フリーダ:命の恩人
「(ぅ…… 。ここ、は……?)」
私はBランクの冒険者パーティー『蒼紅の魔剣』と一緒に魔物の森での採取依頼を受けました。
しかし、運悪く、いいえ、ただの実力不足でしたわね。山猪の突撃を避けきれず、深傷を負ってしまい、自らの回復魔法も使えず、回復薬も使い切り、ただただ死を待つだけの状況でした。
ですが、あの時、アメリアとカミラが私に向かって『私の命は助かる』と、そう言って心配そうに私を見詰めていました。
そして、もうひとり、美しい緑掛かった金色の髪をした天使の姿を見ました。だから私は、(あぁ、これは死後の世界に迎えられたのだ)と、思い込んでいたのです。
それが、眼を開けると、最初に馬車の屋根にピンと張られた幌が映り、そして、声のするほうに視線を向けると、馬車の外に顔を出してあれこれと眼を輝かせながらカミラに聞いては納得し、楽しそうに馬車の外を眺める天使の少年と、その少年を甲斐甲斐しく世話をしながら優しく微笑むカミラの姿を見つけました。
あの時に見かけた天使の少年がカミラと楽しそうにしている姿を見て、ようやくあの光景が現実だったのだと理解することができました。
それともうひとつ発見があります。
あまり他人と関わりを持たない彼女が初めて見せたその一面に驚きましたし、同時に私は彼女の人としての成長を感じて嬉しくなって、思わず笑みが浮かんでしまったようです。
そんな珍しい彼女の表情を追いかけていると目が合いました。
「いつから気づいてたの?」
「『だったら、私たちが泊まっている宿に泊めてあげる。』って辺りから。カミラちゃんもお姉さんになったのねぇ?」
「うぅっ!?」
そうカミラをからかうと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまいました。本当に純粋で可愛い子です。
でも、それより先に今回の失態を謝らなければなりません。
「今日はお役に立てなくてごめんなさいね。あれだけの深い傷でしたから、これはもう助からないと思っていたのだけれど……。皆様には随分ご迷惑をお掛けしたようですね。助けてくださり本当にありがとうございました」
「それなら、そこのハルトに感謝するんだな。彼が持っていた回復薬のお陰で傷口もすぐに治ったし、痕も残らなかったんだ」
「そう。ハルトの回復薬は使った瞬間に効果が出るほどの優れものだった。助かったのはハルトのお陰。だから、私たちも感謝してる」
アメリアとカミラが言うには、私が助かったのは、この天使の少年が回復薬を提供してくれたお陰とのことでした。
そうすると、この天使の少年は私の命の恩人となります。
私は普段は王都を拠点とする一介のCランク冒険者をしております。
どの冒険者パーティーにも所属しないフリーの神官ということで、ヒーラーとして多くの冒険者とギルドの依頼を成功させてきました。
しかし、私の本当の名は『フリーダ・フォン・アルターヴァルト』といい。この国、アルターヴァルト王国の第一王女でもあるのです。
私は時折、冒険者として身分を偽り、市井の情報を集めて王国の運営に助力しております。
当然、冒険者であるからには危険は付き物です。ですが、それでも私は冒険者として命を落とす訳には参りませんでした。
しかし、今回の依頼では、私の力不足により致命傷を負い、命を落とすところをハルト様のお陰で救われたのです。
『ハルト様は私の命の恩人』
王家として褒賞を与えたいところですが、何分今の私は身分を隠しておりますので、残念ながらそれは難しく。私ができる範囲で、最大限の御礼をさせて頂くしかありません。
「ハルト様と仰るのですね。この度は命を助けて頂き、本当にありがとうございます。山猪が眼前に迫った時に、私は死を覚悟致しました。ここで今こうして生きていられるのはハルト様に助けて頂いたおかげです。王都に戻りましたら是非とも御礼をさせて頂きたいと思います」
そう伝えると、ハルト様は謙遜されながらこう言われたのです。
『困ったときはお互い様です』
そのように仰るなんて、何と寄特な方なんでしょう!
そもそも広大な魔物の森で他の冒険者に出会い、助けて貰えることなんてほぼあり得ません。また、仮に出会えたとしても、見知らぬ冒険者に回復薬を差し出すなどほとんどの冒険者はしないでしょう。
冒険者は皆、他人よりも自分たちの身を守るだけで必死なのですから。私の思いを察したのか、アメリアとカミラも同じ意見でした。
「それが奇跡的なんだよな!」
「その通り。普通はそこで回復薬なんて知らない人に渡さない!」
「確かに、そうですわね……」
そんなことを三人で話していると、ハルト様は何だか困ったような表情ではぐらかそうとされます。
「まぁ、フリーダさんも無事だったんですから良かったじゃないですか。お礼も本当に、お気持ちだけで結構ですよ」
「そんなわけには参りません! 絶対にハルト様にこの御恩を報いる御礼をさせて頂きます!」
ハルト様には、必ず御礼をさせて頂きます!
その気持ちに気付いて頂けたのか、最後にはハルト様も折れてくださいました。
「そこまで仰って頂けるなら……。ありがたく受け取ります」
「はい! 必ず!」
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気が付けば、すでに馬車は王都の入り口まで着いたようで、馬車の外からは入場待ちのざわめきが聞こえてきます。
ここまで来ればもう安全と言えるでしょう。今日は色々ありましたから、これでようやく気を緩めることができます。
ふとハルト様を見ると何か不安そうな顔をされていました。それをカミラも察しているようでした。
「心配要らない。アメリアが上手くやる」
なるほど、確かにハルト様はこの王都でも大変美しく、まるで地上に舞い降りた天使かと思うほどの神々しさと美しさを感じるほどです。目立たない訳がありませんし、見つかれば何らかの騒動に巻き込まれてしまうでしょう。
「ハルト様のお姿は目立ちそうですし、念のためこれを」
私のアイテムバッグの中に、いつも王城に出入りする際に顔を隠す為の認識阻害の効果が付与されたローブがありましたので、こちらを取り出してハルト様の頭から被せました。
フードのお陰か特に何事もなく王都に入った私たちは冒険者ギルドまで無事に辿り着くことができました。
アメリアとカミラが依頼達成の報告をするため、エルザのいる受付に向かいます。その後ろ姿を見送りながら私は考えておりました。
確かに依頼は無事達成しましたが、私はほとんど役に立たず、それだけでなく命まで落とし掛け、アメリアとカミラにも迷惑を掛けてしまいました。そして、ハルト様にも……。
「(このままでは皆の足手まといになってしまいますわね。せめてアメリアとカミラのように、自分の身は自分で守りながら戦えるBランク冒険者にならなければなりませんわ!)」
今回の結果を受けてもっと強くならなければ、と気を引き締めました。
ですから、依頼の報酬は頂かない、いえ、頂けないとお二人にお伝えしたのですが……。
「フリーダは私たちが山猪との戦闘に入る前、補助魔法で支援してくれた!」
「それだけじゃない! 山猪の他にも魔物が近づく度に気配察知の魔法で助けてくれたじゃないか! むしろ、今回は私たちがフリーダを守れなかったほうが問題さ」
補助魔法での支援など当たり前のことではないですか。
それにヒーラー自身が怪我を負った自身の傷を治せない、当たり前のことができなかったほうが問題です。ですのに……。
「それでも……今回は私の実力不足で皆さんを危険にさらしてしまいました。ハルト様とお会いできなければもっと深刻な事態になっていたと思います……。ですから、こ「「くどいっ!」」」
「今回フリーダが倒れたのは皆の責任だし、報酬が得られたのも皆の成果なんだ! だから報酬は皆で山分けっ! いいね!?」
お二人の優しさに、嬉しくもあり、くすぐったくもあり、そして、ちょっぴり染みるような痛みを感じました。それにハルト様まで私を気遣ってくださっているようでした。
本当に皆さんお優しい方ばかりです。
これ以上、固持するわけにもいきませんでしたので、報酬はありがたく受けとりました。これは今日のことを忘れないように、大切に仕舞っておくことにします。
「今回のことは、本当に申し訳ありませんでした。次に御一緒させて頂くときには、必ずお役に立って見せますわ」
「ああ、またよろしくな!」
「またね」
「それから、ハルト様への御礼も必ずさせて頂きますので」
「あ、はい。あまり無理なさらないでくださいね」
ギルドを出ますと、すでに迎えの者が待っておりました。
王城までの道程を警護し入城を手引きする者たちです。彼らと共に歩む帰路の中で私はずっとハルト様へのお礼について思いを巡らせます。
あら、そういえばハルト様にローブをお貸ししたままでしたわ。お返し頂くのは次にお会いしたときで良いかしら。それともハルト様に差し上げたほうが良いでしょうか。また、お会いしたいですわね……。
王都の城壁に夕日が姿を隠し始めると辺りが少しずつ夜の気配を帯びてきているのを感じながら、私は王城へと戻るのでした。
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