アポロニアとニーナの扱い
そんなこんなで、俺たちはアポロニアとニーナという獣人族の要人を乗客としてスキズブラズニルに乗せて、一路ヴェスティア獣王国の首都『ブリッツェンホルン』に向かっていた。といっても、既に海も渡りきっており、十分もしないうちに到着予定だ。
「皆さん、もう少しでヴェスティア獣王国の首都、ブリッツェンホルンに到着ですよ」
「もう到着だと!? まだ王都を出発して一刻も経っていないのではないか?」
「いえ、兄上、流石に一刻は過ぎておりますよ。アポロニア王女とニーナ殿との件がありましたから」
「ふむ、そうか。だが、もう獣王国に着くとはな。事前にハルトには聞いておったが、これほど早く移動できるとは思わなかったぞ」
「全くその通りですね! 無理を言ってハルト殿にお願いした甲斐があったというものです!」
一応、無理を言っているという自覚はあったんだな……。
「早く到着すれば、その分時間の余裕ができますし、獣王国の観光を楽しむ時間も取れますからね。それよりも、先にアポロニア王女とニーナ殿のことを何とかしなければなりません」
「うむ、このまま獣王国に二人を連れて行っても、すぐに見つかってしまうだろう。それで、ハルトはどうするつもりなのだ?」
「はい、こうするつもりです」
俺は自分に恒常的に掛けている闇魔法『認識阻害』を解いた。
因みに、この認識阻害は少々俺が手を加えた独自の魔法となっていて、俺が許可した者ならば、魔法が掛かっていない状態の、普段の素顔で認識できるようにしていた。
もちろん、リーンハルトやパトリック、それにゴットフリートといった王家の人や、ウォーレンやドミニク、イザークのような王城で出会う人たち、そしてうちの屋敷と魔導具店のスタッフに、アメリアやカミラ、ヘルミーナにセラフィといった仲間たちが主なメンバーなのだが、それにしても最近は知り合いになった人数も多くなり、随分と許可している人が多くなってきたものだ。
まぁ、そのことは置いておいて、俺は再び認識阻害の魔法を掛ける。対象は俺だけでなく、アポロニアとニーナも含めている。
「貴女、ニーナ!?」
「そのお声、もしやアポロニア様ですか!?」
俺の認識阻害を掛けたことで、二人の姿が『獣人族』のそれではなく、『人間族』の姿に変化した。
アポロニアは元々白狼の獣人らしく、白く長い髪と尻尾が特徴的な容姿だったのだが、今はどこにでもいる人間族の少女にしか見えない。また、龍人のニーナも薄いピンクのショートヘアから角が見え隠れしていたり、スカートの裾からは太い尻尾が覗いていたりと獣人族と分かりやすい見た目だったのだが、見事に人間族の少女にしか見えなくなった。
「この姿なら、お二人を知っている方たちにも、素性がバレることはないでしょう。もちろん、声や言葉遣いから推測される可能性はありますが……」
「……ありがとうございます、アサヒナ様。これならば、王城の近衛にも見破られることはないでしょう」
「アサヒナ子爵様ぁ、ありがとうございます〜」
二人から感謝の言葉を受ける。だが、これだけでは不十分だ。今回彼女たちを人間族の姿に見えるようにしたのは理由がある。
一つは、獣人族ではなく人間族の姿にしたほうがアポロニアとニーナの二人だと気付かれにくいと思ったのと、ちょうど都合よく人間族の訪問者、つまり俺たちがやってきたことでその中に紛れ込ませることができると考えたからだ。
そして、俺たちはヴェスティア獣王国にとって外国の要人であり、そう簡単に俺たちに対して手出しすることはできないだろう、そう考えたのだ。つまり、彼女たちを俺たちの仲間であるという設定にする必要があった。俺はその考えをリーンハルトとパトリック、そしてアポロニアとニーナに伝える。
「……ということで、事態が落ち着くまでの間、アポロニア王女とニーナ殿には私の従者という設定で同行頂ければと思うのですが、いかがでしょうか? 幸いなことに、お二人とも冒険者としても活動されておられるようですし、私たちの護衛という形で依頼を受けて頂いたことにすれば……」
「ふむ、体裁を取り繕うことはできる、か……。パトリックはどう思う?」
「私は問題ないと思います。それに、アポロニア王女もニーナ殿も、ハルト殿の側におられたほうが安全でしょうし。あとは、お二人次第かと」
「うむ。アポロニア王女、ニーナ殿。お二人はどうされる? ハルトの提案を受け入れられるか?」
リーンハルトとパトリックは俺の考えに賛成してくれた。後は、パトリックの言うようにアポロニアとニーナの、二人がどう受け止めるか次第だろう。王女とその侍女に、フリとはいえ従者の役目をお願いするのだ。アポロニアが断っても仕方が無い提案だった。だが……。
「私は、アサヒナ様からのご提案をお受けしたいと思います。今のままでは王都へ戻ることもできませんし、戻れたとしても王城へは近づくこともできないでしょう。しかし、それでは、国王陛下である父上にもお会いできないということ……。ですが、アサヒナ様たちと行動をともにすることができれば、王城へ行くこともできるかもしれませんし、国王陛下への謁見もかなうかもしれません。この度の襲撃事件については、国王陛下へ必ずご報告し、兄上たちの争いを止めて頂かなければなりません!」
「……私は、アポロニア様の決定に従います」
ふむ。どうやら、二人とも俺の提案を受け入れてくれるようだ。
アポロニアは俺と行動することで王城へ同行し、国王陛下(つまり、アポロニアの父親)に会えないかと考えているみたいだけれど、俺はそこまで他国の王位継承争いに首を突っ込むつもりはないのだが……。とはいえ、乗り掛かった舟でもあるし、多少はアポロニアに協力してあげるしかないかもしれないな。
「うむ。では、アポロニア王女とニーナ殿は、これよりハルトの従者として行動してもらおう」
「お二人とも、よろしくお願いしますね」
「「はい! ありがとうございます、リーンハルト殿下、パトリック殿下。暫くの間お世話になります、アサヒナ子爵様」」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。しかし、アポロニア王女とニーナ殿のお二人はどのようにお呼びすれば良いでしょうか? このままですと、呼称で素性がばれてしまわれる可能性がありますし……」
「アサヒナ子爵様、私のことは『アポロ』とお呼びください。もちろん、呼び捨てで構いません」
「しかし、よろしいのでしょうか?」
「はい! どうせ、周りからは人間族にしか見られませんし」
「私のことはぁ、今のまま『ニーナ』でお願いします~。どこにでもある名前ですからぁ」
「分かりました。それでは、アポロさん、ニーナさん。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします(~)」」
これで、アポロニアとニーナの諸問題については一段落着いた。
とはいえ、すぐに俺の従者として活動することは難しいだろうと思い、彼女たちのことはアメリアとカミラ、ヘルミーナ、そしてセラフィの四人のお姉様方に任せることにした。アポロニアとニーナなら彼女たちとも仲良くやってくれるだろう。だが、それにしても……。
アポロニアとニーナのことはたまたまだけれど、俺の従者というか仲間って女性が多いよな。いや、俺としては大いに構わないんだけれど。それに、男性が増えて、男女のそういう仲になって、トラブルが増えても面倒だしなぁ……。うん、とりあえずこのことはこれ以上考えるのはよそう。
さて、そろそろ目的地上空かと思っていたところに、ニルが声を掛けて来た。
「マスター、そろそろ目的地、ヴェスティア獣王国首都ブリッツェンホルン上空に到着であります!」
「よし、では錨泊できそうなポイントを探してくれ! 皆さん、ブリッツェンホルンに到着しました。スキズブラズニルを錨泊する地点が決まり次第、船から降りますのでご準備ください!」
俺が皆にそう伝えると、リーンハルトとパトリック、それにユリアンたちも下船準備を始める。
その際に俺が創った『友好の置き時計』が目に入る。アルターヴァルト王国とヴェスティア獣王国の友好を願って創ったものだが、どうやらヴェスティア獣王国の状況は予断を許さないらしい。
リーンハルトとパトリックの安全を確保しつつ、獣王国との外交が上手くいくのか。勇者同盟を締結することはできるのか。まだ獣王国に足をついてもいない状況ではあったが、漠然とした不安が俺の心の中に広がっていくのを感じていた。
☆ ☆ ☆
ハルトの不安をよそに、新たな従者となったアポロニアとニーナの二人は、スキズブラズニルから下りる準備を皆が進める中、自分たちもその手伝いを行っていた。そんな中、アポロニアとニーナはハルトに掛けられた認識阻害の魔法について互いに感想を述べていたのだが、いつの間にか話題が変わり……。
「(アポロニアちゃん、アサヒナ子爵はとんでもなく美少年でしたねぇ!)」
「(ちょっとニーナ、何を言ってるのよ。確かに、見たこともないような容姿だったけれど……)」
「(アサヒナ子爵はエルフだそうですよぉ。獣人族と妖精族は相性が良いって、亡くなったお婆ちゃんが言ってましたぁ)」
「(確かに、力に長けた獣人族と魔法や錬金術に長けた妖精族のハーフは、それぞれの良い所を持つ者が生まれやすいって聞いたことはあるけれど……)」
「(しかもぉ、まだ十歳でありながらぁ、アルターヴァルト王国の子爵様でぇ、魔導具店の経営までされているという超優良物件なんです~!)」
「(まぁ、そう言われると、そうかもしれないけれど……。ちょっと貴女、まさか!?)」
「(そういうわけでぇ……。アポロニアちゃん。私は狙いますよ、玉の輿をっ!)」
「(ニーナ、素が出てるわよ……)」
「(アサヒナ子爵、いえ、ハルト様! 貴方は私がお守り致します!)」
「(もう、貴女は私の従者じゃなかったの? 全く……。でも、アサヒナ子爵、か……)」
そんな二人のやり取りをたまたま(?)耳にした四人の女性たちが、その日の夜に二人を事情聴取したとか、しなかったとか……。
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