冒険者ギルド
小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。
朝日の温もりが頬から瞼の上まで届いたとき、ようやく朝が来たことに気付き目が覚めた。
既に日は登り始めており、外からは人の活動の気配が感じられる。
「くぁぁっ……ふぅ」
まだ頭がしゃんとしていない状態だけど、ソファーから起き上がり大きく欠伸をした。
「おはよう、ハルト」
声がするほうに顔を向けると、既に着替えたカミラがベッドに腰掛けていた。
「おはようございます。カミラさんは早起きですね」
「冒険者の癖、かも。アメリアも起きて顔を洗ってる。ハルトも起きて顔を洗うといい。そしたら朝ごはんを食べよう」
「そうですね、そうします」
毛布から抜け出し、風呂場から出てきたアメリアとすれ違い様に朝の挨拶を済ませ、洗面台にて顔を洗う。ようやく目が覚めたみたいだ。
昨日フリーダに借りたフードを被り、三人揃って食堂で朝食を取る。
今朝の朝食は、コンソメ風のスープに、生野菜のサラダ、スライスされたバゲット、それから、ボイルされた熱々の大きな腸詰めがところ狭しと並んでいた。
スープは琥珀色に透き通っているが、何ともいえない滋味に富んだ味わいだ。
サラダをシャキシャキと頂く。どうやら既にドレッシングと和えてあるようで、何かのオイルと柑橘系の酸味、ピリリとした山椒に似た刺激が食欲をそそる。
極めつけはこの腸詰めだ。朝から食べるようなサイズではない気もするが、冒険者が活動をするにはこれくらい食べないと精が出ないのだろうか。
大きな腸詰めにフォークを指すとその瞬間に肉汁が飛び出す。それを小さな口に持っていき噛り付く。溢れんばかりの肉汁が口内を熱さと旨さで蹂躙するが、それを厭わず、噛り付く。噛り付く。噛り付く……。
「はふぅ……」
あれだけあった朝食も気付けば粗方食べ終えていた。ルッツの料理は本当に美味しいなぁ。
「さて、今日は冒険者ギルドに行ってハルトの冒険者登録だな」
「そうですね。まだ冒険者としてやっていけるのか不安ですけど」
「大丈夫、私たちが守ってあげる」
そんなことをいいながら早速支度をすると、宿を出て冒険者ギルドを目指して歩く。
昨日は気が付かなかったが、冒険者ギルドの建物はこの宿から比較的近い、平民街の大通りに面したところにあった。王都の門から一本道で来れるという、冒険者にとっても好立地だ。
ギルドのスイングドアを押し退けて中に入ると、条件の良い依頼を探す冒険者たちで入り口横の掲示板には人だかりができている。
俺たち三人はその集団の中を掻き分けながら受付のあるカウンターを目指した。
「いらっしゃい、アメリア。依頼かしら?」
「いいや、この子の冒険者登録をしたいんだ」
カウンターにいたエルザが俺たちを見つけて声を掛けてくれた。それに反応してアメリアが俺の両肩に手を置いてカウンターの前に押し出す。
「へぇ。新人の登録ね。それなら早速。この水晶に手を置いてみてね」
そう言って、カウンターの奥から、魔法陣らしき模様が施された台に鎮座したバレーボールに使うボール位の大きな水晶をカウンターの上に置いた。
言われるがままに手のひらを水晶の上に置いてみる。
因みに、今の俺の背丈ではカウンターの上に手がギリギリ届くような状態だったのでアメリアが抱き抱えてくれていた。
暫くすると、水晶に触れた手から身体中に熱が駆け巡る感覚が起こった瞬間、水晶が眩く光を放った。カミラに聞くと、この水晶は触れた人の名前や年齢、性別を読み取る魔導具らしい。便利な道具だ。
これによって冒険者が身分を偽称できないようになっているとのことだ。なるほど、良くできている。
「登録できたようね」
エルザが水晶の台座からドッグタグのような小さな金属片を出す。金属片にはこの世界の文字と思わしきものと、一粒の無色透明な宝石が埋まるように付いていた。
「ハルト・アサヒナ君。これはギルドから認められた冒険者だということを示す証、ギルドタグよ。無くさないようにね。もし無くしたら再発行に銀貨五枚は掛かるから気を付けてね」
「わかりました」
それにしても、ハルト・アサヒナかぁ。薄々感じてたけど、やっぱり姓名が逆の世界なんだな。
そんな下らないことを気にしながら、エルザからギルドタグを受け取り裏表を確認したが……。
全く読めないな、これ……。
そう、俺はこの世界の文字を理解できないことに気づいた。
アルファベットとも記号ともいえない模様を見て途方に暮れる。
普通、読み書きくらいできる状態で転生させてくれませんかねぇ?
ちょっと心の中で世界神に対する愚痴を呟きながらギルドタグに記載されている内容を聞いた。
「これって、どう見ればいいんですか?」
「あぁ、ここに名前と年齢、それに性別が書かれている。冒険者ランクはこの宝石の色が表してるんだ。駆け出しのFランクは無色透明で、Eランクは青色、Dランクは黄色、Cランクは緑色、Bランクは赤色、Aランクは銀色、Sランクは金色になるんだぜ。相手の実力もギルドタグを見れば分かるってもんさ!」
そう言ってアメリアが自分のギルドタグを見せてくれた。
アメリアのギルドタグには赤色の宝石が埋め込まれており、それは、彼女がBランク冒険者であることを示していた。前に彼女を鑑定したときの結果とも合っているし、確かなものなのだろう。
そして、俺のギルドタグにも名前と年齢に性別が書かれているはずだ。今は、読めないけど。
因みに、冒険者ギルドへの登録料は無料だった。冒険者の数を増やすために誰でも無料で登録できるようにしているらしい。
それから、簡単に冒険者ギルドについてエルザから説明を受けた。
依頼にはランクが設定されており、自分の冒険者ランクとその一つ上のランクまでしか受けられない。
依頼を受けるときは掲示板から依頼用紙を取り、カウンターで受付にギルドタグと一緒に渡す。すると、ギルドタグに依頼受付中という情報が登録されるようだ。依頼に成功した際はその証明となるものとギルドタグを受付に渡すことで依頼完了。
ただ、失敗した場合は同じ依頼を連続では受けられないし、何度も失敗すると適性なしと見なされて、その依頼は受けられなくなる。
ひどい場合はペナルティがギルドから課せられるらしい。
また、依頼を達成することでポイントが得られ、一定数まで得ることで冒険者ランクが上がる。ただし、これはギルドマスターの権限で変わることもあるらしい。
冒険者ランクが高いということは高難度の依頼に対応できる優れた能力を持つことを意味するが、それがそのまま力の強さとなるわけではないらしい。
依頼の内容は強い魔物の討伐だけではなく、調査、探索の類いや、伝令や要人の警護、アイテムの入手なんてものもある。
だから、強くなくてもスキルによって達成できる依頼をこなして高ランクになる冒険者もいるそうだ。ただ、やはり力が強いほうが依頼を達成しやすいみたいだけど。
「大体こんなところかしらね。あと、依頼中に討伐した魔物や採取した薬草なんかは奥の買取窓口に持ってくといいわよ」
「なるほど、わかりました」
一通りの説明を受けた俺はアメリアとカミラの二人と一緒に掲示板の前まで来た。
ギルドに来たときは冒険者たちが大勢いたが、今は割りと空いていた。早速掲示板を見てみるが……。
だから、俺には読めないんだって!
そう、この世界の文字が読めないことにはどうしようもなかったのだが、一枚の依頼が気になって手に取る。
これって……ハイレン草かな?
そう、この依頼書は数少ない挿絵が描かれていたものだった。ちょっと気になって依頼書を見つめてしまう。
『依頼内容:ハイレン草の採取(最低五枚)
ランク:ランク問わず。
依頼期限:特になし
備考:鮮度の高いものをなるべく早く、なるべく多目に。
報酬:大銀貨五枚〜※採取した数と鮮度により応相談』
おぉ? もしかして、鑑定したらこの世界の文字が読めるのか?
ちょっと驚きながらも、鑑定の便利な使い方を見つけて少し得した気分になった。完全に能力の無駄遣いではあるが……。
それはさておき。
「アメリアさん、カミラさん。この依頼を受けたいんですが」
「このあと神殿に行くんじゃなかったのか?」
「冒険者になったからといって直ぐに依頼を受けるのは良くない。しっかり準備するべき」
「あー、いえ。実は、昨日森でハイレン草を見つけて採取してたのを思い出しまして。これを受付に持っていこうかと」
アイテムボックスからハイレン草を取り出して二人に見せると、二人とも驚いた顔でこちらを見てきた。
「ハ、ハルト……お前どこからそれを出したんだ?」
「ハルトはアイテムバッグを持っていなかったはず」
「あ……。えっと、ちょっと耳を貸して下さい」
念のため他の冒険者には聞こえないように二人に伝えた。
「あの、アイテムボックスという魔法で収納してました」
「「アイテムボックス!?」」
だが、意に反して二人は驚いて声をあげてしまい、周囲の冒険者から視線を集めてしまったが、それも直ぐに収まった。
「もしかして、珍しかったですか?」
「空間魔法の使い手は少ない。さらに収納魔法は熟練された技術が必要。その歳で使える人はたぶんハルト以外にいないと思う」
カミラがそう教えてくれた。
そうか。空間魔法は使い手が少ないらしい。覚えておくことにする。
「そうでしたか。あまり他の人には見せないほうが良いでしょうか」
「いや、他の冒険者に見られても、アイテムバッグと違って奪えるものでもないからな。だが、トラブルを避ける意味でもあまり人の居ないところで使ったほうが良いだろう」
「なるほど、分かりました」
アメリアとカミラに相談した後、依頼の紙を取って受付に持っていき、エルザに渡して早速依頼を受ける。そしてその場でハイレン草を二十枚ほどを渡して依頼達成の手続きをした。
「確かにハイレン草ね、鮮度も良いわね。偶然持っていたとはいえ、これ、新人冒険者の依頼達成の最短記録よ、ハルト君」
「そうなんですか。まぁ、運が良かっただけですよ」
「ふふ、そうかもね。はい、ギルドタグと報酬よ」
ギルドタグと報酬の入った袋を受け取った。早速中身を見ると金貨三枚が入っていた。
「こんなに、頂いて良いんですか? 書いてあった報酬よりだいぶ多いですよ」
「今朝出された依頼が昼前に達成され、最低五枚集まればと思っていたハイレン草が二十枚も集まった。鮮度もいいし、依頼主の提示した最高額でも問題ないと判断したのよ。きっと依頼主も喜ぶわ」
「そうですか。でしたら、ありがたく頂きます」
こうして、特に冒険をすることもなく依頼を達成した俺は、アメリアとカミラと一緒に次なる目的地、神殿に向かうことにした。
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