神殿とおっさん
ギルドを出た俺たちはまっすぐ貴族街のほうへと向かう。つまり、王都の中心地だ。
この王都には、大神殿と呼ばれる貴族街の中でも王城の近くにある神殿と、小神殿と呼ばれる、貴族街との平民街を分ける壁の間にある神殿の二つがあった。
それぞれの位置関係が表すように、大神殿は貴族向け、小神殿は平民向けの神殿である。もちろん、俺たちは小神殿に向かっていた。
小神殿は貴族街と平民街を貫くように建っており、壁がそれを囲うように連なっていた。
これは、神殿の役職者には家督を継ぐことができない貴族の次男以下が就くことが多いことから、そうなっているらしい。神殿に着いた俺たちは早速門を潜り抜け、近くにいた女性に話し掛けた。
「あの、礼拝に来たのですが。今から礼拝することはできますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。こちらの神殿は初めてですか?」
「はい、昨日王都に来たばかりでして」
「それでは、礼拝堂までご案内しましょう」
アメリアとカミラも一緒に礼拝堂まで来るか聞いたのだが、二人とも神殿の前で待っているとのことだった。
礼拝堂は神殿の入口から少し奥に入ったところにある広間で、正面には祭壇があり、世界神を模ったと思われる白い女神像がまつられていた。
礼拝堂の祭壇前には四畳ほどの絨毯が敷いてあり、ここで膝をついて神様に祈りを捧げるのだと案内してくれた女性が教えてくれた。そして、説明を終えると女性は既に礼拝堂から出ていったようだ。
「さて、初心者ガイドによれば、神殿で祈りを捧げると世界神と話ができるらしいけど」
絨毯の上で膝をついて静かに目を閉じ、心の中で世界神に呼びかけた。すると、既視感のある真っ白な世界が視界に広がってきた。
無事に神界にアクセスできたみたいだ。
周りを見渡すと、何もない空間にポツリと電話台と電話機が置いてある。
台には内線表のような、『ご用件は受話器を上げて内線510までご連絡下さい』と書かれたメモ書きが一枚置かれていた。
「何だか、クライアントとか協力会社の受付でこんな感じのところがあったなぁ」
神界のこの感じが何だか前世を思い起こす。
取り敢えず、受話器を取って5、1、0とボタンを押す。すると、呼び出しのメロディが聴こえてきた。まさに、どこかの企業を訪問したときと同じ感覚だ。
『おう、良く来たな。今、入り口を出すから少し待て』
「はい、分かりました」
プツっと相手が受話器を下ろしたような音が聴こえた。
というか、てっきり世界神様が出ると思っていたから、突然おっさんの低い声が聞こえてきたのでドキリとした。
何だよ、世界神にもちゃんと部下がいるんじゃないか。
そんなことを考えていると見覚えのあるドアが突如現れた。
あの転生するときに面接した会議室と同じもの、ではない。確かに同じ白い扉ではあるものの、片開きのものではなく、両開きで重厚感のある大きな扉であった。
恐る恐るドアをノックすると、『入れ』と短く返事が返ってきたので、早速ドアノブを引いて扉を潜る。
「失礼致します」
開口一番、頭を下げた。何となく、そうしたほうが良い気がしたからだ。
「よう来たな、朝比奈晴人。此度、世界神の眷族となってくれたこと、嬉しく思う!」
頭を上げると、思った通り前回の小さなミーティングスペースのような部屋ではなかった。
何人もの肖像画が描かれた額縁が壁には並んでおり、それとは別に大きく描かれた神秘的な絵画(宗教画?)が飾られている。机も簡素なミーティングルームにあるようなオフィスデスクとは異なり、彫刻の入った重厚な佇まいの、そう、それは社長室にあるような机だった。椅子だって上品な革張りで……。
そんな椅子に座っていたのは、白髪で頭から顎まで繋がる見事な髭を蓄えた壮年の男性だった。壮年の男性はおもむろに立ち上がると、手前にあるソファーへと座るように促した。
あれ、このおっさん、もしかして世界神の部下ではない……?
「さぁ、突っ立ってないで、そこのソファーに掛けてくれい」
俺は促されるままにソファーへと腰掛ける。すると身体がソファーに持ってかれるかと思うほどに沈み込んだ。思わず声を挙げそうになるが、これは相当いいソファーなんだろう。
「はっ、いつも世界神様にはお世話になっております。私は運よく転生させて頂いた身でありますが、この度世界神様の眷族となりましたからには、必ずや世界神様のお役に立つ所存でございますっ!」
「うむ、精進せい!」
何となく、このおっさんが世界神の上司のように思えて、いつも以上に畏まった感じで反応してしまったが、おっさんはカカカッと笑いながら俺のことを値踏みでもするように真剣な眼差しを向けながら聞いてきた。
「それで。今日は世界神に何用か?」
「いえ、無事に王都へと辿り着いたことと、人間族の仲間が出来ましたのでその報告を、と。あと、幾つか問い合わせたいことがありましたので神殿より連絡を取らせて頂いた次第です。それで、世界神様は今どちらに?」
「左様であったか。じゃが、あやつは今仕事で忙しくてのう。今は神界を留守にしておるのじゃ」
なんと、世界神が神界から外出するなんてことがあるのか。
何て思ったが、そういえば俺と面接したときも同じような状況だったのだろう。あそこは、死後の世界ではあったが神界ではなかったはずだ。
神殿に来て礼拝すれば直接連絡が取れるものだと考えていたが、そう上手くはいかないらしい。
「そうでしたか。幾つか確認させて頂きたいことがあったのですが……仕方がないですね。また次の機会にお伺い致します」
そう言って立ち上がろうとすると、もの凄い力で肩を掴まれた。
「待てい! 要件なら儂が聞こうではないか。答えられる範囲で疑問にも答えよう。この場で答えられないものは世界神に伝えておく故」
そう言っておっさんは力こぶを作りニカッと笑い掛けた。どうやら、力づくでも逃さないというアピールなのだろう。
とはいえ、威厳のある出で立ちのおっさんではあるが、どこか愛嬌ある仕草を見せてくれたことで、俺の中でこのおっさんの好感度が上がった。それに、なんというか頼れる男の雰囲気とでもいうべきか、このおっさんからはオーラが溢れている、ような気がした。
まぁ、世界神が居ないなら、このおっさんに転生してから気になったことを色々聞いてみよう。
「それではお言葉に甘えさせて頂ければと思います。まず、ご質問についてなのですが、幾つか失礼を承知で確認させて頂きたいことがありますので、その点、お許しください」
「うむ、構わぬ」
「ありがとうございます。では早速、一つ目ですが、私が転生した直後にどのように行動するべきか、説明が足りていなかったようなのですが、その点はどのようなお考えがあったのでしょうか。ガイドブックと輪廻神様からのメモがなければ路頭に迷うところでした」
「うむ。それについては世界神の失態であるな。本来であれば、転生したお主が無事に人族の街へと移動できるように指示をすべきではあったし、人族の街に移動するまでのサポートをするべきであった」
「やはり、そうですよね」
「まぁ、あやつは少し抜けておるからのう。とはいえ、お主はただの転生者ではなく、あやつの眷族となったのだから、当然加護を与えられておるのだろう? その効果があれば、そうそうに死ぬこともなかったであろうし、どちらにせよ問題にはならなかったであろうよ」
「そう、なんでしょうか?」
「うむ!」
世界神様の加護ってそこまで有能なんですか。
機会神と輪廻神からもそんなことを言われていたが、正直あまり期待してなかったんだけど、おっさんもそういうのなら本当なのかもしれないな。それにしても、やっぱりどこか抜けてるんですね、世界神様。何となくそんな気がしていたが、おっさんの言葉で確信に変わりました。今後はそれを踏まえて接したいと思います。
「では二つ目の質問なのですが、今の私の姿はこの世界で大変目立つそうです。何か姿を秘匿する良い方法はないでしょうか」
「ふむ。どうやら、お主は世界神に気に入られておるようじゃのぅ。完全にあの娘の趣味でそのような見目麗しい姿形に創られたようじゃわい。また、お主のいる世界では、魔人族や妖精族は基本的に世界神の創造によって生み出されたからの。じゃから、お主の見た目だけでなく能力も世界神のいわば気紛れで創られたと言って良い。そういう意味では、お主、本当に世界神に気に入られておるようじゃのう」
おおう……。
何か、おっさんが言うには俺は世界神に滅茶苦茶気に入られた結果、この姿になったようだ。おっさんの口ぶりでは、姿だけでなく能力的な面でも優遇されているらしい。今のところ、そういった能力を感じるところはないが。
というか、この姿が世界神に気に入られた結果だということは、俺のエクスカリバーもそんな理由でぶら下げることになったのかと少し不安に思うが、おっさん曰く。
「その辺りは仕方あるまいて。恐らくは、実物は家族のものしか見たことないであろうからな、それを踏まえて適当に創ったんじゃろう」
何てことを言われる始末。
ご家族には立派なものをお持ちの方がおられるんですね! ではなくて、適当に作られた結果、色々迷惑してるんですけどっ! 全く世界神には困ったものだ。それはそうと、この姿を目立たなくする方法はあるのだろうか。
「うむ。闇魔法の中に、他者からの認識を阻害し、存在をあやふやなものにする、ずばり『認識阻害』という魔法がある。魔法についてはどの属性の魔法もお主であれば使えるはずじゃし、お主のおる王都の図書館にはその辺りに詳しい魔法書もあるじゃろう」
「よかった。では、後ほど図書館に行こうかと思います」
ようやく有用な情報を聞けたので少しほっとした。
それはともかく、もう一つ先ほど気になることを聞いたので念のため確認する。
「先ほど『魔人族と妖精族は世界神の創造によって生み出された』と仰られましたよね。ということは、彼らも見た目とか能力が優れているのでしょうか。それに獣人族や人間族も世界神様によって創造されたんですよね?」
「うむ。まず始祖と呼ばれる魔人族と妖精族については、確かに世界神が創造した者たちじゃ。じゃが、今生きている全ての者たちまでそうであるとは限らん。ただ、通常多くの人族たちよりも優れた容姿、優れた能力を持つものが多いじゃろう。獣人族と人間族も始祖と呼ばれる者たちはそうであったかも知れぬ。じゃが、寿命の関係で、今生きている者の中にはそれほど特別な能力を持つ者は少ないじゃろうな」
なるほどな。魔人族と妖精族は獣人族や人間族と比べて寿命が長い。それ故代替わりが獣人族や人間族と比べて緩やかなことで、始祖と呼ばれる世界神が創造した人族の能力をより濃く受け継いでいるのだろう。
それに、初期に創造された魔人族や妖精族は恐らく俺と同じでワンオフで創造された者たちということになる。もし今も生きているのなら、寿命は長いが環境適応能力は低いという特性を持っていそうだ。
「それでは、もう一つ教えてください。自分の能力を知るにはどうしたら良いのでしょうか。何か、人や物を見てると詳細な情報が見えますし、錬金術にも使えるようなのですが」
「ふむ。確かに自分の能力を見る方法がないわけではない。じゃが、それを知るのは今ではない。もう少しこの世界に慣れてきたら改めて儂から教えてやることにしよう。それに、自分の能力を知ることでお主の行動や成長の可能性が狭まるのも面白くない。だから、今はちょっとだけヒントをやろう」
「ヒントですか?」
「うむ。お主の右目にはこの世界でいうところの『魔眼』が備わっておる。先ほど言った人や物の情報を鑑定する『鑑定眼』じゃな。他にも幾つか備わっとるが……うむ、本当に世界神によう気に入られとるわい。その他の能力はお主が自分で見つけると良い」
「なるほど、分かりました」
「最後にお主の錬金術じゃが、お主のそれは錬金術の範疇ではないな。云わば、ある種の『創造』といえるものでな、何を創造できるかはお主の想像力と神力次第じゃ」
「神力?」
「この世界の者は活動するためには体力、魔法を使うためには魔力、精霊を使役するためには精霊力が必要じゃが、世界神の眷族であるお主には、それらの他に『神力』という『神の奇跡』を顕現する為の力を備えておる。その力が多いほど出来ることは多くなるのじゃ」
なんと、世界神の眷族となったことで奇跡を起こす力を俺は持っているらしい! いやっふー! 夢が広がりますなぁ!
「ただし、自分の神力を使い過ぎると目眩がするから自ずと限界はわかるじゃろうて。一応言うておくが、自分の限界を超えるような力を使ってはならぬ。ひどい場合は何日も寝込んだり、最悪は死に至るからの。あやつを悲しませんでくれ」
「……なるほど、分かりました」
奇跡と聞いてテンションが上がっていた俺におっさんが釘を刺す。
確かに、神力の使い過ぎで何日も寝込んだりしたら、もし、その間に試練が来たなんてことになると、これはもう目も当てられない。それに最悪は二度目の『死』だ。もし、この世界で死んだらどうなるんだろう。この場で聞いてみたいが恐ろしくて聞く気になれない。
ともかく、神力の使い過ぎ、ダ メ 絶 対。
「最後に、今後の活動予算についてなのですが……」
「活動資金については輪廻神に相談することになるだろう。承認されれば、アイテムボックスに直接送ることになると思うが……。あやつらに資金提供の相談をするのは止めておいたほうが賢明じゃろう。輪廻神に相談すれば対応してくれるじゃろうが、あやつも忙しいからな。すぐに対応してもらえるとは考えんほうが良いじゃろう。それから、世界神に相談するというのも止めておいたほうがいい。とんでもないことになるかもしれぬぞ……。全て白金貨や白金板では渡されては使うに使えまい。ここは、お主が自力で稼いだほうが賢明であろう」
「確かに……。輪廻神様や世界神様のお手を煩わすことになりそうですし、本当に大きな金額が必要でない限りは、自分の稼ぎで賄おうと思います」
「うむ! その心構えは大変立派じゃ! 儂もお主を応援しよう」
「ありがとうございます」
「そろそろ時間のようじゃな。最後にこれをお主に渡しておこう」
そういいながら、おっさんが懐からビー玉のような小さな金色に輝く玉を取り出して俺に手渡した。
「これは?」
「これは、そう、御守りじゃ。世界神や他の神には内緒じゃぞ。アイテムボックスに入れておくとよい」
「ありがとうございます。大切にしますね!」
「うむ。ではまた会おう。期待しておるぞ、朝比奈晴人!」
おっさんの声を最後に、眩いばかりの光が視界が真っ白に染めていく。
思わず目を瞑りながら、昨日も感じたこの感覚にまだ慣れない。
そういえば、あのおっさんは結局誰だったんだろ? 世界神の上司みたいだったけど。今度世界神に聞いてみるか。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




