ブリッツェンホルン到着
ヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンから北にのびる街道沿いの森の中に見つけた空き地に、俺たちはスキズブラズニルを錨泊させることにした。
もちろん、そのまま錨泊させようものなら、すぐにそばを走る街道を通る者たちによって見つけられてしまうため、船体をスキズブラズニルの認識阻害機能によって隠している。
そして、俺たちは今、森から街道へと抜けて、一路街道の南にあるヴェスティア獣王国の王都ブリッツェンホルンを目指していた。もちろん、徒歩ではなく、馬車に乗ってだ。
うちの屋敷まで乗ってきたリーンハルトたちの馬車を、そのままスキズブラズニルに乗せて来たのだ。俺たちの馬車も含めて。そう、実は今回の旅に向けて、二頭引きの立派な馬車を一台、ラルフに用意してもらっていたのだ。
もちろん、アサヒナ子爵家の紋章も描かれた、ユリアンたちの馬車に勝るとも劣らないほどのものだ。当初は、馬車などではなく、ずっとスキズブラズニルに乗って移動すれば良いのではと考えていたのだが、獣王国の王都ブリッツェンホルン内での移動はそういうわけにも行かないということが分かり(冷静に考えれば当たり前のことなんだけど)、結局俺も自前の馬車を用意することにしたのだ。
ふむ、羊の皮をかぶった狼号の調子は良さそうだな。
俺が密かに名付けた馬車の名前だ。『羊の皮をかぶった狼』。
その名の通り、その性能は通常のそれとは大きく異なる。馬車の車体は馬たちが重さを感じさせないほどに軽量化されているし、馬車の室内も俺の空間操作によってうちの屋敷ほどに拡張されている。もちろん、風呂とトイレも完備だ。そして、馬車内は揺れや振動が発生しない造りとなっている。つまり、外から見れば多少豪華な馬車だが、その内部は豪邸の室内と変わらないほどの快適な空間となっていた。
まぁ、これくらいなら許されても、良いよね?
そんなことを考えながら、俺たちは馬車に乗り込んだのだが……。
「これはまた……。ハルトは随分張り切ったみたいだなぁ!」
「とても広い、全く揺れない、そしてとても静か。これって、馬車?」
「一体どこにお風呂とトイレがついた馬車があるのよ……。もう突っ込む気力もないわ……」
「主様、もう少し自重というものを覚えられたほうが……」
うちの女性陣から呆れとも諦めともつかない口調で何故か責められたのだった。その割には皆ニコニコとしながら馬車の中で寛いでいるのだが……。
そんな様子を今日からうちの従者となったアポロニアとニーナが見ていたのだが、口を開けて、というか、顎を外したかのような表情で固まっていたのだった。
「おっと、アポロとニーナには刺激が強すぎたみたいだね」
「ハルトと一緒にいると感覚がおかしくなるけれど、二人の反応が普通だと思う……」
「その通り。ハルトのやることがぶっ飛んでいるのが悪いのよ!」
「うぅ。主様、このままではかばい切れません……」
おいおい、皆酷い言いようだな……。
これでも人事部が文句を言ってこない程度にしか改造していないし、このマギシュエルデの文明に合った改造しかしていないはずなのに……。とはいえ、そんなことを言いながらも各施設を利用していることから、皆も気に入ってくれているようなので、特に問題ないだろう。それに、アポロニアとニーナの二人もきっと気に入ってくれる、そんな気がしてきた。
「さ、流石はアルターヴァルト王国でも高位と言われる錬金術師のアサヒナ子爵様ですね……。このような馬車は我が国でも見たことがありません……」
「その通りです〜! やはり私の目に狂いはありませんでしたぁ。私はぁアサヒナ子爵様のぉ、いいえ、ハルト様の従者として頑張ります〜!」
そんなニーナの力強い宣言を受けると、何故か四人の女性陣の目つきが鋭くなったような、不穏な寒気を感じたのだが、きっと気のせいだろう。
「さ、さて。今のところ旅路は順調だな! それにしても、獣王国とはどのようなところかと思ってたけれど、意外と普通だなぁ」
「アサヒナ子爵様はどのようなところを想像されていたのですか?」
話題転換の為に何気なく馬車の外を眺めながら呟いた言葉にアポロニア、いや俺の従者役のアポロが聞いてきた。
「そうですね、アルターヴァルト王国よりも南の大陸ですし、もう少し南国的な雰囲気なのかと思ってました」
「なるほど。確かに北の大陸の方は良くそういうイメージを持たれるそうですが、王都は北部にありますから、そこまで南国風の植生ではありませんね」
「そうなんですか。少し残念ですね」
「ヴェスティア獣王国の国土は縦に長く広いので、王都から南方に向かって旅をすると、北部から南部に向かうに連れて、少しずつ南国の雰囲気が出てきて楽しいですよ」
「そうなんですか。一度、時間の余裕があるときに旅をして回ってみたいですね」
「そのときは私がご案内しますよ」
「わ、私もご一緒します〜!」
「ありがとうございます。それは楽しみですね」
アポロニアとニーナの二人に獣王国について話を聞いているうちに、馬車の中にも和やかな雰囲気が戻ってきたのだが、いつの間にか俺は盛大なフラグを立てていたことに、このときは気づくはずもなかった。
さて、既に日も高く登り、普段よりも少し気温が高く感じるのは、流石は南の国だからだろうか。ユリアンの馬車を先頭に、ランベルト、リーンハルト、パトリック、そして俺たちの馬車の順で王都を目指していたのだが、少しずつその歩みが遅くなってきていることに気がつく。
馬車の中からも、外に人の気配を感じることが多くなったことから、恐らくは王都ブリッツェンホルンの近くまでやって来たのだろう。
「そろそろ王都ですかね?」
「そうですね。王都内に入るまでに普通なら検問があるはずなのですが、こちらはアルターヴァルト王国の貴族、それも外交にやってきた賓客ですから、それほど長くは掛からないかと思います」
「それなら安心ですね。念の為、アポロとニーナのお二人は必要がない限り顔を出さないようにしてください」
「「分かりました(〜)」」
そんなやり取りをしている間に、目の前には王都ブリッツェンホルンの巨大な城壁ともいえる真っ白な壁が見えてきた。アルターヴァルト王国の王都アルトヒューゲルのものに勝るとも劣らない、立派なものだ。いや、壁面の見事な白色を見るに、美しさならこちらに軍配が上がるかもしれない。
先頭の馬車からゴットハルトが飛び降りて、検問を行う門番のところに走って向かう。
それに続いてランベルトの馬車からもティアナが降りて、ゴットハルトの下へ向かった。今回は先触れを行う者もいないため、ユリアンとランベルトの従者である二人が、その役目についたようだ。ただ、乗馬用の馬がいないので、できるだけ王都に着いてから駆け足で向かうことになったのだ。
「私は王国に仕えるシュプリンガー伯爵配下のゴットハルト・ロンメルと申す。我らはアルターヴァルト王国より参った、リーンハルト王子殿下とパトリック王子殿下一行である! この書状にある通り、リーンハルト王子殿下とパトリック王子殿下はヴェスティア国王陛下との会談のお約束を頂いている!」
「同じく、クルト侯爵嫡男ランベルト様配下のティアナ・ブルーメだ。こちらの書状にある通り、この度アルターヴァルト王国国王陛下からヴェスティア獣王国国王陛下への親書を届けに参った。門を通して頂きたい」
「「し、少々お待ち下さい!」」
ゴットハルトとティアナの二人がそれぞれ来訪の目的を伝えると、検問役を務めていた二人組の門番が詰め所に急ぎ戻っていった。恐らくは上司に王国からの来客を伝えに向かったのだろう。
しかし、ゴットハルトとティアナの二人が馬車から降りたことにちゃんとした理由があったとは。リーンハルトにはヴェスティア国王陛下との会談を、パトリックにはヴェスティア国王陛下へ親書を届けるという役割を任されているらしい。
さて、暫く待っていると先ほどの二人の門番とその上司がやってきた。だが、その三人は訝しげな表情でこちらの様子を伺っている。
「国王陛下との会談のご予定と親書をお届けに参られたという、アルターヴァルト王国からの賓客というのは、皆様でしょうか?」
「あぁ、そうだ」
ゴットハルトが応えるとティアナも同時に頷く。二人は門番の上司に向かって改めて書状を提示した。
「ふむ……。確かに、間違いなくアルターヴァルト王国の物のようですが、しかし……」
「どうかしたのか?」
「確認ができたのであれば問題なかろう?」
「……いえ、確かにアルターヴァルト王国から国賓が来られるというのは伺っておるのですが……。私の知る限りでは、半月ほど先のご予定だったはずなのですが……」
「「あぁっ!?」」
どうやら、そういうことらしい……。
当初の予定通り、馬車と船でヴェスティア獣王国へと向かう予定であれば、彼らの知る予定通りに到着する予定だったのだが、今回はスキズブラズニルで小一時間も掛からずに獣王国に渡り、そこから半刻で王都ブリッツェンホルンにまでやってきたのだ。
そして、日程の変更について獣王国側に伝わるよりも早く、俺たちが到着してしまったということらしい。
ブリッツェンホルンに着いた瞬間からトラブルか……。
「はぁ」
とりあえず、彼らへの説明をしなければならない為、俺もゴットハルトとティアナの下へ向かうのだった。
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