二度目の尋問と記憶の消失
俺たちが部屋に戻ると、バールが闇魔法『昏睡』から覚醒していたので、話を聞こうと思ったら、俺たちの命を狙っていたことについて知らぬ存ぜぬを繰り返し、終いにはもう一度『催眠』と『暗示』を掛けろとまで言ってきたのだ。
実は、闇魔法『催眠』と光魔法『暗示』を使った尋問には、一つだけ大きな問題があった。
それは、尋問を受けた本人が何を話したのか覚えていない、ということだ。つまり、何を話したか覚えていないがために、覚醒したあとになって、自らの発言を否定することがあるのだ。
もちろん、尋問する側は調書を取ることから、そのように尋問中に話した内容を否定しても、無駄ではあるのだが、今回バールがそんなことを言ってきたのは、自身が何を発言したか覚えていないことが関係していると思われる。
「ふむ、バールがそのようなことを……」
「お話を伺った際には、単純に嘘をついているのではと、そう思ったのですが、まさかバール本人がもう一度魔法を使った尋問を望むとは……」
「うむ。だが、再び尋問を行ったとしても、結果は変わらぬだろう」
「私もそう思います。魔法を使うだけ無駄ではないですか?」
早速リーンハルトとパトリックにバールのことを相談したのだが、二人ともバールの発言について取り合う必要はないという意見だった。普通に考えれば当然だ。人の記憶、過去の体験や経験が変化することなとあり得ないのだから。
だが、俺はどうにもバールの発言が気になっていたのだ。
ただ、俺の言葉を否定したのではなく、俺のことも知らないようだった。あのあと、セラフィにも会わせてみたが、やはり初めて会ったというような反応を示したのだ。まさかとは思うが、念のため、もう一度魔法による尋問を試してみたかった。
「リーンハルト様、パトリック様。私としては、バールの言う通り、もう一度尋問を行うべきではないかと考えております。理由としては三つ、一つ目は、バールが潜んでいた拠点を制圧した私やセラフィのことを覚えがないと言ったこと、二つ目は自ら魔法による尋問を受けると言ったこと、最後に三つ目ですが……。これは私が気にし過ぎているだけかもしれませんが、尋問中のバールが倒れた際に、バールの口から黒い霧が出てきたのを覚えておられますか? どうにも、私はあれが気になって仕方がないのです……」
「ふむ、なるほどな。まぁ、何にせよ魔法を掛けるのはハルトなのだ。ハルトの好きにすれば良い」
「それもそうですね。私もハルト殿にお任せ致します」
「ありがとうございます。それでは、早速準備を進めさせて頂きます」
リーンハルトとパトリックの二人から許しを得ると、セラフィにお願いしてバールを拘束したまま、改めてリーンハルトの部屋まで連れてきてもらった。バールも今は身の潔白を証明しようと、まな板の上の鯉のようにベッドの上に転がっている。
「さて、それではバールさん。これから貴方に闇魔法『催眠』と光魔法『暗示』を掛けさせて頂きます。魔法を掛けやすくするためにも、できる限りリラックスして下さい」
「ふん、リラックスせよと言うのなら、この拘束を解いてもらいたいところだが、私の身の潔白を証明するためだ。やむを得んな……」
そう悪態づいたものの、素直に『催眠』と『暗示』に掛かってくれた。
「では、早速始めましょうか。バールさん、貴方は何故アルターヴァルト王国から来た貴族を監視されていたのですか?」
「……わ、分からない……」
「分からないとは、どういう意味でしょうか?」
「……か、監視など、しておらぬ……。き、記憶に、ないことだ……」
「へっ!?」
「なんだと!?」
「そんな、まさか!?」
バールの言葉を聞いて、俺は思わず変な声を上げてしまった。
バールの言う『記憶にない』とはどういうことなのか。つい先ほどまでの尋問ではあんなにもはっきりとグスタフによる命令で監視していたと話していたのに、それが記憶にないとはどういうことなのか。
これにはリーンハルトとパトリックの二人だけでなく、アポロニアやニーナなど周りのメンバーも驚愕の表情でバールを見つめている。
「ふむ。残念ながら、貴方の証言が前回の証言と全く異なるようですね。この場合、先に得られた証言が正規のものとなります。つまり、たった今、貴方が証言された内容では、我々からの嫌疑を晴らす証拠になり得ない、そういうことです」
「……そ、そん、な……。わ、私は……。私はそのような不埒な行為をするなど、あり得ません。ど、どうか……。も、もう一度、ご確認を……」
ふむ……。もしも、バールがただ嘘をついているのだとしたら、このような回答にはならないはずだ。
というか、そもそも魔法による尋問で嘘をつくことなど通常できるようなものではない。何らかの魔導具やアーティファクトがあればそのようなことも可能かもしれないが……。
だが、今尋問を受けているバールは拘束した時点で身体検査も行っており、特に不審なものは持っていなかったので、その可能性はなかった。つまり、それほどまでに魔法による尋問の精度は高いのだ。
それにもかかわらず、前回聞き出した情報と、今回聞き出した情報に差異があるというのは、この世界の常識に照らし合わせてみると、まったくもってあり得ないような状況だったのだ。
うーむ。しかし、そうなると、バールから完全に俺たちを狙っていたという記憶が消え去っている、ということになるわけで……。
「一体、どういうことなんだ?」
リーンハルトやパトリックの二人もきっと、俺と同じように頭の上にハテナマークが浮かんでいるはずだ。
一体バールの身に何が起きているのか、俺たちには全く理解ができなかった。分かっていることは、バールが最初に尋問した時に話した内容と、たった今尋問した時に話した内容に大きな差異がある、ということだけだ。まぁ、それこそが大問題なのだけれど……。
「ふむ。なるほどな……。ハルトの危惧していた通り、この者が我らの命を狙っていたという、そのような記憶は綺麗サッパリ消えてしまっているらしい」
「しかし、兄上! そうなりますと、この者が我らの生命を狙っていたと証明することが難しくなります!」
「うむ。パトリックの言う通りだな。ハルトよ、どうする?」
うーん。これは困ったことになった。
今回の尋問の結果、バールの記憶からは俺たちを狙っていたという記憶が何故かなくなっていることが分かった。ということは、今後、何度尋問を行ったとしても、もはや俺たちを狙っていたという自白を得られることはないだろう。
それはつまり、最初の尋問で取った調書の信憑性がないということになり、バールから取った調書だけでは第三王子グスタフが俺たちの命を狙っていることを証明することが難しくなってしまったのだ。
「仕方がありません。これ以上を尋問を行っても得られる情報はもうないとみるべきでしょう……」
「ふむ、確かにな。では、バールへの尋問はこれまでとしよう。しかし、そうなると、あとは国王陛下と直接お話しして説明するしかないな。ユリアンとランベルトが謁見の約束を取り付けてくれれば良いのだが……」
「そうですね。では、次の質問で最後にしましょう。バールさん、貴方が最後にグスタフ王子とお会いされたのはいつでしょうか?」
「グ、グスタフ様とは、な、七日前に、お、王城でお会い、した。あ、新たに手に入れられた、貴重なけ、剣を見せて頂けると、お話をい、頂いた……」
「(アポロニアが話していた件の剣か……)ふむ。貴重な剣ですか」
「そ、そうだ。グスタフ様は、き、貴重な剣を集めて、おられるのだ」
「それで、それはどのような剣だったのです?」
「そ、それは……」
俺の質問にバールが答えようとしたその時、部屋のドアが勢いよく開いた。それと同時に、王城へ向かっていたユリアンとランベルトの二人が、物凄い勢いで部屋の中に駆け込むと、二人は揃って衝撃的な内容を口にしたのだ。
「リーンハルト様、パトリック様! 大変です、謀反ですっ! 第三王子グスタフ王子が挙兵、王城は既に第三王子の手勢に占拠されてしまいました!」
「さらに、ハインリヒ国王陛下と第二王子エアハルト王子が行方不明! 第一王子アレクサンダー王子は既に第三王子の手勢に身柄を拘束されている模様!」
グスタフが挙兵し王城を占拠、ヴェスティア獣王国の国王陛下と第二王子が行方不明、そして、第一王子がグスタフの手勢に拘束された……。
あまりにも衝撃的な二人の報告に、俺の頭が追い付いていなかったのだが、どうやらこの国が大変な事態に陥ったのだということだけは、理解できたのだった。
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