王城を追われた理由
エアハルトとハインリヒのステータスを鑑定した結果、獣人族の中でもトップクラスの能力を持っていることは明らかだった。
だが、そんな二人が何故第三王子のグスタフに王城を追われて、王都からこのような森の中にまで逃れるようなことになったのかが分からなかった。彼らほどの実力者であれば、第三王子の謀反ぐらい簡単に制圧できても良いように思うのだが……。
俺は意を決して、ハインリヒとエアハルトの二人に王城で何が起こり、このような状況に至ったのかを聞いてみることにした。
「ありがとうございます、ハインリヒ陛下。エアハルト様と同様に、貴方がハインリヒ陛下であることは十分に理解致しました。ただ、一つ不思議に思えて仕方がないのです。ハインリヒ陛下やエアハルト様ほどの実力を持つ方がおられながら、何故第三王子のこのような謀略を許すようなことになったのですか?」
「ハルト殿!?」
「……申し訳ありません、ハインリヒ陛下。我が国の者が失礼致しました。ですが、先ほどハルト、いえアサヒナ子爵から出た疑問。つまり、何故このような状況に至ったのか、それについては我らも詳しく知りたいところです。我らも両国の友好を確認するための大使としてアルターヴァルト王国からやってきたのです。王都ブリッツェンホルンに着いて早々命を狙われることになった理由を知りたいのです」
俺の言葉にパトリックが驚き、それを制するようにリーンハルトが、丁寧な口調ではあるものの、アルターヴァルト王国からヴェスティア獣王国への抗議であるという意図を感じさせる言葉で、俺の質問に答えるよう促した。
「うむ……。アサヒナ子爵とリーンハルト殿が不思議に思われるのは仕方がない。いや、正直に言うと、我らも不思議でならない……。そう、そのようなことが起こったのだ。そして、その結果、我らは命からがら王城、そして王都から脱出することになったのだ……」
ふむ、ハインリヒの話を聞いた限りでは、何か予想だにしていなかったようなことが起こったようだが、ハインリヒの話だけではどうにも要領を得ない。もう少し詳しい情報が必要だ。そう思い、エアハルトに視線を向けると、エアハルトが少しずつ語ってくれた。
「……グスタフは、我ら兄弟の中でも特に明るく元気で優しい弟でして、特に王位を望むような様子はなかったのですが……。そう、あれは四日、いえ五日ほど前でしょうか。前々からグスタフが懇意にしているという武器商人から、大変珍しく貴重な長剣を献上されたのだと喜んでいたのですが……。私の目には、どうにもそれが不気味な物に思えて、グスタフに手放すように伝えてはみたのですが、貴重な物であるからと暫く身に着けていたようなのです。……ただ、どうもその頃から急に態度が変わり始めまして……」
「うむ……。そして今日、突然我の執務室に現れたかと思えば、『今すぐ退位するか、アルターヴァルト王国へ侵攻せよ。さもなくば、その命は無いものと思え!』などと言うものでな。馬鹿なことを申すものではないと、我も実力で理解させようとしたのだが……」
「……父上、いえ国王陛下と第一王子のアレクサンダーと私の三人で国王陛下の執務室に集まっていたのですが、重要な会議であったため周りに我らの近衛騎士はおらず、自分の近衛騎士たちを引き連れたグスタフに対して流石に数で圧倒されてしまいましてね。我らも彼らのことを傷付けずに王城を抜け出すことは難しく……。何とか国王陛下をお守りするため、仕方がなく、兄上にその場を任せて、隠密行動が得意な私が父上を王都の外へと連れ出すことになったのです。アレクサンダー兄上も抵抗されたのですが、力及ばず。残念ながら、グスタフたちの手勢に拘束されることとなったようです」
「ふん、よく言う。何が『仕方ががなく、兄上にその場を任せて』だ。アレクサンダーをそそのかしてグスタフに向かって行くように仕向けたのは其方であろうに、まったく困った第二王子だ」
「いえいえ。これはひとえに国王陛下をお守りするため……。兄上も国王陛下をお守りし、王城から逃すことができる策があるとお伝えしましたら、自ら前に出て相手を牽制する役目を買って出てくださったのです。グスタフに捕まりはしましたが、こうして国王陛下を無事王都の外へ逃すことができたのですから、本望でしょう」
「ふっ、こやつめ」
ふむ。エアハルトとハインリヒの親子団らんの話を聞いていると随分と酷い内容な気がするのだが、気のせいだろうか。会ったこともないアレクサンダーが少し気の毒になる。
それにしても、エアハルトは良く言えば策士、悪く言えば腹黒い性格のようだ。まぁ、彼の特技もどちらかと言えば光というより闇よりの特技ばかり持っていたし……。もしかして、所持している特技は本人の性格を現していたりするのだろうか……?
さて、それはともかく、二人の話を聞いたところ、どうもグスタフの言動が変わってきたのは、グスタフが蒐集しているという貴重な長剣を献上されてから、ということらしい。
普通に考えれば、そのような長剣を献上した武器商人を疑うのだが、エアハルトに聞いたところ、何故かその商人については、その後の足取りが掴めていないということだった。エアハルト自身もグスタフが手に入れた長剣の不気味さから、その長剣を献上した武器商人を怪しんでいたらしく、調べていたそうだ。
どうも、その武器商人は普段から出入りしていた、所謂グスタフの『御用武器商人』というわけではなく、初めて見かけた顔だったそうだ。そこまで聞けば、誰だってその武器商人が怪しいと考えるのは当然だ。
「なるほど、武器商人ですか」
「はい。どうも、グスタフ専属の近衛騎士であるアロイス・バールという者による紹介ということは分かったのですが……」
「「「「「アロイス・バール!?」」」」」
「え、えぇ、そうですが……。皆さん、ご存じですか?」
「まさか、そのようなことは流石になかろう。リーンハルト殿一行は今日の午後にブリッツェンホルンに到着したばかりだぞ?」
エアハルトからまさかバールの名前が出てくるとは思わず、恐らく俺と同じように驚いたであろうリーンハルトとパトリック、それにユリアンとランベルトの五人で声を上げてしまった。
ハインリヒの言う通り、普通ならは、知らない初めての土地、それも他国の王都という大変大きな都市で、到着したその日の午後から夕方までという非常に短い時間の内に、特定の人物と出会うことなど、まさに奇跡的なめぐり合わせといえよう。だが、幸運なのか不運なのか、まさにその奇跡が起こってしまったのだ。
そして、その奇跡の張本人は、今まさに俺の肩から腰元に下げた頭陀袋の中に拘束していたのだ。
「……ハルトよ」
「……ハルト殿」
「「アサヒナ殿……」」
「「「「…………」」」」
リーンハルトたち四人が俺に視線を投げ掛けてきた。それだけでなく、アメリアとカミラ、それにヘルミーナとセラフィといった従者の皆からも無言ながら視線が俺に集まっているのを感じる。
うぅ……。何だか皆からの視線が痛く感じるが、仕方がない。
「あ、あははははは……。すみません、バールさんには王都でお会いしたことがあります……」
「ハルト、それだけでは無かったと思うが?」
「ハルト殿、それだけではないですよね?」
「それだけではありませんよね、アサヒナ殿?」
「アサヒナ殿、はっきりと申したほうが良いぞ?」
「申し訳ございませんっ! 拘束し拉致して、今ここに連れてきておりますっ!」
俺はジャンピング土下座とでも表現したほうが良いほど勢いよく土下座の恰好で頭を下げて、肩から下げた頭陀袋をハインリヒとエアハルトの前に差し出した。
「「はぁ!?」」
ハインリヒとエアハルトの二人は突然の俺の言葉と行動に呆気に取られたようで、二人して間の抜けた声を出して、頭を下げている俺と、俺が二人に差し出した頭陀袋に視線を行き来させるのだった。
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