影の正体とハルトの勘違い
俺たちの前に現れた二つの影、つまり第二王子の専属近衛騎士リュディガーとアデリナが、何故か俺に対して跪いてアポロニアを助けたことに礼を言うと同時に、自分の妹、とか、自分の娘、だなどと言い始めたので、俺には何を言っているのか意味が分からず、状況を理解できずにいた。
「父上、どうやらアサヒナ子爵は混乱されている様子……。我々の仮面を取るべきではないでしょうか?」
「ふむ、確かにな。我が娘を救ってくれた英雄に対して、このままでは失礼というもの……」
リュディガーとアデリナの二人がそんなことを言うものだから、俺はますます混乱していた。
確か、リュディガーは三十九歳でアデリナは二十四歳だったはず。
もしも、アデリナがリュディガーの子供だったとしたら、リュディガーが十五歳のときにできた子供ということになる。まぁ、この世界においては成人しているわけではあるし、問題はないのか……。
いやいや、まてまて!
確か、先ほどリュディガーはアデリナに対して『父上』と言ったのだ。だが、アデリナは女性だ。それなのに父上とは……。それに年齢的にも合わないのだが……。あぁ、もしかすると、リュディガーはアデリナの養子、という可能性はあり得るかもしれない。一体どんな事情があってそのようなことがリュディガーにあったのかは分からないが。
だが、そんなことよりも女性であるアデリナをリュディガーは『父上』と呼んだことが引っかかる。まさか、アデリナが実は男であるとか……。いや、俺の鑑定では確実に女性と出ていたので、それはないと思うのだが……。
ということは、例えば、アデリナは同性のパートナーと結婚している状況にあり、且つ年上ではあるが、リュディガーを養子として迎え入れ、アデリナ自らは父親としての役割を担っている、そんな複雑な関係なのであれば、二人の関係について説明が付く。
ふむ、なるほど。この世界にもドラマのように複雑な親子関係が存在するんだなぁ……。
などと勝手ではあるが二人の関係については理解ができたものの、アポロニアのことを『妹』だの『娘』だのと言うのは流石にどうかと思うのだが……。
いや、待てよ? 確かアポロニアが言うには、獣王国の王族は国王となる者以外は王族から除籍されるらしい。ということは、もしかすると、アポロニアとアデリナとの間に新たな親子関係が結ばれていても不思議ではないかもしれない。
それが獣王国において、普通のことかどうかはしらないが……。それにしてもリュディガーとアポロニア、随分と年の離れた兄妹になるが、まぁ彼らの関係についてはこれ以上何も言うまい。
「……ふむ。父親の役割を担うアデリナ殿も随分とご心配されたことでしょうし、リュディガー殿も年の離れた妹の安否を随分と気遣われたことでしょう。ですが、ご安心ください。アポロニア殿は、今は一時的に気を失われておられますが、御命に別状はありませんよ」
俺はアポロニアとリュディガー、そしてアデリナの関係を察して、しみじみとそのように話したのだが、リュディガーとアデリナは顔を合わせて首を傾げた。
そのような反応は彼らのみならず、何故かリーンハルトやパトリック、それにユリアンやランベルトといった面々と、さらにはアメリアやカミラたちまで同じような反応を示したのだ。
「……ん? 何か変なことを言いましたかね?」
俺は皆に聞いてみたのだが、その表情は芳しくない。そんな中、リーンハルトとパトリックの二人が応えてくれたのだが……。
「う、うむ。ハルトよ、この流れでまだ気づいていないのか?」
「わ、私も流石に今回は何となく察することができました、よ?」
「はい?」
俺はリーンハルトとパトリックからの言葉を聞いて、思わず確認するようにアメリアたちに顔を向けたのだが。
彼女たちからは『ハルト、やってしまったか〜』とか『でも、ハルトなら仕方がない……』とか『こうなることは分かっていたわ。というか、どうしてアンタはそう……』と、まるで口に出しているかのように、彼女たちの表情から読み取れる情報量が無駄に多かった。
「えっと……。何か、おかしかなことを言いましたか?」
「ふむ……。仕方あるまい、パトリック?」
「そうですね、兄上」
リーンハルトとパトリックは、未だに状況をよく分かっていない俺の前に並ぶと、二人ともリュディガーとアデリナの二人に向かって跪き、頭を下げたのだった。
「ハインリヒ国王陛下と第二王子エアハルト殿とお見受け致しました。私はアルターヴァルト王国第一王子、リーンハルト・フォン・アルターヴァルトと申します。この度は王都での出来事、アポロニア殿の襲撃、さぞ御心を傷められたことと心中を察し申し上げます」
「初めて御目に掛かります。私はアルターヴァルト王国第二王子、パトリック・フォン・アルターヴァルトと申します。先ほどは我が王国の貴族であるアサヒナ子爵が失礼致しました。この者は貴族となりましたが、普段は冒険者と錬金術師を生業としております。無礼をお許しください」
「えぇっ!?」
リーンハルトとパトリックが頭を下げたままそのようなことを言い出したものだから驚いて思わず声を上げてしまった。
リュディガーとアデリナがハインリヒ国王陛下と第二王子のエアハルトだと!? そんな、まさか……。
俺は確かに二人のことを鑑定で調べ、ステータスを確認したのだから、間違うことなどあるはずがない。
だが、二人の言葉を受けてユリアンとランベルト、それにゴットハルトやティアナ、アメリアたちといった皆もすでに跪いて頭を下げている。そんな中、俺だけリュディガーとアデリナからも頭を下げられている状況であり、つまり、俺一人だけが突っ立っている状況となっていた。これは流石に俺でも空気を読む。
「し、失礼致しました!」
俺も慌ててその場に跪いたのだが、リーンハルトとパトリックと並ぶようになってしまい、『やってしまった』ことに気がついた。
本来なら、俺たちがヴェスティア獣王国王城で国王陛下と謁見する際の並びはリーンハルトを先頭にパトリック、そしてその後ろにユリアンとランベルト、そして俺と最後方に従者たち一同という席次で臨む予定だったのだ。
それが、こんな森の中で、しかも、リュディガーとアデリナが先に俺に対して跪き、それに対してリーンハルトとパトリックが、突然エアハルトとハインリヒだというリュディガーとアデリナに向かって跪いて頭を下げたのだから、混乱するのは仕方がないことだと思うのだが、どうだろうか……。
そんな俺の心情を察したのかどうかは分からないが、リュディガーとアデリナ(エアハルトとハインリヒらしいが)の二人が立ち上がると、おもむろに身に着けていた白い仮面を外した。
「リーンハルト殿、パトリック殿、そして皆様。どうかお顔をお上げください。すでにお気づきかと思いますが、改めまして。私がヴェスティア獣王国第二王子のエアハルト・ブリッツ・ヴェスティアです。そして、こちらにおられるのが……」
「うむ、我が名はハインリヒ・ブリッツ・ヴェスティア、このヴェスティア獣王国の国王である。そして、アサヒナ子爵よ。先ほども申したが、改めて礼を言う。我が娘、アポロニアの命を救ってくれたこと、感謝する」
二人の言葉を受けて顔を上げると、俺の目の前には白い仮面を手にした二人の男性が立っていた。その姿は、リュディガーとアデリナの姿とは全く異なり、銀髪狼耳の爽やかなイケメンの男性と、金髪狼耳の筋骨隆々な壮年の男性だったのだ。
「……え、この方が、エアハルト様と、ハインリヒ国王陛下?」
俺は今目の前で起こっていることが未だによく分からない状況ではあったのだが、アポロニアと同じ狼耳を持つ二人の姿を見たことで、少しずつではあるが、この二人が本当にアポロニアの親兄弟ではないか、即ちヴェスティア獣王国の国王陛下と第二王子なのかもしれないと考え始めたのだった。
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