忍び寄る二つの影
「何者かっ!」
俺たちの背後に現れた二つの影がゆらりとこちらに向かってくる。それを牽制するように、真っ先にセラフィが剣を抜いて牽制した。
辺りは俺たち以外の人の気配など無く、月や星の明かりもまばらにしか届かない森の中だ。そんなところに、王都から人目につかぬよう逃げ出してきた俺たちを除いてわざわざやって来る者など、一つしか心当たりはない。
つまり、『追手』の存在だ。
「むぅ、追手か!?」
「兄上、こちらに!」
「ゴットハルト! お二人をお護りするのです!」
「ティアナもゴットハルトとともにお二人をお守りするのだ!」
「「はっ!」」
漆黒の外套に身を包み、薄白くはっきりとしない顔を覗かせる二人組みが、少しずつ俺たちに迫ってきていた。
それを拒むように、ゴットハルトとティアナがリーンハルトとパトリックの前に出る。同時に、アメリアとカミラ、そしてヘルミーナの三人がユリアンとランベルトの二人を守るように前に出て、こちらに迫る二人組を牽制する。
因みに、ティアナは背負っていたアポロニアをいつの間にかニーナに任せ、そのニーナはリーンハルトたちとともにゴットハルトとティアナに護られていた。
そして、俺はと言えば、ヴァイスを抱えてセラフィの後ろに控えながら、じりじりと迫る二つの影に対峙していたのだが……。そんな緊迫している状況の中で、ニルが緊張感のない声で話しかけてきた。
「(あのぉ、マスター。どうやら、あの二人は昼間に出会った者たちのようですが……)」
「うん? 昼間に出会った?」
「(はい、バールたちの拠点に向かう前に出会った……)」
「あぁ!? もしかして、第二王子の近衛騎士の二人か! 確か、リュディガーとアデリナだっけ?」
「「「「第二王子の近衛騎士!?」」」」
俺が二人の名を口にすると、リーンハルトたちが驚いたように声を上げた。そのせいか分からないが、リュディガーとアデリナの二人は動きを止めて、こちらの様子を窺っているようだった。どうやら、俺たちを警戒しているらしい。
「貴方たち、第二王子の近衛騎士が私たちに一体何の用です? 第二王子は国王陛下とともに行方不明であると聞きましたが、それは真のことでしょうか!?」
俺はセラフィの前に出て、リュディガーとアデリナの二人に話し掛けた。と言っても、状況の確認の一環ではあるが……。
グスタフの謀反により、第一王子のアレクサンダーは身柄を拘束されており、第二王子のエアハルトは国王陛下であり父親であるハインリヒとともに行方が分からなくなっていた。
そんな中、第二王子の専属近衛騎士である二人が俺たちと接触を図ってきたのだ。何かしらの意図があるだろうし、俺たちの知らない情報を持っているかもしれない。そう思って話し掛けたのだが、彼らからの返答は俺の想像を超えたものだった。
「……ふむ……。流石は、アルターヴァルト王国の新興貴族ながら、すでに王家の懐刀と噂されるアサヒナ子爵だけのことはある、か……。すでに我らの名まで調べ上げておるとはな……」
「王家の懐刀? 俺が?」
そんな噂話など初めて聞いたんだけど……。
そのせいか、思わずリュディガーに聞き返してしまった。というか、そういうのって、もっとガッツリ国政とかに関与してたりする人、つまり宰相のウォーレンみたいな人のことを言うんじゃないの? 俺なんて、身分はともかく、貴族としては何もやっていないんだけどなぁ。
「うむ……。確かに、ハルトには、そのような噂が流れているということを聞いてはいたのだが……」
「まさか、すでに隣国であるヴェスティア獣王国にまで、その名を轟かせているとは……。流石はハルト殿ですね!」
リュディガーの言葉に対して、何故かリーンハルトとパトリックの二人が驚いたというよりも、嬉しそうに反応する。
というか、そんな反応をすれば、せっかくユリアンとランベルトの二人が、リーンハルトとパトリックのことを秘匿するために名前を伏せていたというのに、意味がなくなるではないか。
これではリーンハルトたちがアルターヴァルト王国の出身であり、しかも成人前の子供であることから、現在ヴェスティア獣王国に滞在するアルターヴァルト王国の者のことを調べれば、誰だって二人がリーンハルト王子とパトリック王子であることを察することができてしまうじゃないか……。
何故かそんなくだらないことを瞬時に考えてしまったのだが、そもそも、俺のことを知られている時点で、俺たちがアルターヴァルト王国から来た王族と貴族の一行であることはすでにバレバレだったと言えるだろう。
まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも二人についてだ。
「そうそう、昼間はご忠告ありがとうございました。もう少し滞在したかったのですが、思わぬトラブルがありまして、この通り夜逃げの最中でして。特に御用がないようでしたら、どうぞ、お引き取りください」
「……其方らはこのままアルターヴァルト王国へ引き返すのだな?」
「さて、それはどうでしょうね。しかし、せっかくヴェスティア獣王国にまでやって来たのですから、もう少し『社会科見学』でもさせて頂いて、見聞を広めさせてもらおうかとは考えております」
「……ふむ。一体何をするつもりだ……?」
「それは言えません。ただ、現在この国では国王陛下が貴方たちの上司である第二王子のエアハルト様とともに行方不明であり、第一王子であるアレクサンダー様は第三王子のグスタフ様に拘束されている。そして、そのグスタフ様は、残念ながら、我らアルターヴァルト王国に対して友好的ではないらしい。このままグスタフ様が王城を占拠する事態が続けば、王都ブリッツェンホルンを掌中に収めることになるのは必至。ですが……」
「……何だ……?」
「ですが、我らアルターヴァルト王国としては、できればヴェスティア獣王国とは、引き続き今のような良好な関係を継続したいのですよ。私たちもそのために親善大使として、ここまでやってきたわけですから」
「……ふむ……」
「そういうことですので、我々としては、我々に協力的で有効的なお付き合いができるヴェスティア獣王国の王族の方に、国王に就いて頂こうかと」
「……何だと……?」
「つまり、アルターヴァルト王国としては、第三王女アポロニア様にヴェスティア獣王国次期国王となって頂きたいと、そう考えているわけです」
俺はまだ気を失い、ニーナに背負われているアポロニアを指さした。
「何っ!?」
「アポロニア、様、だと!?」
いつもは間を置いて話してくるリュディガーとアデリナだったが、白い仮面に隠れて表情はよく分からないものの、非常に驚いていることは伝わってきた。そういえば、アポロニアとニーナの二人はグスタフの手勢らしき者の襲撃を受けたと言っていたことを思い出す。
「えぇ。偶然ではありますが、グスタフ様の手勢と思われる者たちから襲撃を受けられたそうで、アポロニア様とニーナ殿をお助けしたのですよ。そうですよね、ニーナ殿?」
「アサヒナ子爵様の仰る通り、我々は冒険者として狩りに出掛けた際に、黒尽くめの何者かから襲撃を受けました。私は飛竜の姿に獣人化して、アポロニア様をお連れして何とか空へと逃げることができたのですが、その際、アポロニア様が瀕死となるほどの重傷と、毒を受けられて……。アポロニア様の命が危うい状況の中、海上を彷徨っていたところ、偶然通り掛かられたアサヒナ子爵様たちに助けて頂くことができたのです」
沈痛な面持ちでリュディガーとアデリナに話すニーナは、普段の間延びした口調ではなかった。それだけ今回の一件については深刻に受け止めているのだろう。
「……ふむ、其方はアポロニア様の侍女、確かニーナだったか。アポロニア様の御命を良くお守りしたな」
「いえ、私だけではアポロニア様の御命をお守りすることはできませんでした。先ほどもお話しした通り、アポロニア様は怪我だけでなく、毒を受けておられたのです。もしも、アサヒナ子爵様に解毒薬をご用意頂けなければ……」
「……なるほど、な」
リュディガーはそのように一言口にすると、アデリナと顔を見合わせた。そして、暫くした後アデリナが一つ頷くと、リュディガーとアデリナは二人して俺の前まで歩み寄り、その場に跪いて頭を下げた。
「アルターヴァルト王国のアサヒナ子爵。アポロニアを、我が妹を助けてくださいまして、誠にありがとうございます」
「我からも礼を言う。よくぞ、我が娘を助けてくれた」
「はい?」
リュディガーとアデリナの言葉の意味が全く理解できないまま、俺は暫くその場に立ち尽くした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!




