グスタフの変心
「さて、これからのことについてですが……」
尋問中に倒れたバールについては、俺の部屋にもう一つベッドを運ばせて寝かせている。一応、念には念を入れて、闇魔法『昏睡』を掛けて眠らせているし、身体も拘束した状態で、だ。余程のことがなければ、しばらくは静かに寝ていてくれるだろう。
さて、話を戻すが、これからのことについてだ。
「ただ静観しているというわけには、いかないでしょう」
「うむ……。だが、どうするべきか」
ユリアンとランベルトが思案しながら呟く。ユリアンの言う通り、こちらも命を狙われている手前、ただ静観しているというわけにはいかないだろう。
「アポロ、いえ、アポロニア様。第三王子のグスタフ王子という方は一体どういった方なのでしょうか。先ほどのバールさんから聞き出した内容を聞く限り、あまり印象の良い方ではないようですが……。よろしければ、詳しくお話を聞かせて頂けませんか?」
アポロニアに改めて第三王子について確認する。自分の親兄弟に手を掛けてまで王位に就こうとするのだから、余ほど酷く歪んだ性格の持ち主なのだろうと、思ったのだが……。
「グスタフ兄上は兄弟の中でも特に明るい性格で、笑顔が素敵な方です。元気で活発で、よく勝手に王城を抜け出しては狩りに出掛けて父上に叱られていましたが、それでも、いつもニコニコと、笑顔を絶やさない方で。『アレクサンダーが王位を継承すればいい、俺は冒険者が性に合ってるよ』と、常々お話されていました……。それなのに、どうして、グスタフ兄上が、こんな、こんなことを……」
「アポロニア様……」
アポロニアの表情から心を痛めていることを察する。隣のニーナも思うところがあるのだろう。
しかし、話を聞くとグスタフは悪い男ではないらしい。自分から王位に興味がないようなことを話していたというのならば、今回の一件は全てバールたち、部下の暴走なのだろうか。だが、バールはグスタフの命令だと言っていた。
「では、グスタフ王子が心変わりされた、ということでしょうか」
「分かりません……。私もここ最近は冒険者として城下に滞在することが多く、暫らく王城にいる兄上たちにお会いすることがありませんでしたので……」
「そうですか……」
うーん、何故グスタフが急に王位を求め始めたのか、それが分かれば何か打てる手でも考えつくかと思ったが、アポロニアの情報だけでは限界がありそうだ。やはり、バールを起こして情報を聞き出すほうが早いかもしれない。
「そういえば……。グスタフ兄上は珍しい剣や貴重な剣を集めるのが趣味なのですが、最後にお会いした際に、『もうすぐ貴重な剣が手に入るんだ』と、いつも通りにこやかにお話ししてくださいました。それなのに、どうして……」
生前の世界もそうだったように、この世界にも何かをコレクションするという趣味の人間は一定数いる。特にこの世界では見た目の珍しさや豪華さ、繊細さといいうものよりも、どのような『効果』が付与されているかが高価値になるポイントなのだそうだ。
つまり、魔力を通すことで効果を発動する『魔導具』であったり、魔法等が付与されたアイテム、即ち『アーティファクト』がそれらに該当する。例えば、宝石のコレクターにとっての最上級のコレクターズアイテムは、何らかの魔法が付与されたアーティファクト級の宝飾品となる。
つまり、グスタフがもうすぐ手に入るとアポロニアに話していた貴重な剣の正体、それはきっと『アーティファクト級の剣(武器)』ということになるだろう。
だが、アーティファクトといっても、基本的には何らかの魔法が付与されただけの剣がほとんどだ。グスタフの性格を酷く変えるような効果を持つとは思えないが……?
「アポロニア様、色々と教えて頂きありがとうございます。きっと、グスタフ王子も本心でこのようなことをされているのではないと思います。グスタフ王子にお会いして直接お話を伺ってみるのはどうでしょうか」
「……はい、それができれば一番良いのですが……」
アポロニアの話を聞く限り、俺にはグスタフが心の底から悪い奴ではないような気がしていた。
だが、何故急に親や兄弟に手を掛けるようなことを始めたのか。それには必ず原因があるはずだ。そして、それを確認するには、グスタフ本人に直接問いただすのが手っ取り早くて確実だと思ったのだが……。
「うむ。ハルトの言うことは分かるが、グスタフ王子の命を受けた者たちによってアポロニア殿とニーナ殿が襲われたのは、先ほどのバールから聞き出した通り、事実。そして、我らも狙われている状況なのだ。直接グスタフ王子に会うというのは、流石に危険が過ぎる」
「その通りです。確かに、グスタフ王子が話し合いに応じてくれる相手であれば良いですが、もしも、我らに剣を向けてくる相手だったらどうするのです。もう少し、慎重に行動したほうが良いでしょう」
リーンハルトとパトリックの二人から諫められてしまった。
冷静に考えれば、二人の言う通りだ。現実問題として、相手は俺たちに敵意を向けてきている。そんな相手の前にのこのこと出て行こうものなら、グスタフ本人に会う前にトラブルに巻き込まれてしまうだろう。それに、これは俺だけの問題ではない。ここにいるリーンハルトやパトリック、ユリアンやランベルトたちの命にも関わることだし、国と国との問題でもあるのだ。
「……申し訳ありません、リーンハルト様、パトリック様。どうやら焦りのあまり、思考が先走っていたようです。お二人からお諫め頂き、冷静になれました。ありがとうございます」
俺は二人に跪いて頭を下げた。どうも最近の俺は、セラフィの強さを自分の強さと勘違いしているような、そういう節があるように思う。もっと、慎重に、冷静に行動しなければ。
だいたい、だ。流石に元三十七歳のおっさんが、十三歳と九歳の子供からこんな風に諫められれば、一周回って頭を冷やさなければと冷静になれるというものだ。
「うむ、分かってくれたようで良かった。さて、これから我々がとるべき行動だが、やはり、ヴェスティア獣王国の国王、ハインリヒ陛下に今回の一件についてご報告するべきだろう。命を狙われているのは、何も我々に限ったことではない。ハインリヒ陛下と第一王子のアレクサンダー王子、そして第二王子のエアハルト王子と第五王子のクラウス王子、彼らの命も狙われておられるのだからな」
「そうですね、兄上の仰る通りかと。うまく交渉ができれば、我らにも協力頂けるかもしれません。ユリアン、ランベルト。すぐにハインリヒ陛下に謁見できないか、王城に連絡を取ってください!」
「「はっ!」」
パトリックの命を受けて、ユリアンとランベルトの二人は従者のゴットハルトとティアナを連れて、すぐにリーンハルトの部屋から飛び出て行った。
「ふむ、あとはユリアンとランベルトからの朗報を待つしかないか」
「そういえば、ハルト殿はいくつか報告があるとのことでしたが、第三王子の手勢を制圧されたこと以外にも何か報告があったのでは?」
「そういえば……」
パトリックの言葉を受けて、もう一件報告するべき内容があったのを思い出した。そう、第二王子エアハルトの近衛騎士達からの忠告の件であった。まぁ、今更という気はするけれど。
「実は……」
俺はバールたちが潜伏していた拠点に向かう前に起こったことをリーンハルトとパトリックに説明したのだが、二人ともため息とともに、『そっちを先に報告するように』と呆れられながら言われたのだった。
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