命力も高いので、よほどのことがなければ、そのような事態は起こらぬだろう。三つ目に、現国王が指名した後継者は元老院により選定を行い、三分の二以上の合意をもって王位継承を行うこととし、元老院での選定結果は国民に対して開示することとする。これで元老院の奴らによる不満も抑えられよう。最後に、退位した国王と王妃は王族としての身分を保証し、他の王族と同様に新たな王族を支えるために、忠誠を誓うこととしよう。ざっと、このようなものだ。まだ詳細はこれから詰めねばなるまいがな」


 ふむ、なるほど……。詳細はこれからとはいえ、結構具体的な話が出てきたものだな。


 これまでは国王の死後に元老院により、言い方は悪いが、亡くなった国王の意思に関係なく勝手に決められていた次期国王だったが、もしも、ハインリヒの話した内容が実現すれば、確かに王子や王女同士による争いは随分とマシになるのではないかと思う。


 一つ目の王族の身分を本人が望む限り、本人一代に限り保証するという点だけで随分と扱いが変わる。


 つまり、ずっと王城暮らしをしてきた王子や王女が、新たな王が誕生した瞬間から一般市民となるようなことが無くなるということだ。以前アポロニアの話を聞いた際には、それが慣習化していたので、王子たちは皆一人で生きていくためのすべを身に着けるように教育されていたようだが。


 とはいえ、過去には王城の外で生きていくには不向きな者もいたらしい。そういった者がどのような末路を辿ったのか、想像に難くない。それを思えば、本人の頑張り次第で貴族としての身分も得ることができ、子孫にも受け継がすことができるのなら、国王となった兄弟へも忠誠を誓って働いてくれるのではないだろうか。


 二つ目の現国王によって次期国王となる後継者を指名できるという点は、現国王の意志を反映することができるようになるわけだが、これもそんなに単純なものではない。何故なら三つ目の内容が効いてくるからだ。


 三つ目の『元老院による三分の二以上の合意をもって王位継承を行う』という点だ。


 つまり、現国王の意志だけでは次期国王を決めることができないということになるのだ。何故そのような面倒なことをするのか、ハインリヒの真意は分からないが、ハインリヒが提唱する王位継承の改革案は、これまで好き勝手に都合のいい国王を選んでいた元老院側としては到底受け入れられるものではないだろう。


 だが、国王の指名した後継者に対して元老院側の合意が必要、つまり拒否権が存在するとなれば渋々でも了承を得られるかもしれない。まぁ、合意に至るのに必要な人数の割合については、いろいろと意見が出そうではあるが。


 また、これは俺が深読みしているだけかもしれないが、国王も容易には後継者を指名できないようにしている面もあるのではないかと思う。


 もしも、国王が自分の都合だけで無能な後継者を選び、元老院側の合意がなかなか得られない場合、国王への信頼や支持を国民から失う可能性がある。また、逆に国民の誰からも評価されている後継者が、元老院の都合によって合意が得られないとなると、国民が元老院に対して不満を持つようになり、場合によっては暴動にまで発展する可能性がある。


 選定の結果は、王国の政治を担っているという元老院にとっても、やっかいな事態となりかねないのだ。


 元老院が貴族の集まりではなく、民主的に選ばれた議員によるものならば、選挙で違う候補に投票、当選させればよいのだろうが、この世界に存在する国のほとんどは立憲君主制なので仕方がない。


 もう一つ、面倒だなと個人的に思う点としては、次期国王となりたい場合は、武勇であろうが、知勇であろうが構わないのだが、他の兄弟たちよりも優れた点があるということを皆に向けてアピールしなければならない、ということだ。


 皆というのは、後継者を指名する国王や、後継者に合意を出す元老院だけでなく、ヴェスティア獣王国に住む国民全員も含んだ『皆』に対して、ということになる。つまり、王子や王女同士の争いは王族同士の私的なものから、公的なものへと変わることになるのだ。


 恐らく、ハインリヒもそのことは分かっているはずで、今回の改革案を提唱しているのだと思う。こうなれば、もはや兄弟同士の争いなどを起こした時点で国民からの信頼や支持を失い、国王からも後継者に指名されず、指名されたとしても元老院が合意を出すこともなくなるのだ。


 そのことを理解しているならば、決して争いごとなど起こさないだろう。できることなら、候補者たちが、自身の優れた点をアピールし合うという健全な方法で競い合ってもらいたい。お互いの足の引っ張り合いのようなことにはならないで欲しいところだ。


 まぁ、一つだけ懸念があるとすれば、王子や王女たちの誰もが王位を継承したいと思わなかった場合だが、その時は貧乏くじを引くことになる王子か、王女には同情しようと思う。ただ、その場合は早めに王族から離脱するという抜け道もあるので、よほどの事情がなければそのような状況にはならないだろうが。


 もしも、ヴェスティア獣王国の王子や王女の全員が『王族でいたいけれど、王位は継承したくない』という状況となった場合は、妙なチキンレースが繰り広げられることになるのだが、それはそれで見てみたいと思ったりする。


「……とはいえ、我が今述べた改革案を実現するには、我らが再び王都を、王城をグスタフから取り戻す必要がある。だが、その前に我らはグスタフのやつが何故あのような凶行に及びおったのか、確認せねばなるまい。随分と話が逸れてしまったが、アロイス・バールをここに出してもらえるか」


 おお、そうだった。ハインリヒが急に王位継承の件について話をし始めたものだからすっかり忘れていたが、元々はハインリヒからの要請を受けて、バールを頭陀袋から出すかどうかという話をしていたのだ。


 ハインリヒの言葉を聞いた俺は、早速肩に下げていた頭陀袋を近くの椅子の上に置くと、バールをこの場に出す準備を始めたのだった。

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

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