衝撃の報告と王国の事情
ユリアンとランベルトの二人によって何とも衝撃的な報告が齎された。
何と、件の第三王子グスタフが挙兵し、王城を占拠。ヴェスティア獣王国の国王であるハインリヒと第二王子エアハルトが行方不明、さらに、第一王子アレクサンダーもグスタフの手勢に拘束されたらしい。
つまり、今のヴェスティア獣王国は混迷の極みに達しようとしていたのだ。もちろん、その衝撃の震源地である王城の混乱は想像に難くない。だが、皆が集まっているリーンハルトの部屋も混乱の極みに陥っていた。
「な、なんだと!?」
「それは、ま、真のことなのですか!?」
ユリアンとランベルトが叫ぶように報告した内容に対して、リーンハルトとパトリックはもちろん、その場にいた全員が驚愕していた。だが、それも当然で、俺たちを驚愕させるだけの理由が、それだけ幾つもあったからだ。
一つは、今回の獣王国への訪問は平和的なイベントであって、このようなトラブルとは無縁だと思っていたこと。
一つは、これから国王陛下への謁見をと考えていた矢先に、その国王陛下が行方不明になるとは誰も思ってもいなかったこと。
一つは、バールから聞き取った情報との整合性が取れたこと、即ちグスタフたちの計画が失敗した際に予定されていた行動が実行されたこと。
一つは、これから血を分けた兄弟による凶行を止めなければならないという事実を知ったこと。
そして、自分の父親と兄弟の安否が不明であり、そうなった原因が、血を分けた実の兄によるものである、そういったことだった。
そう。そして、この中で最も衝撃を受けているのは、他でもない、実の父親と兄弟が行方不明だったり、捕らわれていたり、今回の謀反の首謀者グスタフの家族であるアポロニアだった。
「そんな!? 御父様っ! 兄上っ! そんな……」
アポロニアは悲鳴のように声を上げると、その場に崩れてしまった。どうやら、今回の事態を受け止めることができず、気を失ってしまったらしい。
彼女を支えるようにニーナが寄り添うが、彼女も顔色が悪い。だが、それも当然だろう。自分たちの国王陛下と第二王子が行方不明となり、第一王子が捕らえられた。それだけでも十分にショッキングなことなのに、その首謀者が自分が仕えている王女の兄妹である第三王子であり、王女自身も、その命を狙われているというのだから……。
「アポロニア様……」
ニーナはアポロニアを抱き寄せると、唇を強く噛み締めた。その表情を見るだけで、心中を察するというものだ。
さて、ユリアンとランベルトの報告、そしてバールに尋問して聞き出した情報から想像するに、このままこの宿に留まるというわけにはいかなくなったと、考えたほうが良いだろう。そうとなれば、とっとと宿を引き払い、ヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンから離れたほうが安全だろう。
「リーンハルト様、パトリック様! これ以上王都に滞在するのは危険です。速やかに王都から離れることが先決かとっ!」
「幸い、我らは自前の馬車とアサヒナ殿の魔導船で王都までやって参りました。今ならば、ヴェスティア獣王国側に足取りを辿られることなく王都から脱出できるでしょう!」
俺が言おうとしたことを、ユリアンとランベルトの二人がリーンハルトとパトリックに進言してくれた。そう、これは完全に非常事態と言っていい。そんな最中に王都ブリッツェンホルンに滞在するなど愚行中の愚行。
すぐさま、王都から離れて、魔導船スキズブラズニルに乗り込んでしまいさえすれば、アルターヴァルト王国まで戻ることができる。リーンハルトとパトリックの二人の王子の身の安全を考えれば、それが最善であることは明白だった。
「ふむ。二人の提案はもっともだ。だが、このままではアルターヴァルト王国は、何れ獣王国と戦争になるだろう……。それを未然に防ぐためには、今、この場で、我らがやるべきことがあるのではないか!?」
「しかしっ! それでは、リーンハルト様とパトリック様の安全を確保できませんっ!」
リーンハルトの言葉に、ユリアンが反論するところを初めて見たような気がする。だが、俺もユリアンと同じ意見だ。このままブリッツェンホルンに滞在するというのはあまりにも危険が伴う。
「兄上の仰る通りです! 我らは王国と獣王国の友好関係を確認するためにやってきた、アルターヴァルト王国の使者なのですよ? それなのに、このようなことで王国に戻るなど、あり得ません!」
「「むしろ、このような事態を我らが収拾し、改めて王国と獣王国との間で友好の協定を結ぶことが、我らアルターヴァルト王国にとっても有益な外交成果となるのではないか?(でしょうか!?)」」
リーンハルトとパトリックの二人から出てきた勇ましい言葉に驚いた。この危険な状況で何を言っているのかという思いがないわけではない。だが、もう少し俯瞰して考えてみると、リーンハルトとパトリックの言葉が決して的外れなものではないと分かる。
このまま俺たちが王都ブリッツェンホルンを離れたとして、その結果どういう未来が待ち受けているのか。ハインリヒ陛下と第二王子のエアハルトが行方不明で、第一王子アレクサンダーが既に拘束されている状況の中、新たな国王となった第三王子グスタフはきっとアルターヴァルト王国へ戦争を仕掛けてくることになるだろう。
それを未然に防ぐには今この場で立ち上がるしかない。二人の言葉によって、アルターヴァルト王国としての今回の事態に対するスタンスが明確になった。
つまり、今回の第三王子グスタフによる獣王国での謀反に対して、俺たちはヴェスティア獣王国、そしてその王都ブリッツェンホルンの平和と安寧を願う者として手を貸すつもりがある、ということだ。
だが……。それには一つ、大きな問題があった。
それは、そう、単純なことだ。一体ヴェスティア獣王国の誰に対して、アルターヴァルト王国が力を貸すのか、という問題だった。
もしも、俺たちが勝手にヴェスティア獣王国内で暴れれば、当然だが外交上の問題になるということは目に見えている。だが、俺たちが担ぐ神輿(ヴェスティア獣王国の王族)さえ明確にできれば……。
そう、最終的にその神輿となる王族がヴェスティア獣王国の国王の座に治まれば、何の問題にもならないと言えよう。それどころか、アルターヴァルト王国としては、ヴェスティア獣王国に多大な恩を売ることになり、それはつまり、アルターヴァルト王国として大きなメリットが得られるというわけだ。
もちろん、個人的に一方の国に肩入れすることが今の立場(世界神の眷族)として、あまり良くないということは十分に分かっているのだが、それでも爵位を与えられていることもあってか、王国を贔屓目に見てしまうのは仕方がなかった。
さて、俺の事情についてはさておき。俺たちが担ぐべき神輿についてだ。と言っても、ヴェスティア獣王国の王族につてなんて……。一人しかいない。
「リーンハルト様、パトリック様。アルターヴァルト王国がヴェスティア獣王国に対して友好国であることを示されると仰るのであれば、我らはヴェスティア獣王国の王族の支持を表明しなければなりません。ですが、現在のヴェスティア獣王国は、ハインリヒ陛下と第二王子の行方が知れず、また第一王子が此度の謀反の首謀者である第三王子に捕らわれているという状況であります……。そうなりますと、我らが支持するべき王族は……」
「うむ。アポロニア殿、ということになるな」
「はい。残る王族は第五王子のクラウス王子ですが、バールの話によれば既に第三王子側に調略されている模様……」
「そうなると、我らの取れる選択肢としては、アポロニア殿の支持、つまり、第三王女であるアポロニア殿が次期ヴェスティア獣王国国王となれるよう、アルターヴァルト王国として支持をする、ということになるな。だが……」
「えぇ、兄上が危惧される通り、それはあくまでアポロニア殿がヴェスティア獣王国の国王になられることを望まれた場合です……。先日お話しした限りでは、王位については全くご興味を持っておられない様子でしたし……」
「その通り、アポロニア殿が望まぬ状況で、我らが勝手にアポロニア殿をヴェスティア獣王国の次期国王とするわけにもいかぬ。そこで、だ。パトリックも理解できるな?」
「もちろんですとも、兄上!」
「「アポロニア殿を従者とするハルト(殿)に、ヴェスティア獣王国の国王となることを進言し、ご納得頂けるように説得して頂きたい(のです)!」」
「はい!?」
こんな感じで、気がついたら何時の間にか、うちの王国の王子二人から無茶振りをされたのだが、俺は王国からの正式な要請に対して、本当に応えることができるのか不安になりながら、アポロニアとニーナの二人に視線を向けた。
俺たちの勝手な話に対して警戒するような視線を向けるニーナを宥めつつ、まだ気を失っているアポロニアがどのような反応を示すのか、俺は不安に思いながら、彼女の目覚めを待つことにした。
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